第二十九章『薄明光線』
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「泰ちゃん生きて。生きていいんだ」
それを聞いた吊戯は嘆願の言葉とともに慟哭した。
「だめだ、くずれるぞ!! 走れ!!」
その直後、遂にフロアの大規模崩壊が始まってしまい。
意識を失った状態にあった真昼と弓景はクロが両脇に抱えて。
自らの力で脱出することがもはや困難な状態になっていた吊戯は徹が肩に担ぎあげると。
「泰ちゃん・・・」
彼の名前を呼んだのを最後に、吊戯も限界を迎えて、気を失ってしまったのだ。
それから修平の指示に従ってその場から避難を開始した中で、牢に残されていた下位達の救出にも奔走し。
―――――C3東京支部からギリギリのところで瑠璃達は脱出を果たすこととなった。
**********
C3東京支部は、事実上ほぼ壊滅状態となり。
駅も陥没してしまったものの、そちらの情報操作に関しては、上層部が上手く処理をするらしい。
ケガ人は〝此方側〟の事情に通じている病院に入院することとなり。吊戯が目を覚ましたのは、それから3日後のことだった。
そうして見舞いに訪れた弓景から、吊戯は盾一郎が亡くなったという話を聞かされることとなるのだが―――――。
実は盾一郎は支部が崩壊し始めたその時―――――鉄が救護室まで運んだ処で、ギリギリまでそこに残ってくれた耶節が処置をしてくれたことにより。一命を取り留め、吊戯よりも先に目覚めていて。
吊戯に対し『ドッキリ』という名の悪ふざけを弓景とともに仕掛けることにしたのだ。
そして弓景の迫真の演技により、盾一郎が本当に亡くなってしまったと吊戯が信じてしまった中で。
「拓人は俺らで責任もって育てるしかねぇ。とりあえず、かぞくリレーは俺がパパ役でテメエがママ役な」
「な・・・いやどっちかっていうと弓ちゃんがママでしょ。見た目的に髪とか・・・」
弓景から告げられた言葉に、吊戯が悲嘆に打ちひしがれながらも、反射的にそう言い返した処で。
「いやどっちがママでもパパは俺だろ」
実は吊戯と同室であった盾一郎がベッドの仕切りであるカーテンをシャッと開いて、そんな突っ込みとともに姿を見せると。
身体を慄かせた吊戯は激しく狼狽し、「うわ――――――?!」と叫び声をあげたのだ。
「―――――吊戯さん!? 大丈夫ですか!?」
今日で退院することになった瑠璃が吊戯の病室を訪れたのはちょうどそのタイミングでのことだった。
病室に入室する為にノックをしようとしていた瑠璃は聴こえてきた吊戯の雄叫びに慌てた面持ちで扉を開けて中に入ると。
「大・成・功~~~~~~!! 見たかよ今の吊戯の顔!! あのうろたえよう!!」
ドッキリ成功というプラカードを片手に、だははははと大笑いをする弓景と真っ青な顔で弓景の首元にしがみ付いた吊戯。そしてうるせ―――――と言いつつ、してやったりという笑みを浮かべた盾一郎の姿が目に飛び込んできて。
「えと・・・・・・」
瑠璃が呆気に取られた面持ちになりながらその場に立ち尽くしていると。
「いくらなんでも言っていい冗談と悪い冗談があるよ!!」
本気で愕いたらしい吊戯は「こどもじゃないんだから!!」と二人に向かって言い放って。
「吊戯にそんなこと言われる日が来るとは・・・」
その言葉に弓景と盾一郎は揃って唖然とした面持ちになったのだが。
「瑠璃ちゃんもそう思うでしょ!!」
「・・・・・・そうですね。弓景さんも盾一郎さんも、ちょっと悪ふざけが過ぎてしまっていたかもしれないですね」
その後に涙目のままの吊戯から同意を求められた瑠璃が思わず眉根を寄せながら頷き返すと。
「おい、吊戯。お前、瑪瑙に同意を求めるのはズルいだろ」
弓景は不貞腐れたような面持ちになったものの、本気でそう思っているという訳ではなさそうだった。
そして―――――
「・・・でもよかった。もうオレ・・・本当にだめかと・・・」
顔を覆いながら、ぐすと涙を拭う仕草をした吊戯に対して弓景は、盾一郎が助かったのは鉄と耶節のおかげなのだと告げると。
「お礼を・・・言わなきゃな」
吊戯は目を伏せながら悄然とした面持ちでそう呟いて。
「何をしても・・・許されることじゃないってわかってる・・・けど。なんでもするよ。オレにできることならなんでも・・・」
改めて盾一郎に向き直ると、頭を低くした吊戯は己の罪咎 に対する処遇を求めた。
しかし目覚めたばかりの吊戯に対して弓景と一緒にドッキリを仕掛けるくらいなのだ。
この期に及んで意趣返しのようなことを、果たして盾一郎は要求などするだろうか。
緊張した面持ちで瑠璃が成り行きを見守る中―――――
「なんでも・・・か。じゃあ拓人の運動会のかぞくリレー。俺の代わりに走ってもらうとするかな」
盾一郎が吊戯に対して求めたのは、瑠璃が思っていた通りのものだった。
「頑張ってくださいね、吊戯さん。お弁当を作って。真昼君とクロと三人で応援に行きますから」
そこで微笑みを浮かべた瑠璃は両手で小さなガッツポーズを作りながら吊戯に向かってそう言うと。
「ありがとう・・・・・・瑠璃ちゃん。盾ちゃんの分まで、オレ頑張って走って。何なら一等も取っちゃうよ」
―――――目を見開いた吊戯は泣き笑いの顔になりながら、そう返答してきたのだ。
**********
室内のカーテンが閉め切られ、外の日の光が入らないよう配慮された病室のベッド。
そこには憤怒の真祖〝母なるもの 〟―――――イズナと契約したことにより『フレイア』という名前になった彼女が眠っており。
そのベッドの脇には1本の松葉杖と、浅く腰掛けて座る吊戯の姿。
そして開かれた病室の扉の近くには、吊戯に付き添ってフレイアの病室を訪れた瑠璃の姿が在った。
「・・・何か違うやり方があったのかなぁ・・・」
そうして静かに眠り続けるフレイアの顔を暫くの間見つめていた吊戯がポツリと呟いたのがその言葉だった。
その言葉は『塔間を助けられなかった』という事実に対し、後悔の念を抱いていることから出たものなのだろうか。
―――――もしもフレイアが〝イズナと契約〟をするよりも前に、〝吊戯と契約〟をしていたならば。
―――――塔間は吊戯と共に支部から脱出を果たしていたかもしれない。
―――――しかしそうなってしまった場合、他は誰一人として生存していなかったかもしれない。
吊戯が口にした言葉に込められたその想いを、正しく推し量ることは瑠璃には出来ない。
―――――もしもあの時、〝力〟を行使する余力が自分の中に残っていたならば、塔間を連れて脱出できていただろうか。
その代わりとして静かな眼差しで吊戯を見つめながら、瑠璃もまた心の中で考える。
しかし、それに対する『答』は最初から出ていた。
―――――否、塔間は絶対に自分の手を取ることはしなかっただろう。
彼が選んだ『選択肢』を瑠璃では決して覆すことなど出来ないのだ。
「吊戯さん? それに瑠璃さんも・・・・・・」
ふいに廊下から聴こえてきた声にハッと瑠璃は視線を向ける。
そしてフレイアの顔に触れようと手を伸ばしかけていた吊戯もまた、徐に此方に振り返ってくる。
「ここにいたんですか。彼女と言い、あなたと言い、一人で行動をしないにしても、怪我人には大人しくしていてもらわないと」
「露木さん・・・・・・?」
そこにいたのは喉元に包帯を巻いた状態で右頬にも治療テープを貼った姿の修平だった。
目を瞬かせ、修平の名前を呼んだ瑠璃は、すぐに修平が口にした彼女というのは自分のことではなく。イズナのことだろうと察する。
憤怒の下位であるレイが塔間の銃に撃たれた際、自身の命を守るために、止むを得ず切り落とした右腕―――――その代わりになる義手をイズナは急ピッチで制作していたから。
一方、呆然とした面持ちで自分を見つめてくる吊戯に対して修平は、
「ああ・・・〝憤怒〟は回復に専念しているそうです。傷が深い中、無理をしたので時間がかかるらしくて・・・」そう説明をすると。
「あ・・・修ちゃんかぁ。びっくりした~」
我に返った様子でゆっくりと目を瞬かせた吊戯は左手に松葉杖を持って、それでバランスを取りながら立ち上がると。
「髪の色どしたの?」扉の近くまでやって来て修平にそう質問を投げかけた。
少し前まで修平の髪の色は茶色だった。それが黒色に変わっていて―――――彼のその姿は父親である『露木義正』にとても似ていることから。
自分の目の前に現れたのが亡くなったはずの『義正』であると、吊戯は一瞬錯覚してしまったのだ。
一方、修平もまた吊戯の言葉に「え」と戸惑いの声を漏らし、はっとした様子で自身の髪に左手で触れて。
「あっ・・・これは・・・」と言葉を詰まらせた後。
「その・・・元はこの色ですから。・・・今までは・・・父に・・・似ていると言われるのが嫌で染めてたんです・・・」
修平はバツが悪そうな面持ちで理由を口にした。
しかし、髪色を戻したということは気持ちの整理が着いたという事なのだろう。
「・・・そのほうが似合ってるよ」
「そうですね、いまの露木さんの雰囲気にとても合っていると私も思います」
笑みを浮かべた吊戯とともに瑠璃も賛同の言葉を口にすると。
「・・・・・・ありがとうございます」
修平は微かに照れたような様子を見せて。
「吊戯さん。あなたに・・・お礼を言わなくてはと思って」
その後、そんなふうに切り出してきた修平に吊戯は不思議そうに目を瞬かせる。
「以前あなたに戦闘班に入るのを拒否されたこと。いまならその理由もわかります。あの〝怒り〟のまま戦場に出ていたら・・・どうなっていたか。それをわかっていてあなたは俺を止めたんですね。〝怒り〟の矛先が自分へ向くように仕向けてまで」矛先が自分へ向くように仕向けてまで」
修平は過去の吊戯とのやり取り―――――そしてシャムロックと死闘を繰り広げた際、誤ってイズナを傷つけてしまったときのことを思い返しながら静かな口調で言葉を口にした。
そして―――――
「一人で戦えるあなたの強さに甘えて・・・でも俺はそのあなたのおかげで自分を見失わずに済みました」
長年の胸のつかえが取れた修平は晴れやかな笑みを浮かべて。
「ありがとうございました。俺を戦わせないでくれて」
感謝の言葉とともに、吊戯に向かって頭を下げたのだ。
そうして踵を返すと去っていった修平の後姿を暫くの間、吊戯は黙って見つめていた中で。ここ暫くの間、厚い雲に覆われていた空の切れ間から僅かに光が漏れてきて。
―――――それはまるで吊戯の新たな門出を祝福するかのような温かな光景だった。
「―――――わぁ・・・・・・」
窓辺から降り注いできた光に気付いた吊戯は小さく感嘆の声を漏らして。
「瑠璃ちゃん、もう少しだけ付き合って貰っても大丈夫かな? ちょっとだけ、外に出てみたいんだけど」
尋ね掛けてきた吊戯に、は瑠璃笑みを浮かべると。
「良いですよ。クロと真昼君には連絡を入れておきますから」
パンツのポケットに入れていたスマホを取り出し、真昼宛にメッセージを手早く打つと、それを送信したのだ。
**********
「・・・吊戯さん! 瑠璃姉!」
病院内の庭にあるベンチに腰掛けて吊戯と瑠璃は二人で座っていた。
そこに瑠璃からの連絡を受け取った真昼が合流してきたのだが。
「真昼くん。あれ・・・一人なの?」
「真昼君、クロは一緒じゃなかったの?」
吊戯と瑠璃がクロの行方を尋ねかけると。
「ああ・・・クロは、さっき病院の入り口でリヒトさんに捕まちゃって・・・すぐ戻ればいいやって思って置いてきちゃったんだ」
「あらら、そうだったのね・・・・・・」
に゛ゃ―――――と観念した様子で、大人しくリヒトにもふられているであろう黒猫の姿を思い浮かべた瑠璃は微苦笑を零す。
一方、真昼は気遣うような眼差しで吊戯を見遣ると―――――
「・・・吊戯さん。その・・・大丈夫ですか」
「うん?」
身体の調子を心配しているのだろうかと吊戯は首を傾げて真昼を見返す。
しかし、真昼の口から続けられた言葉はその事ではなく。
「俺・・・あのあと気を失っちゃってたんですけど。みんなで脱出できたんですよね。なのに塔間・・・さんが病院からいなくなった って。そう月満さんに聞いて・・・」
瑠璃は脱出時も意識があったことから、それが真実ではないという事は知っている。
しかし、真昼に対して本当のことを話さないことにしようと決めたのは弓景の真昼に対する配慮だった。
だからこの先も、瑠璃だけでなく勿論クロも真昼には真実は伝えないつもりでいる。
―――――吊戯はそれを察したのだろう。
「・・・・・・弓ちゃんてば・・・」
吊戯は目線を落としながら自嘲めいた笑みを浮かべて呟く。
そして真昼の左手にある小さめのビニール袋に目を留めた吊戯は、
「・・・あれ? 真昼くん、何持ってるの?」
「コンビニの肉まんとあんまん・・・。寒いから・・・食べたくなって・・・あと、あんまんは瑠璃姉も食べるかなって思って」
カ―――――~と恥ずかしそうな面持ちになりながら、クロに内緒で買い食い・・・と漏らした真昼の顔を吊戯と共に瑠璃は柔らかな笑みを浮かべて見返す。
瑠璃が知る限り、真昼が買い食いをするなんていうのは、無かった気がする。
だからこその、この反応なのだろう。
「ありがとう、真昼君」
そんな真昼の姿に微笑ましさを覚えつつ、瑠璃がお礼を言うと。
「いいな。オレも何だかお腹すいちゃった」
ふと、吊戯が漏らしたその言葉に「え?」と真昼は目を瞬かせ、吊戯の顔を見返す。
「オレにも半分くれない?」
すると吊戯は笑みを浮かべて真昼にそう言ったのだ。
吊戯からのその申し出に真昼は驚いた面持ちで目を瞠ったものの。
「構わないですよ。でも俺、いま片手が使えないので吊戯さん半分に割って貰えますか?」
すぐに吊戯の申し出を笑顔で承諾し、袋を差し出した。
それから肉まんは吊戯の手により、半分に割られて。
さらに瑠璃もまた、自分の分だったあんまんを半分に割って。
吊戯の両手には、半分に分けられた肉まんとあんまんが渡った処で。
仲よく三人で、はふと息を吐き出しつつ齧ると。
「あったかくておいしいね」
吊戯はしみじみと、噛みしめるような口調で言った。
彼がいなくなってしまって、いまは心の奥に喪失感を覚えている。
けれど―――――
「こんな時でもね。おいしい」
「うん」
「そうですね」
誰かと共にする食事は、心が温かくなる。
それは〝喜び〟の感情だけでなく。
それは〝前を向く〟活力にもなるのだ。
**********
C3東京支部の臨時対策室は、病院の一画に設けられていた。
そこで徹は支部長である月満伊檻から、塔間の遺体はまだ発見されてはいないものの。
支部全体が潰れてしまっていることから、修平の目でも見通せず。掘り返しての捜索も困難であることから、死んだということで処理をする他ないという結論とともに。副支部長であった塔間の次に権限を持つ、統括部長の役職に就いていた事から、その報告書を作成するよう言い渡されてしまい。デスクの上に設置されたノートパソコンの前で頭を悩ませていたのだが。
そこに非通知の電話がかかってきて―――――。
電話に出てみると、相手は名乗らなかったものの。不機嫌さを隠すことなく、『城田』と舌打ちとともに自分の名を呼んだ声を聴いた瞬間。徹は電話の相手がいままさに、〝死亡〟という形で報告書類を作成しようとしていた『塔間』であると確信すると。慌てて椅子から立ち上がった処で、机に脚をぶつけながらも。痛みを堪えつつ、急いでひと気のない、階段の踊り場まで来た処で。『塔間』と電話で話をしていたのだが。
そこに病室に戻るべく、一人で階段を上ってきた吊戯が鉢合わせて。
しかし、徹は吊戯に背を向けた態勢で通話をしていた事から、吊戯には気づかず。
「お前・・・戻ってこれないのか」
『戻るわけねぇだろ』否定的な言葉しか口にしない塔間に対して。
「せめて吊戯には連絡くらい・・・」懸命に粘るも。
『吊戯には言うな。死んだことにしとけ。・・・あいつには俺は邪魔だ』
「・・・・・・そう思ってんのはお前だけだよ」頑として聞き入れない塔間に徹は言い含めるようにそう言い返した処で。
「泰ちゃん!!」
徹のすぐ傍まで来ていた吊戯が、バッと通話中だった徹のスマホを手にしていた左腕を掴んできて。
吊戯の気配に気付いていなかった徹は虚を突かれ、絶句してしまうも。
「どうして・・・っ。よ、よかった。よかった・・・っ、生きて・・・っ」
思いが高ぶってしまった吊戯には徹の様子など気にしている余裕はなく。
『チッ、・・・バカ』
そんな吊戯の感情を受け取った塔間は、舌打ちとともに。恐らくは徹に対するものであろう悪態を吐くと、そのまま黙り込んでしまう。
しかし、ディスプレイには通話中の表示が出たままで―――――吊戯の中の感情の渦はさらに激しさを増していき。
「泰ちゃんオレ、お、怒ってるんだよ。帰って来て・・・笑って生きて、そうしなきゃだめだ。きっとできるよ・・・」
瞳から涙を滲ませた吊戯は、電話向こうの塔間に、思いの丈をぶつけるように、懸命に声を張り上げた。
その直後、ツ―――――ツ―――――という不通音が聴こえてきて。
スマホの画面には通話終了という文字が表示されており。電話は塔間によって切られてしまったようだった。
「・・・・・・」
はぁ、は、と俯いて、右手を階段の踊り場の角に置きながら、苦し気に息を吐き出す吊戯の様子を、徹はしばらくの間、黙って見つめていた。
そして―――――
「塔間を・・・追うか?」
吊戯の意思を確認すべく、静かな声音でそう問いかけると。
その言葉に反応して、右手に力を込めた吊戯は―――――
「・・・ううん」
ゆっくりと頭を振る。
―――――胸の奥が苦しくて堪らない。
だけど―――――
「オレは・・・ここでいい。ここで待っててあげなきゃ。帰る場所がなきゃ帰ってこられないからさ」
流れ出てくる涙を止めようとギュッと眉を寄せながら目を瞑った吊戯は、わざと自嘲するかのように。
「はっは。〝忠犬〟ぽいでしょ?」
そんな台詞を口にすると。
「・・・違うだろ。〝家族〟なんだろ」
徹はそんな吊戯に対して〝正しい言葉〟を口にする。
と―――――
「ああ・・・そっか。これが・・・」
吊戯は右手で目元を覆いながら、温かな涙を溢れさせた。
「・・・そうだね。そうなんだ・・・」
***********
「ただいまー」
病院からの帰路に、真昼は瑠璃とクロと三人で仲よく着く。
帰る場所があるというのは幸せなことだ。
そうして―――――
「おう。おかえり!」
帰宅した三人を先に病院から戻っていた徹がリビングから顔を覗かせて出迎えてくれて。
「徹叔父さん! 早かったね」
「ごめんなさい、徹さん。お夕飯、まだ何もしてなくて・・・・・・」
目を瞠った真昼に続いて、瑠璃が申し訳なさそうに眉を下げながら言葉を口にすると。
「あーいいんだ。いいんだ。4人で作ろう!」
徹は笑みを浮かべながらそう提案をしてきて。
「え・・・オレも・・・か・・・・・・」
に゛ゃとクロは呻いたのだが。
「せっかくの機会だし。クロも一緒に作りましょうよ」
にっこりと微笑んだ瑠璃の顔を見たら、クロも断ることは出来ず。
「そんで飯食って・・・少し話しておきたいことがあるんだ」
そんな瑠璃とクロの様子を笑顔で見ていた徹がそう言い足した後に。
4人での夕食作りが開始される事となり、初めて〝家族〟揃って食卓を囲む事となる。
それを聞いた吊戯は嘆願の言葉とともに慟哭した。
「だめだ、くずれるぞ!! 走れ!!」
その直後、遂にフロアの大規模崩壊が始まってしまい。
意識を失った状態にあった真昼と弓景はクロが両脇に抱えて。
自らの力で脱出することがもはや困難な状態になっていた吊戯は徹が肩に担ぎあげると。
「泰ちゃん・・・」
彼の名前を呼んだのを最後に、吊戯も限界を迎えて、気を失ってしまったのだ。
それから修平の指示に従ってその場から避難を開始した中で、牢に残されていた下位達の救出にも奔走し。
―――――C3東京支部からギリギリのところで瑠璃達は脱出を果たすこととなった。
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C3東京支部は、事実上ほぼ壊滅状態となり。
駅も陥没してしまったものの、そちらの情報操作に関しては、上層部が上手く処理をするらしい。
ケガ人は〝此方側〟の事情に通じている病院に入院することとなり。吊戯が目を覚ましたのは、それから3日後のことだった。
そうして見舞いに訪れた弓景から、吊戯は盾一郎が亡くなったという話を聞かされることとなるのだが―――――。
実は盾一郎は支部が崩壊し始めたその時―――――鉄が救護室まで運んだ処で、ギリギリまでそこに残ってくれた耶節が処置をしてくれたことにより。一命を取り留め、吊戯よりも先に目覚めていて。
吊戯に対し『ドッキリ』という名の悪ふざけを弓景とともに仕掛けることにしたのだ。
そして弓景の迫真の演技により、盾一郎が本当に亡くなってしまったと吊戯が信じてしまった中で。
「拓人は俺らで責任もって育てるしかねぇ。とりあえず、かぞくリレーは俺がパパ役でテメエがママ役な」
「な・・・いやどっちかっていうと弓ちゃんがママでしょ。見た目的に髪とか・・・」
弓景から告げられた言葉に、吊戯が悲嘆に打ちひしがれながらも、反射的にそう言い返した処で。
「いやどっちがママでもパパは俺だろ」
実は吊戯と同室であった盾一郎がベッドの仕切りであるカーテンをシャッと開いて、そんな突っ込みとともに姿を見せると。
身体を慄かせた吊戯は激しく狼狽し、「うわ――――――?!」と叫び声をあげたのだ。
「―――――吊戯さん!? 大丈夫ですか!?」
今日で退院することになった瑠璃が吊戯の病室を訪れたのはちょうどそのタイミングでのことだった。
病室に入室する為にノックをしようとしていた瑠璃は聴こえてきた吊戯の雄叫びに慌てた面持ちで扉を開けて中に入ると。
「大・成・功~~~~~~!! 見たかよ今の吊戯の顔!! あのうろたえよう!!」
ドッキリ成功というプラカードを片手に、だははははと大笑いをする弓景と真っ青な顔で弓景の首元にしがみ付いた吊戯。そしてうるせ―――――と言いつつ、してやったりという笑みを浮かべた盾一郎の姿が目に飛び込んできて。
「えと・・・・・・」
瑠璃が呆気に取られた面持ちになりながらその場に立ち尽くしていると。
「いくらなんでも言っていい冗談と悪い冗談があるよ!!」
本気で愕いたらしい吊戯は「こどもじゃないんだから!!」と二人に向かって言い放って。
「吊戯にそんなこと言われる日が来るとは・・・」
その言葉に弓景と盾一郎は揃って唖然とした面持ちになったのだが。
「瑠璃ちゃんもそう思うでしょ!!」
「・・・・・・そうですね。弓景さんも盾一郎さんも、ちょっと悪ふざけが過ぎてしまっていたかもしれないですね」
その後に涙目のままの吊戯から同意を求められた瑠璃が思わず眉根を寄せながら頷き返すと。
「おい、吊戯。お前、瑪瑙に同意を求めるのはズルいだろ」
弓景は不貞腐れたような面持ちになったものの、本気でそう思っているという訳ではなさそうだった。
そして―――――
「・・・でもよかった。もうオレ・・・本当にだめかと・・・」
顔を覆いながら、ぐすと涙を拭う仕草をした吊戯に対して弓景は、盾一郎が助かったのは鉄と耶節のおかげなのだと告げると。
「お礼を・・・言わなきゃな」
吊戯は目を伏せながら悄然とした面持ちでそう呟いて。
「何をしても・・・許されることじゃないってわかってる・・・けど。なんでもするよ。オレにできることならなんでも・・・」
改めて盾一郎に向き直ると、頭を低くした吊戯は己の
しかし目覚めたばかりの吊戯に対して弓景と一緒にドッキリを仕掛けるくらいなのだ。
この期に及んで意趣返しのようなことを、果たして盾一郎は要求などするだろうか。
緊張した面持ちで瑠璃が成り行きを見守る中―――――
「なんでも・・・か。じゃあ拓人の運動会のかぞくリレー。俺の代わりに走ってもらうとするかな」
盾一郎が吊戯に対して求めたのは、瑠璃が思っていた通りのものだった。
「頑張ってくださいね、吊戯さん。お弁当を作って。真昼君とクロと三人で応援に行きますから」
そこで微笑みを浮かべた瑠璃は両手で小さなガッツポーズを作りながら吊戯に向かってそう言うと。
「ありがとう・・・・・・瑠璃ちゃん。盾ちゃんの分まで、オレ頑張って走って。何なら一等も取っちゃうよ」
―――――目を見開いた吊戯は泣き笑いの顔になりながら、そう返答してきたのだ。
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室内のカーテンが閉め切られ、外の日の光が入らないよう配慮された病室のベッド。
そこには憤怒の真祖〝
そのベッドの脇には1本の松葉杖と、浅く腰掛けて座る吊戯の姿。
そして開かれた病室の扉の近くには、吊戯に付き添ってフレイアの病室を訪れた瑠璃の姿が在った。
「・・・何か違うやり方があったのかなぁ・・・」
そうして静かに眠り続けるフレイアの顔を暫くの間見つめていた吊戯がポツリと呟いたのがその言葉だった。
その言葉は『塔間を助けられなかった』という事実に対し、後悔の念を抱いていることから出たものなのだろうか。
―――――もしもフレイアが〝イズナと契約〟をするよりも前に、〝吊戯と契約〟をしていたならば。
―――――塔間は吊戯と共に支部から脱出を果たしていたかもしれない。
―――――しかしそうなってしまった場合、他は誰一人として生存していなかったかもしれない。
吊戯が口にした言葉に込められたその想いを、正しく推し量ることは瑠璃には出来ない。
―――――もしもあの時、〝力〟を行使する余力が自分の中に残っていたならば、塔間を連れて脱出できていただろうか。
その代わりとして静かな眼差しで吊戯を見つめながら、瑠璃もまた心の中で考える。
しかし、それに対する『答』は最初から出ていた。
―――――否、塔間は絶対に自分の手を取ることはしなかっただろう。
彼が選んだ『選択肢』を瑠璃では決して覆すことなど出来ないのだ。
「吊戯さん? それに瑠璃さんも・・・・・・」
ふいに廊下から聴こえてきた声にハッと瑠璃は視線を向ける。
そしてフレイアの顔に触れようと手を伸ばしかけていた吊戯もまた、徐に此方に振り返ってくる。
「ここにいたんですか。彼女と言い、あなたと言い、一人で行動をしないにしても、怪我人には大人しくしていてもらわないと」
「露木さん・・・・・・?」
そこにいたのは喉元に包帯を巻いた状態で右頬にも治療テープを貼った姿の修平だった。
目を瞬かせ、修平の名前を呼んだ瑠璃は、すぐに修平が口にした彼女というのは自分のことではなく。イズナのことだろうと察する。
憤怒の下位であるレイが塔間の銃に撃たれた際、自身の命を守るために、止むを得ず切り落とした右腕―――――その代わりになる義手をイズナは急ピッチで制作していたから。
一方、呆然とした面持ちで自分を見つめてくる吊戯に対して修平は、
「ああ・・・〝憤怒〟は回復に専念しているそうです。傷が深い中、無理をしたので時間がかかるらしくて・・・」そう説明をすると。
「あ・・・修ちゃんかぁ。びっくりした~」
我に返った様子でゆっくりと目を瞬かせた吊戯は左手に松葉杖を持って、それでバランスを取りながら立ち上がると。
「髪の色どしたの?」扉の近くまでやって来て修平にそう質問を投げかけた。
少し前まで修平の髪の色は茶色だった。それが黒色に変わっていて―――――彼のその姿は父親である『露木義正』にとても似ていることから。
自分の目の前に現れたのが亡くなったはずの『義正』であると、吊戯は一瞬錯覚してしまったのだ。
一方、修平もまた吊戯の言葉に「え」と戸惑いの声を漏らし、はっとした様子で自身の髪に左手で触れて。
「あっ・・・これは・・・」と言葉を詰まらせた後。
「その・・・元はこの色ですから。・・・今までは・・・父に・・・似ていると言われるのが嫌で染めてたんです・・・」
修平はバツが悪そうな面持ちで理由を口にした。
しかし、髪色を戻したということは気持ちの整理が着いたという事なのだろう。
「・・・そのほうが似合ってるよ」
「そうですね、いまの露木さんの雰囲気にとても合っていると私も思います」
笑みを浮かべた吊戯とともに瑠璃も賛同の言葉を口にすると。
「・・・・・・ありがとうございます」
修平は微かに照れたような様子を見せて。
「吊戯さん。あなたに・・・お礼を言わなくてはと思って」
その後、そんなふうに切り出してきた修平に吊戯は不思議そうに目を瞬かせる。
「以前あなたに戦闘班に入るのを拒否されたこと。いまならその理由もわかります。あの〝怒り〟のまま戦場に出ていたら・・・どうなっていたか。それをわかっていてあなたは俺を止めたんですね。〝怒り〟の矛先が自分へ向くように仕向けてまで」矛先が自分へ向くように仕向けてまで」
修平は過去の吊戯とのやり取り―――――そしてシャムロックと死闘を繰り広げた際、誤ってイズナを傷つけてしまったときのことを思い返しながら静かな口調で言葉を口にした。
そして―――――
「一人で戦えるあなたの強さに甘えて・・・でも俺はそのあなたのおかげで自分を見失わずに済みました」
長年の胸のつかえが取れた修平は晴れやかな笑みを浮かべて。
「ありがとうございました。俺を戦わせないでくれて」
感謝の言葉とともに、吊戯に向かって頭を下げたのだ。
そうして踵を返すと去っていった修平の後姿を暫くの間、吊戯は黙って見つめていた中で。ここ暫くの間、厚い雲に覆われていた空の切れ間から僅かに光が漏れてきて。
―――――それはまるで吊戯の新たな門出を祝福するかのような温かな光景だった。
「―――――わぁ・・・・・・」
窓辺から降り注いできた光に気付いた吊戯は小さく感嘆の声を漏らして。
「瑠璃ちゃん、もう少しだけ付き合って貰っても大丈夫かな? ちょっとだけ、外に出てみたいんだけど」
尋ね掛けてきた吊戯に、は瑠璃笑みを浮かべると。
「良いですよ。クロと真昼君には連絡を入れておきますから」
パンツのポケットに入れていたスマホを取り出し、真昼宛にメッセージを手早く打つと、それを送信したのだ。
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「・・・吊戯さん! 瑠璃姉!」
病院内の庭にあるベンチに腰掛けて吊戯と瑠璃は二人で座っていた。
そこに瑠璃からの連絡を受け取った真昼が合流してきたのだが。
「真昼くん。あれ・・・一人なの?」
「真昼君、クロは一緒じゃなかったの?」
吊戯と瑠璃がクロの行方を尋ねかけると。
「ああ・・・クロは、さっき病院の入り口でリヒトさんに捕まちゃって・・・すぐ戻ればいいやって思って置いてきちゃったんだ」
「あらら、そうだったのね・・・・・・」
に゛ゃ―――――と観念した様子で、大人しくリヒトにもふられているであろう黒猫の姿を思い浮かべた瑠璃は微苦笑を零す。
一方、真昼は気遣うような眼差しで吊戯を見遣ると―――――
「・・・吊戯さん。その・・・大丈夫ですか」
「うん?」
身体の調子を心配しているのだろうかと吊戯は首を傾げて真昼を見返す。
しかし、真昼の口から続けられた言葉はその事ではなく。
「俺・・・あのあと気を失っちゃってたんですけど。みんなで脱出できたんですよね。なのに塔間・・・さんが
瑠璃は脱出時も意識があったことから、それが真実ではないという事は知っている。
しかし、真昼に対して本当のことを話さないことにしようと決めたのは弓景の真昼に対する配慮だった。
だからこの先も、瑠璃だけでなく勿論クロも真昼には真実は伝えないつもりでいる。
―――――吊戯はそれを察したのだろう。
「・・・・・・弓ちゃんてば・・・」
吊戯は目線を落としながら自嘲めいた笑みを浮かべて呟く。
そして真昼の左手にある小さめのビニール袋に目を留めた吊戯は、
「・・・あれ? 真昼くん、何持ってるの?」
「コンビニの肉まんとあんまん・・・。寒いから・・・食べたくなって・・・あと、あんまんは瑠璃姉も食べるかなって思って」
カ―――――~と恥ずかしそうな面持ちになりながら、クロに内緒で買い食い・・・と漏らした真昼の顔を吊戯と共に瑠璃は柔らかな笑みを浮かべて見返す。
瑠璃が知る限り、真昼が買い食いをするなんていうのは、無かった気がする。
だからこその、この反応なのだろう。
「ありがとう、真昼君」
そんな真昼の姿に微笑ましさを覚えつつ、瑠璃がお礼を言うと。
「いいな。オレも何だかお腹すいちゃった」
ふと、吊戯が漏らしたその言葉に「え?」と真昼は目を瞬かせ、吊戯の顔を見返す。
「オレにも半分くれない?」
すると吊戯は笑みを浮かべて真昼にそう言ったのだ。
吊戯からのその申し出に真昼は驚いた面持ちで目を瞠ったものの。
「構わないですよ。でも俺、いま片手が使えないので吊戯さん半分に割って貰えますか?」
すぐに吊戯の申し出を笑顔で承諾し、袋を差し出した。
それから肉まんは吊戯の手により、半分に割られて。
さらに瑠璃もまた、自分の分だったあんまんを半分に割って。
吊戯の両手には、半分に分けられた肉まんとあんまんが渡った処で。
仲よく三人で、はふと息を吐き出しつつ齧ると。
「あったかくておいしいね」
吊戯はしみじみと、噛みしめるような口調で言った。
彼がいなくなってしまって、いまは心の奥に喪失感を覚えている。
けれど―――――
「こんな時でもね。おいしい」
「うん」
「そうですね」
誰かと共にする食事は、心が温かくなる。
それは〝喜び〟の感情だけでなく。
それは〝前を向く〟活力にもなるのだ。
**********
C3東京支部の臨時対策室は、病院の一画に設けられていた。
そこで徹は支部長である月満伊檻から、塔間の遺体はまだ発見されてはいないものの。
支部全体が潰れてしまっていることから、修平の目でも見通せず。掘り返しての捜索も困難であることから、死んだということで処理をする他ないという結論とともに。副支部長であった塔間の次に権限を持つ、統括部長の役職に就いていた事から、その報告書を作成するよう言い渡されてしまい。デスクの上に設置されたノートパソコンの前で頭を悩ませていたのだが。
そこに非通知の電話がかかってきて―――――。
電話に出てみると、相手は名乗らなかったものの。不機嫌さを隠すことなく、『城田』と舌打ちとともに自分の名を呼んだ声を聴いた瞬間。徹は電話の相手がいままさに、〝死亡〟という形で報告書類を作成しようとしていた『塔間』であると確信すると。慌てて椅子から立ち上がった処で、机に脚をぶつけながらも。痛みを堪えつつ、急いでひと気のない、階段の踊り場まで来た処で。『塔間』と電話で話をしていたのだが。
そこに病室に戻るべく、一人で階段を上ってきた吊戯が鉢合わせて。
しかし、徹は吊戯に背を向けた態勢で通話をしていた事から、吊戯には気づかず。
「お前・・・戻ってこれないのか」
『戻るわけねぇだろ』否定的な言葉しか口にしない塔間に対して。
「せめて吊戯には連絡くらい・・・」懸命に粘るも。
『吊戯には言うな。死んだことにしとけ。・・・あいつには俺は邪魔だ』
「・・・・・・そう思ってんのはお前だけだよ」頑として聞き入れない塔間に徹は言い含めるようにそう言い返した処で。
「泰ちゃん!!」
徹のすぐ傍まで来ていた吊戯が、バッと通話中だった徹のスマホを手にしていた左腕を掴んできて。
吊戯の気配に気付いていなかった徹は虚を突かれ、絶句してしまうも。
「どうして・・・っ。よ、よかった。よかった・・・っ、生きて・・・っ」
思いが高ぶってしまった吊戯には徹の様子など気にしている余裕はなく。
『チッ、・・・バカ』
そんな吊戯の感情を受け取った塔間は、舌打ちとともに。恐らくは徹に対するものであろう悪態を吐くと、そのまま黙り込んでしまう。
しかし、ディスプレイには通話中の表示が出たままで―――――吊戯の中の感情の渦はさらに激しさを増していき。
「泰ちゃんオレ、お、怒ってるんだよ。帰って来て・・・笑って生きて、そうしなきゃだめだ。きっとできるよ・・・」
瞳から涙を滲ませた吊戯は、電話向こうの塔間に、思いの丈をぶつけるように、懸命に声を張り上げた。
その直後、ツ―――――ツ―――――という不通音が聴こえてきて。
スマホの画面には通話終了という文字が表示されており。電話は塔間によって切られてしまったようだった。
「・・・・・・」
はぁ、は、と俯いて、右手を階段の踊り場の角に置きながら、苦し気に息を吐き出す吊戯の様子を、徹はしばらくの間、黙って見つめていた。
そして―――――
「塔間を・・・追うか?」
吊戯の意思を確認すべく、静かな声音でそう問いかけると。
その言葉に反応して、右手に力を込めた吊戯は―――――
「・・・ううん」
ゆっくりと頭を振る。
―――――胸の奥が苦しくて堪らない。
だけど―――――
「オレは・・・ここでいい。ここで待っててあげなきゃ。帰る場所がなきゃ帰ってこられないからさ」
流れ出てくる涙を止めようとギュッと眉を寄せながら目を瞑った吊戯は、わざと自嘲するかのように。
「はっは。〝忠犬〟ぽいでしょ?」
そんな台詞を口にすると。
「・・・違うだろ。〝家族〟なんだろ」
徹はそんな吊戯に対して〝正しい言葉〟を口にする。
と―――――
「ああ・・・そっか。これが・・・」
吊戯は右手で目元を覆いながら、温かな涙を溢れさせた。
「・・・そうだね。そうなんだ・・・」
***********
「ただいまー」
病院からの帰路に、真昼は瑠璃とクロと三人で仲よく着く。
帰る場所があるというのは幸せなことだ。
そうして―――――
「おう。おかえり!」
帰宅した三人を先に病院から戻っていた徹がリビングから顔を覗かせて出迎えてくれて。
「徹叔父さん! 早かったね」
「ごめんなさい、徹さん。お夕飯、まだ何もしてなくて・・・・・・」
目を瞠った真昼に続いて、瑠璃が申し訳なさそうに眉を下げながら言葉を口にすると。
「あーいいんだ。いいんだ。4人で作ろう!」
徹は笑みを浮かべながらそう提案をしてきて。
「え・・・オレも・・・か・・・・・・」
に゛ゃとクロは呻いたのだが。
「せっかくの機会だし。クロも一緒に作りましょうよ」
にっこりと微笑んだ瑠璃の顔を見たら、クロも断ることは出来ず。
「そんで飯食って・・・少し話しておきたいことがあるんだ」
そんな瑠璃とクロの様子を笑顔で見ていた徹がそう言い足した後に。
4人での夕食作りが開始される事となり、初めて〝家族〟揃って食卓を囲む事となる。
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