第二十八章『桎梏の塔』
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「・・・でも、そんな世界はおかしいだろう?」
―――――・・・・・・ぇ?
ふと、『塔間』の口から漏れ出たその言葉に、茫然となりながら真昼と瑠璃は目を瞬かせる。
「こんな地獄を許容している世界はおかしい。世界が丸いのもおかしい。丸くなんてなければ。端から落ちて死ねるのに。そう気づいたら・・・・・・世界の形を変えてやるべきだと思った」
しかし、その後に『塔間』の口から語られたのは暗澹たる思いが込められたもので。
「だから吸血鬼 でも作ってやろうと思ったんだ」
そうして左手をスラックスのポケットに入れながら、そう言った『塔間』が右手で指し示した処には―――――『力』が顕現していて。
―――――・・・・・・『力』くん?
ハッと瑠璃が目を瞬かせると、『力』はまたすぐにこの場から姿を消してしまう。
そして―――――
「・・・え? サーヴァンプ・・・?」
真昼が困惑した面持ちで、『塔間』の顔を見返すと―――――。
「サーヴァンプを作り出すとエネルギー源として周囲一帯の人間の命を喰らうそうだ。世界が理不尽な棒量に屈する様が見たいな」
『塔間』は右手を口元に添えながら、ニヤリと凄絶な笑みを浮かべて。
「まあ実際・・・手段はなんでもよかったが吸血鬼生成 が一番手軽で成功率が高そうだっただけだ。成功すればそれは過去すべての魔術師る。特別な存在になれれば・・・」
―――――・・・・・・〝特別な存在〟―――――
瑠璃は『塔間』の口から紡ぎだされたその言葉に眉根を寄せる。
と―――――
『塔間』は右手を自身の左胸に添えながら、
「そうすればもう誰も・・・俺の名前を忘れないだろう。畏怖をもってこの名を呼ぶんだ。世界を壊した俺の名前を」
そうして口にしたその〝思想〟は、傲慢で身勝手ともいえるものだ。
けれど―――――
「だけど貴方が―――――」
「お前が本当に名前を呼んでほしかった人はもういないんだろ」
『塔間』の顔を見据えた瑠璃に続き、真昼が確信を突く言葉を口にする。
すると『塔間』の姿は昏い影の中に塗り潰されていき―――――
「ああ・・・事故で死んだ からな」
ニヤと歪められた口元からは紫煙が吐き出されていく。
「言葉で煙に巻くなよ! お前自身が両親や世界を許せないなら、何をしたって何も変わらねぇよ!」
それを真昼が右手で打ち消しながら反論すると。
「おいおい。わざわざ来てきれい事か? たまらんなあ。そっちのお嬢さんのほうはどうかしらんが、お前にだってあるくせに。そんなきれい事では許せないようなことが」
『塔間』は当てつけのように真昼に対して絡んできて。
「選ぶことのできない理不尽な不運・・・不満・・・不幸・・・。たとえば容姿・・・性別・・・体質・・・生まれた場所・・・親 ・・・」「―――――・・・・・・っ!」
ふいに真昼の顔が強張ったものになる。
真昼が反応を示したのは『親』という言葉だった。
―――――真昼の母親は事故で亡くなっている―――――
瑠璃はそれ以上の事は知らない。
『真昼』は自分のことを『姉』と慕ってくれて『家族』として受け入れてくれた。
そして瑠璃もまた、真昼のことは『弟』として大切に想っている。
けれど―――――
「誰かの心を暴くというのは暴かれる覚悟があるってことだろう? こんなとこまで入ってきちまっていいのか? なあ俺はお前らの永遠の敵だぞ。この意味がわかるか ?」
―――――『父親』に関することは今日まで、真昼に尋ねることが出来ていなかった。
―――――いくら真昼が自分のことを、『家族』として受け入れてくれたとはいえ、無遠慮に踏み込んで良いとは思えなかったから。
「・・・・・・」
瑠璃は沈鬱な面持ちで眉根を寄せてしまう。
と―――――
『塔間』はそんな瑠璃の様子を一瞥し、くくっと喉の奥で押し殺すような笑いを漏らした後に、視線をまた真昼のほうに滑らせると。
「お前が一番恐れているものの話をしてやろうか。お前の『父親』の話を。―――――お前の隣にいるお嬢さんも、聞きたそうだからな。『弟』の『父親』がどういう人間だったのか」
両掌を腰に当てながら、冷たく醒めた笑みを浮かべて。
「自分と母を捨てていって。連絡のひとつもよこすことなく。極めつけに母が死んでも葬式にすら来ない最低な男・・・」
「・・・なんで・・・? 知ってるのか・・・?」
冷たい汗が頬を滑り落ちるのと同時に、真昼は顎を戦慄かせながら言った。
「ああ。よ―――――く知ってる 。誰より な。とんでもねぇ悪人 だよ。お前の父親は」
そんな真昼の反応を愉しむように『塔間』はしたり顔で話し続ける。
―――――今まで誰にも聞けなかったのか? かわいそうに。
―――――誰もその男 のことを口に出さないのは、そいつがクズだからと薄々感づいていただろ?
―――――自分の血 を知るのは恐ろしいよな。
―――――いやだよなあ。そんな人間 が自分の親だなんて。
―――――そんなクズの血が自分にも流れてると思うと吐き気がするよな。
―――――「自分ももしかしてそんなひどい人間になるのでは?」
―――――その恐怖で足が震えるだろ。
そうしてその揺さぶりにより、真昼の心は完全に折れてしまうであろうかのように見えた。
けれど―――――
「・・・・・・」
ギュッと胸元で右手を握り締めた瑠璃は静かな眼差しを傍らの真昼に向ける。
―――――向き合うことに対する『覚悟』がなかった頃の真昼君だったら『父親』の話を聞くことは耐えられなかったかもしれない―――――
―――――だけど、いまの真昼君なら―――――
「でも俺は俺だよ」
しかして真昼もまた静かな瞳で『塔間』を見返しながら、その『答』を口にするのと同時に、己の右手を彼に向かって差し出したのだ。
「・・・あ?」
そんな真昼の返答と振る舞いは『塔間』からしてみれば、到底理解できないものだった。
眉を顰めながらフリーズ状態となった『塔間』に真昼は語りかけていく。
「お前の言うとおり・・・名前も知らない父親のことがずっと・・・許せなかった。その存在を言葉にもできないくらいに」
―――――母さんは 、昔、俺が小さい頃に事故で死んじゃったんだ―――――
―――――それで一人になって・・・なかなか行き先が決まんなかったんだけど―――――
―――――そんな俺を叔父さんが引き取ってくれたんだ―――――
城田家で瑠璃が暮らすことになった時、家族関係に関して真昼はそう話していた。
けれど本当は―――――
「・・・・・・そうだな。きっと、怒ってたんだ。俺は」
それに気づけた今なら、目の前にいる〝彼〟の気持ちもまた分かるような気がする。
「お前もきっとそうなんだろ。理不尽をずっと許せないんだな。・・・だけど、許せなきゃ、向き合えないから」
落ち着きを払った声音で話し続ける真昼の中に浮かんできたのは、吸血鬼 の主人になってから、目にしてきた様々な〝怨嗟〟の想い。
そして―――――
「向き合えなきゃ、進めないから」
〝悲哀〟の想い。
その場景は瑠璃の中にも流れ込んできていて―――――
―――――〝怒り〟――――
―――――それはひどく恐怖に似ている―――――
―――――〝怒り〟は傷付くことを恐れる臆病な心に似ている―――――
―――――〝怒り〟は痛む傷を隠そうとする弱さに似ている―――――
―――――〝怒り〟は傷付くことに似ている―――――
―――――傷付いているのと怒っているのは外から見た形がとても似ている―――――
しかして―――――
―――――〝怒り〟は本質的には〝盾〟であり―――――
―――――剣に見えるそれもまた、実際は〝盾〟で―――――そして大事な何かを守るためのものなのだ―――――
―――――怒るべき時に怒れない者は結局なにも守ることができない―――――
―――――自分さえも―――――
しかしながら―――――
―――――怒りに呑み込まれることはあってはならない―――――
―――――怒りの中は真っ暗で相手も自分も見えなくなってしまうから―――――
それに共鳴するように感じ取ったのは〝憤怒〟の主人となったイズナとその大罪を司る真祖の中にいる〝彼の存在〟の存在の言葉だった。
―――――本当にその通りだわ―――――
心中でポツリと瑠璃は呟く。
〝・・・・・・白々しい台詞ですね。〝誰とも向き合おうとする気がない〟くせに〟
〝―――――塔間さん。私はそんな貴方のことが大嫌いです〟
それと同時に瑠璃が思い出したのは自身が『塔間』に対して口にした言葉で。
「お前を見てるとわかるよ。許すことで救われるのは相手じゃなくて。許すほう なんだ」
そうして『塔間』のほうに瑠璃もまた目を向けていく。
―――――私も真昼君が一緒にいてくれなかったら、気づくことができないままだったかもしれない―――――
「なあこの手を取れよ。自分が何者になるかなんて誰かに決められることじゃない」
果たして『塔間』は真昼の手を取るのだろうか。
静観の姿勢を取りながら『塔間』を見つめていた瑠璃はそこでふと目を瞬かせた。
―――――・・・・・・あ。
いつの間にか、外は静かになっていて。
窓の外に見える景色は穏やかな空に変わっていた。
真昼もまたそれに気付き、口元を緩めると。
「〝姉弟〟揃って・・・・・・何を笑ってやがる」
怪訝そうに眉を顰めながら目を向けてきた『塔間』に対し―――――
「塔間さん、気付いていないんですか?」
「わかんねぇのか? お前・・・」
瑠璃と真昼が揃って口を開こうとすると。
「出てけ。クソガキ共」
距離を一歩詰めてきた『塔間』が此方を威圧するかのように見下ろしてきて。
高身長の『塔間』から迫られたことにより、反射的に瑠璃と真昼は僅かに身を引きそうになるも。
「いいえ、塔間さん。私達はまだ貴方に伝えなければならない大切なことがあります」
しかし、ここで引き下がるつもりは自分達には毛頭ないのだ。
「・・・塔間。俺達は信じたくてここまで来たんだ」
臆することなく口を開いた瑠璃に続いて真昼も言葉を紡ぎだす。
「誰の心の中にも、そこがどんなに暗くても。一番底には必ず希望があるって証明 んだ。その希望をそっとすくってあげられる人間になりたいからつれてきた」
その想いに応えて〝幼子〟が真昼のローブの影に顕現する。
そこで瑠璃はスッと床に片膝を突くと。
「吊戯さん」
―――――目線を合わせながら〝幼子〟の『名前』を呼んだ。
そして真昼の右脚のふくらはぎの辺りを両手で握りながら顔を覗かせた『吊戯』に、瑠璃はそっと右手を差し伸べると。『吊戯』もまた此方に向かって左手を伸ばしてきて、小さな掌がぎゅっと握り返してくる。
それから瑠璃は『吊戯』と手を繋いだまま、静かに立ち上がると。
「塔間さん。貴方がひとりぼっちじゃなくなるために手を伸ばした―――――この塔を唯一照らしていた希望 よ」
微かに目を見開きながら此方を見つめてきていた『塔間』に向かってそう告げたのだ。
そして『吊戯』もまた澄んだ瞳で『塔間』を見つめ返すと。瑠璃の手を離して、自身のローブの中から小さな黒い箱を取り出すと、それを両掌で大切そうに抱えながら『塔間』の傍に近づいて行って。
「・・・泰ちゃん。これ・・・大事なものが入ってたはずなのに鍵をなくしてあけられないんだ。・・・でも泰ちゃんだけはあけられるから・・・・・・」
小さな掌に乗せた黒い小箱を『塔間』に向かってそっと『吊戯』は差し出して。
「・・・泰ちゃん」ともう一度、〝彼〟の『名前』を呼ぶと。
『塔間』が左手を『吊戯』から差し出された黒い小箱に向かって伸ばしてきて。
その手が黒い小箱を掴んだ刹那―――――
パアッと柔らかな光が瞬き、『吊戯』の両掌の中に真っ白な靴が具現化したのだ。
「くつ だ! 泰ちゃんがオレに初めて買ってくれたくつだ!」
『吊戯』の表情が歓喜の笑顔に彩られる。
「ありがとう泰ちゃん。これで外に出られるよ」
そして呆然となった『塔間』に『吊戯』はお礼を言った。
その瞬間―――――『吊戯』は〝幼子〟の姿から〝青年〟の姿に成長を遂げて―――――。
「この靴でオレたち、どこにでも行けるんだね。空なんか飛べなくてもね」
大人になった『吊戯』は靴を履いた足で一歩前に踏み出すと。
二ッと口元に笑みを浮かべながら、
「ここを出てどこへ行く?」
その言葉とともに『塔間』に向かって右手を差し出したのだ。
―――――真昼と瑠璃がその光景を目にした時、しめやかに塔の崩壊が始まっていた。
それは閉塞された〝彼〟の世界が終わりを迎えた合図だった。
「・・・なんだ。いつのまに・・・こんなにでかくなってやがったんだ」
憑き物が落ちたように静かな瞳で『吊戯』を見返した『塔間』がそう呟くと。
その刹那―――――
ふわりと『吊戯』に続いて、真昼と瑠璃の身体が空中に投げ出される。
しかし三人の身体は崩れた瓦礫とともに地に落ちることはなく。柔らかな光に包まれていた。
そして心の奥底にずっと絡みついていた鎖が消失したのを感じた『塔間』もまた。
自身の足場が瓦解した処で、そのまま流れに身を任せるようにしながら、静かに目を伏せると。
―――――ただ、ここにいるって叫び続けて声も枯れた―――――
―――――誰にも俺なんて見えてないような―――――
―――――おれがいてもいなくても変わらない世界で―――――
―――――・・・ただひとつ―――――
―――――後悔があるとするなら―――――
―――――もっと早くにお前をどこかへ置いてこなかったこと―――――
ふと思い出したのは、自身にとって〝唯一の存在〟だった、〝幼子〟の柔らかな温もりだった。
―――――あの小さな温度だけが生きる理由だった―――――
「・・・お前なんか捨ててきちまえばよかった」
しかし、自身の胸の内に浮かんだその想いをやはり素直に受け入れるふうにはならず。
最後にまた、皮肉めいたその言葉を『塔間』は口にすると。
―――――ただあたたかいところで―――――
―――――ねむりたかったんだ―――――
―――――そうして誰かが俺の名前を呼ぶ声で―――――
―――――目を覚ましてみたかった―――――
『塔間』の身体もまた、やがて柔らかな陽光のような光に包まれて。
目覚めの時を迎えることとなる。
【本館/24・11/16/別館/24・11/30掲載】
―――――・・・・・・ぇ?
ふと、『塔間』の口から漏れ出たその言葉に、茫然となりながら真昼と瑠璃は目を瞬かせる。
「こんな地獄を許容している世界はおかしい。世界が丸いのもおかしい。丸くなんてなければ。端から落ちて死ねるのに。そう気づいたら・・・・・・世界の形を変えてやるべきだと思った」
しかし、その後に『塔間』の口から語られたのは暗澹たる思いが込められたもので。
「だから
そうして左手をスラックスのポケットに入れながら、そう言った『塔間』が右手で指し示した処には―――――『力』が顕現していて。
―――――・・・・・・『力』くん?
ハッと瑠璃が目を瞬かせると、『力』はまたすぐにこの場から姿を消してしまう。
そして―――――
「・・・え? サーヴァンプ・・・?」
真昼が困惑した面持ちで、『塔間』の顔を見返すと―――――。
「サーヴァンプを作り出すとエネルギー源として周囲一帯の人間の命を喰らうそうだ。世界が理不尽な棒量に屈する様が見たいな」
『塔間』は右手を口元に添えながら、ニヤリと凄絶な笑みを浮かべて。
「まあ実際・・・手段はなんでもよかったが
―――――・・・・・・〝特別な存在〟―――――
瑠璃は『塔間』の口から紡ぎだされたその言葉に眉根を寄せる。
と―――――
『塔間』は右手を自身の左胸に添えながら、
「そうすればもう誰も・・・俺の名前を忘れないだろう。畏怖をもってこの名を呼ぶんだ。世界を壊した俺の名前を」
そうして口にしたその〝思想〟は、傲慢で身勝手ともいえるものだ。
けれど―――――
「だけど貴方が―――――」
「お前が本当に名前を呼んでほしかった人はもういないんだろ」
『塔間』の顔を見据えた瑠璃に続き、真昼が確信を突く言葉を口にする。
すると『塔間』の姿は昏い影の中に塗り潰されていき―――――
「ああ・・・
ニヤと歪められた口元からは紫煙が吐き出されていく。
「言葉で煙に巻くなよ! お前自身が両親や世界を許せないなら、何をしたって何も変わらねぇよ!」
それを真昼が右手で打ち消しながら反論すると。
「おいおい。わざわざ来てきれい事か? たまらんなあ。そっちのお嬢さんのほうはどうかしらんが、お前にだってあるくせに。そんなきれい事では許せないようなことが」
『塔間』は当てつけのように真昼に対して絡んできて。
「選ぶことのできない理不尽な不運・・・不満・・・不幸・・・。たとえば容姿・・・性別・・・体質・・・生まれた場所・・・
ふいに真昼の顔が強張ったものになる。
真昼が反応を示したのは『親』という言葉だった。
―――――真昼の母親は事故で亡くなっている―――――
瑠璃はそれ以上の事は知らない。
『真昼』は自分のことを『姉』と慕ってくれて『家族』として受け入れてくれた。
そして瑠璃もまた、真昼のことは『弟』として大切に想っている。
けれど―――――
「誰かの心を暴くというのは暴かれる覚悟があるってことだろう? こんなとこまで入ってきちまっていいのか? なあ俺はお前らの永遠の敵だぞ。
―――――『父親』に関することは今日まで、真昼に尋ねることが出来ていなかった。
―――――いくら真昼が自分のことを、『家族』として受け入れてくれたとはいえ、無遠慮に踏み込んで良いとは思えなかったから。
「・・・・・・」
瑠璃は沈鬱な面持ちで眉根を寄せてしまう。
と―――――
『塔間』はそんな瑠璃の様子を一瞥し、くくっと喉の奥で押し殺すような笑いを漏らした後に、視線をまた真昼のほうに滑らせると。
「お前が一番恐れているものの話をしてやろうか。お前の『父親』の話を。―――――お前の隣にいるお嬢さんも、聞きたそうだからな。『弟』の『父親』がどういう人間だったのか」
両掌を腰に当てながら、冷たく醒めた笑みを浮かべて。
「自分と母を捨てていって。連絡のひとつもよこすことなく。極めつけに母が死んでも葬式にすら来ない最低な男・・・」
「・・・なんで・・・? 知ってるのか・・・?」
冷たい汗が頬を滑り落ちるのと同時に、真昼は顎を戦慄かせながら言った。
「ああ。よ―――――く
そんな真昼の反応を愉しむように『塔間』はしたり顔で話し続ける。
―――――今まで誰にも聞けなかったのか? かわいそうに。
―――――誰も
―――――自分の
―――――いやだよなあ。そんな
―――――そんなクズの血が自分にも流れてると思うと吐き気がするよな。
―――――「自分ももしかしてそんなひどい人間になるのでは?」
―――――その恐怖で足が震えるだろ。
そうしてその揺さぶりにより、真昼の心は完全に折れてしまうであろうかのように見えた。
けれど―――――
「・・・・・・」
ギュッと胸元で右手を握り締めた瑠璃は静かな眼差しを傍らの真昼に向ける。
―――――向き合うことに対する『覚悟』がなかった頃の真昼君だったら『父親』の話を聞くことは耐えられなかったかもしれない―――――
―――――だけど、いまの真昼君なら―――――
「でも俺は俺だよ」
しかして真昼もまた静かな瞳で『塔間』を見返しながら、その『答』を口にするのと同時に、己の右手を彼に向かって差し出したのだ。
「・・・あ?」
そんな真昼の返答と振る舞いは『塔間』からしてみれば、到底理解できないものだった。
眉を顰めながらフリーズ状態となった『塔間』に真昼は語りかけていく。
「お前の言うとおり・・・名前も知らない父親のことがずっと・・・許せなかった。その存在を言葉にもできないくらいに」
―――――
―――――それで一人になって・・・なかなか行き先が決まんなかったんだけど―――――
―――――そんな俺を叔父さんが引き取ってくれたんだ―――――
城田家で瑠璃が暮らすことになった時、家族関係に関して真昼はそう話していた。
けれど本当は―――――
「・・・・・・そうだな。きっと、怒ってたんだ。俺は」
それに気づけた今なら、目の前にいる〝彼〟の気持ちもまた分かるような気がする。
「お前もきっとそうなんだろ。理不尽をずっと許せないんだな。・・・だけど、許せなきゃ、向き合えないから」
落ち着きを払った声音で話し続ける真昼の中に浮かんできたのは、
そして―――――
「向き合えなきゃ、進めないから」
〝悲哀〟の想い。
その場景は瑠璃の中にも流れ込んできていて―――――
―――――〝怒り〟――――
―――――それはひどく恐怖に似ている―――――
―――――〝怒り〟は傷付くことを恐れる臆病な心に似ている―――――
―――――〝怒り〟は痛む傷を隠そうとする弱さに似ている―――――
―――――〝怒り〟は傷付くことに似ている―――――
―――――傷付いているのと怒っているのは外から見た形がとても似ている―――――
しかして―――――
―――――〝怒り〟は本質的には〝盾〟であり―――――
―――――剣に見えるそれもまた、実際は〝盾〟で―――――そして大事な何かを守るためのものなのだ―――――
―――――怒るべき時に怒れない者は結局なにも守ることができない―――――
―――――自分さえも―――――
しかしながら―――――
―――――怒りに呑み込まれることはあってはならない―――――
―――――怒りの中は真っ暗で相手も自分も見えなくなってしまうから―――――
それに共鳴するように感じ取ったのは〝憤怒〟の主人となったイズナとその大罪を司る真祖の中にいる〝彼の存在〟の存在の言葉だった。
―――――本当にその通りだわ―――――
心中でポツリと瑠璃は呟く。
〝・・・・・・白々しい台詞ですね。〝誰とも向き合おうとする気がない〟くせに〟
〝―――――塔間さん。私はそんな貴方のことが大嫌いです〟
それと同時に瑠璃が思い出したのは自身が『塔間』に対して口にした言葉で。
「お前を見てるとわかるよ。許すことで救われるのは相手じゃなくて。
そうして『塔間』のほうに瑠璃もまた目を向けていく。
―――――私も真昼君が一緒にいてくれなかったら、気づくことができないままだったかもしれない―――――
「なあこの手を取れよ。自分が何者になるかなんて誰かに決められることじゃない」
果たして『塔間』は真昼の手を取るのだろうか。
静観の姿勢を取りながら『塔間』を見つめていた瑠璃はそこでふと目を瞬かせた。
―――――・・・・・・あ。
いつの間にか、外は静かになっていて。
窓の外に見える景色は穏やかな空に変わっていた。
真昼もまたそれに気付き、口元を緩めると。
「〝姉弟〟揃って・・・・・・何を笑ってやがる」
怪訝そうに眉を顰めながら目を向けてきた『塔間』に対し―――――
「塔間さん、気付いていないんですか?」
「わかんねぇのか? お前・・・」
瑠璃と真昼が揃って口を開こうとすると。
「出てけ。クソガキ共」
距離を一歩詰めてきた『塔間』が此方を威圧するかのように見下ろしてきて。
高身長の『塔間』から迫られたことにより、反射的に瑠璃と真昼は僅かに身を引きそうになるも。
「いいえ、塔間さん。私達はまだ貴方に伝えなければならない大切なことがあります」
しかし、ここで引き下がるつもりは自分達には毛頭ないのだ。
「・・・塔間。俺達は信じたくてここまで来たんだ」
臆することなく口を開いた瑠璃に続いて真昼も言葉を紡ぎだす。
「誰の心の中にも、そこがどんなに暗くても。一番底には必ず希望があるって
その想いに応えて〝幼子〟が真昼のローブの影に顕現する。
そこで瑠璃はスッと床に片膝を突くと。
「吊戯さん」
―――――目線を合わせながら〝幼子〟の『名前』を呼んだ。
そして真昼の右脚のふくらはぎの辺りを両手で握りながら顔を覗かせた『吊戯』に、瑠璃はそっと右手を差し伸べると。『吊戯』もまた此方に向かって左手を伸ばしてきて、小さな掌がぎゅっと握り返してくる。
それから瑠璃は『吊戯』と手を繋いだまま、静かに立ち上がると。
「塔間さん。貴方がひとりぼっちじゃなくなるために手を伸ばした―――――この塔を唯一照らしていた
微かに目を見開きながら此方を見つめてきていた『塔間』に向かってそう告げたのだ。
そして『吊戯』もまた澄んだ瞳で『塔間』を見つめ返すと。瑠璃の手を離して、自身のローブの中から小さな黒い箱を取り出すと、それを両掌で大切そうに抱えながら『塔間』の傍に近づいて行って。
「・・・泰ちゃん。これ・・・大事なものが入ってたはずなのに鍵をなくしてあけられないんだ。・・・でも泰ちゃんだけはあけられるから・・・・・・」
小さな掌に乗せた黒い小箱を『塔間』に向かってそっと『吊戯』は差し出して。
「・・・泰ちゃん」ともう一度、〝彼〟の『名前』を呼ぶと。
『塔間』が左手を『吊戯』から差し出された黒い小箱に向かって伸ばしてきて。
その手が黒い小箱を掴んだ刹那―――――
パアッと柔らかな光が瞬き、『吊戯』の両掌の中に真っ白な靴が具現化したのだ。
「
『吊戯』の表情が歓喜の笑顔に彩られる。
「ありがとう泰ちゃん。これで外に出られるよ」
そして呆然となった『塔間』に『吊戯』はお礼を言った。
その瞬間―――――『吊戯』は〝幼子〟の姿から〝青年〟の姿に成長を遂げて―――――。
「この靴でオレたち、どこにでも行けるんだね。空なんか飛べなくてもね」
大人になった『吊戯』は靴を履いた足で一歩前に踏み出すと。
二ッと口元に笑みを浮かべながら、
「ここを出てどこへ行く?」
その言葉とともに『塔間』に向かって右手を差し出したのだ。
―――――真昼と瑠璃がその光景を目にした時、しめやかに塔の崩壊が始まっていた。
それは閉塞された〝彼〟の世界が終わりを迎えた合図だった。
「・・・なんだ。いつのまに・・・こんなにでかくなってやがったんだ」
憑き物が落ちたように静かな瞳で『吊戯』を見返した『塔間』がそう呟くと。
その刹那―――――
ふわりと『吊戯』に続いて、真昼と瑠璃の身体が空中に投げ出される。
しかし三人の身体は崩れた瓦礫とともに地に落ちることはなく。柔らかな光に包まれていた。
そして心の奥底にずっと絡みついていた鎖が消失したのを感じた『塔間』もまた。
自身の足場が瓦解した処で、そのまま流れに身を任せるようにしながら、静かに目を伏せると。
―――――ただ、ここにいるって叫び続けて声も枯れた―――――
―――――誰にも俺なんて見えてないような―――――
―――――おれがいてもいなくても変わらない世界で―――――
―――――・・・ただひとつ―――――
―――――後悔があるとするなら―――――
―――――もっと早くにお前をどこかへ置いてこなかったこと―――――
ふと思い出したのは、自身にとって〝唯一の存在〟だった、〝幼子〟の柔らかな温もりだった。
―――――あの小さな温度だけが生きる理由だった―――――
「・・・お前なんか捨ててきちまえばよかった」
しかし、自身の胸の内に浮かんだその想いをやはり素直に受け入れるふうにはならず。
最後にまた、皮肉めいたその言葉を『塔間』は口にすると。
―――――ただあたたかいところで―――――
―――――ねむりたかったんだ―――――
―――――そうして誰かが俺の名前を呼ぶ声で―――――
―――――目を覚ましてみたかった―――――
『塔間』の身体もまた、やがて柔らかな陽光のような光に包まれて。
目覚めの時を迎えることとなる。
【本館/24・11/16/別館/24・11/30掲載】
