第二章『蝶と椿』
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―――――なんか変だ・・・。
―――――吸血鬼も俺も瑠璃姉も、昨日そこにはいなくて、無理やりつじつまが合わされている。
―――――今思えば・・・街中であれだけ暴れたのに警察も野次馬も・・・
誰もいなかった ・・・。
―――――あ―――――意味わかんねえ。シンプルじゃねー・・・。めんどくせー・・・。
―――――それに、家にも学校にも居なかった瑠璃姉は今、何処にいるんだ?
―――――あのあとすぐに、連絡をくれるようにメッセージを飛ばしたけど、まだ返事はないし・・・・無事、なんだよな、瑠璃姉・・・。
午後の授業が始まり、真昼は席に着くも、教師の声も、黒板に書かれた内容も頭に入ってくる事は無く、右手で頬杖をつきながら昨日の出来事と瑠璃の行方について考え込んでいたのだが。
『ちょっとォ~~~狭いよォ~~』
『うるせーな、暴れんなよ・・・』
『ねェ~~お腹すいたァ~』
『めんどくせー奴だなー・・・』
そんな中、ふいに聴こえてきた二つの声。
「おい誰だ。喋ってる奴ー・・・」
黒板に向かっていた教師が、眉を顰め生徒達を振り返る。
一方、クラスメイト達の視線は、ガタガタと揺れる真昼のリュックに集まっていた。
それに気づいた真昼は顔を引きつらせると、リュックを開き中身を確認する。
そこには、黒猫とあの手品師のぬいぐるみの姿が在った。
それを確認するや否や、真昼はリュックを引っ掴むと、すぐさま席から立ち上がり。
「先生ッすげ―――――頭痛いんで早退しますッ」
「ちょ・・・城田!?」
お前さっき来たところだろ?! と教師が制止の声を上げるも、しかしそれを真昼は聞き入れることなく、ぴゃっと勢いよく教室から飛び出して行ってしまったのだ。
そして、それに対する幼馴染三人の反応はといえば―――――
「・・・真昼・・・何か変だね? 瑠璃さんも今日は来てなかったみたいだし・・・」
隣の席の虎雪が心配そうに首を傾げると、「ストレスか・・・?」と呟いた龍征はすぐさま後ろの席の桜哉を見遣り。
「お前が原因じゃねーの? 桜哉」
「え、オレ!? オレが真昼と瑠璃さんにそんな負荷を?!」
桜哉は龍征から振られた言葉にショックを受けていたのだった。
【―――――瑠璃姉、今何処にいるの!? これを読んだら、すぐに連絡して!!】
瑠璃のスマホに届いていた真昼からのメッセージ。
それは、正午に送られてきたもののようだった。
瑠璃がそれに気づいたのは御園と連絡先を交換するために、スマホを操作した際の事。
自宅で目覚めた真昼は、リリイ達の事は知らない為、おそらく学校に龍征たちの安否確認に向かい。その際に、瑠璃が職場にも来ていないことを知ったのだろう。
「―――――ごめんなさい、洞堂さん。自宅ではなくて、その手前の駅前通りの近くで降ろして頂けませんか?」
御園の専属運転手―――――洞堂永介という男性の運転する、日光を遮断する黒塗りの外車に乗せて貰ったところで、瑠璃がそう告げると、バックミラー越しにチラリと視線がこちらに向けられる。
「俺は構わないっすけど・・・」
「瑠璃さん、一応理由をお伺いしてもよろしいですか?」
双子たちと並んで後部座席の右隣に座ったリリイからの問いに瑠璃は答える。
「真昼君の通う東高に寄って行きたくて・・・。何の連絡もせずじまいで心配させてしまったので、直接顔を見せに。あと、職場が同じ学校の購買なので無断欠勤してしまった件の謝罪も・・・」
職場の件を口にした際、苦笑いを浮かべた瑠璃の言葉に成る程と頷いたリリイは、にこりと笑みを浮かべると、
「わかりました、そういうことでしたら。―――――でも、瑠璃さん、お仕事の方は大丈夫ですよ。結果的にこちらの都合でお時間を頂いてしまったわけですから、私がひと肌脱いでおきますよ」
「・・・じゃあお言葉に甘えて。ありがとう、リリイ!」
無断欠勤してしまった理由をどうすべきかと、考えを巡らせようとしていた瑠璃は、その申し出を有難く受ける事にし、笑みを浮かべて感謝の言葉を口にするも、しかしすぐにリリイから思わず視線を逸らしてしまう。
「・・・でも、お願いだから服まで脱がないで・・・」
上半身の服を車中でまた脱ぎかけていたリリイは、「やっぱり瑠璃さんは可愛らしいですねぇ」とクスクスと笑みを零すと服を着直す。
「お嬢さん、てっきりうちのアホ毛と同じ高校生くらいかと思ってたんすけど。もう働いてるってことは、学生さんじゃなかったんすね」
「あ、はい。見えないってよく言われるんですけど、もう成人してます。今年で21になりました」
運転しながらもこちらの話には耳を傾けていた洞堂が、漏らした言葉に、「アホ毛」って御園君のことだろうかと、心中で首を傾げつつ瑠璃は頷き。
「―――――あの、そういえば御園君って今日学校は?」
今更ながらの質問になってしまうかもしれないと思いながらも、口にしてみると。
「御園は体が弱いから」
「たまにお休みしちゃうの」
ユリーとマリーがそれに答えてくれた。
こうして、会話を繰り広げているうちに、目的地である駅前通り付近に辿り着いたようだ。
「お嬢さん、着きましたよ」
車を停車させると、こちらに振り返り、声を掛けてくれた洞堂は、シートベルトを外すと、運転席のドアを開いて車外に出て行く。
車はドアが開かれた際に、車内に日光が入らないよう、吸血鬼たちが同乗していることもきちんと配慮して、陰になる位置に停められていた。
「―――――ありがとうございます、洞堂さん」
そうして、左側の後部座席のドアを開いてくれた洞堂に、瑠璃は恐縮しながら車外に降り立つ。
「では、瑠璃さんお気を付けて」
「「またね、瑠璃」」
「えぇ。それじゃあ、また」
車内に残った真祖と双子の下位に瑠璃は手を振り、別れると、ポケットから取り出したスマホから、真昼にメッセージを手早く送り、駅前通りを抜けようとしたのだが。
「――――あれって、真昼君?」
ふと、前方に見覚えのある後姿を瑠璃は発見し、目を瞬かせた。
リュックを左肩に引っかけて駅前通りを歩いていく栗色の髪をした制服姿の少年の右肩には小さな黒猫が乗っている。
けれど、どうやら一緒に居るのは黒猫だけではないようだ。
真昼とすれ違った二人の女性たちが、彼の方を見ながらこそこそと小声で、
「ねぇあの子・・・」
「ぬいぐるみと喋ってる」
くすくすと笑いながらそんな会話をしていたのだ。
真昼が持っているぬいぐるみは、おそらく昨日の『手品師の吸血鬼』だろう。
「―――――真昼君!!」
女性たちの視線と会話に気付いたらしく、顔を真っ赤に染めながら、ぎゅうううと、手にしていたぬいぐるみをリュックの中に押し込んだ真昼に瑠璃は呼びかける。
「・・・っ瑠璃姉!?」
と、こちらに振り返った真昼が目を見開く。
「今までどこに!? 家にも学校にもいなかったから、俺すっげー心配したんだぜ!!」
「・・・心配かけてしまってごめんなさい。私が目を覚ましたのは、お昼頃だったのだけど。・・・その場所が、他の真祖の主人のお家だったものだから」
走り寄ってきた真昼に、頭を下げながら瑠璃は言う。
「な!? 他の真祖の主人の家!? なんでそんな所に!?」
「・・・近いうちに、真昼君も会う事になると思うんだけど。〝椿〟っていう吸血鬼に関する話を少しだけ聞いたの」
絶句する真昼に、顔を上げると淡々と瑠璃は告げる。
「〝椿〟って・・・昨日からこいつが言ってるやつのこと? でも、何で瑠璃姉にそんな話を?」
『それは、彼女が〝ミストレス〟だからだよォ』
左肩に掛け直したリュックの中から、バタバタと暴れながら、ぬいぐるみ姿の吸血鬼が口を挟んでくる。
「・・・〝ミストレス〟? そういや、昨日、瑠璃姉に対してそんなこと言ってたな」
その言葉に真昼は眉を顰めると思い出す。手品師の吸血鬼だけでなく、いま自分の肩の上に居る黒猫の吸血鬼もそんな事を口にしていなかったか。
「なぁ、クロ、瑠璃姉が〝ミストレス〟って、どういう意味なんだ? あと、〝椿〟ってやつに心当たりねぇの?」
真昼の言葉に、瑠璃もまた反射的に、思わず黒猫に視線を向けてしまう。
〝ミストレス〟の意味を真昼に説明するのは、問題がある訳ではないのだが。
そうなれば、瑠璃自身の素性―――――すなわち〝彼〟と出逢った時の経緯も関わってくる話になるので、この場で話すのは出来れば避けて貰いたいところだ。
そんな瑠璃の想いが伝わったのか、「こんな善良な猫のオレを襲う奴に心当たり・・・?」と黒猫は真昼の問いに対して首を傾げる仕草をすると。
「にゃーん」と言いながら瑠璃の左肩に飛び乗ってきたのだ。
チリンと首に付いた鈴の音色が耳朶に聴こえるのとともに、そのままスリスリと甘えるような仕草をしてくる黒猫に、瑠璃は笑みを零すと、右手を差し伸べ、腕の中に招き入れる。
「・・・お前、猫と吸血鬼どっちが本業?」
まるで普通の猫のように、ゴロゴロと喉を鳴らしながら瑠璃の腕の中に抱かれてくつろぐ、黒猫の姿をした吸血鬼に、真昼は憮然としながら言う。
「シンプルに考えれば・・・その〝椿〟ってのが向こうのボスで、お前のこと狙ってんじゃないの? それと・・・瑠璃姉の事も」
―――――〝ミストレス〟というのが、どういう意味なのかは、まだ解らないが。
瑠璃の身も危ないというのは、考え違いではないだろう。
眉を顰め、真昼は黒猫を見る。
「〝椿〟をどうにかしないと別の吸血鬼がまたくるんじゃ・・・」
「そんな怖そうな奴と向き合えねーよ。めんどくせーし・・・」
けれど、それに取り合う事なく「それより早く帰ろーぜ」と、あくまでも真逆の主張をする黒猫を「お前な・・・」とジト目で真昼が睨んでいると。
―――――晴れ渡っていた空から、急に雨が降り出してきたのだ。
「あ・・・天気雨・・・?」
手の平に雨粒を受け止めながら、真昼は空を仰ぎ見る。
一方で、何処からともなく聴こえてきた、コンコンコンという下駄の音。
晴れた日に降る雨は、別名「狐の嫁入り」というのだという。
聴こえてくるその音は、まさに狐の鳴き声のようで―――――。
耳朶に届いたそれに、瑠璃は目を瞬かせ、周囲を見回してみる。
―――――刹那、すぐ近くで聴こえたコンという音とともに、周囲の景色は白に塗り替えられたのだ。
「何―――――・・・!?」
「・・・まわりが白く―――――・・・」
呆然と真昼と瑠璃がしていると、ふいに、目の前に人影が現れる。
「・・・ねぇ君たち。何か面白い話をしてよ」
コンと下駄の音を鳴り響かせながらこちらにやって来たのは、黒い着物に椿の模様を裾に散らした白の羽織を纏った、細身で撫で肩の男だった。
男の面差しは、小顔で綺麗という言葉が当てはまるのだが、和装なのにも拘らず、瞳だけを隠すように、掛けているサングラスが何か引っかかる。
「最近で一番面白かったことが聞きたいな」
そう声を掛けてきた男からサングラス越しに向けられた視線に、まるで蛇に睨まれた蛙のごとく、瑠璃と真昼が答える事が出来ずにいると―――――・・・・・。
『ある日、少年と彼女は黒猫チャンを拾いましたァ~。でも実はそれは、超強~~~い吸血鬼だったのです~~~。力を得た少年と彼女はァ、ムカつく手品師をブッ殺しましたァ~。おしまいッ★』
もぞもぞと真昼のリュックが蠢き、代わりに話を語りだしたのは、そこに押し込められていたぬいぐるみだった。
「・・・めんどくせー予感がする・・・」
瑠璃の腕の中に抱かれていた黒猫が、身体を竦めながら言った。
この黒猫とリュックの中の喋るぬいぐるみの正体は『吸血鬼』。
そしていまや隔絶された白い世界に居るのは、吸血鬼と関わりを持っている真昼と瑠璃と突如として現れた得体のしれない男だけ。
ならば、そこから導き出される答は―――――
「嘘だろっ、まさか、またっ・・・」
「吸血鬼・・・」
愕然となった真昼に続き、呟くように瑠璃がそう言うと、相対していた男の口元が不気味な弧を描いた。
「あはっあははははっあははっあははははあはっあはっあはははは!!あはははははっ」
刹那、男は喉が張り裂けんばかりの勢いで、狂ったように笑い出したのだ。
その異様な姿に、真昼と瑠璃は思わず立ち竦んでしまう。
「あ―――――――――――・・・面白くない」
しかし、一頻り笑い終えた時、虚空を見上げながらそう言った男の瞳は、冷め切ったもので。狂気から一変して冷然となった男の異様な態度に、黒猫はますます瑠璃の腕の中で身を縮みこませてしまう。
そんな黒猫の姿を見て、真昼が眉を顰めながら声を上げる。
「おいクロッ、いつまでそうしてるつもりだよっ。この変な奴、お前の知り合いか!?」
「し・・・知らね―――――・・・目がやべーよ。こいつ・・・」
「とりあえず、こっちにこいっ!」
あくまでも、吸血鬼とは無関係の、愛玩動物として振舞おうとする黒猫を、いったん瑠璃から引き離すべく、真昼は腕を伸ばしていく。
「にゃ―――――――っ」
すると、瑠璃の腕の中からぴょんと飛び出した黒猫は、素早く真昼の肩を踏み台にして着地すると、今度は姿を隠そうとするかのように背中に回り込もうとしたのだ。
「ちょっ、おいクロ、かくれんなっ!!」
その瞬間、真昼の手が黒猫の尻尾を捕らえたのだが、それでも黒猫は真昼の制服の上着のブレザーの裾に必死にしがみ付いていて。
「えっと・・・二人とも・・・」
いまはそんな押し問答を繰り広げている場合ではないだろう。
真昼と黒猫を止めようと瑠璃が口を開こうとした時、ふいに目の前を小さな黒い影が過っていった。
それは瞬きする程度の間のことで、それが何だったのか認識することは叶わなかったが、しかしその直後、ある物がこちら側から消え去っていたのだ。
―――――真昼君のリュックがない!?
一体何処にいってしまったというのか。
「・・・真昼君、リュックが・・・」
リュックが消えたことにまだ気づいていない真昼に瑠璃がそれを告げようとした時。
「・・・ねぇ、コレ捜してたんだ。拾ってくれてありがとう」
「!?」
唐突に着物の男から掛けられた言葉に、そちらを振り返った真昼が驚きに目を見開く。
男が掲げた着物の袂に隠された右手には、あの手品師のぬいぐるみが。
左手には真昼が左肩に掛けていた筈のリュックがあったのだ。
先程のあの一瞬で、どうやったのかは解らないが、男が真昼のリュックを掠め取っていたのは間違いなさそうだ。
目を瞠る瑠璃と、男の視線が一瞬合う。
男はフッと笑みを浮かべると、もう用はないとばかりに、左手に持っていた真昼のリュックを地面に手放した。
それから空いた左手に男がぬいぐるみを持ち直すと、
「は~~~ボク肩こっちゃったよォ~。遅いよォつばきゅ~ん」
じたじたと男の手の中で体を揺すりながら、ぬいぐるみがそう訴えたのだ。
それを見た真昼は唖然とした表情で「つば・・・きゅん?」と呟く。
「でも助かったよォ。ありがと、つばきゅん★ あとでダッツおごるよォ~」
「・・・命助けたお礼がダッツ?」
「うん、アイスの・・・」
ぬいぐるみが、目を瞬かせた男に右手を上げながら頷く。
すると、男は俯きながら肩を震わせて、「あはっあははははは」とまた笑い出してしまう。
その光景に、真昼と彼の右肩に落ち着いた黒猫が、だらだらと冷や汗を流す。
瑠璃もまた、何とも言い難い表情で男を見つめていると、
「あ――――――――――・・・面白くない」
一時笑い終えたところで男はまた冷めた表情を浮かべると、ぽいっとぬいぐるみを後ろ手に捨ててしまう。
それに対してぬいぐるみは「わァ~~~~~っ」と悲鳴を上げると、
「そんなこと言ってつばきゅんたらァ~。わかった2個! 2個おごっちゃうよォ!!」
と、叫んだぬいぐるみを拾い上げた男は、「僕、抹茶と新作の杏仁ね♪」と嬉々とした様子でそう言ったのだ。
そんな男に対しぬいぐるみは、「つばきゅん・・・新作までチェック済じゃん・・・」と呆れたように呟く。
「また、めんどくさそうなの出てきたなあ・・・」
そして一連のやり取りを無言で見ていた真昼も、眉を顰めながらそう呟くと、
「でも・・・まさかいきなり・・・出てきちゃったんじゃ・・・? つばきゅん・・・て」
「おいやめろ、深く考えるな。それより早く瑠璃も連れて逃げる方法を・・・」
頭を悩ませ始めた真昼に、黒猫が訴える。
「僕が〝椿〟だけど何?」
その一瞬の後に、眼前に迫った男―――――〝椿〟の姿に真昼と黒猫は硬直する。
「このケンカの売り手は僕だけど・・・何? 吸血鬼も人間もとにかくたくさん殺したいのは僕だけど・・・何?」
椿は虚ろな瞳で真昼たちを見下ろして言う。
それから、ふいに左手を真昼の肩に乗っていた黒猫に向かって伸ばすと、ガッと掴んで地面に叩きつけたのだ。
「―――――スリーピーアッシュ!?」
ずだんっという音と共に、黒猫の姿から人型に戻った彼の様子を見るために、瑠璃は慌てて膝を地面に着く。
地面にうつ伏せに倒れ込んでいたスリーピーアッシュは、いてぇと呻きながら、何故こんな目にあったのか解らないという困惑の表情で、後頭部を右手で擦りながら身体を起こす。
「ねぇ〝怠惰〟のスリーピーアッシュ。何か面白い話をしてよ。何もないなら・・・世界がつまらないってことに異論はないね?」
こちらを見下ろしながら椿は淡々と言葉を続ける。
「じゃ、戦争しよっか・・・ねぇ兄さん 」
―――――兄さん?
目を瞠り、瑠璃は椿を見つめる。
―――――スリーピーアッシュの『兄弟』?
「何言ってるかわかんねーよ!! なんだお前・・・っ」
一方で、椿に対して、そう声を荒げたのは真昼だった。
「・・・人違いですよ・・・」
それから真昼に続いてそう言ったスリーピーアッシュに、ふいに腕を取られた瑠璃は意識をそちらに戻す。と―――――そのまま彼に促されて共に立ち上がると、真昼の背中に並んで隠れるような体制になっていた。
「クロ!! 何やってるんだよ!? 瑠璃姉はともかく、お前まで隠れんな!!」
「だって・・・知らねーし・・・」
睨む真昼に対して、スリーピーアッシュは当惑した表情で言う。
すると椿は、虚空を見上げながらまたもや笑い出したのだ。
「・・・あはっ。あははははっ!! ひどい!! ひどいなあ!! ははは面白くないっ。〝怠惰 〟も僕を知らないんだ!? サーヴァンプの兄弟全員・・・結局誰も僕を知らなかった!!」
笑いながら訴えてきた椿の口元が、ふと弧を描く。
「・・・それじゃあ・・・僕はだ―――――れだ・・・?」
刹那、椿の周囲から白い靄のようなものが立ち上った。
身構えた真昼に、椿は世間話でもするかのように話しかけてくる。
「・・・ねぇサーヴァンプは何人兄弟か知ってる?」
「えっ? ・・・7人・・・って聞いたけど・・・?」
「じゃあ7+1は?」
兄弟の話から、唐突に算数の問題に話題を変えてきた椿に、真昼は「は!?」と目を見開くと、「・・・8・・・?」と困惑しながら答える。
それが何を意味するというのか―――――瑠璃もまた眉根を寄せながら椿を見つめていると、真昼の言葉に、「そう8 人」と椿は頷き。
「僕は8番目の真祖〝憂鬱〟のサーヴァンプ。通り名は〝招かれざる8番目 〟。実は末っ子なんだよ、兄さん?」
コンと下駄を鳴らし、袂を翻した椿は衝撃の言葉を放ったのだ。
【本館/17・4/15掲載/別館/17・4/16転記】
―――――吸血鬼も俺も瑠璃姉も、昨日そこにはいなくて、無理やりつじつまが合わされている。
―――――今思えば・・・街中であれだけ暴れたのに警察も野次馬も・・・
―――――あ―――――意味わかんねえ。シンプルじゃねー・・・。めんどくせー・・・。
―――――それに、家にも学校にも居なかった瑠璃姉は今、何処にいるんだ?
―――――あのあとすぐに、連絡をくれるようにメッセージを飛ばしたけど、まだ返事はないし・・・・無事、なんだよな、瑠璃姉・・・。
午後の授業が始まり、真昼は席に着くも、教師の声も、黒板に書かれた内容も頭に入ってくる事は無く、右手で頬杖をつきながら昨日の出来事と瑠璃の行方について考え込んでいたのだが。
『ちょっとォ~~~狭いよォ~~』
『うるせーな、暴れんなよ・・・』
『ねェ~~お腹すいたァ~』
『めんどくせー奴だなー・・・』
そんな中、ふいに聴こえてきた二つの声。
「おい誰だ。喋ってる奴ー・・・」
黒板に向かっていた教師が、眉を顰め生徒達を振り返る。
一方、クラスメイト達の視線は、ガタガタと揺れる真昼のリュックに集まっていた。
それに気づいた真昼は顔を引きつらせると、リュックを開き中身を確認する。
そこには、黒猫とあの手品師のぬいぐるみの姿が在った。
それを確認するや否や、真昼はリュックを引っ掴むと、すぐさま席から立ち上がり。
「先生ッすげ―――――頭痛いんで早退しますッ」
「ちょ・・・城田!?」
お前さっき来たところだろ?! と教師が制止の声を上げるも、しかしそれを真昼は聞き入れることなく、ぴゃっと勢いよく教室から飛び出して行ってしまったのだ。
そして、それに対する幼馴染三人の反応はといえば―――――
「・・・真昼・・・何か変だね? 瑠璃さんも今日は来てなかったみたいだし・・・」
隣の席の虎雪が心配そうに首を傾げると、「ストレスか・・・?」と呟いた龍征はすぐさま後ろの席の桜哉を見遣り。
「お前が原因じゃねーの? 桜哉」
「え、オレ!? オレが真昼と瑠璃さんにそんな負荷を?!」
桜哉は龍征から振られた言葉にショックを受けていたのだった。
【―――――瑠璃姉、今何処にいるの!? これを読んだら、すぐに連絡して!!】
瑠璃のスマホに届いていた真昼からのメッセージ。
それは、正午に送られてきたもののようだった。
瑠璃がそれに気づいたのは御園と連絡先を交換するために、スマホを操作した際の事。
自宅で目覚めた真昼は、リリイ達の事は知らない為、おそらく学校に龍征たちの安否確認に向かい。その際に、瑠璃が職場にも来ていないことを知ったのだろう。
「―――――ごめんなさい、洞堂さん。自宅ではなくて、その手前の駅前通りの近くで降ろして頂けませんか?」
御園の専属運転手―――――洞堂永介という男性の運転する、日光を遮断する黒塗りの外車に乗せて貰ったところで、瑠璃がそう告げると、バックミラー越しにチラリと視線がこちらに向けられる。
「俺は構わないっすけど・・・」
「瑠璃さん、一応理由をお伺いしてもよろしいですか?」
双子たちと並んで後部座席の右隣に座ったリリイからの問いに瑠璃は答える。
「真昼君の通う東高に寄って行きたくて・・・。何の連絡もせずじまいで心配させてしまったので、直接顔を見せに。あと、職場が同じ学校の購買なので無断欠勤してしまった件の謝罪も・・・」
職場の件を口にした際、苦笑いを浮かべた瑠璃の言葉に成る程と頷いたリリイは、にこりと笑みを浮かべると、
「わかりました、そういうことでしたら。―――――でも、瑠璃さん、お仕事の方は大丈夫ですよ。結果的にこちらの都合でお時間を頂いてしまったわけですから、私がひと肌脱いでおきますよ」
「・・・じゃあお言葉に甘えて。ありがとう、リリイ!」
無断欠勤してしまった理由をどうすべきかと、考えを巡らせようとしていた瑠璃は、その申し出を有難く受ける事にし、笑みを浮かべて感謝の言葉を口にするも、しかしすぐにリリイから思わず視線を逸らしてしまう。
「・・・でも、お願いだから服まで脱がないで・・・」
上半身の服を車中でまた脱ぎかけていたリリイは、「やっぱり瑠璃さんは可愛らしいですねぇ」とクスクスと笑みを零すと服を着直す。
「お嬢さん、てっきりうちのアホ毛と同じ高校生くらいかと思ってたんすけど。もう働いてるってことは、学生さんじゃなかったんすね」
「あ、はい。見えないってよく言われるんですけど、もう成人してます。今年で21になりました」
運転しながらもこちらの話には耳を傾けていた洞堂が、漏らした言葉に、「アホ毛」って御園君のことだろうかと、心中で首を傾げつつ瑠璃は頷き。
「―――――あの、そういえば御園君って今日学校は?」
今更ながらの質問になってしまうかもしれないと思いながらも、口にしてみると。
「御園は体が弱いから」
「たまにお休みしちゃうの」
ユリーとマリーがそれに答えてくれた。
こうして、会話を繰り広げているうちに、目的地である駅前通り付近に辿り着いたようだ。
「お嬢さん、着きましたよ」
車を停車させると、こちらに振り返り、声を掛けてくれた洞堂は、シートベルトを外すと、運転席のドアを開いて車外に出て行く。
車はドアが開かれた際に、車内に日光が入らないよう、吸血鬼たちが同乗していることもきちんと配慮して、陰になる位置に停められていた。
「―――――ありがとうございます、洞堂さん」
そうして、左側の後部座席のドアを開いてくれた洞堂に、瑠璃は恐縮しながら車外に降り立つ。
「では、瑠璃さんお気を付けて」
「「またね、瑠璃」」
「えぇ。それじゃあ、また」
車内に残った真祖と双子の下位に瑠璃は手を振り、別れると、ポケットから取り出したスマホから、真昼にメッセージを手早く送り、駅前通りを抜けようとしたのだが。
「――――あれって、真昼君?」
ふと、前方に見覚えのある後姿を瑠璃は発見し、目を瞬かせた。
リュックを左肩に引っかけて駅前通りを歩いていく栗色の髪をした制服姿の少年の右肩には小さな黒猫が乗っている。
けれど、どうやら一緒に居るのは黒猫だけではないようだ。
真昼とすれ違った二人の女性たちが、彼の方を見ながらこそこそと小声で、
「ねぇあの子・・・」
「ぬいぐるみと喋ってる」
くすくすと笑いながらそんな会話をしていたのだ。
真昼が持っているぬいぐるみは、おそらく昨日の『手品師の吸血鬼』だろう。
「―――――真昼君!!」
女性たちの視線と会話に気付いたらしく、顔を真っ赤に染めながら、ぎゅうううと、手にしていたぬいぐるみをリュックの中に押し込んだ真昼に瑠璃は呼びかける。
「・・・っ瑠璃姉!?」
と、こちらに振り返った真昼が目を見開く。
「今までどこに!? 家にも学校にもいなかったから、俺すっげー心配したんだぜ!!」
「・・・心配かけてしまってごめんなさい。私が目を覚ましたのは、お昼頃だったのだけど。・・・その場所が、他の真祖の主人のお家だったものだから」
走り寄ってきた真昼に、頭を下げながら瑠璃は言う。
「な!? 他の真祖の主人の家!? なんでそんな所に!?」
「・・・近いうちに、真昼君も会う事になると思うんだけど。〝椿〟っていう吸血鬼に関する話を少しだけ聞いたの」
絶句する真昼に、顔を上げると淡々と瑠璃は告げる。
「〝椿〟って・・・昨日からこいつが言ってるやつのこと? でも、何で瑠璃姉にそんな話を?」
『それは、彼女が〝ミストレス〟だからだよォ』
左肩に掛け直したリュックの中から、バタバタと暴れながら、ぬいぐるみ姿の吸血鬼が口を挟んでくる。
「・・・〝ミストレス〟? そういや、昨日、瑠璃姉に対してそんなこと言ってたな」
その言葉に真昼は眉を顰めると思い出す。手品師の吸血鬼だけでなく、いま自分の肩の上に居る黒猫の吸血鬼もそんな事を口にしていなかったか。
「なぁ、クロ、瑠璃姉が〝ミストレス〟って、どういう意味なんだ? あと、〝椿〟ってやつに心当たりねぇの?」
真昼の言葉に、瑠璃もまた反射的に、思わず黒猫に視線を向けてしまう。
〝ミストレス〟の意味を真昼に説明するのは、問題がある訳ではないのだが。
そうなれば、瑠璃自身の素性―――――すなわち〝彼〟と出逢った時の経緯も関わってくる話になるので、この場で話すのは出来れば避けて貰いたいところだ。
そんな瑠璃の想いが伝わったのか、「こんな善良な猫のオレを襲う奴に心当たり・・・?」と黒猫は真昼の問いに対して首を傾げる仕草をすると。
「にゃーん」と言いながら瑠璃の左肩に飛び乗ってきたのだ。
チリンと首に付いた鈴の音色が耳朶に聴こえるのとともに、そのままスリスリと甘えるような仕草をしてくる黒猫に、瑠璃は笑みを零すと、右手を差し伸べ、腕の中に招き入れる。
「・・・お前、猫と吸血鬼どっちが本業?」
まるで普通の猫のように、ゴロゴロと喉を鳴らしながら瑠璃の腕の中に抱かれてくつろぐ、黒猫の姿をした吸血鬼に、真昼は憮然としながら言う。
「シンプルに考えれば・・・その〝椿〟ってのが向こうのボスで、お前のこと狙ってんじゃないの? それと・・・瑠璃姉の事も」
―――――〝ミストレス〟というのが、どういう意味なのかは、まだ解らないが。
瑠璃の身も危ないというのは、考え違いではないだろう。
眉を顰め、真昼は黒猫を見る。
「〝椿〟をどうにかしないと別の吸血鬼がまたくるんじゃ・・・」
「そんな怖そうな奴と向き合えねーよ。めんどくせーし・・・」
けれど、それに取り合う事なく「それより早く帰ろーぜ」と、あくまでも真逆の主張をする黒猫を「お前な・・・」とジト目で真昼が睨んでいると。
―――――晴れ渡っていた空から、急に雨が降り出してきたのだ。
「あ・・・天気雨・・・?」
手の平に雨粒を受け止めながら、真昼は空を仰ぎ見る。
一方で、何処からともなく聴こえてきた、コンコンコンという下駄の音。
晴れた日に降る雨は、別名「狐の嫁入り」というのだという。
聴こえてくるその音は、まさに狐の鳴き声のようで―――――。
耳朶に届いたそれに、瑠璃は目を瞬かせ、周囲を見回してみる。
―――――刹那、すぐ近くで聴こえたコンという音とともに、周囲の景色は白に塗り替えられたのだ。
「何―――――・・・!?」
「・・・まわりが白く―――――・・・」
呆然と真昼と瑠璃がしていると、ふいに、目の前に人影が現れる。
「・・・ねぇ君たち。何か面白い話をしてよ」
コンと下駄の音を鳴り響かせながらこちらにやって来たのは、黒い着物に椿の模様を裾に散らした白の羽織を纏った、細身で撫で肩の男だった。
男の面差しは、小顔で綺麗という言葉が当てはまるのだが、和装なのにも拘らず、瞳だけを隠すように、掛けているサングラスが何か引っかかる。
「最近で一番面白かったことが聞きたいな」
そう声を掛けてきた男からサングラス越しに向けられた視線に、まるで蛇に睨まれた蛙のごとく、瑠璃と真昼が答える事が出来ずにいると―――――・・・・・。
『ある日、少年と彼女は黒猫チャンを拾いましたァ~。でも実はそれは、超強~~~い吸血鬼だったのです~~~。力を得た少年と彼女はァ、ムカつく手品師をブッ殺しましたァ~。おしまいッ★』
もぞもぞと真昼のリュックが蠢き、代わりに話を語りだしたのは、そこに押し込められていたぬいぐるみだった。
「・・・めんどくせー予感がする・・・」
瑠璃の腕の中に抱かれていた黒猫が、身体を竦めながら言った。
この黒猫とリュックの中の喋るぬいぐるみの正体は『吸血鬼』。
そしていまや隔絶された白い世界に居るのは、吸血鬼と関わりを持っている真昼と瑠璃と突如として現れた得体のしれない男だけ。
ならば、そこから導き出される答は―――――
「嘘だろっ、まさか、またっ・・・」
「吸血鬼・・・」
愕然となった真昼に続き、呟くように瑠璃がそう言うと、相対していた男の口元が不気味な弧を描いた。
「あはっあははははっあははっあははははあはっあはっあはははは!!あはははははっ」
刹那、男は喉が張り裂けんばかりの勢いで、狂ったように笑い出したのだ。
その異様な姿に、真昼と瑠璃は思わず立ち竦んでしまう。
「あ―――――――――――・・・面白くない」
しかし、一頻り笑い終えた時、虚空を見上げながらそう言った男の瞳は、冷め切ったもので。狂気から一変して冷然となった男の異様な態度に、黒猫はますます瑠璃の腕の中で身を縮みこませてしまう。
そんな黒猫の姿を見て、真昼が眉を顰めながら声を上げる。
「おいクロッ、いつまでそうしてるつもりだよっ。この変な奴、お前の知り合いか!?」
「し・・・知らね―――――・・・目がやべーよ。こいつ・・・」
「とりあえず、こっちにこいっ!」
あくまでも、吸血鬼とは無関係の、愛玩動物として振舞おうとする黒猫を、いったん瑠璃から引き離すべく、真昼は腕を伸ばしていく。
「にゃ―――――――っ」
すると、瑠璃の腕の中からぴょんと飛び出した黒猫は、素早く真昼の肩を踏み台にして着地すると、今度は姿を隠そうとするかのように背中に回り込もうとしたのだ。
「ちょっ、おいクロ、かくれんなっ!!」
その瞬間、真昼の手が黒猫の尻尾を捕らえたのだが、それでも黒猫は真昼の制服の上着のブレザーの裾に必死にしがみ付いていて。
「えっと・・・二人とも・・・」
いまはそんな押し問答を繰り広げている場合ではないだろう。
真昼と黒猫を止めようと瑠璃が口を開こうとした時、ふいに目の前を小さな黒い影が過っていった。
それは瞬きする程度の間のことで、それが何だったのか認識することは叶わなかったが、しかしその直後、ある物がこちら側から消え去っていたのだ。
―――――真昼君のリュックがない!?
一体何処にいってしまったというのか。
「・・・真昼君、リュックが・・・」
リュックが消えたことにまだ気づいていない真昼に瑠璃がそれを告げようとした時。
「・・・ねぇ、コレ捜してたんだ。拾ってくれてありがとう」
「!?」
唐突に着物の男から掛けられた言葉に、そちらを振り返った真昼が驚きに目を見開く。
男が掲げた着物の袂に隠された右手には、あの手品師のぬいぐるみが。
左手には真昼が左肩に掛けていた筈のリュックがあったのだ。
先程のあの一瞬で、どうやったのかは解らないが、男が真昼のリュックを掠め取っていたのは間違いなさそうだ。
目を瞠る瑠璃と、男の視線が一瞬合う。
男はフッと笑みを浮かべると、もう用はないとばかりに、左手に持っていた真昼のリュックを地面に手放した。
それから空いた左手に男がぬいぐるみを持ち直すと、
「は~~~ボク肩こっちゃったよォ~。遅いよォつばきゅ~ん」
じたじたと男の手の中で体を揺すりながら、ぬいぐるみがそう訴えたのだ。
それを見た真昼は唖然とした表情で「つば・・・きゅん?」と呟く。
「でも助かったよォ。ありがと、つばきゅん★ あとでダッツおごるよォ~」
「・・・命助けたお礼がダッツ?」
「うん、アイスの・・・」
ぬいぐるみが、目を瞬かせた男に右手を上げながら頷く。
すると、男は俯きながら肩を震わせて、「あはっあははははは」とまた笑い出してしまう。
その光景に、真昼と彼の右肩に落ち着いた黒猫が、だらだらと冷や汗を流す。
瑠璃もまた、何とも言い難い表情で男を見つめていると、
「あ――――――――――・・・面白くない」
一時笑い終えたところで男はまた冷めた表情を浮かべると、ぽいっとぬいぐるみを後ろ手に捨ててしまう。
それに対してぬいぐるみは「わァ~~~~~っ」と悲鳴を上げると、
「そんなこと言ってつばきゅんたらァ~。わかった2個! 2個おごっちゃうよォ!!」
と、叫んだぬいぐるみを拾い上げた男は、「僕、抹茶と新作の杏仁ね♪」と嬉々とした様子でそう言ったのだ。
そんな男に対しぬいぐるみは、「つばきゅん・・・新作までチェック済じゃん・・・」と呆れたように呟く。
「また、めんどくさそうなの出てきたなあ・・・」
そして一連のやり取りを無言で見ていた真昼も、眉を顰めながらそう呟くと、
「でも・・・まさかいきなり・・・出てきちゃったんじゃ・・・? つばきゅん・・・て」
「おいやめろ、深く考えるな。それより早く瑠璃も連れて逃げる方法を・・・」
頭を悩ませ始めた真昼に、黒猫が訴える。
「僕が〝椿〟だけど何?」
その一瞬の後に、眼前に迫った男―――――〝椿〟の姿に真昼と黒猫は硬直する。
「このケンカの売り手は僕だけど・・・何? 吸血鬼も人間もとにかくたくさん殺したいのは僕だけど・・・何?」
椿は虚ろな瞳で真昼たちを見下ろして言う。
それから、ふいに左手を真昼の肩に乗っていた黒猫に向かって伸ばすと、ガッと掴んで地面に叩きつけたのだ。
「―――――スリーピーアッシュ!?」
ずだんっという音と共に、黒猫の姿から人型に戻った彼の様子を見るために、瑠璃は慌てて膝を地面に着く。
地面にうつ伏せに倒れ込んでいたスリーピーアッシュは、いてぇと呻きながら、何故こんな目にあったのか解らないという困惑の表情で、後頭部を右手で擦りながら身体を起こす。
「ねぇ〝怠惰〟のスリーピーアッシュ。何か面白い話をしてよ。何もないなら・・・世界がつまらないってことに異論はないね?」
こちらを見下ろしながら椿は淡々と言葉を続ける。
「じゃ、戦争しよっか・・・ねぇ
―――――兄さん?
目を瞠り、瑠璃は椿を見つめる。
―――――スリーピーアッシュの『兄弟』?
「何言ってるかわかんねーよ!! なんだお前・・・っ」
一方で、椿に対して、そう声を荒げたのは真昼だった。
「・・・人違いですよ・・・」
それから真昼に続いてそう言ったスリーピーアッシュに、ふいに腕を取られた瑠璃は意識をそちらに戻す。と―――――そのまま彼に促されて共に立ち上がると、真昼の背中に並んで隠れるような体制になっていた。
「クロ!! 何やってるんだよ!? 瑠璃姉はともかく、お前まで隠れんな!!」
「だって・・・知らねーし・・・」
睨む真昼に対して、スリーピーアッシュは当惑した表情で言う。
すると椿は、虚空を見上げながらまたもや笑い出したのだ。
「・・・あはっ。あははははっ!! ひどい!! ひどいなあ!! ははは面白くないっ。〝
笑いながら訴えてきた椿の口元が、ふと弧を描く。
「・・・それじゃあ・・・僕はだ―――――れだ・・・?」
刹那、椿の周囲から白い靄のようなものが立ち上った。
身構えた真昼に、椿は世間話でもするかのように話しかけてくる。
「・・・ねぇサーヴァンプは何人兄弟か知ってる?」
「えっ? ・・・7人・・・って聞いたけど・・・?」
「じゃあ7+1は?」
兄弟の話から、唐突に算数の問題に話題を変えてきた椿に、真昼は「は!?」と目を見開くと、「・・・8・・・?」と困惑しながら答える。
それが何を意味するというのか―――――瑠璃もまた眉根を寄せながら椿を見つめていると、真昼の言葉に、「そう
「僕は8番目の真祖〝憂鬱〟のサーヴァンプ。通り名は〝
コンと下駄を鳴らし、袂を翻した椿は衝撃の言葉を放ったのだ。
【本館/17・4/15掲載/別館/17・4/16転記】
