第二十九章『薄明光線』
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薄明光線
―――――俺・・・・・・俺が強くなって母さんや岬を護りますから―――――
―――――お父さんみたいに強くなって―――――
それは下位吸血鬼の手によって、父親を失った露木修平が哀しみに暮れる母親に対して口にした哀切の言葉だった。
―――――いいんだよ、修ちゃん―――――
―――――強くなんてなろうとしてなるものじゃないの―――――
しかし、その言葉を聞いた母親はそんなふうに息子に対して諭すようにそう言ったのだ。
それから時が経つに連れて修平は吸血鬼に対して憎悪の感情を募らせていき。
遂に父親の仇である下位吸血鬼―――――シャムロックと対峙し、死闘を繰り広げた中で。
―――――お前に・・・どんな理由が・・・・あったとしても・・・俺はお前を絶対に許さない―――――
修平がシャムロックに向かってそう言い放つと。
〝親友〟だった『露木義正』を手に掛けたシャムロックもまた―――――
―――――・・・それでいいんだ二世―――――
―――――俺もあの日の義正の行動にどんな正義があったとしても―――――
―――――あの時俺が傷ついた事実を誰にもとやかく言わせはしない―――――
修平に対してそう明言した処で、自らの右腕を〝化物〟らしい姿に変形させると、二世代にわたる因縁を今度こそ断ち切ろうとしたのだが―――――。
そこへ〝憤怒〟の吸血鬼―――――〝フレイア〟―――――の主人となったイズナが駆けつけて。
―――――もう一度やり直すよ―――――
―――――傷つくあなたに言葉ひとつかけられなかったあの日を―――――
―――――私の背中ちゃんと見てて―――――
修平に対し、そう宣言したイズナは、シャムロックの〝怒り〟の感情領域に呑み込まれた中で―――――哀しみの涙の如く、唯一つ耀いていた青い星を掴むべく―――――フレイアと共に戦乙女と なって戦いを繰り広げた。
そして〝怒り〟を剥ぎ取られたシャムロックは、改めて親友だった義正の息子である、修平の姿を目にしたその時―――――
―――――お前のようになりたかった―――――
―――――お前は人懐っこく明るくて―――――
―――――よく笑い―――――
―――――まわりはみんなお前のことが好きだった―――――
―――――・・・おれはと言えば―――――
―――――陰気で執着心と虚栄心が強く―――――
―――――微笑むこともせず―――――
―――――誰も近くへ寄せ付けなかった―――――
――――それは生前、義正に対して抱いていた〝羨望〟の想いだった。
―――――お前のように―――――
―――――なりたかった―――――
―――――だから―――――
―――――お前に失望したくなかった―――――
―――――おれの中ではお前はいつも強く公平で―――――
―――――正しく
―――――それは信じていた〝唯一人の親友〟だった存在に、〝裏切られた〟のだと、いう事実に直面した時に抱いた〝痛切〟な想いだった。
そして―――――
―――――おれは一度死んで尚、お前への妄執を止められなかった―――――
―――――
―――――けれどお前が
―――――その
―――――暗闇のなかでおれはそればかりを―――――
〝絶望〟の果てに、自ら命を絶ち、椿の下位吸血鬼となった後。
その胸の奥に轟いていた〝怒り〟の感情のままに、親友を自ら手に掛けた。
しかしその心の奥底には決して消えることなく残された〝悲哀〟と〝苦悩〟の感情があったのだと。
―――――親友の忘れ形見であった息子との戦いを通じて、自らの本心に気付いたシャムロックの左目からは一筋の涙が流れていた。
「あの日、お前を許せたらよかった・・・。もう一度お前の顔が見たい・・・」
そうして込み上げてきた〝悔恨の想い〟を言葉にしながら地に両膝を突いて涙を溢れさせたシャムロックは、銃を手放すことなく持ったまま己の前まで近づいてきた処で、立ち尽くしていた修平に対して。
「どうか・・・笑ってくれ。笑っていてくれ。俺を殺して、恨みを晴らして。どうかその先、あいつの代わりに笑っていてくれ。修平」
嘆願するようにその言葉を紡ぎだすと、ゆっくりと銃を握り締めていた修平の右手に向かって左手を伸ばしていき。
「俺にはもうそれを見る資格はない」
銃の照準をしっかりと、己のこめかみに突き付ける状態を取らせたシャムロックは、自ら修平に断罪されることを願った。
そして悲しみに打ちひしがれるシャムロックを睨め付けるように見据えながら、修平は復讐を果たすべく引き金に指を伸ばしたのだが。
「―――――・・・・・・っ!」
震える指先には力が入ることはなく。
明るい場所で晒されたシャムロックの素顔を直視した修平の内には微かに〝躊躇い〟の感情が生まれていた。
そんな中、ふいに修平の意識の内に浮かんできたのは―――――
『・・・・・・修平。理性で復讐はできないよ』
―――――〝嫉妬〟の吸血鬼の主人である御国から示唆されたあの言葉だった。
だが、しかし―――――
―――――俺が殺すんだ―――――
―――――おれが・・・・・・―――――
そればかりを考えて、怒りの中に囚われた状態で、銃を撃った結果―――――
誤って幼馴染みであるイズナに怪我を負わせてしまった。
だからこそ、今度は間違える訳にはいかない。
目を閉じた修平は己の内側に意識を向けていく。
と―――――
『―――――・・・・・・露木さん!! 絶対にそれはやめて下さい!! ・・・・・・そんなことをしたら今度こそ止まらなくなってしまう!!―――――』
―――――御国の言葉に次いで思い出されたのは、〝怠惰〟の吸血鬼の〝ミストレス〟である瑠璃の口から嘆願されたその言葉だった。
「・・・御国先輩。・・・やっぱり俺は」
そこで自分がどうするべきなのか、その『答』を露木が口にしようとしたその時―――――
「おやぁ?」
何処となく間の抜けたような男の声とともに人影が顕れて。
「状況は悪そうだねぇ。手を貸そうか? シャムロック」
ぬぅと開かれていた扉の向こう側から室内を覗き込むようにしながら姿を見せたのは赤髪で長髪の男―――――シャムロックと同じ憂鬱の下位であるヒガンだった。
「「・・・!?」」
ヒガンに対し、修平とフレイアが警戒した面持ちになった中。
「ヒ、ガン・・・」
シャムロックが声を詰まらせながら、同胞の名前を呼ぶと。
「致し方なし。そういう時もあるさ」
ザと此方に一歩ヒガンは踏み込んできた処で、
「・・・ツユキくん、か?」
軽く眉根を寄せながら、修平に目を向けてきて。
「・・・ッ」
面識はないが、自分の〝名前〟を知っている。
つまり、ヒガンという名のこの下位吸血鬼こそが、父を手に掛けた吸血鬼と共にいたもう一人の吸血鬼ということか。
すぐさまその考えに至った修平が焦燥感を滲ませた中。
「
そう呟いたヒガンは嗜虐を感じさせる冷たい笑みを浮かべながら、掲げた右手にボッと炎を具現化させると。
「悪いねぇ。なあに、すぐすむさ。過去の因縁などここで燃やし尽くして帰ろう。椿のところへ」
さらにボボボッと左手にも炎を現出させた処で、そこからは踊るように新たな炎が伸びていって。ヒガンの足元には獲物に忍び寄るサソリの影が現われていた。
そして獲物と定められた修平が為す術なく、ボウッと襲い掛かってきた炎に身体を焼かれてしまいそうになったその刹那―――――。
呆然とした面持ちでヒガンを見ていたシャムロックが立ち上がるのと同時に右腕を突き出してヒガンの炎から修平を庇ったのだ。
「―――――っ!?」
想定していなかったシャムロックの行動に、さしものヒガンも愕然とした面持ちになったものの、すぐさまバッと右手を翻すと操っていた炎を消失させたのだが。
しかし、シャムロックの腕に絡みついた炎は沈下することなく。ボォォ・・・と激しく燃え続けていて。崩れ落ちるように膝を突いたシャムロックの姿を修平はただ呆然と見つめていた。
そうして沈黙が支配した中、まるで自ら罰を請け負うかのように、鎮火させることなく炎に右腕を焼かれ続けるシャムロックに。
「シャ・・・」
右手を伸ばしかけたヒガンが困惑を滲ませながら呼びかけようとしたのだが。
「ヒガン。若に・・・伝えてくれ。申し訳ないと」
俯きながら滂沱の涙を溢れさせたシャムロックの様子を目にしたヒガンはそこで、自分は思い違いをしていたのだという事に気付かされる。
―――――シャムロックは〝敗色濃厚〟だった訳ではなく。
―――――自ら〝裁かれる〟ことを選んだのだと。
「ああ・・・わかったよ」
微かに眉を下げたヒガンは静かな声音で応じた後に。
「傷付きなさんな。椿はきっとお前を許すよ」
この場から一人で撤退することにしたヒガンは左手を掲げながら肩越しにシャムロックを見遣ると、そう言い残して部屋の外に出て行った。
―――――・・・ヒガン。シャムロックが感情のけじめをつけたい人間がいるんだって―――――
―――――一人で行くって聞かないからさ・・・。キミがついていってあげてよ―――――
―――――まあ、用心棒としてね―――――
―――――相手はC3の・・・人間だったころの親友だそうだよ―――――
それはシャムロックが椿の下位になってから間もなくしての出来事だった。
そこでヒガンは椿の要請に従ってシャムロックに同行し―――――シャムロックの目的の妨げにならないよう周囲の魔術師を蹴散らし、最後に彼の存在に庇われた少年魔術師の右脚を炎で焼き、瀕死の状態に陥らせた処で。
―――――用は済んだ。帰るぞ、ヒガン―――――
親友だった男の血を吸い尽くしたシャムロックは少年にまでは手を出すことなく立ち去ろうとした。
しかしヒガンは芸術を描くための『キャンバス』として、残されていた少年を利用することを望んだのだが。
―――――やめろヒガン。お前の趣味は歪んでいる―――――
―――――相手は子供だ。子供にまで手を下すなんて非道極まりない―――――
シャムロックから難色を示された為―――――その時は諦めてその場から引き揚げることにしたものの。
―――――・・・至極まっとうな意見だが―――――
―――――今したが旧友を喰った男の台詞かねぇ・・・―――――
歪んでるのは果たして、ヒガンとシャムロックのどちらだったのか・・・・・・。
ナンバー2であるヒガンに次ぐ強さを持ったシャムロックは、憂鬱組の参謀として真祖である椿に忠義を尽くし献身を捧げてきた。
しかし、けじめをつけたはずの〝感情〟はシャムロックの深層心理の中からは消えることはなく。
あの日失ってしまった〝親友〟の面影を宿した〝息子〟の命が目の前で消されてしまいそうになった刹那―――――衝動的に身を挺して庇うという結末を迎えることとなった。
だからもうシャムロックは椿の元に戻ることは出来ない。『若』と呼んで敬愛していた真祖のことを想い、慟哭しながら許しの言葉を託してきた同胞の姿を思い返したヒガンは―――――
「・・・シャム。その歪みは苦しかっただろう。お前は・・・―――――
寂しげな口調でそう呟くと、自らの象徴であるサソリの画を、最後の手向けとしてその場に描いた後に、踵を返して立ち去っていったのだ。
「・・・無事か、修平」
「な・・・んで・・・」
ヒガンの気配が遠ざかった処で、自身の右腕が焼かれているのにも拘らず、安否を問う言葉を口にしてきたシャムロックに対し、茫然自失状態となっていた修平が絞り出すような声音でそう言い返すと。
「・・・・・・は・・・本当に・・・な」
シャムロックは自嘲めいた笑みを口元に薄っすらと浮かべて。
「おれはどうかしている。中途半端で何にもなれない・・・」
ボォ・・・と燃え続ける自身の右腕に頓着することなく、項垂れたまま座り込み続けるシャムロックの様子を修平は戸惑いの色を浮かべながら見つめていたのだが。
―――――・・・・・・いま、俺がすべきことは何なのか。
―――――・・・・・・その『答』はもう出ている筈だ。
修平はグッと右手を膝の上で握りしめると腰を落としていく。
「そのままじゃ・・・右腕が焼け落ちてしまいます」
距離が近くなった修平の言葉にチラリとシャムロックは視線を動かすと。
「俺の血を・・・飲んでください」
左手で右腕の服の袖を捲り上げた修平の台詞に唖然とした面持ちになり。
「な・・・・・・自分が何を言っているかわかってるのか!? 俺は吸血鬼だぞ!?」
「えぇ・・・ですから回復の助けになるかと・・・」
そんなシャムロックに対して修平は落ち着いた声音で自身の考えを伝えるも。
「血なんて飲ませたら俺はお前を殺すかもしれないんだぞ。もう忘れたのか!?」
さっき殺されかけただろうっ!! と声を荒げたシャムロックに、思わず修平も苛立ちを覚えて。
「なんですか、その言い方」
眉を顰めながらシャムロックを見返したのだが。
【本館/25・06/30/別館/25・07/12掲載】
