第二章『蝶と椿』
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蝶と椿
―――――ひらひらと目の前を飛んでいく蝶
―――――それにより彼女の意識は閉ざされ、眠りに落ちてしまう
―――――そうして彼女が連れてこられたのは〝アリスの庭園〟だった
「―――――・・・・?」
目を開けると、見覚えのない豪奢な部屋の天井が視界に映った。
寝かされていたベッドカバーの感触も、普通の家庭ではまずない、なめらかな手触りのモノで、体を起こして周りを見渡してみれば、そろっている家具もやはり高級そうなものばかり。
すぐ傍の窓からは、レースのカーテン越しに柔らかな日差しが入り込んでくる。
昨日、外に出ていた時は夕方だった。
つまり、一夜明けていると云う事だ。
―――――何故、自分はこんな所で眠っていたのか。
戸惑いながらも記憶を辿っていた思考回路が一気に覚醒する。
「・・・真昼君たちは!?」
商店街で手品師の吸血鬼に龍征たちと一緒に居た所を襲撃され、それを真昼と『契約』したスリーピーアッシュが倒したところまでは覚えている。
その後、蝶が目の前に飛んできて―――――・・・
<―――――おや、目を覚まされたんですね―――――>
ふいに、目の前に黒い羽根の中心はピンク色という変わった姿の蝶が目の前に飛んできた。
それは、記憶の中にあった蝶の姿だったのだが・・・・・。
「え?」
その姿を目にするのと同時に耳朶に届いた、何処となく聞き覚えのある声に、瑠璃は目を瞬かせる。
―――――刹那、部屋に入り込んできていた日差しが遮られた。
と、同時に蝶の姿は視界から消え、窓の前には後ろ手にカーテンを閉めた男性が立っていたのだ。
「はじめまして、〝ミストレス〟のお嬢さん。ご気分はいかがですか?」
ピンクのシャツに、黒のズボン、黒のロングコート、白のストールを身に付け、さらに首から懐中時計を下げた、ホストのような色気たっぷりの雰囲気を持った美貌の男性。
呆然とする瑠璃に、彼は気遣うような表情を浮かべながら声を掛けてくる。
「腕の傷は一応、処置はさせて頂きましたが、もしまだ、気分が優れないでしたら、ひと肌脱ぎましょう」
「・・・・・!?」
しかし、その後に続いた言葉と行動に瑠璃の思考はピシリと停止してしまう。
―――――・・・何で脱ぐの?!
元々胸元が肌蹴ていたピンクのシャツだけでなく、下のズボンまで緩めながら、男性は悠然と微笑みかけてくる。
「―――――何をやっているんだ!? 貴様は!?」
そこに聞こえてきた怒声と同時に男性の頭部に本が投げつけられる。
いつの間にか開かれていた部屋の扉から双子の少女を伴い入ってきた少年、どうやら彼が本を投げつけたようだった。
――――― 一方、真昼は。
「・・・俺の部屋?」
室内に入り込んでくる日差しでハッと意識を覚醒させた真昼が目にしたのは見慣れた自室の天井だった。
「まさか・・・夢オチ・・・」
真昼のベッドのすぐ傍らに置いてある、猫用のベッドの籠の中には、丸まってすやすやと眠る黒猫の姿。
「やめろ―――――まだねみ―――――・・・。せっかく大冒険の末に最高の枕を手に入れる夢を・・・」
「どんな大冒険だよ」
籠から抱き上げると、目元を擦りながら、訴えてきた黒猫の姿に、真昼は呆れるが、そこですぐさま思い出す。
昨日、手品師の吸血鬼に龍征が襲われた時の出来事を―――――。
「―――――夢じゃないってことは・・・」
時計を確認すれば、すでに時刻は正午を回っている。
黒猫をベッドに降ろすと、いったん部屋を出て、向かいの部屋の扉を勢いよくノックする。
「―――――瑠璃姉!! 部屋に居る!?」
しかし、応答はなく、「ごめん、開けるよ!!」と断って開けてみれば、そこには誰の姿もなかった。
そこで、また自室に真昼は戻ると、無造作に床に放りだされていた、リュックを引っ掴み、勢いよく家を飛び出し、学校目指して走り出したのだ。
午前の授業は終了し、生徒たちが各々くつろぐ昼休みの時間帯。
時刻は、12時20分を示していた。
そんな中、校舎内に全力疾走で駆け込んできた男子生徒の姿を見て、すれ違う生徒たちは何事かと目を丸くするも、彼はそれには構わず廊下をだだだだだだと走り、自分のクラスである「1-C」の教室に辿り着くと、勢いよくそのまま扉をバンッと開け放つ。
「龍征!?」
「おー真昼! もう昼休み・・・」
そうして、勢いよく叫んだ真昼に応えてくれたのは、幼馴染の内の一人、桜哉だった。
教室内に視線を巡らせた真昼は、肩で息を切らしながら桜哉に問いかける。
「桜哉っ・・・お前だけ!? 龍征は!?」
「あ・・・・・・・・・あ―――――――――・・・」
耳に当てていたヘッドホンを外し、首に下げた桜哉は、真昼の問いを聞いた刹那、表情を陰らせた。
それを見た真昼は、絶望的な予感を募らせるも、しかしそれはすぐさま払拭される。
「桜哉! おらコロッケパン! これでいいんだろ!」
憤慨した声と同時に、桜哉の頭部にべしっと惣菜パンが投げつけられる。
お昼時の購買は例に漏れず行列だったようで、並ぶ羽目になったらしい。
「龍征!?」
それを投げつけたのは、紛れもない、龍征本人で。
「あっ真昼。来たんだ――――?」
その後ろには一緒に購買に行っていたらしい、虎雪の姿も在った。
そこで、真昼はすぐさま桜哉の背後に回り込むと、床に押し倒し、そのまま背に跨り、両足を掴んで締め上げていく。所謂、プロレスの逆エビ固めと云う関節技だ。
さっきのは何だよ・・・と、力を込めながら問いかければ、
「いや―――――なんか真昼がマジだったんで乗っかってみました・・・♥」
ギリと締め上げられた痛みに両手をバタバタとさせながら、桜哉は詫びれる様子もなくそう告げてくる。
いきなり何をやり始めたのかと、呆れ半分の眼差しでこちらを見つめてくる龍征の首元には、痛々しい包帯が巻かれていた。
それを見た真昼は、眉根を寄せると、
「龍征っ首・・・平気なのかよ!?」
「あー? 平気平気」
平然とした様子で事もなげに龍征は答えるが、しかしあの出血量だったのだ。
どうして、何事もなかったかのように過ごせているのか。
当惑する真昼に、虎雪が慌てた様子で言う。
「あっ・・・オレがあんなメール したから心配しちゃったんだよね。龍ちゃんが交通事故 にあったって・・・」
「・・・交通事故・・・? 昨日あったのは事故なんかじゃないだろ!? 手品師が襲ってきてっ。そいつが吸血鬼で・・・!! そうだ、購買に行った時に瑠璃姉からも同じこと聞かれなかったか!?」
虎雪の言葉に真昼は愕然としながら、訴えかける。
すると、虎雪は苦笑を浮かべ、
「手品師が吸血鬼ー? もー真昼まで桜哉みたいな変なこと言ってー」
「つーかそもそも、昨日は真昼も瑠璃さんも一緒じゃなかったろ」
龍征は怪訝そうな表情を浮かべて真昼に言う。
「そういや、今日、瑠璃さんのこと購買で見てねーけど。休みだったんじゃねーのか?」
「―――――さっきは、この変態が悪かったな。僕の名前は有栖院御園。この脱ぎたがり・・・7番目〝色欲〟の真祖―――――〝全ては愛に収束する 〟の主人 だ」
「―――――今の名前はスノーリリイと申します。どうぞ、お気軽にリリイとお呼び下さい」
ベッドから場所を移して、同じ室内にあったふかふかのソファーに瑠璃は腰掛けて、テーブルに紅茶とお菓子を用意された状態で、向かい側に座る主人と真祖から自己紹介を受けていた。
色欲の主人である御園は、頭の上で一本だけはねた毛が特徴的で、顔立ちは綺麗系の小柄な少年だった。
「それから、そちらの二人は私の下位 ―――――ユリーとマリーです」
リリイが紅い瞳をした髪の長い少女と短い少女たちの紹介もしてくれる。
〝ミストレス〟の魅惑の血による作用なのだろうか―――――懐かれてしまったようで、二人は瑠璃の両脇に座ってお菓子を口にしていた。
「私の名前は瑪瑙瑠璃と言います。傷の手当して頂いたとの事で有り難う御座います」
瑠璃もまた、ふわりと良い香りの漂ってくる紅茶を口にすると、名乗り返し、まずは感謝の言葉を述べた。
「・・・でも、どうして私だけ御園君の家に? 私と一緒に居た真昼君たちはどうなったの?」
それから、何よりも気にかかっていた事を御園に問いかける。
その際に、御園の事を下の名で呼んだのは、何となくその方が自然な気がしたからだったのだが―――――。
すると御園は虚をつかれたように一瞬目を丸くすると、次いで微かに頬を染めながら何とも言えない様子で眉根を寄せてしまう。が、リリイがクスクスと笑いを零し、「何を照れているんですか? 御園」と言うと。
「~~~っ照れてなどいない!!!」と御園はリリイを睨みつけていた。
そのやり取りに瑠璃は目を瞬かせると「私の事も、名前で呼んで貰って構わないから」と告げてみる。と、「・・・そうか、なら仕方がないな」と御園は肩を竦めるようにしながら言うと。話を戻すように、咳払いをして口を開いたのだ。
「―――――猫も契約した主人も問題ない。あと、あの場にいた他の二人に関しては、怪我をしていた方はきちんと処置をした上で、共に吸血鬼に関する記憶だけ、リリイの幻術で書き換えさせて自宅に送り届けたからな」
「・・・・・記憶の書き換え?」
「吸血鬼に関することを、何の知識もない〝一般人〟が覚えていてもやっかいなことになるだけだろう」
御園の言葉に、瑠璃は目を伏せる。
龍征たちは、いわば今回の件には巻き込んでしまったようなものだ。
今後の事を考えると、覚えていない方が彼らの為なのかもしれない。
「・・・そうかもしれないわね。有り難う、御園君、リリイさん」
「私に〝さん〟は付けなくて結構ですよ。瑠璃さん」
ぎこちなく微笑んだ瑠璃に、リリイが微笑をかえす。
そして、席を立つと瑠璃の傍まで歩み寄り、
「ところで瑠璃さん、私がひと肌脱いだのはちゃんと理由があるんですよ。〝ミストレス〟である貴女は〝沈黙する終焉 〟と『誓約』を結んでいらっしゃいますよね。そのおかげで、貴女からは彼の気配を感じ取ることが出来ます。それにより、長らく消息を絶っていた彼が、目覚めて戻ってきているというのは察することが出来ました。ですから、本当は彼が主人と契約を結ぶ前に、貴女共々お迎えに上がりたかったのですが・・・」
ひざを折ると、スッと伸ばされたリリイの手が、瑠璃の左手を取る。
「残念ながらそれが叶わなかったので、まずは瑠璃さんから口説いてみようかと思いまして♥」
「・・・は・・ぇ!? 口説くって・・・・・!?」
そのまま手の甲に口付けを落とされ、思わず瑠璃は上ずった声を上げてしまう。
相手が〝色欲〟の真祖だからなのだろうか。
「おや、可愛らしい反応をなさいますね♥」
そう言って微笑んだリリイの笑みは何処か妖艶で、瑠璃は顔に熱が集まるのを感じリリイから視線を逸らすと、
「・・・っおい、リリイ!! 子供の前で何をやっているんだ!?」
視界の隅に入った御園まで、何故か顔を赤くしながらリリイを睨みつけていた。
「御園、気にしなくても平気だよ」
「うん、私たちは大丈夫だよ」
けれど、双子は全く動揺した様子もなく、落ち着いたままで。
下位である彼女たちは、外見が変わる事は無い為、確かなことは言えないが、もしかしたら御園よりも精神年齢は実は上なのかもしれない。
「すみません、御園。確かに子供の前でやる事ではなかったですね」
対して、主人に視線を向けたリリイもまた微笑ましいものを見るような笑みを浮かべると―――――
「瑠璃さん、私たちは大切なモノを守るためにより大きな力を必要としています。
〝ミストレス〟である貴女は、その要になりうる存在でもあります。だから、貴女を〝椿〟に渡すわけにはいかない。ですから、貴女だけでもまずはこちら側に来ていただけませんか?」
今度は真摯な態度でそう告げてきたのだ。
目を瞬かせ、左腕の〝誓約の証〟に瑠璃は視線を落とす。
―――――リリイの言葉を受け入れるか否か。
ぎゅっと、左腕の真紅のリングを、右手で瑠璃は握りしめると、顔を上げて口を開いた。
「ごめんなさい、リリイ。昨日、助けて頂いたことは感謝してます。でも、その申し出を受けることは出来ません」
―――――迷う必要なんてない
―――――答は決まっている
「真昼君は、まだ主人になったばかりだから、貴方たちから見たら心許ないかもしれないけど。それは、私にも同じことが言えると思う。だから、私だけ離れるわけにはいかないの」
―――――昨日の出来事が、瑠璃の脳裏をよぎる。
―――――真昼が力を欲したのは、友人たちを守るためだった。
「大切なモノを守りたいという想いはきっと同じだから。―――――また改めて真昼君たちと一緒にお話を聞きに来ます」
瑠璃の言葉にリリイは、チラリと後ろの主人の返事を伺うように視線を向ける。
「―――――仕方がないな。もう少しだけ、時間をやろう」
椅子に片肘を付きながら、足を組んで座り、こちらを見据えていた御園が口を開いた。
「怠惰の主人には、折を見てこちらからまた接触をする。その時は、瑠璃にもまた一緒にここにきてもらう」
「分かったわ。ありがとう、御園君」
偉そうな態度が常ではあるが、きっと真昼とも仲良くなれるはずだ。
安堵の息を吐くと微笑を浮かべた瑠璃は、ふと思いついたことを口にする。
「そうだ。御園君が嫌じゃなければ、私とアドレス交換して貰えないかな?」
「なっ!?」
「おや、良いじゃないですか。御園」
名前を呼んだ時と同じように、目を瞠ると、眉根を寄せながら、何とも言えない表情を浮かべてしまった御園に、リリイがまた、にこにこと笑みを浮かべながら言う。
「瑠璃さんの連絡先が分かっていた方が、何かあった時にすぐにお知らせできますし」
「・・・まぁ、確かにその通りだな。よし、特別に交換してやる」
「ありがとう、御園君」
ツンとしながら、スマホを取り出した御園と、瑠璃は微苦笑を浮かべながら互いの連絡先の交換を行った。
「―――――では、御園。瑠璃さんをお家までお送りしてきますね」
「あぁ。洞堂の車で送ってやるといい」
―――――そのやり取りを聞いて、ふと、目を瞬かせると、瑠璃は思い出す。
―――――確か、主人とサーヴァンプが離れると、〝何かが起こる〟のではなかっただろうか。
「御園君とリリイは離れても大丈夫なの? スリーピーアッシュが、〝距離〟が離れたら、何かが起こるって言ってたんだけど・・・」
「あぁ。それなら問題ない。〝限界距離〟の範囲内だからな」
「その範囲内でしたら、別行動も可能なんですよ」
御園の説明にリリイが補足を加えて告げてくる。
「そうだったのね」
そうして瑠璃が納得したところで、双子がリリイに向かって口を開いた。
「リリイ。私たちも一緒に行っても良い?」
「瑠璃ともう少し、一緒にいたいから」
「えぇ。構いませんよ」
ユリーとマリーの言葉にリリイが頷く。
すると、二人は嬉しそうな笑みを浮かべ、瑠璃の手を左右から握ってくる。
こうして瑠璃は双子に手を引かれる形で部屋を後にしたのだ。
【本館/17・4/15掲載/別館/17・4/16転記】
☆17・6/18文章追加・修正。
―――――ひらひらと目の前を飛んでいく蝶
―――――それにより彼女の意識は閉ざされ、眠りに落ちてしまう
―――――そうして彼女が連れてこられたのは〝アリスの庭園〟だった
「―――――・・・・?」
目を開けると、見覚えのない豪奢な部屋の天井が視界に映った。
寝かされていたベッドカバーの感触も、普通の家庭ではまずない、なめらかな手触りのモノで、体を起こして周りを見渡してみれば、そろっている家具もやはり高級そうなものばかり。
すぐ傍の窓からは、レースのカーテン越しに柔らかな日差しが入り込んでくる。
昨日、外に出ていた時は夕方だった。
つまり、一夜明けていると云う事だ。
―――――何故、自分はこんな所で眠っていたのか。
戸惑いながらも記憶を辿っていた思考回路が一気に覚醒する。
「・・・真昼君たちは!?」
商店街で手品師の吸血鬼に龍征たちと一緒に居た所を襲撃され、それを真昼と『契約』したスリーピーアッシュが倒したところまでは覚えている。
その後、蝶が目の前に飛んできて―――――・・・
<―――――おや、目を覚まされたんですね―――――>
ふいに、目の前に黒い羽根の中心はピンク色という変わった姿の蝶が目の前に飛んできた。
それは、記憶の中にあった蝶の姿だったのだが・・・・・。
「え?」
その姿を目にするのと同時に耳朶に届いた、何処となく聞き覚えのある声に、瑠璃は目を瞬かせる。
―――――刹那、部屋に入り込んできていた日差しが遮られた。
と、同時に蝶の姿は視界から消え、窓の前には後ろ手にカーテンを閉めた男性が立っていたのだ。
「はじめまして、〝ミストレス〟のお嬢さん。ご気分はいかがですか?」
ピンクのシャツに、黒のズボン、黒のロングコート、白のストールを身に付け、さらに首から懐中時計を下げた、ホストのような色気たっぷりの雰囲気を持った美貌の男性。
呆然とする瑠璃に、彼は気遣うような表情を浮かべながら声を掛けてくる。
「腕の傷は一応、処置はさせて頂きましたが、もしまだ、気分が優れないでしたら、ひと肌脱ぎましょう」
「・・・・・!?」
しかし、その後に続いた言葉と行動に瑠璃の思考はピシリと停止してしまう。
―――――・・・何で脱ぐの?!
元々胸元が肌蹴ていたピンクのシャツだけでなく、下のズボンまで緩めながら、男性は悠然と微笑みかけてくる。
「―――――何をやっているんだ!? 貴様は!?」
そこに聞こえてきた怒声と同時に男性の頭部に本が投げつけられる。
いつの間にか開かれていた部屋の扉から双子の少女を伴い入ってきた少年、どうやら彼が本を投げつけたようだった。
――――― 一方、真昼は。
「・・・俺の部屋?」
室内に入り込んでくる日差しでハッと意識を覚醒させた真昼が目にしたのは見慣れた自室の天井だった。
「まさか・・・夢オチ・・・」
真昼のベッドのすぐ傍らに置いてある、猫用のベッドの籠の中には、丸まってすやすやと眠る黒猫の姿。
「やめろ―――――まだねみ―――――・・・。せっかく大冒険の末に最高の枕を手に入れる夢を・・・」
「どんな大冒険だよ」
籠から抱き上げると、目元を擦りながら、訴えてきた黒猫の姿に、真昼は呆れるが、そこですぐさま思い出す。
昨日、手品師の吸血鬼に龍征が襲われた時の出来事を―――――。
「―――――夢じゃないってことは・・・」
時計を確認すれば、すでに時刻は正午を回っている。
黒猫をベッドに降ろすと、いったん部屋を出て、向かいの部屋の扉を勢いよくノックする。
「―――――瑠璃姉!! 部屋に居る!?」
しかし、応答はなく、「ごめん、開けるよ!!」と断って開けてみれば、そこには誰の姿もなかった。
そこで、また自室に真昼は戻ると、無造作に床に放りだされていた、リュックを引っ掴み、勢いよく家を飛び出し、学校目指して走り出したのだ。
午前の授業は終了し、生徒たちが各々くつろぐ昼休みの時間帯。
時刻は、12時20分を示していた。
そんな中、校舎内に全力疾走で駆け込んできた男子生徒の姿を見て、すれ違う生徒たちは何事かと目を丸くするも、彼はそれには構わず廊下をだだだだだだと走り、自分のクラスである「1-C」の教室に辿り着くと、勢いよくそのまま扉をバンッと開け放つ。
「龍征!?」
「おー真昼! もう昼休み・・・」
そうして、勢いよく叫んだ真昼に応えてくれたのは、幼馴染の内の一人、桜哉だった。
教室内に視線を巡らせた真昼は、肩で息を切らしながら桜哉に問いかける。
「桜哉っ・・・お前だけ!? 龍征は!?」
「あ・・・・・・・・・あ―――――――――・・・」
耳に当てていたヘッドホンを外し、首に下げた桜哉は、真昼の問いを聞いた刹那、表情を陰らせた。
それを見た真昼は、絶望的な予感を募らせるも、しかしそれはすぐさま払拭される。
「桜哉! おらコロッケパン! これでいいんだろ!」
憤慨した声と同時に、桜哉の頭部にべしっと惣菜パンが投げつけられる。
お昼時の購買は例に漏れず行列だったようで、並ぶ羽目になったらしい。
「龍征!?」
それを投げつけたのは、紛れもない、龍征本人で。
「あっ真昼。来たんだ――――?」
その後ろには一緒に購買に行っていたらしい、虎雪の姿も在った。
そこで、真昼はすぐさま桜哉の背後に回り込むと、床に押し倒し、そのまま背に跨り、両足を掴んで締め上げていく。所謂、プロレスの逆エビ固めと云う関節技だ。
さっきのは何だよ・・・と、力を込めながら問いかければ、
「いや―――――なんか真昼がマジだったんで乗っかってみました・・・♥」
ギリと締め上げられた痛みに両手をバタバタとさせながら、桜哉は詫びれる様子もなくそう告げてくる。
いきなり何をやり始めたのかと、呆れ半分の眼差しでこちらを見つめてくる龍征の首元には、痛々しい包帯が巻かれていた。
それを見た真昼は、眉根を寄せると、
「龍征っ首・・・平気なのかよ!?」
「あー? 平気平気」
平然とした様子で事もなげに龍征は答えるが、しかしあの出血量だったのだ。
どうして、何事もなかったかのように過ごせているのか。
当惑する真昼に、虎雪が慌てた様子で言う。
「あっ・・・オレがあんな
「・・・交通事故・・・? 昨日あったのは事故なんかじゃないだろ!? 手品師が襲ってきてっ。そいつが吸血鬼で・・・!! そうだ、購買に行った時に瑠璃姉からも同じこと聞かれなかったか!?」
虎雪の言葉に真昼は愕然としながら、訴えかける。
すると、虎雪は苦笑を浮かべ、
「手品師が吸血鬼ー? もー真昼まで桜哉みたいな変なこと言ってー」
「つーかそもそも、昨日は真昼も瑠璃さんも一緒じゃなかったろ」
龍征は怪訝そうな表情を浮かべて真昼に言う。
「そういや、今日、瑠璃さんのこと購買で見てねーけど。休みだったんじゃねーのか?」
「―――――さっきは、この変態が悪かったな。僕の名前は有栖院御園。この脱ぎたがり・・・7番目〝色欲〟の真祖―――――〝
「―――――今の名前はスノーリリイと申します。どうぞ、お気軽にリリイとお呼び下さい」
ベッドから場所を移して、同じ室内にあったふかふかのソファーに瑠璃は腰掛けて、テーブルに紅茶とお菓子を用意された状態で、向かい側に座る主人と真祖から自己紹介を受けていた。
色欲の主人である御園は、頭の上で一本だけはねた毛が特徴的で、顔立ちは綺麗系の小柄な少年だった。
「それから、そちらの二人は私の
リリイが紅い瞳をした髪の長い少女と短い少女たちの紹介もしてくれる。
〝ミストレス〟の魅惑の血による作用なのだろうか―――――懐かれてしまったようで、二人は瑠璃の両脇に座ってお菓子を口にしていた。
「私の名前は瑪瑙瑠璃と言います。傷の手当して頂いたとの事で有り難う御座います」
瑠璃もまた、ふわりと良い香りの漂ってくる紅茶を口にすると、名乗り返し、まずは感謝の言葉を述べた。
「・・・でも、どうして私だけ御園君の家に? 私と一緒に居た真昼君たちはどうなったの?」
それから、何よりも気にかかっていた事を御園に問いかける。
その際に、御園の事を下の名で呼んだのは、何となくその方が自然な気がしたからだったのだが―――――。
すると御園は虚をつかれたように一瞬目を丸くすると、次いで微かに頬を染めながら何とも言えない様子で眉根を寄せてしまう。が、リリイがクスクスと笑いを零し、「何を照れているんですか? 御園」と言うと。
「~~~っ照れてなどいない!!!」と御園はリリイを睨みつけていた。
そのやり取りに瑠璃は目を瞬かせると「私の事も、名前で呼んで貰って構わないから」と告げてみる。と、「・・・そうか、なら仕方がないな」と御園は肩を竦めるようにしながら言うと。話を戻すように、咳払いをして口を開いたのだ。
「―――――猫も契約した主人も問題ない。あと、あの場にいた他の二人に関しては、怪我をしていた方はきちんと処置をした上で、共に吸血鬼に関する記憶だけ、リリイの幻術で書き換えさせて自宅に送り届けたからな」
「・・・・・記憶の書き換え?」
「吸血鬼に関することを、何の知識もない〝一般人〟が覚えていてもやっかいなことになるだけだろう」
御園の言葉に、瑠璃は目を伏せる。
龍征たちは、いわば今回の件には巻き込んでしまったようなものだ。
今後の事を考えると、覚えていない方が彼らの為なのかもしれない。
「・・・そうかもしれないわね。有り難う、御園君、リリイさん」
「私に〝さん〟は付けなくて結構ですよ。瑠璃さん」
ぎこちなく微笑んだ瑠璃に、リリイが微笑をかえす。
そして、席を立つと瑠璃の傍まで歩み寄り、
「ところで瑠璃さん、私がひと肌脱いだのはちゃんと理由があるんですよ。〝ミストレス〟である貴女は〝
ひざを折ると、スッと伸ばされたリリイの手が、瑠璃の左手を取る。
「残念ながらそれが叶わなかったので、まずは瑠璃さんから口説いてみようかと思いまして♥」
「・・・は・・ぇ!? 口説くって・・・・・!?」
そのまま手の甲に口付けを落とされ、思わず瑠璃は上ずった声を上げてしまう。
相手が〝色欲〟の真祖だからなのだろうか。
「おや、可愛らしい反応をなさいますね♥」
そう言って微笑んだリリイの笑みは何処か妖艶で、瑠璃は顔に熱が集まるのを感じリリイから視線を逸らすと、
「・・・っおい、リリイ!! 子供の前で何をやっているんだ!?」
視界の隅に入った御園まで、何故か顔を赤くしながらリリイを睨みつけていた。
「御園、気にしなくても平気だよ」
「うん、私たちは大丈夫だよ」
けれど、双子は全く動揺した様子もなく、落ち着いたままで。
下位である彼女たちは、外見が変わる事は無い為、確かなことは言えないが、もしかしたら御園よりも精神年齢は実は上なのかもしれない。
「すみません、御園。確かに子供の前でやる事ではなかったですね」
対して、主人に視線を向けたリリイもまた微笑ましいものを見るような笑みを浮かべると―――――
「瑠璃さん、私たちは大切なモノを守るためにより大きな力を必要としています。
〝ミストレス〟である貴女は、その要になりうる存在でもあります。だから、貴女を〝椿〟に渡すわけにはいかない。ですから、貴女だけでもまずはこちら側に来ていただけませんか?」
今度は真摯な態度でそう告げてきたのだ。
目を瞬かせ、左腕の〝誓約の証〟に瑠璃は視線を落とす。
―――――リリイの言葉を受け入れるか否か。
ぎゅっと、左腕の真紅のリングを、右手で瑠璃は握りしめると、顔を上げて口を開いた。
「ごめんなさい、リリイ。昨日、助けて頂いたことは感謝してます。でも、その申し出を受けることは出来ません」
―――――迷う必要なんてない
―――――答は決まっている
「真昼君は、まだ主人になったばかりだから、貴方たちから見たら心許ないかもしれないけど。それは、私にも同じことが言えると思う。だから、私だけ離れるわけにはいかないの」
―――――昨日の出来事が、瑠璃の脳裏をよぎる。
―――――真昼が力を欲したのは、友人たちを守るためだった。
「大切なモノを守りたいという想いはきっと同じだから。―――――また改めて真昼君たちと一緒にお話を聞きに来ます」
瑠璃の言葉にリリイは、チラリと後ろの主人の返事を伺うように視線を向ける。
「―――――仕方がないな。もう少しだけ、時間をやろう」
椅子に片肘を付きながら、足を組んで座り、こちらを見据えていた御園が口を開いた。
「怠惰の主人には、折を見てこちらからまた接触をする。その時は、瑠璃にもまた一緒にここにきてもらう」
「分かったわ。ありがとう、御園君」
偉そうな態度が常ではあるが、きっと真昼とも仲良くなれるはずだ。
安堵の息を吐くと微笑を浮かべた瑠璃は、ふと思いついたことを口にする。
「そうだ。御園君が嫌じゃなければ、私とアドレス交換して貰えないかな?」
「なっ!?」
「おや、良いじゃないですか。御園」
名前を呼んだ時と同じように、目を瞠ると、眉根を寄せながら、何とも言えない表情を浮かべてしまった御園に、リリイがまた、にこにこと笑みを浮かべながら言う。
「瑠璃さんの連絡先が分かっていた方が、何かあった時にすぐにお知らせできますし」
「・・・まぁ、確かにその通りだな。よし、特別に交換してやる」
「ありがとう、御園君」
ツンとしながら、スマホを取り出した御園と、瑠璃は微苦笑を浮かべながら互いの連絡先の交換を行った。
「―――――では、御園。瑠璃さんをお家までお送りしてきますね」
「あぁ。洞堂の車で送ってやるといい」
―――――そのやり取りを聞いて、ふと、目を瞬かせると、瑠璃は思い出す。
―――――確か、主人とサーヴァンプが離れると、〝何かが起こる〟のではなかっただろうか。
「御園君とリリイは離れても大丈夫なの? スリーピーアッシュが、〝距離〟が離れたら、何かが起こるって言ってたんだけど・・・」
「あぁ。それなら問題ない。〝限界距離〟の範囲内だからな」
「その範囲内でしたら、別行動も可能なんですよ」
御園の説明にリリイが補足を加えて告げてくる。
「そうだったのね」
そうして瑠璃が納得したところで、双子がリリイに向かって口を開いた。
「リリイ。私たちも一緒に行っても良い?」
「瑠璃ともう少し、一緒にいたいから」
「えぇ。構いませんよ」
ユリーとマリーの言葉にリリイが頷く。
すると、二人は嬉しそうな笑みを浮かべ、瑠璃の手を左右から握ってくる。
こうして瑠璃は双子に手を引かれる形で部屋を後にしたのだ。
【本館/17・4/15掲載/別館/17・4/16転記】
☆17・6/18文章追加・修正。
