第二十九章『薄明光線』
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「・・・・・・殺さないでしょう。殺すならこんなふうにかばったりしない」
すぐに小さく息を吐き出した後に修平が口にしたその言葉にシャムロックはバツが悪そうな面持ちになる。
―――――・・・少しくらいはお前のようになれただろうか。俺も―――――
その刹那、亡き親友が少年魔術師を庇った時の姿に、先程の自身の行動が被って思い出されて。
「・・・血を飲んで回復したら気が変わる可能性もあるだろう。少しは考えろ・・・能天気なところは父親譲りか?」
無意識の内に修平に対し親心のような情感を抱いたシャムロックが、思わず呆れたような口調でそう言うと。
「な・・・能天気なんて言われたことありませんよ。これでも俺は『父よりよほどまじめだ』と母に言われて」
修平はムッとした面持ちになりながら反論したしたのだが。
しかし、今はそんな口論をしている場合ではないだろう。
「早くしなさい。死ぬわよ」
見兼ねたフレイアが仲裁に入ったのだが。彼女のドス声に、シャムロックと修平は揃って反射的に『はひ』と畏縮しながら応じる事となり。
二人のその反応に目を瞬かせたフレイアは口元を片手で覆うと「怒ったわけじゃないわ・・・」と弁解した。
そこでシャムロックは仕切り直しをするように修平に問いかけた。
「・・・母親は元気か?」
「・・・えぇ。俺が不摂生ばかりするのでよく怒られます」
そうして新たに見出した父子の共通点にシャムロックは「義正と同じだな・・・」と感慨深げに呟いた。
それを聞いた修平は神妙な面持ちでシャムロックを見返すと静かな声音で言った。
「・・・母には・・・謝ってください。父の帰りを・・・一番待っていた人ですから・・・」
「こんな・・・ばけものに会わせると言うのか。母親を」
修平の要求にシャムロックは当惑の感情を滲ませる。
「・・・あなたはばけものじゃない」
しかし修平はシャムロックが口にした〝ばけもの〟という言葉を否定した。
―――――・・・なんで俺・・・あのとき・・・っ―――――
―――――俺がもっと・・・強かったら・・・―――――
―――――もう一度あいつの顔が見てぇよ・・・っ―――――
憂鬱の真祖である椿の捕縛任務に失敗したその時、義正は自身と負傷した仲間が戦線離脱する為の苦肉の策として、親友だった〝彼〟を犠牲にした。
その後、義正はそれを選んでしまったことを、激しく後悔し、嘆き、苦しみ続けていた。
―――――もう一度お前の顔が見たい・・・―――――
一方、親友であった義正に裏切られたと、手ひどく傷付き、哀しみ、怒りの感情に、囚われ、報復に走った〝彼〟もまた、その心の奥底では義正と〝同じ想い〟を抱えていた。
だからこそ―――――
「あなたは父の親友だ。きっと今でも」
その想いを知った今なら―――――ハッキリとそう断言することが出来る。
そして―――――
『露木さん、吸血鬼も誰かの為に、何かを守ろうと行動する時もあれば、傷つけてしまうこともある。そして誰かの事を想って一喜一憂する時もある。その二面性は人と同じなんですよ。だから私は吸血鬼に出逢った事も、魅入られて〝ミストレス〟になった事も後悔なんて一切してません。みんな私にとって『大切な人』ですから!』
「それだけじゃない。あなたもまた瑠璃さんにとって『大切な人』の一人でしょう」
―――――あの時、彼女が言っていた言葉もまた今ならば、心から受け入れることが出来る。
静かに閉じた瞳から涙を流しながら本心を口にした修平の姿に。
「・・・・・・」
シャムロックもまた呆然と目を見開いた後に、そっと目を伏せると身体を屈めて、修平の右腕に顔を近づけていく。
―――――〝グレイ〟―――――
―――――〝シャムロック〟さん―――――
シャムロックの中に、義正と瑠璃。二人の微笑む姿が浮かんできて。
―――――・・・・・・義正―――――
―――――・・・・・お嬢―――――
――――――――――・・・ああ――――――――――
―――――俺は許されたくなかった―――――
そうして二人の名前を心の中で呟いたシャムロックは右手で修平の右腕を掴むと、ゆっくりと牙を突き立てて吸血したのだ。
**********
塔間の精神世界において、真昼達の身体を包んでいた柔らかな光が収縮し始めると。
―――――END―――――
終わりを告げるその文字が空中に浮かび上った。
それから意識が現実世界に引き戻されていく感覚とともに。
「・・・証明終了」そう真昼が呟くと。
ドンと現実世界の空気は大きく振動し、クロの手によって塔間の左胸から取り出された、〝精神の核〟が塔間の中に戻った処で。
現実世界に帰還した真昼の身体には激しい脱力感が襲い掛かり、立っていることもままならず、ドサッと地面に座り込んでしまう体制になってしまい。
真昼と行動を共にした瑠璃もまた、立ち眩みを覚えて、とっさにロッドを地面に突きたてながらその場に片膝を突くと。
「真昼! 瑠璃!」
即座に反応したクロが此方に振り返ってきたのだが。
「大・・・丈夫。これ・・・思ったよりエネルギー要るみたいだな・・・」
はぁ、はっ、と息をはずませながらも、真昼は二ッとクロに笑い返し。
「私も、大丈夫よ、クロ・・・・・・ちょっと、眩暈がしただけだから・・・・・・」
瑠璃もまた、眉を下げながら薄く笑みを浮かべて、クロに返事をすると。
「エネルギーが要るみたいだって、そりゃそうだろうが。・・・・・・ったく、二人揃ってこんな無茶な・・・・・・」
クロはぼやくような口調で言った。
―――――瑠璃の場合に限っては、精神の共鳴を得た相手の内に入るという手段を幾度か用いてはいたからこそ、真昼より幾許かは消耗量がマシなようだが。
それでも向こう見ずであることに変わりはない。
一方、渦中の存在であった塔間はというと、現実世界に意識が戻った直後こそ、虚脱状態にあったものの。無意識の中で動かした右手で自身の左胸の状態を確認すると。クロに貫かれたその箇所の ジャケットには穴が空いていたものの。しかし、心臓は変わらず鼓動を響かせていて、自分はまだ生きているのだという事実を確認すると。
ふ―――――・・・と息を吐き出した塔間は、そこから徐に右手をジャケットの内側の、穴から下の付近に差し入れる仕草をした。
煙草でも吸うつもりなのだろうか―――――そんな塔間の動作を何気なく視界に捉えた瑠璃はそう思ったのだが。
しかしそこからスと塔間が取り出したモノは煙草ではなく―――――。
「え・・・・・・っ!?」
目を見開いた瑠璃の声にすぐさま反応したクロはハッと背後の塔間に目を向けると。
「や・・・めろっ!!」
瞬時にジャケットの裾を鉤爪に変換させて、右側頭部に塔間が自ら突き付けていた拳銃をバチッと弾き飛ばした。結果、カッと床に落下した拳銃は、塔間の手の届かない処に転がっていき。それで一安心かと思いきや。
「―――――っ!」
自死を邪魔された塔間はクロの腹部目掛けて左脚を蹴り上げてきたのだ。
「クロっ!」
瑠璃が声を上げるのと同時に、
「だめだ、泰ちゃん!!」
塔間がまだ自ら命を絶とうとすることを諦めていないと気づいた吊戯の叫び声が響き渡る。
しかし吊戯のその制止の声を塔間は無視して、袖口から滑らせて取り出した折り畳みナイフを、パチンと広げて刃を出すと、すぐさま喉元に突き刺そうとした。
その刹那―――――
カカッと漆黒の一閃がジグザグに地を走り抜けていき、それが塔間の足元に到達した時には3本の杭に変わっていて。バシッとナイフを持っていた塔間の右手首を取り押さえたのだ。
「・・・えっ!?」
その出来事を目にして驚愕の声を漏らしたのは真昼だった。
「この武器って・・・・・・」と瑠璃もまた目を瞠ると。
「車守さ・・・」
先に振り返った真昼が―――――武器の持ち主である―――――〝盾一郎〟の名前を呼ぼうとしたのだが。
「・・・・・・・え?」
そこに居たのは〝盾一郎〟ではなかった―――――しかし真昼からしてみれば間違いなく〝見知った存在〟で。
顔にまでかかる長さの癖のある前髪に、顎には無精髭。そして頭にはサングラスと着崩したスーツ姿の男。
「・・・徹、叔父さん・・・?」
「・・・・・・どうしてここに、徹さんが・・・・・・」
放心状態になった真昼に続いて、後方に目を向けた瑠璃も、徹の存在を認識したことにより、呆然とした面持ちになってしまう。
「・・・城田」
ふ―――――・・・と眉根を寄せながら息を吐き出した徹に、チッと舌打ちをした塔間が『心底気分が悪い』という苛立ちを顔だけでなく口調にも滲ませながら低い声で呼び掛ける。
「塔間・・・んな顔すんなよ。怖ぇだろ」
そんな塔間に対して苦笑いを浮かべながら応じた徹の様子を目にして。
「・・・・・・え・・・なんで徹叔父さんがここに・・・。それにその道具は魔・・・」
我に返った真昼が戸惑いながらも、先に瑠璃が口にしていた疑問と合わせて、徹の手の中に在った道具の事も尋ねようとするも。
「真昼。それに瑠璃さんも。二人にはもっと早く・・・話しとくべきだったんだが、こんな形になっちまって・・・悪い」
此方に視線を向けてきた徹はそれを留める形で謝罪の言葉を口にした。
「いろいろ説明しなきゃなんねぇが・・・」
その上で徹はきちんと話をするつもりではあるのだということを伝えようとしてくれたのだが。
「―――――!」
はっと上部に目を向けた吊戯が塔間の傍に走り寄ると、ばっと塔間の左腕を引っ張った。
その直後、塔間の前にズンと天井の一部がまた崩れて落下してきたのだ。
吊戯が察知しなければ、塔間は瓦礫に潰されてしまっていただろう。
「あ・・・・・・っ」
「天井が・・・」
瑠璃と真昼は息を呑む。
ズ・・・ン、ズズンと崩壊音を響かせる東京支部が完全に倒壊してしまうまでに、あとどのくらいの時間が残されているのか分からない。
「話は後だ! 埋まっちまう前にまず全員で地下から出るぞ!」
そして徹のこの言葉をきっかけとして、この場から全員で脱出せんという事になった、そのタイミングを見計らったかのように。
『聞こえますか、皆さん』
ザザッというノイズとともに、スピーカーから此方に向かって呼び掛ける声が聴こえてきて。
「この声って・・・・・・」
瑠璃が目を瞬かせると。
『露木です! 管制室から比較的安全な脱出ルートを指示します! 時間がありません、迅速に!』
「露木さん」
真昼もまた修平の声に反応を示した中で。
『負傷者に手を貸してあげてください』
的確な指示を出した修平は、それから・・・・と一拍置いた後に、
『動ける方はまだ牢に残されている下位吸血鬼達の救出を手伝ってください』
「「!」」
修平の口から告げられたその言葉を聞いた瑠璃と真昼は驚きに目を瞠る。
〝―――――吸血鬼なんて壊されて当然だ!―――――〟
〝―――――存在の価値もない!―――――〟
あれほど、吸血鬼に対して憎悪を露わにしていた修平の気持ちが、大きく変わる出来事があったということなのか。
その修平の傍らには、彼が助けた椿の下位であるシャムロックの姿が在り。
シャムロックもまた、微かに戸惑いの色を見せながら修平の様子を見ていた中。
「・・・人だの、吸血鬼だのと言ってる場合ではありません。俺のこの能力(め)は本来・・・誰かを助けることに使ってこそでしょう。助けてみせますよ」
右手で自身の右目に触れながらそう言い切った修平はチラとシャムロックを見遣ると―――――
『それから瑠璃さん。隻眼の彼はいま俺と一緒に居ますので。安心して下さい』
修平の口から告げられたその言葉に―――――
「シャムロックさんが、露木さんと一緒に・・・・・・?」
瑠璃は呆然と目を見開くと。
「・・・・・・そうなんですね、良かった・・・・・・」
胸の奥に広がった安堵の感情に薄っすらと目尻に涙を滲ませた。
―――――・・・・・瑠璃姉・・・・・・本当に良かったな・・・・・・。
そんな瑠璃の様子を目にして、ギリギリの処で意識を保っていた真昼もまた、気が抜けていくのを感じた中で。
「瑠璃、真昼。二人とも、立てるか?」
此方に近づいてきたクロが声を掛けてきて。
「クロ・・・・・・私はもう大丈夫。だから、真昼君のほうをお願い」
そこで自分よりも、間違いなく重症である真昼を優先すべく、自らの力で立ちあがって見せた瑠璃がそう言うと。
「ん、了解」
ポンとクロは瑠璃の背中に労わるように手で触れた後。
すぐさま腰を落とすと背中に手を回してきたクロに対して真昼は、
「・・・・・・ごめん、クロ。ありがとな」
詫びと感謝の言葉を口にすると、そのまま身体を支えて貰いながら何とか立ち上がった。
その一方で、修平からの呼びかけを聴いて―――――
「・・・もっちろん一番安全なルートをナビゲートしてくれるんスよね?」
「悪魔といえど天使に祈れば天界への道も開かれる」
ロウレスが口にした言葉に、リヒトがお約束の天使語を紡ぎ出して。
その会話のやり取りを聞いた憤怒の下位である、ジルとレイは顔を見合わせ合うと。
「オレは足を引っ張りそうだしジル頼むよ」
「そこの陽気なお二人サンだけじゃ不安だもんなアァ」
強欲組がケンカしないよう、取り持ちつつ、牢屋に捕らわれている面々の救助活動に向かうという方向に話が纏まったその時。
「・・・泰ちゃん。行こう、オレ達もここを出るんだ。肩貸してくれる?」
憧憬の念を宿した吊戯からの呼びかけに、塔間は薄い笑みを浮かべると、それに応えるように左手を伸ばしてきた。
ここから彼らは新たな一歩を外の世界に向かって踏み出していくこととなる。
傍目には間違いなくそう見えていた。
しかし―――――
「・・・・・・えっ」
塔間は吊戯に向かって伸ばしたその手で、ドンと吊戯の身体を突き飛ばしたのだ。
右手を塔間に対して差し出しかけていた吊戯はその一瞬の出来事に思考が追い付かず。
呆然と目を見開くと、その刹那に捉えたのは、先程よりもしっかりと弧を描いた塔間の口元だった。
「泰ちゃん!!」
そうしてその数秒後―――――
ガラガラガラ! ズズン―――――!!
崩れ落ちてきた天井の瓦礫の山の中に塔間は埋まってしまったのだ。
「塔間!?」
吊戯が塔間に突き飛ばされたその時、最も近い場所にいた徹もまた愕然となりながら、塔間の名前を口にしたものの。
「・・・吊戯! あぶねぇぞ、巻き込まれる! 下がれ!」
取り乱すことなく、吊戯の身を案じ、後ろから羽交い絞めにして、距離を取らせようとしたのだが。
「泰ちゃんなんで・・・っ」
逆に冷静さを失ってしまった吊戯は徹の制止を聞き入れず、塔間に対して伸ばしかけた手を下ろすことないまま、叫び続けていた。
しかし、すでに精神と肉体ともに限界を超えてしまった真昼はその時には完全に意識を手放してしまっており。
瑠璃もまた、意識こそ保ってはいたものの、とてもではないが〝力〟を行使できる状態ではなかった。
そんな打つ手なしの状況下の中―――――シュボッとライターの着火音が瓦礫の隙間から聞こえてきて。
「じゃあな吊戯。俺はこれ以上こんな世界で生きていたくはない」
瓦礫の山の中の微かな隙間から立ち昇った紫煙の煙とともに。
「もう十分だ」と塔間の口から離別の言葉が吐き出されたのだ。
―――――・・・・・・あぁ。塔間さんは自分から吊戯さんを手放す ことを選んだんだ。
瑠璃は沈鬱な面持ちで塔間が閉じ込められている瓦礫の山を見つめる。
「・・・だめだよ。おれたち今うまれたばかりなんだよ」
―――――そんなこと吊戯さんが望んでなんていないと理解した上で。
「思ったより・・・長かった。よくもまあこんなに生きたもんだ」
「・・・嫌だよ・・・おれたちもうどこへでも行けるのに」
金色の瞳から涙を零した吊戯の口から悲嘆な言葉が漏れ出す。
「・・・ありがとな吊戯。お前がいたからこんなに生きた」
―――――それでも自分一人が共に生まれ落ちた世界から消えようと、吊戯さんが〝独りぼっち〟になることはないと確信しているから。
「・・・さよならだ」
―――――彼は別れの言葉を口にした。
【本館/25・06/30/別館/25・07/12掲載】
すぐに小さく息を吐き出した後に修平が口にしたその言葉にシャムロックはバツが悪そうな面持ちになる。
―――――・・・少しくらいはお前のようになれただろうか。俺も―――――
その刹那、亡き親友が少年魔術師を庇った時の姿に、先程の自身の行動が被って思い出されて。
「・・・血を飲んで回復したら気が変わる可能性もあるだろう。少しは考えろ・・・能天気なところは父親譲りか?」
無意識の内に修平に対し親心のような情感を抱いたシャムロックが、思わず呆れたような口調でそう言うと。
「な・・・能天気なんて言われたことありませんよ。これでも俺は『父よりよほどまじめだ』と母に言われて」
修平はムッとした面持ちになりながら反論したしたのだが。
しかし、今はそんな口論をしている場合ではないだろう。
「早くしなさい。死ぬわよ」
見兼ねたフレイアが仲裁に入ったのだが。彼女のドス声に、シャムロックと修平は揃って反射的に『はひ』と畏縮しながら応じる事となり。
二人のその反応に目を瞬かせたフレイアは口元を片手で覆うと「怒ったわけじゃないわ・・・」と弁解した。
そこでシャムロックは仕切り直しをするように修平に問いかけた。
「・・・母親は元気か?」
「・・・えぇ。俺が不摂生ばかりするのでよく怒られます」
そうして新たに見出した父子の共通点にシャムロックは「義正と同じだな・・・」と感慨深げに呟いた。
それを聞いた修平は神妙な面持ちでシャムロックを見返すと静かな声音で言った。
「・・・母には・・・謝ってください。父の帰りを・・・一番待っていた人ですから・・・」
「こんな・・・ばけものに会わせると言うのか。母親を」
修平の要求にシャムロックは当惑の感情を滲ませる。
「・・・あなたはばけものじゃない」
しかし修平はシャムロックが口にした〝ばけもの〟という言葉を否定した。
―――――・・・なんで俺・・・あのとき・・・っ―――――
―――――俺がもっと・・・強かったら・・・―――――
―――――もう一度あいつの顔が見てぇよ・・・っ―――――
憂鬱の真祖である椿の捕縛任務に失敗したその時、義正は自身と負傷した仲間が戦線離脱する為の苦肉の策として、親友だった〝彼〟を犠牲にした。
その後、義正はそれを選んでしまったことを、激しく後悔し、嘆き、苦しみ続けていた。
―――――もう一度お前の顔が見たい・・・―――――
一方、親友であった義正に裏切られたと、手ひどく傷付き、哀しみ、怒りの感情に、囚われ、報復に走った〝彼〟もまた、その心の奥底では義正と〝同じ想い〟を抱えていた。
だからこそ―――――
「あなたは父の親友だ。きっと今でも」
その想いを知った今なら―――――ハッキリとそう断言することが出来る。
そして―――――
『露木さん、吸血鬼も誰かの為に、何かを守ろうと行動する時もあれば、傷つけてしまうこともある。そして誰かの事を想って一喜一憂する時もある。その二面性は人と同じなんですよ。だから私は吸血鬼に出逢った事も、魅入られて〝ミストレス〟になった事も後悔なんて一切してません。みんな私にとって『大切な人』ですから!』
「それだけじゃない。あなたもまた瑠璃さんにとって『大切な人』の一人でしょう」
―――――あの時、彼女が言っていた言葉もまた今ならば、心から受け入れることが出来る。
静かに閉じた瞳から涙を流しながら本心を口にした修平の姿に。
「・・・・・・」
シャムロックもまた呆然と目を見開いた後に、そっと目を伏せると身体を屈めて、修平の右腕に顔を近づけていく。
―――――〝グレイ〟―――――
―――――〝シャムロック〟さん―――――
シャムロックの中に、義正と瑠璃。二人の微笑む姿が浮かんできて。
―――――・・・・・・義正―――――
―――――・・・・・お嬢―――――
――――――――――・・・ああ――――――――――
―――――俺は許されたくなかった―――――
そうして二人の名前を心の中で呟いたシャムロックは右手で修平の右腕を掴むと、ゆっくりと牙を突き立てて吸血したのだ。
**********
塔間の精神世界において、真昼達の身体を包んでいた柔らかな光が収縮し始めると。
―――――END―――――
終わりを告げるその文字が空中に浮かび上った。
それから意識が現実世界に引き戻されていく感覚とともに。
「・・・証明終了」そう真昼が呟くと。
ドンと現実世界の空気は大きく振動し、クロの手によって塔間の左胸から取り出された、〝精神の核〟が塔間の中に戻った処で。
現実世界に帰還した真昼の身体には激しい脱力感が襲い掛かり、立っていることもままならず、ドサッと地面に座り込んでしまう体制になってしまい。
真昼と行動を共にした瑠璃もまた、立ち眩みを覚えて、とっさにロッドを地面に突きたてながらその場に片膝を突くと。
「真昼! 瑠璃!」
即座に反応したクロが此方に振り返ってきたのだが。
「大・・・丈夫。これ・・・思ったよりエネルギー要るみたいだな・・・」
はぁ、はっ、と息をはずませながらも、真昼は二ッとクロに笑い返し。
「私も、大丈夫よ、クロ・・・・・・ちょっと、眩暈がしただけだから・・・・・・」
瑠璃もまた、眉を下げながら薄く笑みを浮かべて、クロに返事をすると。
「エネルギーが要るみたいだって、そりゃそうだろうが。・・・・・・ったく、二人揃ってこんな無茶な・・・・・・」
クロはぼやくような口調で言った。
―――――瑠璃の場合に限っては、精神の共鳴を得た相手の内に入るという手段を幾度か用いてはいたからこそ、真昼より幾許かは消耗量がマシなようだが。
それでも向こう見ずであることに変わりはない。
一方、渦中の存在であった塔間はというと、現実世界に意識が戻った直後こそ、虚脱状態にあったものの。無意識の中で動かした右手で自身の左胸の状態を確認すると。クロに貫かれたその箇所の ジャケットには穴が空いていたものの。しかし、心臓は変わらず鼓動を響かせていて、自分はまだ生きているのだという事実を確認すると。
ふ―――――・・・と息を吐き出した塔間は、そこから徐に右手をジャケットの内側の、穴から下の付近に差し入れる仕草をした。
煙草でも吸うつもりなのだろうか―――――そんな塔間の動作を何気なく視界に捉えた瑠璃はそう思ったのだが。
しかしそこからスと塔間が取り出したモノは煙草ではなく―――――。
「え・・・・・・っ!?」
目を見開いた瑠璃の声にすぐさま反応したクロはハッと背後の塔間に目を向けると。
「や・・・めろっ!!」
瞬時にジャケットの裾を鉤爪に変換させて、右側頭部に塔間が自ら突き付けていた拳銃をバチッと弾き飛ばした。結果、カッと床に落下した拳銃は、塔間の手の届かない処に転がっていき。それで一安心かと思いきや。
「―――――っ!」
自死を邪魔された塔間はクロの腹部目掛けて左脚を蹴り上げてきたのだ。
「クロっ!」
瑠璃が声を上げるのと同時に、
「だめだ、泰ちゃん!!」
塔間がまだ自ら命を絶とうとすることを諦めていないと気づいた吊戯の叫び声が響き渡る。
しかし吊戯のその制止の声を塔間は無視して、袖口から滑らせて取り出した折り畳みナイフを、パチンと広げて刃を出すと、すぐさま喉元に突き刺そうとした。
その刹那―――――
カカッと漆黒の一閃がジグザグに地を走り抜けていき、それが塔間の足元に到達した時には3本の杭に変わっていて。バシッとナイフを持っていた塔間の右手首を取り押さえたのだ。
「・・・えっ!?」
その出来事を目にして驚愕の声を漏らしたのは真昼だった。
「この武器って・・・・・・」と瑠璃もまた目を瞠ると。
「車守さ・・・」
先に振り返った真昼が―――――武器の持ち主である―――――〝盾一郎〟の名前を呼ぼうとしたのだが。
「・・・・・・・え?」
そこに居たのは〝盾一郎〟ではなかった―――――しかし真昼からしてみれば間違いなく〝見知った存在〟で。
顔にまでかかる長さの癖のある前髪に、顎には無精髭。そして頭にはサングラスと着崩したスーツ姿の男。
「・・・徹、叔父さん・・・?」
「・・・・・・どうしてここに、徹さんが・・・・・・」
放心状態になった真昼に続いて、後方に目を向けた瑠璃も、徹の存在を認識したことにより、呆然とした面持ちになってしまう。
「・・・城田」
ふ―――――・・・と眉根を寄せながら息を吐き出した徹に、チッと舌打ちをした塔間が『心底気分が悪い』という苛立ちを顔だけでなく口調にも滲ませながら低い声で呼び掛ける。
「塔間・・・んな顔すんなよ。怖ぇだろ」
そんな塔間に対して苦笑いを浮かべながら応じた徹の様子を目にして。
「・・・・・・え・・・なんで徹叔父さんがここに・・・。それにその道具は魔・・・」
我に返った真昼が戸惑いながらも、先に瑠璃が口にしていた疑問と合わせて、徹の手の中に在った道具の事も尋ねようとするも。
「真昼。それに瑠璃さんも。二人にはもっと早く・・・話しとくべきだったんだが、こんな形になっちまって・・・悪い」
此方に視線を向けてきた徹はそれを留める形で謝罪の言葉を口にした。
「いろいろ説明しなきゃなんねぇが・・・」
その上で徹はきちんと話をするつもりではあるのだということを伝えようとしてくれたのだが。
「―――――!」
はっと上部に目を向けた吊戯が塔間の傍に走り寄ると、ばっと塔間の左腕を引っ張った。
その直後、塔間の前にズンと天井の一部がまた崩れて落下してきたのだ。
吊戯が察知しなければ、塔間は瓦礫に潰されてしまっていただろう。
「あ・・・・・・っ」
「天井が・・・」
瑠璃と真昼は息を呑む。
ズ・・・ン、ズズンと崩壊音を響かせる東京支部が完全に倒壊してしまうまでに、あとどのくらいの時間が残されているのか分からない。
「話は後だ! 埋まっちまう前にまず全員で地下から出るぞ!」
そして徹のこの言葉をきっかけとして、この場から全員で脱出せんという事になった、そのタイミングを見計らったかのように。
『聞こえますか、皆さん』
ザザッというノイズとともに、スピーカーから此方に向かって呼び掛ける声が聴こえてきて。
「この声って・・・・・・」
瑠璃が目を瞬かせると。
『露木です! 管制室から比較的安全な脱出ルートを指示します! 時間がありません、迅速に!』
「露木さん」
真昼もまた修平の声に反応を示した中で。
『負傷者に手を貸してあげてください』
的確な指示を出した修平は、それから・・・・と一拍置いた後に、
『動ける方はまだ牢に残されている下位吸血鬼達の救出を手伝ってください』
「「!」」
修平の口から告げられたその言葉を聞いた瑠璃と真昼は驚きに目を瞠る。
〝―――――吸血鬼なんて壊されて当然だ!―――――〟
〝―――――存在の価値もない!―――――〟
あれほど、吸血鬼に対して憎悪を露わにしていた修平の気持ちが、大きく変わる出来事があったということなのか。
その修平の傍らには、彼が助けた椿の下位であるシャムロックの姿が在り。
シャムロックもまた、微かに戸惑いの色を見せながら修平の様子を見ていた中。
「・・・人だの、吸血鬼だのと言ってる場合ではありません。俺のこの能力(め)は本来・・・誰かを助けることに使ってこそでしょう。助けてみせますよ」
右手で自身の右目に触れながらそう言い切った修平はチラとシャムロックを見遣ると―――――
『それから瑠璃さん。隻眼の彼はいま俺と一緒に居ますので。安心して下さい』
修平の口から告げられたその言葉に―――――
「シャムロックさんが、露木さんと一緒に・・・・・・?」
瑠璃は呆然と目を見開くと。
「・・・・・・そうなんですね、良かった・・・・・・」
胸の奥に広がった安堵の感情に薄っすらと目尻に涙を滲ませた。
―――――・・・・・瑠璃姉・・・・・・本当に良かったな・・・・・・。
そんな瑠璃の様子を目にして、ギリギリの処で意識を保っていた真昼もまた、気が抜けていくのを感じた中で。
「瑠璃、真昼。二人とも、立てるか?」
此方に近づいてきたクロが声を掛けてきて。
「クロ・・・・・・私はもう大丈夫。だから、真昼君のほうをお願い」
そこで自分よりも、間違いなく重症である真昼を優先すべく、自らの力で立ちあがって見せた瑠璃がそう言うと。
「ん、了解」
ポンとクロは瑠璃の背中に労わるように手で触れた後。
すぐさま腰を落とすと背中に手を回してきたクロに対して真昼は、
「・・・・・・ごめん、クロ。ありがとな」
詫びと感謝の言葉を口にすると、そのまま身体を支えて貰いながら何とか立ち上がった。
その一方で、修平からの呼びかけを聴いて―――――
「・・・もっちろん一番安全なルートをナビゲートしてくれるんスよね?」
「悪魔といえど天使に祈れば天界への道も開かれる」
ロウレスが口にした言葉に、リヒトがお約束の天使語を紡ぎ出して。
その会話のやり取りを聞いた憤怒の下位である、ジルとレイは顔を見合わせ合うと。
「オレは足を引っ張りそうだしジル頼むよ」
「そこの陽気なお二人サンだけじゃ不安だもんなアァ」
強欲組がケンカしないよう、取り持ちつつ、牢屋に捕らわれている面々の救助活動に向かうという方向に話が纏まったその時。
「・・・泰ちゃん。行こう、オレ達もここを出るんだ。肩貸してくれる?」
憧憬の念を宿した吊戯からの呼びかけに、塔間は薄い笑みを浮かべると、それに応えるように左手を伸ばしてきた。
ここから彼らは新たな一歩を外の世界に向かって踏み出していくこととなる。
傍目には間違いなくそう見えていた。
しかし―――――
「・・・・・・えっ」
塔間は吊戯に向かって伸ばしたその手で、ドンと吊戯の身体を突き飛ばしたのだ。
右手を塔間に対して差し出しかけていた吊戯はその一瞬の出来事に思考が追い付かず。
呆然と目を見開くと、その刹那に捉えたのは、先程よりもしっかりと弧を描いた塔間の口元だった。
「泰ちゃん!!」
そうしてその数秒後―――――
ガラガラガラ! ズズン―――――!!
崩れ落ちてきた天井の瓦礫の山の中に塔間は埋まってしまったのだ。
「塔間!?」
吊戯が塔間に突き飛ばされたその時、最も近い場所にいた徹もまた愕然となりながら、塔間の名前を口にしたものの。
「・・・吊戯! あぶねぇぞ、巻き込まれる! 下がれ!」
取り乱すことなく、吊戯の身を案じ、後ろから羽交い絞めにして、距離を取らせようとしたのだが。
「泰ちゃんなんで・・・っ」
逆に冷静さを失ってしまった吊戯は徹の制止を聞き入れず、塔間に対して伸ばしかけた手を下ろすことないまま、叫び続けていた。
しかし、すでに精神と肉体ともに限界を超えてしまった真昼はその時には完全に意識を手放してしまっており。
瑠璃もまた、意識こそ保ってはいたものの、とてもではないが〝力〟を行使できる状態ではなかった。
そんな打つ手なしの状況下の中―――――シュボッとライターの着火音が瓦礫の隙間から聞こえてきて。
「じゃあな吊戯。俺はこれ以上こんな世界で生きていたくはない」
瓦礫の山の中の微かな隙間から立ち昇った紫煙の煙とともに。
「もう十分だ」と塔間の口から離別の言葉が吐き出されたのだ。
―――――・・・・・・あぁ。塔間さんは自分から吊戯さんを
瑠璃は沈鬱な面持ちで塔間が閉じ込められている瓦礫の山を見つめる。
「・・・だめだよ。おれたち今うまれたばかりなんだよ」
―――――そんなこと吊戯さんが望んでなんていないと理解した上で。
「思ったより・・・長かった。よくもまあこんなに生きたもんだ」
「・・・嫌だよ・・・おれたちもうどこへでも行けるのに」
金色の瞳から涙を零した吊戯の口から悲嘆な言葉が漏れ出す。
「・・・ありがとな吊戯。お前がいたからこんなに生きた」
―――――それでも自分一人が共に生まれ落ちた世界から消えようと、吊戯さんが〝独りぼっち〟になることはないと確信しているから。
「・・・さよならだ」
―――――彼は別れの言葉を口にした。
【本館/25・06/30/別館/25・07/12掲載】
