第二十七章『それは誰が為に―――――』
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「城田真昼と瑪瑙瑠璃は死んでない・・・か」
クロと弓景―――――二人と相対する事となった塔間が抑揚のない声音で言った。
「・・・残念だったな」
そしてそう呟いた塔間の顔をクロが眉を顰めながら見返すと。
「〝ミストレス〟のお嬢さんは替えが利かない存在ではあるが。主人のほうはそうじゃない。もしちゃんと 死んでたら、ここで君達が新たに契約することもできて。もしかしたら結末も違っていたかもしれないのに」
塔間は口端を吊り上げながらそんな皮肉めいた台詞を口にしたのだ。
「・・・真昼は瑠璃と一緒にあのデコちゃんを助けようとしたはずだ」
しかし、塔間からの挑発にクロは乗ることなく、緊張感を纏ったまま、この場にいない二人の行動を推測する。
「それがなんで塔間と戦うことになったのか・・・って? んなこと簡単だ。塔間が俺達の味方じゃねぇからだ。塔間は〝人間〟の味方じゃねぇ。たまたまC3に身を置いていただけ。もちろん吸血鬼 の味方でもねぇ。人間にはああいうのがたまに生まれるんだ」
二丁の長銃を両手に携えた弓景も、塔間に対する警戒態勢を維持しつつ。自らの目で見てきた塔間という存在に対する実像を語り「それは・・・テメェのほうが詳しいか」と言った弓景のその言葉にクロが小さく頷き返すと。
「下位吸血鬼を脱獄させて 。支部を破壊させ、その混乱に乗じて目的を達成する。今回も テメェの筋書き通りか? 塔間!」
弓景は塔間に向かって怒気を含んだ声で言い募ったのだが。塔間は平然とした態度のまま、徐に取り出した煙草を右手の人差し指と中指で挟んだ処で口元に持っていき。その後に目を細めつつ、睨みつけてくる弓景のほうに目を向けると。
「残念。今回は 俺じゃない」
フ―――――・・・と紫煙を吐き出し、嗤笑を浮かべながら告げてくる。
「少し利用させてもらってるだけだ。今、走ってるのは俺以外の誰かの筋書きの上さ。なあ吊戯」
一方、塔間の傍らにいた吊戯は茫然自失状態で立ち尽くしていて。
「・・・なんだ。文字通り心ここにあらず といった感じだな」
吊戯の顔を覗き込む仕草をした塔間は右手を閃かせて煙草を消失させると。
「まあ、いいさ。器さえあればな」
仕方のない奴だというかのように、眉を顰めながら伸ばした左手で吊戯の両眼を覆う仕草をすると。―――――刹那、目隠しをされたような姿となった吊戯の足元から、バチバチと魔力が放出され始めて。
「おい〝怠惰〟。テメェは塔間をやれ」
「おー」
強制的に吊戯自身を媒介として魔術を発動させた塔間の姿を目にしてからの弓景の決断は素早いもので、クロも自らに割り当てられた役割をすぐに承諾したのだが。
「足の一本や二本、ふっ飛ばしてもかまわねぇ」
付け足された指示はいささか過激なもので。
「お・・・?」とクロが思わず返答を途切れさせてしまうも、弓景は構うことをせず。
「吊戯は・・・俺がやる。テメェの思う通りにはならねぇ」
塔間に対して、牽制の言葉を口にする。
「・・・だめだよ。弓ちゃ・・・」
―――――すると自我を失ってしまったかのように思われた吊戯が微かな反応を見せたのだが。
「もうわかってんだよ。塔間、テメェの目的は」
弓景がそれに応えることはなく。
「塔間、テメェは吊戯を9番目のサーヴァンプにするつもりだろ」
言い放たれたその台詞にサーヴァンプ二人が驚愕の面持ちになり。
「・・・・・・え・・・・・・いや、それは・・・・・・」
ロウレスが困惑と動揺が入り混じった声を漏らして。
「本気で言ってんのか?」
クロが眉を顰めながら低い声でそう呟き、塔間の反応を伺うべく目を向ける。
「はは。なんだ、〝友達〟だなんて口ばかりで冷たいもんだな。きみはそう思っていながら今の今まで何も行動しなかったのか」
塔間は弓景に向かって冷ややかな笑みを浮かべる。
「それを後悔してっから今ここにいんだよ」
弓景が声を張り上げるのと同時に両手に持っていた二丁の長銃の撃鉄に指を掛けながら交差させると掲げていき。
「〝誰が殺すかクック・ロビン〟〝それはあなたとお前は言った〟」
呪文を唱え始めると、その手の中に在った長銃はギュルルッと渦を描きながら、その形状を弓景の右掌の中で球体に変えていき。
「〝緑色の瞳を捨てろ〟〝臆病ライオン蜘蛛を蹴散らせ〟」
ピンポン玉サイズだった球体が、ズ・・・と手毬サイズになり。
「〝誰もがお前の不在を嘆く〟」
漆黒の球体がズズズと金色の輝きを放つモノに変わり始めた中。
塔間もまた迎撃態勢の構えで呪文を唱え始めていて。
「〝飛び立つ鳥で木は揺れて〟〝吊られたゆりかご地に落ちる〟〝母を殺せ〟〝父を殺せ〟〝友を殺せ〟〝師を殺せ〟」
塔間に肉体の主導権を支配された吊戯の身体には、その塔間が発動させた魔術の楔が絡みついてきていて。
「〝すべてを殺して一人きり〟〝吐く血に溺れ空を這え〟」
そこで微かに反応があった吊戯の意識がフと消失すると―――――。
その足元には塔間の呪文をそのまま反映するかのように、黒い血だまりのようなものが出現し始めていた。
「〝私は既に完成している 〟」
そして先に呪文の詠唱を終えて魔術を発動させた弓景が球体を左手に持ち替えると、その場で勢いよく自らの身体を回転させて―――――フォンと激しい唸り音を轟かせながら加速した処で。
吊戯目掛けて自らの手の中に在った金色の球体を投げつけたのだが。
魔力が込められた球体は狙った対象のみに向かって飛んでいくことはなく。
ドドドと床を抉りながら飛んで―――――。
「にゃッ」
危険を感じたクロが反射的に身体を縮めながら避けるのと同時に。
「ちょっ、うわうわうわうわ」
ドンドドドドドドと四方八方に飛び回る球体を呆然とした面持ちで見ていたリヒトの上着のフードを右手で掴んだロウレスもまた迫りくる危機を必死に回避すると。
「コントロール付けてる余裕ねーぞ。勝手に避けろ、吸血鬼ども!」
ギャッという摩擦音とともに回転していた軸足を止めた弓景が、はっ、はぁ、と呼吸を整えながら、左手の中に回収した球体に再び魔力を込めつつ告げてきたその台詞に。
「回らなきゃいいだろうがよオォ!? ダンサー気取りかァ!?」
強欲組と同様に何とか逃げおおせた憤怒の下位であるジルが「アブネーだろうがァ!!」と負傷した相棒であるレイを庇いつつ、左手の指を突き付けて猛抗議するも。
「ウッセ!! 回して遠心力つけねーとうまく外に飛ばねんだよ!!」
戦力外どもは黙ってろ!!と弓景が突っぱねると。
「〝ねむれよいこよ 〟」
そこで塔間の呪文詠唱も終わり、〝ゆりかご〟と称された、歪に張り巡らされた格子の中央には楔に繋がれた状態で佇む吊戯の姿が在り。背部から伸びた漆黒の手綱は塔間の左手首に繋がった状態となっていた。
それは見た目だけならば、サーヴァンプと主人が契約した様に近いといえるかもしれない。
しかし、そこに吊戯の〝精神〟はなく。只々、塔間の意のままに動くだけとなった〝器〟がゆらりと揺れて、体制が低くなる。その時点で弓景は再度迎撃の構えに入っていて。軸となる右脚に力を込めながら勢いよく回転し。トッと跳躍した吊戯目掛けて球体を打ち放つと―――――。
張り巡らされていた格子は真正面に統合されて強靭な障壁に変わり、バキンと球体を弾いたのだ。しかし、手を休めることなくひたすらに弓景が球体を投げ続ければ、吊戯を操って応戦する塔間の意識は必然的に弓景のほうに向くこととなり、その背後には隙が生まれる。ス・・・と瞬時に塔間の後ろに回り込んだクロが塔間を無力化しようとしたのだが。
「吊戯」
塔間が名前を呼ぶと、瞬時にこちらに跳んできた吊戯がパンと左脚からの蹴りを、クロ目掛けて繰り出してきて。
「ッ」
蹴り飛ばされそうになったクロはすぐさま打撃を完全に受ける前に後方に向かって、ドッと膝から着地すると同時に倒れ込まないよう伸ばした右手で身体を支えたのだが。
―――――ドン!
「に゛ゃ―――――っ」
そこは索敵範囲内であったことから、弓景が投じた球体が見事に被弾してくることとなり。塔間に対して背後からの奇襲は不可能だと判断したクロが弓景と連携を取り直す為。球体の攻撃が被弾しないよう、回避行動に入った時。
弓景の立ち位置から後方に位置する瓦礫の陰にロウレスとリヒトは身を潜めていたのだが。
「サーヴァンプが8 人いるなら9 人目を作るってのもそこまで意外じゃねぇだろ」
そこで先程ロウレスが言い淀んだ様に疑問を覚えたリヒトが改めてそれを口にすると。
神妙な面持ちで〝強欲(ロウレス)〟は〝主人〟の顔を見遣った後に―――――
「・・・・・・簡単に作れるなら今頃、20人も30人もできてるっスよ」
重々しい声音で〝9人目〟が生まれることはありえないのだと否定する言葉を紡ぎ出す。
「なんどやってもうまくいかなかった。〝あの人〟がやらない限り」
そうしてサーヴァンプの〝生みの親〟であった彼の人の事をロウレスが口にすると。
「誰も試みすらしなくなったのは―――――必ず地域一帯の大規模な不審死をともなったからだ」
此方側に戻ってきた、サーヴァンプの長兄である〝怠惰(クロ)〟が弟に代わって続きを話し出す。
―――――それはいつも同様に災害のようだった―――――
―――――どんな異なるアプローチでもだ―――――
―――――術者もみんな死んだからそこで何が起きたかわからない―――――
―――――遠隔で監視していても監視記録は不自然に消滅 し―――――
―――――それを見ていた奴もすべて消えた―――――
―――――〝成果〟と呼べるものも何一つ残らなかった―――――
「―――――『サーヴァンプ は人の踏み込める領域じゃない』―――――それが最終見解だったはずだ」
そうして長い時の中で自ら目にしてきたその〝歴史〟を抑揚のない声音で語ったクロは―――――
「9番目のサーヴァンプを作ろうなんて。まだそれをやろうとするバカが出るとは思わなかった・・・・」
そう言った後に、は―――――・・・と嘆息を漏らし。
「めんどくせーが。どうしてもてめーらをここで止めなきゃいけなくなった」
C3内で暗躍を繰り広げてきた〝冷酷無比な男〟と、哀れにもその傀儡とされてしまった〝吊るされた男〟を、ひたと真紅の瞳で見据えるとそう宣言したのだ。
**********
―――――本当はたぶん、俺だけ がわかっていた―――――
―――――どうして自分がこんなにもこの人を助けたいと思うのか―――――
その〝想い〟の先にある『答』を掴む為に―――――。
いま一度―――――真昼はその〝心の内〟を顧みていた。
『すごいね、おにいちゃん。あっというまにおおきなおやまがかんせいしたね』
『はっは! ここからさらにトンネルを作っちゃうよ~』
柔らかな陽光の下で、幼い『自分』と学生服を着た〝彼〟が公園の砂場で遊んでいた。
その様はまるで仲の良い『兄弟』のようだった。
――――――もしも〝彼〟と『自分』が幼少期に出会っていたら、こんなふうに共に過ごす時間があったかもしれない―――――
そんな〝泡沫の情景〟を目にした後には―――――
『なにしてあそぶ?』
―――――こどものころはだれとだってなかよくなれた―――――
これまで出会った〝仲間達〟が幼い子供の姿となって真昼の前に現れて。
先頭に立った真昼が虚弱体質である少年の手を引いて歩き出すと。
その後に温泉宿の跡取り息子である少年が続いて歩き出す。
それから少しの間を置いて―――――
手に一枚の楽譜を持った類い希ない〝想像力〟を宿した少年と。
虚弱体質である少年の年の離れた兄が各々のペースで進み出す。
それだけではなく、真昼の斜め後ろには幼い姿に変わった〝彼〟の姿も在った。
しかし、〝彼〟もまた一人ではなく―――――。
黒髪の少女と面倒見の良い幼馴染みの少年。左右に並んだ二人に手を引かれて戸惑いの面持ちになりながら歩きだしていた。
『えーと。なんだっけ、なまえ。おーい!』
その後も次々と出会った相手に真昼は呼びかけていき。
『こっちきて! かくれんぼしよう!』
一緒に遊んだその後は―――――。
―――――名前も何も知らなくても―――――
―――――一人でもどこまでだって冒険できた―――――
一人でまた木の枝を左手に握って意気揚々と、真昼は前を向いて進んで行く。
―――――それは俺がどこまで行っちゃっても―――――
そうして夢中で歩いてきたその道を、ふと我に返った真昼が振り返ると。
―――――『真昼』―――――
陽だまりの様な微笑みを浮かべた母親の姿がそこには在り。
―――――優しいあの手が必ず自分を見つけてくれるって―――――
―――――名前を呼んでくれるって信じていられたからなんだ―――――
自分に向かって伸ばされた母親の左手をしっかりと握り締めた幼い真昼は〝安心感〟をその胸の内に抱きながら母親と一緒に帰路に着いたのだ。
しかしそこから月日が瞬く間に流れて―――――。
―――――大人になると冒険は少し怖くなる―――――
―――――知らなきゃいけない名前が増えて―――――
―――――簡単だったはずの一歩がだんだん重たくなる―――――
オフィスビル街を忙しない足取りで行き交うスーツ姿の人々。
大人になった真昼もまた、同じようにスーツを身に纏ってその場に立っていた。
そうして降り注ぐ眩い太陽の日差しに、真昼は右掌を掲げながら目を細める。
―――――優しいあの手はもういない―――――
その時、耳朶に母親を探して泣いている子供の泣き声が聴こえてきて。
―――――今度は自分が―――――
そこで目を瞬かせた真昼は視線を子供のほうに向けると。
―――――誰かの手を掴んであげなくちゃ―――――
傍にゆっくりと近づいて行き、目線を合わせてしゃがむと。
二ッと笑みを浮かべながら、右掌でポンと子供の頭を撫でたのだ。
そこで真昼は幼い時、母親が亡くなった後。
葬儀に参加していた叔父である徹の事を思い出す。
―――――・・・ああ、そうか―――――
―――――叔父さんも一人だったんだね―――――
唯一人の『家族』であった『姉』の亡骸が収められた棺と遺影が置かれた祭壇の前に、徹は昏い顔で座り込んでいた。
―――――徹叔父さんもあの日、ひとりぼっちになったんだ―――――
そんな中で―――――
『引き取れないわよ。うち子供多いし』
『でも誰かが面倒見ないとねぇ・・・・・・』
『誰かいないの?』
―――――心無いやり取りをする親族に縋る事などできず。
『―――――・・・・・・っっ』
不安と孤独に押し潰されそうになっていた子供が漏らした、微かな泣き声が徹の耳朶に届いた。
―――――だから 俺をみつけたんだ―――――
そこでそちらを見遣った徹の瞳に映ったのは―――――『姉』が残した唯一の忘れ形見である『甥』の『真昼』だった。
そして―――――
―――――叔父さんが俺をみつけてくれて―――――
―――――今度は俺がクロをみつけたんだ―――――
しかして自分はどうしてその『行動』に至っただろうか。
―――――その『想い』を『掴む』為に真昼は手を伸ばしていく。
―――――俺はたぶんひとりぼっちじゃなくなりたかった―――――
真っ直ぐに伸ばした先には、小さな子供の手があって。
そこでそっと手の平を返して見せると。
子供の指先が真昼の指に触れたものの。
しかし、互いの指先が組み合う前に解けてしまった。
それでも諦めることなく。
もう一度伸ばした手でそっと子供の手を握った後に。
ゆっくりと手の平を広げて見せると。
恐る恐る伸ばされてきた子供の掌が真昼の指先に触れて。
重なり合った互いの指先からそっと繋いで握りしめた。
刹那、真昼の腕の中には、白い上着を身に纏った小さな〝彼〟が顕現していて。
真昼の瞳からは涙が零れ出して頬を濡らしていた。
―――――だから誰かに手を伸べるんだ―――――
―――――それは―――――
―――――ひとりぼっちじゃなくなる一番シンプルな方法だから―――――
その小さな身体を抱きしめながら真昼は目を伏せると、もう一つの気づいていなかった、心の奥底に隠れていた〝感情〟と向き合っていく。
―――――瑠璃姉が家に来てから、俺の中の〝寂しい〟という感情は薄れていた―――――
―――――だけどいつかは〝いなくなって〟しまうかもしれない―――――
―――――クロを見つけるまでは、そんな〝不安〟も俺の中にはあったんだと思う―――――
ふと、身体にコツンと何かが当たった感覚に真昼は目を瞬かせると、小さな〝彼〟から身体を離して尋ねかける。
「何か・・・持ってるの?」
すると小さな〝彼〟が右手を入れて上着の中から取り出してみせたのは、鍵穴が付いた『黒い小箱』だった。
あちこち傷ついてはいるものの、小さな〝彼〟にとっては宝物も同然なのだろう。
「これは大切なもの」
両手で包み込むようにして持ちながら『黒い小箱』を見つめる小さな〝彼〟の口元は綻んでいて。子供らしい柔らかな表情を浮かべていたのだが。
「だけど―――――必死で戦ってきたから。どこかで鍵を落としちゃった」
淡々とした声音で「・・・もう開かない・・・」そう呟いた瞬間、小さな〝彼〟の姿は『子供』から『大人』に戻っていて。薄っすらと笑みを浮かべてはいるものの、しかしその顔色は絶望に満ちたものになっていた。
一方、〝彼〟のその言葉を聞いた時―――――ふと、真昼は左胸の辺りに違和感を覚えて、右手を伸ばした。すると指先に固い感触があり。取り出して確認してみると、それは鍵穴が付いた『黒い小箱』だった。
しかし、真昼が手にしたそれは〝彼〟が持っているものとは違い、傷一つない綺麗なもので。呆然とした面持ちで『黒い小箱』を真昼が見つめていると。
それに気が付いた〝彼〟がハッと目を見開いて―――――
「一緒に持ってあげようか?」
徐に立ちあがると、たっと身を翻した〝彼〟のほうに「えっ?」と真昼が視線を向けると。
〝彼〟の姿はまた小さな子供に変わっていて。
ズルズルと紐が付いた大きな箱を小さな〝彼〟が此方まで引き摺ってきて。
「これはかぞくのはこ」
〝かぞくのはこ〟と小さな〝彼〟が称したその入れ物の中には、二人が持っていた『黒い小箱』より、二回りほど大きい『黒い箱』が収まっており。
「重たい時はこれに入れて一緒に持つんだよ」
小さな〝彼〟はそう言いながら、真昼の『黒い小箱』も入れられるように、中央に入っていた『黒い箱』を端に寄せる。
その時、〝かぞくのはこ〟に持ち手がついているのに気づいた真昼は、子供の姿の〝彼〟では一人で持つのは大変かもしれないが、自分ならば持つことは出来るだろう。
そう考えて、ぐっと力を込めて持ち手を握り締めると―――――。
「あっ・・・」
小さな〝彼〟は戸惑いの声を小さく漏らして。
「――――――・・・・・・っ」
〝かぞくのはこ〟を両手で持ち上げた真昼は困惑した面持ちになってしまう。
何故なら〝かぞくのはこ〟と称されたそれは〝外枠〟しか存在していなかったから。
〝彼〟もまた、真昼に向かって両手を差し出そうとした体制のまま、呆然とした面持ちで静止してしまっていたのだが。
「底はまだないけど・・・」
視線を俯けながらそう呟いたその時、小さかった〝彼〟の姿は『子供』から『大人』に戻っていて。顔に浮かぶ表情は笑顔ではあったものの、金色の瞳は昏い影を宿していた。
「・・・・・・っ」
その様を見た真昼は、胸の奥に痛みを覚えて、ぐっと眉根を寄せてしまう。
〝かぞくのはこ〟に底がないのなら、中に入っている『黒い箱』を一緒に持てばいい。
―――――そう考えて『黒い箱』に手を伸ばそうとするも。
「こっちはさわったらだめだよ。泰ちゃんの」
小さな子供の姿に戻った〝彼〟は真昼が触れようとしたのを拒絶するように『黒い箱』をその身体で隠すようにしながら、左手をバッと突き出して告げてくる。
「それは重たいよ。さびちゃったし」
そこで真昼は小さく息を吸うと―――――
「・・・吊戯さん」
〝彼〟の―――――『つるぎ』の―――――『名前』を呼んだ。
―――――『自慢の何か』になりたかった―――――
それは幼かった自分達が抱いていた〝共通の思い〟だった。
そこから〝新たな一歩〟を踏み出す為に。スニーカーの靴紐をしっかりと締め直すと。両手を握り締めながら立ち上がった真昼は真っ直ぐに『吊戯』を見据えて。
「行こう」
力強い声で呼び掛けた。
すると悲哀に満ちた金色の瞳がこちらを見上げてきて。
「あなたは俺に言ったよね。あなたが戦うのは弱いからだって」
そんな『つるぎ』の心に届くように、じっと金色の瞳を見つめ返しながら真昼は語り掛ける。
「正直あんまりわかってなかった。C3 に来てからもっとわからなくなった。なんのために戦うのか」
―――――与えられた命令に『吊戯』は従い続けて―――――
―――――終には大切な友人と死闘を繰り広げる事態になってしまった―――――
果たして自分達が心の中で描いていた〝なりたかった姿〟というのは、本当はなんだったのだろうか。
―――――自慢の甥っ子―――――
―――――自慢の友達―――――
―――――自慢の姉弟―――――
―――――自慢の仲間―――――
―――――俺が憧れたそれは―――――
―――――俺が本当になりたいものとは少しだけ違ってたんだな―――――
ここに到ってようやく真昼はその『答』に辿り着くことが出来た。
「俺は自分が誇れる自分になるよ」
握りしめた右手の拳を真昼は自分の胸に当てると自信に満ちた面持ちで宣言する。
「いつでも問うんだ」
―――――「いまその行動を誇れるか?」―――――
―――――「俺は俺を誇れているか?」―――――
「それはきっと何か間違えてしまいそうな時の道しるべになる。悲鳴をあげる人がいてそれを聞こえないふりをしてしまったら。そんな俺を俺は誇れない。これが俺の戦う理由だ」
そしてそう断言した真昼が、主人の証が宿っている右手を前に向かって突き出すと。
真昼の意思に呼応して―――――菱形の格子の中に星を宿した〝標〟が具現化していて。
「だから吊戯さん。あなたも存在理由や行動理由を誰かに委ねないで。俺は―――――俺たちはみんな自分で自分を認めていいんだ」
〝標〟の下で子供と大人―――――その間を彷徨い続ける『つるぎ』に真昼は告げる。
「俺達はいつだって、いつからだって。なりたい自分を目指していいんだ」
そして真昼が地に突きたてられていた〝標〟を掴んだ刹那―――――
『まひる!!』
真昼の背後に『力』が現れて。
『そんなこと意味ないよ。ムダだよ! 彼を救ったところできみの孤独が救われるわけじゃない! よく似ていてもそのこどもはきみ じゃない! きみが今してることは・・・・・・!』
勢いよくまくし立てるかのようにしながら、真昼のその考えを否定する言葉をぶつけてきたのだが。
「真昼君は大丈夫よ、『力』くん」
フッと瞬いた真紅の光の中から顕現した瑠璃が宥めるように『力』を抱き上げたのだ。
【本館/24・6/15/別館/24・6/28掲載】
クロと弓景―――――二人と相対する事となった塔間が抑揚のない声音で言った。
「・・・残念だったな」
そしてそう呟いた塔間の顔をクロが眉を顰めながら見返すと。
「〝ミストレス〟のお嬢さんは替えが利かない存在ではあるが。主人のほうはそうじゃない。もし
塔間は口端を吊り上げながらそんな皮肉めいた台詞を口にしたのだ。
「・・・真昼は瑠璃と一緒にあのデコちゃんを助けようとしたはずだ」
しかし、塔間からの挑発にクロは乗ることなく、緊張感を纏ったまま、この場にいない二人の行動を推測する。
「それがなんで塔間と戦うことになったのか・・・って? んなこと簡単だ。塔間が俺達の味方じゃねぇからだ。塔間は〝人間〟の味方じゃねぇ。たまたまC3に身を置いていただけ。もちろん
二丁の長銃を両手に携えた弓景も、塔間に対する警戒態勢を維持しつつ。自らの目で見てきた塔間という存在に対する実像を語り「それは・・・テメェのほうが詳しいか」と言った弓景のその言葉にクロが小さく頷き返すと。
「下位吸血鬼を脱獄
弓景は塔間に向かって怒気を含んだ声で言い募ったのだが。塔間は平然とした態度のまま、徐に取り出した煙草を右手の人差し指と中指で挟んだ処で口元に持っていき。その後に目を細めつつ、睨みつけてくる弓景のほうに目を向けると。
「残念。
フ―――――・・・と紫煙を吐き出し、嗤笑を浮かべながら告げてくる。
「少し利用させてもらってるだけだ。今、走ってるのは俺以外の誰かの筋書きの上さ。なあ吊戯」
一方、塔間の傍らにいた吊戯は茫然自失状態で立ち尽くしていて。
「・・・なんだ。文字通り
吊戯の顔を覗き込む仕草をした塔間は右手を閃かせて煙草を消失させると。
「まあ、いいさ。器さえあればな」
仕方のない奴だというかのように、眉を顰めながら伸ばした左手で吊戯の両眼を覆う仕草をすると。―――――刹那、目隠しをされたような姿となった吊戯の足元から、バチバチと魔力が放出され始めて。
「おい〝怠惰〟。テメェは塔間をやれ」
「おー」
強制的に吊戯自身を媒介として魔術を発動させた塔間の姿を目にしてからの弓景の決断は素早いもので、クロも自らに割り当てられた役割をすぐに承諾したのだが。
「足の一本や二本、ふっ飛ばしてもかまわねぇ」
付け足された指示はいささか過激なもので。
「お・・・?」とクロが思わず返答を途切れさせてしまうも、弓景は構うことをせず。
「吊戯は・・・俺がやる。テメェの思う通りにはならねぇ」
塔間に対して、牽制の言葉を口にする。
「・・・だめだよ。弓ちゃ・・・」
―――――すると自我を失ってしまったかのように思われた吊戯が微かな反応を見せたのだが。
「もうわかってんだよ。塔間、テメェの目的は」
弓景がそれに応えることはなく。
「塔間、テメェは吊戯を9番目のサーヴァンプにするつもりだろ」
言い放たれたその台詞にサーヴァンプ二人が驚愕の面持ちになり。
「・・・・・・え・・・・・・いや、それは・・・・・・」
ロウレスが困惑と動揺が入り混じった声を漏らして。
「本気で言ってんのか?」
クロが眉を顰めながら低い声でそう呟き、塔間の反応を伺うべく目を向ける。
「はは。なんだ、〝友達〟だなんて口ばかりで冷たいもんだな。きみはそう思っていながら今の今まで何も行動しなかったのか」
塔間は弓景に向かって冷ややかな笑みを浮かべる。
「それを後悔してっから今ここにいんだよ」
弓景が声を張り上げるのと同時に両手に持っていた二丁の長銃の撃鉄に指を掛けながら交差させると掲げていき。
「〝誰が殺すかクック・ロビン〟〝それはあなたとお前は言った〟」
呪文を唱え始めると、その手の中に在った長銃はギュルルッと渦を描きながら、その形状を弓景の右掌の中で球体に変えていき。
「〝緑色の瞳を捨てろ〟〝臆病ライオン蜘蛛を蹴散らせ〟」
ピンポン玉サイズだった球体が、ズ・・・と手毬サイズになり。
「〝誰もがお前の不在を嘆く〟」
漆黒の球体がズズズと金色の輝きを放つモノに変わり始めた中。
塔間もまた迎撃態勢の構えで呪文を唱え始めていて。
「〝飛び立つ鳥で木は揺れて〟〝吊られたゆりかご地に落ちる〟〝母を殺せ〟〝父を殺せ〟〝友を殺せ〟〝師を殺せ〟」
塔間に肉体の主導権を支配された吊戯の身体には、その塔間が発動させた魔術の楔が絡みついてきていて。
「〝すべてを殺して一人きり〟〝吐く血に溺れ空を這え〟」
そこで微かに反応があった吊戯の意識がフと消失すると―――――。
その足元には塔間の呪文をそのまま反映するかのように、黒い血だまりのようなものが出現し始めていた。
「〝
そして先に呪文の詠唱を終えて魔術を発動させた弓景が球体を左手に持ち替えると、その場で勢いよく自らの身体を回転させて―――――フォンと激しい唸り音を轟かせながら加速した処で。
吊戯目掛けて自らの手の中に在った金色の球体を投げつけたのだが。
魔力が込められた球体は狙った対象のみに向かって飛んでいくことはなく。
ドドドと床を抉りながら飛んで―――――。
「にゃッ」
危険を感じたクロが反射的に身体を縮めながら避けるのと同時に。
「ちょっ、うわうわうわうわ」
ドンドドドドドドと四方八方に飛び回る球体を呆然とした面持ちで見ていたリヒトの上着のフードを右手で掴んだロウレスもまた迫りくる危機を必死に回避すると。
「コントロール付けてる余裕ねーぞ。勝手に避けろ、吸血鬼ども!」
ギャッという摩擦音とともに回転していた軸足を止めた弓景が、はっ、はぁ、と呼吸を整えながら、左手の中に回収した球体に再び魔力を込めつつ告げてきたその台詞に。
「回らなきゃいいだろうがよオォ!? ダンサー気取りかァ!?」
強欲組と同様に何とか逃げおおせた憤怒の下位であるジルが「アブネーだろうがァ!!」と負傷した相棒であるレイを庇いつつ、左手の指を突き付けて猛抗議するも。
「ウッセ!! 回して遠心力つけねーとうまく外に飛ばねんだよ!!」
戦力外どもは黙ってろ!!と弓景が突っぱねると。
「〝
そこで塔間の呪文詠唱も終わり、〝ゆりかご〟と称された、歪に張り巡らされた格子の中央には楔に繋がれた状態で佇む吊戯の姿が在り。背部から伸びた漆黒の手綱は塔間の左手首に繋がった状態となっていた。
それは見た目だけならば、サーヴァンプと主人が契約した様に近いといえるかもしれない。
しかし、そこに吊戯の〝精神〟はなく。只々、塔間の意のままに動くだけとなった〝器〟がゆらりと揺れて、体制が低くなる。その時点で弓景は再度迎撃の構えに入っていて。軸となる右脚に力を込めながら勢いよく回転し。トッと跳躍した吊戯目掛けて球体を打ち放つと―――――。
張り巡らされていた格子は真正面に統合されて強靭な障壁に変わり、バキンと球体を弾いたのだ。しかし、手を休めることなくひたすらに弓景が球体を投げ続ければ、吊戯を操って応戦する塔間の意識は必然的に弓景のほうに向くこととなり、その背後には隙が生まれる。ス・・・と瞬時に塔間の後ろに回り込んだクロが塔間を無力化しようとしたのだが。
「吊戯」
塔間が名前を呼ぶと、瞬時にこちらに跳んできた吊戯がパンと左脚からの蹴りを、クロ目掛けて繰り出してきて。
「ッ」
蹴り飛ばされそうになったクロはすぐさま打撃を完全に受ける前に後方に向かって、ドッと膝から着地すると同時に倒れ込まないよう伸ばした右手で身体を支えたのだが。
―――――ドン!
「に゛ゃ―――――っ」
そこは索敵範囲内であったことから、弓景が投じた球体が見事に被弾してくることとなり。塔間に対して背後からの奇襲は不可能だと判断したクロが弓景と連携を取り直す為。球体の攻撃が被弾しないよう、回避行動に入った時。
弓景の立ち位置から後方に位置する瓦礫の陰にロウレスとリヒトは身を潜めていたのだが。
「サーヴァンプが
そこで先程ロウレスが言い淀んだ様に疑問を覚えたリヒトが改めてそれを口にすると。
神妙な面持ちで〝強欲(ロウレス)〟は〝主人〟の顔を見遣った後に―――――
「・・・・・・簡単に作れるなら今頃、20人も30人もできてるっスよ」
重々しい声音で〝9人目〟が生まれることはありえないのだと否定する言葉を紡ぎ出す。
「なんどやってもうまくいかなかった。〝あの人〟がやらない限り」
そうしてサーヴァンプの〝生みの親〟であった彼の人の事をロウレスが口にすると。
「誰も試みすらしなくなったのは―――――必ず地域一帯の大規模な不審死をともなったからだ」
此方側に戻ってきた、サーヴァンプの長兄である〝怠惰(クロ)〟が弟に代わって続きを話し出す。
―――――それはいつも同様に災害のようだった―――――
―――――どんな異なるアプローチでもだ―――――
―――――術者もみんな死んだからそこで何が起きたかわからない―――――
―――――遠隔で監視していても監視記録は不自然に
―――――それを見ていた奴もすべて消えた―――――
―――――〝成果〟と呼べるものも何一つ残らなかった―――――
「―――――『
そうして長い時の中で自ら目にしてきたその〝歴史〟を抑揚のない声音で語ったクロは―――――
「9番目のサーヴァンプを作ろうなんて。まだそれをやろうとするバカが出るとは思わなかった・・・・」
そう言った後に、は―――――・・・と嘆息を漏らし。
「めんどくせーが。どうしてもてめーらをここで止めなきゃいけなくなった」
C3内で暗躍を繰り広げてきた〝冷酷無比な男〟と、哀れにもその傀儡とされてしまった〝吊るされた男〟を、ひたと真紅の瞳で見据えるとそう宣言したのだ。
**********
―――――本当はたぶん、
―――――どうして自分がこんなにもこの人を助けたいと思うのか―――――
その〝想い〟の先にある『答』を掴む為に―――――。
いま一度―――――真昼はその〝心の内〟を顧みていた。
『すごいね、おにいちゃん。あっというまにおおきなおやまがかんせいしたね』
『はっは! ここからさらにトンネルを作っちゃうよ~』
柔らかな陽光の下で、幼い『自分』と学生服を着た〝彼〟が公園の砂場で遊んでいた。
その様はまるで仲の良い『兄弟』のようだった。
――――――もしも〝彼〟と『自分』が幼少期に出会っていたら、こんなふうに共に過ごす時間があったかもしれない―――――
そんな〝泡沫の情景〟を目にした後には―――――
『なにしてあそぶ?』
―――――こどものころはだれとだってなかよくなれた―――――
これまで出会った〝仲間達〟が幼い子供の姿となって真昼の前に現れて。
先頭に立った真昼が虚弱体質である少年の手を引いて歩き出すと。
その後に温泉宿の跡取り息子である少年が続いて歩き出す。
それから少しの間を置いて―――――
手に一枚の楽譜を持った類い希ない〝想像力〟を宿した少年と。
虚弱体質である少年の年の離れた兄が各々のペースで進み出す。
それだけではなく、真昼の斜め後ろには幼い姿に変わった〝彼〟の姿も在った。
しかし、〝彼〟もまた一人ではなく―――――。
黒髪の少女と面倒見の良い幼馴染みの少年。左右に並んだ二人に手を引かれて戸惑いの面持ちになりながら歩きだしていた。
『えーと。なんだっけ、なまえ。おーい!』
その後も次々と出会った相手に真昼は呼びかけていき。
『こっちきて! かくれんぼしよう!』
一緒に遊んだその後は―――――。
―――――名前も何も知らなくても―――――
―――――一人でもどこまでだって冒険できた―――――
一人でまた木の枝を左手に握って意気揚々と、真昼は前を向いて進んで行く。
―――――それは俺がどこまで行っちゃっても―――――
そうして夢中で歩いてきたその道を、ふと我に返った真昼が振り返ると。
―――――『真昼』―――――
陽だまりの様な微笑みを浮かべた母親の姿がそこには在り。
―――――優しいあの手が必ず自分を見つけてくれるって―――――
―――――名前を呼んでくれるって信じていられたからなんだ―――――
自分に向かって伸ばされた母親の左手をしっかりと握り締めた幼い真昼は〝安心感〟をその胸の内に抱きながら母親と一緒に帰路に着いたのだ。
しかしそこから月日が瞬く間に流れて―――――。
―――――大人になると冒険は少し怖くなる―――――
―――――知らなきゃいけない名前が増えて―――――
―――――簡単だったはずの一歩がだんだん重たくなる―――――
オフィスビル街を忙しない足取りで行き交うスーツ姿の人々。
大人になった真昼もまた、同じようにスーツを身に纏ってその場に立っていた。
そうして降り注ぐ眩い太陽の日差しに、真昼は右掌を掲げながら目を細める。
―――――優しいあの手はもういない―――――
その時、耳朶に母親を探して泣いている子供の泣き声が聴こえてきて。
―――――今度は自分が―――――
そこで目を瞬かせた真昼は視線を子供のほうに向けると。
―――――誰かの手を掴んであげなくちゃ―――――
傍にゆっくりと近づいて行き、目線を合わせてしゃがむと。
二ッと笑みを浮かべながら、右掌でポンと子供の頭を撫でたのだ。
そこで真昼は幼い時、母親が亡くなった後。
葬儀に参加していた叔父である徹の事を思い出す。
―――――・・・ああ、そうか―――――
―――――叔父さんも一人だったんだね―――――
唯一人の『家族』であった『姉』の亡骸が収められた棺と遺影が置かれた祭壇の前に、徹は昏い顔で座り込んでいた。
―――――徹叔父さんもあの日、ひとりぼっちになったんだ―――――
そんな中で―――――
『引き取れないわよ。うち子供多いし』
『でも誰かが面倒見ないとねぇ・・・・・・』
『誰かいないの?』
―――――心無いやり取りをする親族に縋る事などできず。
『―――――・・・・・・っっ』
不安と孤独に押し潰されそうになっていた子供が漏らした、微かな泣き声が徹の耳朶に届いた。
―――――
そこでそちらを見遣った徹の瞳に映ったのは―――――『姉』が残した唯一の忘れ形見である『甥』の『真昼』だった。
そして―――――
―――――叔父さんが俺をみつけてくれて―――――
―――――今度は俺がクロをみつけたんだ―――――
しかして自分はどうしてその『行動』に至っただろうか。
―――――その『想い』を『掴む』為に真昼は手を伸ばしていく。
―――――俺はたぶんひとりぼっちじゃなくなりたかった―――――
真っ直ぐに伸ばした先には、小さな子供の手があって。
そこでそっと手の平を返して見せると。
子供の指先が真昼の指に触れたものの。
しかし、互いの指先が組み合う前に解けてしまった。
それでも諦めることなく。
もう一度伸ばした手でそっと子供の手を握った後に。
ゆっくりと手の平を広げて見せると。
恐る恐る伸ばされてきた子供の掌が真昼の指先に触れて。
重なり合った互いの指先からそっと繋いで握りしめた。
刹那、真昼の腕の中には、白い上着を身に纏った小さな〝彼〟が顕現していて。
真昼の瞳からは涙が零れ出して頬を濡らしていた。
―――――だから誰かに手を伸べるんだ―――――
―――――それは―――――
―――――ひとりぼっちじゃなくなる一番シンプルな方法だから―――――
その小さな身体を抱きしめながら真昼は目を伏せると、もう一つの気づいていなかった、心の奥底に隠れていた〝感情〟と向き合っていく。
―――――瑠璃姉が家に来てから、俺の中の〝寂しい〟という感情は薄れていた―――――
―――――だけどいつかは〝いなくなって〟しまうかもしれない―――――
―――――クロを見つけるまでは、そんな〝不安〟も俺の中にはあったんだと思う―――――
ふと、身体にコツンと何かが当たった感覚に真昼は目を瞬かせると、小さな〝彼〟から身体を離して尋ねかける。
「何か・・・持ってるの?」
すると小さな〝彼〟が右手を入れて上着の中から取り出してみせたのは、鍵穴が付いた『黒い小箱』だった。
あちこち傷ついてはいるものの、小さな〝彼〟にとっては宝物も同然なのだろう。
「これは大切なもの」
両手で包み込むようにして持ちながら『黒い小箱』を見つめる小さな〝彼〟の口元は綻んでいて。子供らしい柔らかな表情を浮かべていたのだが。
「だけど―――――必死で戦ってきたから。どこかで鍵を落としちゃった」
淡々とした声音で「・・・もう開かない・・・」そう呟いた瞬間、小さな〝彼〟の姿は『子供』から『大人』に戻っていて。薄っすらと笑みを浮かべてはいるものの、しかしその顔色は絶望に満ちたものになっていた。
一方、〝彼〟のその言葉を聞いた時―――――ふと、真昼は左胸の辺りに違和感を覚えて、右手を伸ばした。すると指先に固い感触があり。取り出して確認してみると、それは鍵穴が付いた『黒い小箱』だった。
しかし、真昼が手にしたそれは〝彼〟が持っているものとは違い、傷一つない綺麗なもので。呆然とした面持ちで『黒い小箱』を真昼が見つめていると。
それに気が付いた〝彼〟がハッと目を見開いて―――――
「一緒に持ってあげようか?」
徐に立ちあがると、たっと身を翻した〝彼〟のほうに「えっ?」と真昼が視線を向けると。
〝彼〟の姿はまた小さな子供に変わっていて。
ズルズルと紐が付いた大きな箱を小さな〝彼〟が此方まで引き摺ってきて。
「これはかぞくのはこ」
〝かぞくのはこ〟と小さな〝彼〟が称したその入れ物の中には、二人が持っていた『黒い小箱』より、二回りほど大きい『黒い箱』が収まっており。
「重たい時はこれに入れて一緒に持つんだよ」
小さな〝彼〟はそう言いながら、真昼の『黒い小箱』も入れられるように、中央に入っていた『黒い箱』を端に寄せる。
その時、〝かぞくのはこ〟に持ち手がついているのに気づいた真昼は、子供の姿の〝彼〟では一人で持つのは大変かもしれないが、自分ならば持つことは出来るだろう。
そう考えて、ぐっと力を込めて持ち手を握り締めると―――――。
「あっ・・・」
小さな〝彼〟は戸惑いの声を小さく漏らして。
「――――――・・・・・・っ」
〝かぞくのはこ〟を両手で持ち上げた真昼は困惑した面持ちになってしまう。
何故なら〝かぞくのはこ〟と称されたそれは〝外枠〟しか存在していなかったから。
〝彼〟もまた、真昼に向かって両手を差し出そうとした体制のまま、呆然とした面持ちで静止してしまっていたのだが。
「底はまだないけど・・・」
視線を俯けながらそう呟いたその時、小さかった〝彼〟の姿は『子供』から『大人』に戻っていて。顔に浮かぶ表情は笑顔ではあったものの、金色の瞳は昏い影を宿していた。
「・・・・・・っ」
その様を見た真昼は、胸の奥に痛みを覚えて、ぐっと眉根を寄せてしまう。
〝かぞくのはこ〟に底がないのなら、中に入っている『黒い箱』を一緒に持てばいい。
―――――そう考えて『黒い箱』に手を伸ばそうとするも。
「こっちはさわったらだめだよ。泰ちゃんの」
小さな子供の姿に戻った〝彼〟は真昼が触れようとしたのを拒絶するように『黒い箱』をその身体で隠すようにしながら、左手をバッと突き出して告げてくる。
「それは重たいよ。さびちゃったし」
そこで真昼は小さく息を吸うと―――――
「・・・吊戯さん」
〝彼〟の―――――『つるぎ』の―――――『名前』を呼んだ。
―――――『自慢の何か』になりたかった―――――
それは幼かった自分達が抱いていた〝共通の思い〟だった。
そこから〝新たな一歩〟を踏み出す為に。スニーカーの靴紐をしっかりと締め直すと。両手を握り締めながら立ち上がった真昼は真っ直ぐに『吊戯』を見据えて。
「行こう」
力強い声で呼び掛けた。
すると悲哀に満ちた金色の瞳がこちらを見上げてきて。
「あなたは俺に言ったよね。あなたが戦うのは弱いからだって」
そんな『つるぎ』の心に届くように、じっと金色の瞳を見つめ返しながら真昼は語り掛ける。
「正直あんまりわかってなかった。
―――――与えられた命令に『吊戯』は従い続けて―――――
―――――終には大切な友人と死闘を繰り広げる事態になってしまった―――――
果たして自分達が心の中で描いていた〝なりたかった姿〟というのは、本当はなんだったのだろうか。
―――――自慢の甥っ子―――――
―――――自慢の友達―――――
―――――自慢の姉弟―――――
―――――自慢の仲間―――――
―――――俺が憧れたそれは―――――
―――――俺が本当になりたいものとは少しだけ違ってたんだな―――――
ここに到ってようやく真昼はその『答』に辿り着くことが出来た。
「俺は自分が誇れる自分になるよ」
握りしめた右手の拳を真昼は自分の胸に当てると自信に満ちた面持ちで宣言する。
「いつでも問うんだ」
―――――「いまその行動を誇れるか?」―――――
―――――「俺は俺を誇れているか?」―――――
「それはきっと何か間違えてしまいそうな時の道しるべになる。悲鳴をあげる人がいてそれを聞こえないふりをしてしまったら。そんな俺を俺は誇れない。これが俺の戦う理由だ」
そしてそう断言した真昼が、主人の証が宿っている右手を前に向かって突き出すと。
真昼の意思に呼応して―――――菱形の格子の中に星を宿した〝標〟が具現化していて。
「だから吊戯さん。あなたも存在理由や行動理由を誰かに委ねないで。俺は―――――俺たちはみんな自分で自分を認めていいんだ」
〝標〟の下で子供と大人―――――その間を彷徨い続ける『つるぎ』に真昼は告げる。
「俺達はいつだって、いつからだって。なりたい自分を目指していいんだ」
そして真昼が地に突きたてられていた〝標〟を掴んだ刹那―――――
『まひる!!』
真昼の背後に『力』が現れて。
『そんなこと意味ないよ。ムダだよ! 彼を救ったところできみの孤独が救われるわけじゃない! よく似ていてもそのこどもは
勢いよくまくし立てるかのようにしながら、真昼のその考えを否定する言葉をぶつけてきたのだが。
「真昼君は大丈夫よ、『力』くん」
フッと瞬いた真紅の光の中から顕現した瑠璃が宥めるように『力』を抱き上げたのだ。
【本館/24・6/15/別館/24・6/28掲載】
