第二十五章『千辛万苦』
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「オレがキミに・・・名前をつける?」
ズズ・・・ン。ガラガラガラ・・・。
時を同じくして、崩壊が進む地下最深部に程近い場所において、己が身を挺して庇ってくれた〝憤怒〟の真祖である〝母なるもの 〟から、共に助かるための手段として提言された―――――「あなたが・・・私に名前を付けてくれるなら」という言葉に『つるぎ』は、只々、戸惑いの感情のみを覚えていた。
そして―――――
「オレが・・・〝憤怒 〟の主人 になるってこと? キミがオレの吸血鬼 になるってこと・・・?」
瓦礫に脚を圧し潰された為に身動きを取れないままでいるザ・マザーの顔を当惑の面持ちで見返すと。
「そうよ」
ザ・マザーは契約を申し出てきた時と変わらぬ、揺るぎのない声音で返答をしてきて。
しかしそれを聞いた『つるぎ』の顔色は蒼白なものとなり、冷や汗が頬を滑り落ちていく。
「・・・む・・・むりだよ。サーヴァンプとの契約には名前と・・・何かオレの〝物〟をあげないとだ。オレ・・・何も、何も持ってない。キミに・・・あげられるようなものはなにも・・・」
そうして身体を小刻みに打ち震わせながら、自分にその資格は無いのだと否定する言葉を口にした。
「なんだっていいのよ」
そこで『つるぎ』に向かって、ザ・マザーは静かな声音でそう言いながら右手を伸ばすと。
「・・・ほら。あなたが二つ持ってる、それをひとつ私にくれるとか・・・」
指先で『つるぎ』の耳朶にある黒いピアスを指し示したのだが。
「あ・・・ああ。眼とか?」
けれど、混迷状態に陥った『つるぎ』は歪な笑みを浮かべると、右手で自らの金色の瞳を指し示して見せてきて。
そんな『つるぎ』の姿に、ザ・マザーは眉根を寄せると―――――
「あ・・・腕とかでもいいのか。でも大きくてじゃまだよね」
『つるぎ』は視線を下に向けながら独り言ちて。
はは、と自嘲するように笑いを零した後に。
「やっぱ眼かな? それにオレの腕、傷だらけであまりキレイじゃないから。あ、指でもいいのか。たくさんあるし・・・」
ひたすらに己の〝身体〟の、どの〝部位〟を差し出すのが良いかと、そればかりを口にして。
「ツルギ」
そんな『つるぎ』の様子を見兼ねたザ・マザーは、その間違った認識を改めさせるべく。
厳しい口調で『名前』を呼ぶと―――――。
「世界にはひとと分け合い持ち合うべきものと。自分自身で大切にしなければならないものとがあるの。それを見誤ってはだめよ」
ザ・マザーの顔を茫然と見上げた『つるぎ』は、そこで〝母なるもの〟から滲み出ている〝憤怒〟の感情を感じ取り。
「お・・・怒って・・・るの・・・?」
「怒ってるわ」
おずおずと尋ねかけてきた『つるぎ』にザ・マザーは憤りに満ちた声音で応じると―――――。
「な、なんで? なんで?」
『つるぎ』は激しく混乱した様子になり。
「ごめんなさい。わからないよ・・・だってオレ達 ・・・このからだひとつ。それしか持ってないんだ。オレが差し出せるものこのからだだけ・・・」
―――――・・・・・・〝オレ達〟?
いまこの場に居るのは『つるぎ』一人だけのはずだ。
怪訝そうに眉を顰めたザ・マザーに『つるぎ』は言う。
「・・・あのね、お母さん 。オレね・・・」
その時、ガラ・・・と音を立てて崩れた巨大な瓦礫の一片が『つるぎ』の左側頭部にゴッと直撃して―――――。
「!!」
衝撃の光景に愕然となったザ・マザーは「ツル・・・」と声を上げ掛けたのだが。
しかし、負傷した箇所からドロッと血が流れだし、そのまま左目から頬まで伝い落ちたのにも拘らず。『つるぎ』は呻き声一つ上げることなく、ただひたすらに言葉を紡ぎ出す。
「与えられた服を着て。与えられた仕事をこなし。与えられた悲しみや痛みを受け入れて。与えられた喜びで笑ってた。なにひとつ『選択』をしてこなかった・・・。部活とか、進路とか、趣味とか。なんでも、ひとつ、ひとつ、自分で選択して。失敗して。成功して。怒られて。褒められて。そういうの、ぜんぶ、放棄してきた」
―――――だから・・・オレ、大人になれなかった―――――
―――――〝母なるもの〟との邂逅によって『つるぎ』の心の内に芽生えたのは〝悲哀〟という名の感情だった。
「オレのこと、ちゃんと叱って・・・」
そうして『つるぎ』は失ってしまった〝拠り所〟を求めて、震える右手の指先をザ・マザーに向かって伸ばしていく。
「キミの手を取ったら・・・オレは何か変わるかな・・・? ここを出てオレは・・・」
その吊戯の想いに応えるべく、ザ・マザーも右掌を『つるぎ』に差し伸べる。
その時―――――
―――――『吊戯』さん―――――
『つるぎ』の中に、ふと浮かんできたのは柔らかな声で自分を呼ぶ瑠璃の姿だった。
―――――もしも主人になることが出来たなら、こんなオレでも『彼女』の傍に在ることは許されるだろうか。
けれど―――――
そんな『つるぎ』の想いを戒めるかのように。
ザ・マザーの背後に―――――『つるぎ』にとって唯一の『家族』であった―――――『少年』が現れて。
無言でジッとこちらを見下ろしてくる『少年』を、目から涙を零しながら『つるぎ』は呆然と見つめ返す。
と―――――
ザ・マザーも『つるぎ』の視線が自身の背後に向けられているのに気づき。
「・・・?」
目を瞬かせて、自身の背後に視線を巡らせるも。
『つるぎ』の記憶の中から現れた『少年』の姿は『つるぎ』以外には認知することは出来ず―――――。
一方、『つるぎ』は『少年』の視線が、ザ・マザーに向かって伸ばそうとした、自身の右手に向けられているのに気づくと。
「・・・あ・・・」
血の気の引いた面持ちで、擦れ声を漏らし、ザ・マザーに伸ばしかけていた手を下げてしまう。
すると『少年』は冷ややかな声音で『ふうん・・・』と呟いて。
『よかったな、勝手にしろ。どこにでも行っちまえ。お前なんか』
突き放す言葉を『つるぎ』に向けて言い放ってきたのだ。
その時、『つるぎ』の中に甦ってきたのは『少年』に連れ帰られた日から共に過ごしてきた日々の記憶だった。
そして―――――
―――――『少年』の両親が〝事故〟という形で〝世界〟からいなくなった日。
―――――『つるぎ』は『少年』に肩車をして貰って、生まれてから初めて〝外の世界〟に出た。
―――――その時、夜空には大きな満月が浮かんでいて。
―――――満月の晩に自由の身になった『少年』はあの時、心からの笑顔を浮かべていた。
それなのに『少年』の瞳は今や光を宿しておらず、昏い世界を映し出している。
にも拘らず、一人だけ差し伸べられたその手を取って、明るい外の世界で〝安息〟を手にしようだなんて・・・・・・。
「できない・・・っ」
〝罪の意識〟に苛まれた『つるぎ』は頭を抱えて蹲ってしまう。
その刹那―――――
ガラガラガラガラガラ。
ズズ・・・ン。
完全に瓦解した天井から無数の瓦礫が降り注ぎ、『つるぎ』の世界もまた昏い闇に閉ざされたのだ。
カンカンカンカン―――――と地下の下層に繋がる隠し通路の階段を真昼と瑠璃は真剣な面持ちでひたすらに降りていく。
その間、二人の間に会話のやり取りはなく。階段を降りる音だけが響いていた。
そして―――――
「瑠璃姉、階段はここで終わりみたいだ・・・・・・」
「えぇ。恐らくここが一番下だわ・・・・・・」
先にトンと地に足を着けた真昼に続き、瑠璃もまた地面に着地すると。
真昼とともに目の前にあった、隠し扉らしきモノに手を掛けて。
ぐ・・・と力を込めて扉を開くと。
バコン―――――と開かれた低い扉を、身を屈めて通り抜けた処で。
ズズ・・・ン。ガラガラガラ・・・とフロアが崩落する音が聞こえてきて。
それだけでなく、さらに辺り一面、真っ白な靄のようなモノが漂っており。
「なんだこれ・・・? 霧が出てる?」
口元を右手の甲で覆いながらごほっと真昼は咳き込み「こんなところになんで・・・」と眉を顰めた中。
「・・・・・・」
瑠璃も眉根を寄せながら、そっと霧のようなモノに手を伸ばすと。
―――――・・・・・・キュィ・・・・・・キュゥ・・・・・・。
瑠璃の指先に触れた霧が塵の塊のようなモノに姿を変えていて。
「――――――真昼君、違うわ。これは霧じゃなくて灰塵 が充満してるのよ」
「えっ・・・・・・!? 灰塵!? なんでC3でそんなことが・・・・・・」
「理由はわからないけれど・・・・・・」
唖然となった真昼に瑠璃は眉を顰めながら首を振る。
―――――・・・・・・もしかしたら、椿の『目的の為』に、脱獄したシャムロックさん達が行動を起こした可能性もあるかもしれない。
だけど、いまは―――――
「一刻も早く、吊戯さんとマザーさん達を見つけ出しましょう」
浮かんできた想いを胸の奥に仕舞いこんだ瑠璃が真昼に向かってそう言うと。
「・・・・・・そうだな。行こう!! 瑠璃姉!!」
真昼は瑠璃の様子を気にして微かに眉を寄せたものの、力強く頷き返してきて。
「「・・・吊戯さん! マザーさん! いたら返事して下さい!!」」
真昼と瑠璃が声を張り上げながら二人で通路を走り出したその時。
一気に天井が崩落したことにより、暗がりとなった上のフロアが穴の向こう側に見えた中で。
「・・・・・・は・・・」と微かな息を漏らした『つるぎ』はぼんやりと目を開けると。
「・・・まだ、生きてる・・・」そう呟き。
すぐ目の前にいるザ・マザーが、仰向けで横たわる自分の両側に両手を着いて、苦し気に「は、はぁ」と浅い呼吸を繰り返しながら、膝立ちの態勢で身体を張って瓦礫に押しつぶされないようにしているその姿を認めると。
「・・・もうやめようよ。やめてよ・・・誰も迎えになんて来ないから・・・」
『つるぎ』は悲痛な面持ちで、ザ・マザーに向かってそう訴えかけて。
「だいじょうぶ・・・おれの人生は十分幸福だった・・・」
自ら終焉を望む言葉を口にしたのだが―――――。
「・・・嘘ばっかりね。あなた今、生まれたばかりじゃないの」
ジッと金色の双眸を見つめながら、〝母なるもの〟は〝幼子〟である『つるぎ』の言葉を否定する。
けれど―――――
「・・・・・・誰も祝福しないよ。誰もむかえに・・・」
―――――来るはずがないのだと『つるぎ』は、再び否定する言葉を口にしようとしたのだが。
・・・ズガン、ガン、ドカ、ドン、ドン、バキ、バキ。
その直後―――――瓦礫を退かそうとする音が微かに聴こえてきて。
ドン、バキン、ガン、ガラガラガラと、さらにその音が一際大きく響き渡った時。
一筋の光が『つるぎ』の顔を照らして―――――。
「えっ?」
差し込んできた光に『つるぎ』は呆然とした声を漏らすと、そのまま放心した面持ちで金色の双眸を見開いてしまう。
焦燥感を滲ませながら、瓦礫の山を退けてくれたのは、『少年』から『大人』の姿に変わった―――――自分にとってはたった一人の『家族』だった存在で。
「・・・塔間さん・・・?」
『つるぎ』が名前を呟くと、塔間は返事をする代わりに、右手で乱れた髪を抑えつつ、眉を顰めながらドカッと退かした瓦礫を蹴飛ばしてみせてきて。
そんな塔間の行動を目にした『つるぎ』は薄っすらと口元に笑みを浮かべると。
「・・はは。バカだなあ、オレ・・・さいごまでこんなまぼろしをみてる・・・。塔間さんはオレを迎えになんて来ない・・・」
自身の瞳に映ったその姿を否定しようとしたのだが―――――。
「何言ってる。早く手を出せ。吊戯」
呆れたような面持ちで、自分を見下ろしながら〝吊戯〟と名前を呼んで、右手を差し出してきたその姿を目にして。
「本物?」
―――――・・・うそ。なんで。塔間さん・・・。
金色の双眸に映し出されたその姿は紛れもなく『吊戯』が良く知っている『彼』だ。
けれど―――――
―――――・・・なんで、ここに・・・。
「・・・迎えに来てくれたの・・・?」
自分にとって都合のいい〝夢〟を見ているのではないだろうか。
そう思いながらも『吊戯』は―――――
「家族だから・・・?」
そう呟き、差し出されたその手を掴むべく、左手を伸ばすと。
塔間が『吊戯』の左手をしっかりと掴んで、ずると瓦礫の山の中から引きずり出したのだ。
う、いたた・・・と『吊戯』は救出される際に呻き声を漏らしたものの。
状態を起こしたその後は、ぼんやりとした面持ちで、両膝を折って視線を俯けながら座り込んでいたのだが。
「怪我は?」
「あ。だ、大丈夫」
「歩けるのか」
「うん」
此方に背を向けながら淡々と問いを投げかけてきた塔間に対して顔を上げた『吊戯』は僅かながら弾んだ声音で答えて。
そんな『吊戯』の姿を目にしたザ・マザーが、ほ・・・と安堵の息を漏らすと。
「あ・・・あのね、この人がね、オレの家族・・・みたいな人でね・・・」
ザ・マザーのほうに向きなおると、顔をほころばせながら、左手で塔間を指し示して見せてきて。
瓦礫から抜け出すことが出来ていない為、ザ・マザーが軽く首を傾けて、塔間のほうに視線を向けると。
「あ。あの・・・さ。さっきの契約 の話・・・オレには〝憤怒 〟の名前・・・わからなかったけど」
『吊戯』がおずおずと紡ぎ出したその言葉に、チラリと塔間が様子を伺うように視線を向けてくる。
『吊戯』はそんな塔間の視線に気づいたのだろう。
微かに緊張した様子で「・・・だけど。い、いい案があるから」と目を伏せながら言い置いた後に。
「オレじゃなくて泰ちゃんと契約して。泰ちゃんのお母さん になっ―――――」
自らが思い付いた、最良の方法を『吊戯』は告げようとしたのだが。
―――――パンという音に最後まで言い終える前に遮られてしまう。
一発の凶弾が〝憤怒〟の胸を撃ち抜いて、飛び散った血飛沫が二人の傍に居た塔間の頬も微かに濡らしていた。
―――――何が起こったのだろうか。
「・・・えっ?」
突然、目の前で起こった衝撃の出来事と、頬を濡らした〝憤怒〟の血に、茫然自失状態に陥った『吊戯』が己の背後を振り返ると。
そこには右手に銃を構えた塔間の姿が在り。
―――――ドン! ドンドンドンドパン!!
その後も彼は〝憤怒〟に向かって、容赦なく発砲してきて。
その時、塔間の視界に見えていたのは〝憤怒〟の吸血鬼の姿ではなく。
己を虐げてきた『母親』の姿だった。
「えっ・・・・・・・・・うそ・・・・・・なんで、泰ちゃん!! やめて、やめてよ、撃たないで!! なんで!?」
そうして冷然とした眼差しで、無表情に、銃を撃ち続ける塔間の残虐な行動を止めようと『吊戯』は塔間の腰にしがみ付く。
しかし、〝憤怒〟が血の海の中に倒れ伏してしまったその姿を視界に捉えてしまった刹那―――――。
「なん・・・っ、う・・・・・・」
変わり果ててしまった〝母なるもの〟の姿にショックを受けて激しく嘔吐してしまう。
そして―――――
「やめよう 。もう、やめようよ・・・。許そうよ・・・おれたち、もう・・・・・・」
左手で口元を覆いながら、右手で塔間の脚を掴みつつ、必死にその言葉を絞り出した処で。
『吊戯』もまた意識を保つことが限界となって。ごとん、と〝母なるもの〟の傍らに昏倒してしまう。
塔間は無表情のまま、目を細めると、銃を構えていた右手をゆっくりと下ろして。手の中の武器を消失させると。
「・・・行くぞ、吊戯。C3 を出る」
左脚で意識を失っている吊戯の身体を、ごろんと転がしながら呼びかけて。
「もうC3 に用はない。システムもほとんど停止してる。今なら誰にも見つからずに消えられる」
無意識の内に流れ出してきた大量の冷や汗を右手で拭う仕草をすると。
「崩落に巻き込まれて死んだことになるだろうし好都合だ。〝ミストレス〟のお嬢さんには逃げられてしまったが。それでも、お前さえ連れていければあとはタイミングを待つだけ・・・・・・」
そう独り言ちていた、その時だった。
「・・・え・・・? 塔間・・・さん・・・?」
「塔間さん・・・・・・!? 何で貴方が・・・・・・っ」
吊戯とザ・マザーを探していた真昼と瑠璃がその場に到着したのだ。
【本館/22・11/26/別館/22・11/29掲載】
ズズ・・・ン。ガラガラガラ・・・。
時を同じくして、崩壊が進む地下最深部に程近い場所において、己が身を挺して庇ってくれた〝憤怒〟の真祖である〝
そして―――――
「オレが・・・〝
瓦礫に脚を圧し潰された為に身動きを取れないままでいるザ・マザーの顔を当惑の面持ちで見返すと。
「そうよ」
ザ・マザーは契約を申し出てきた時と変わらぬ、揺るぎのない声音で返答をしてきて。
しかしそれを聞いた『つるぎ』の顔色は蒼白なものとなり、冷や汗が頬を滑り落ちていく。
「・・・む・・・むりだよ。サーヴァンプとの契約には名前と・・・何かオレの〝物〟をあげないとだ。オレ・・・何も、何も持ってない。キミに・・・あげられるようなものはなにも・・・」
そうして身体を小刻みに打ち震わせながら、自分にその資格は無いのだと否定する言葉を口にした。
「なんだっていいのよ」
そこで『つるぎ』に向かって、ザ・マザーは静かな声音でそう言いながら右手を伸ばすと。
「・・・ほら。あなたが二つ持ってる、それをひとつ私にくれるとか・・・」
指先で『つるぎ』の耳朶にある黒いピアスを指し示したのだが。
「あ・・・ああ。眼とか?」
けれど、混迷状態に陥った『つるぎ』は歪な笑みを浮かべると、右手で自らの金色の瞳を指し示して見せてきて。
そんな『つるぎ』の姿に、ザ・マザーは眉根を寄せると―――――
「あ・・・腕とかでもいいのか。でも大きくてじゃまだよね」
『つるぎ』は視線を下に向けながら独り言ちて。
はは、と自嘲するように笑いを零した後に。
「やっぱ眼かな? それにオレの腕、傷だらけであまりキレイじゃないから。あ、指でもいいのか。たくさんあるし・・・」
ひたすらに己の〝身体〟の、どの〝部位〟を差し出すのが良いかと、そればかりを口にして。
「ツルギ」
そんな『つるぎ』の様子を見兼ねたザ・マザーは、その間違った認識を改めさせるべく。
厳しい口調で『名前』を呼ぶと―――――。
「世界にはひとと分け合い持ち合うべきものと。自分自身で大切にしなければならないものとがあるの。それを見誤ってはだめよ」
ザ・マザーの顔を茫然と見上げた『つるぎ』は、そこで〝母なるもの〟から滲み出ている〝憤怒〟の感情を感じ取り。
「お・・・怒って・・・るの・・・?」
「怒ってるわ」
おずおずと尋ねかけてきた『つるぎ』にザ・マザーは憤りに満ちた声音で応じると―――――。
「な、なんで? なんで?」
『つるぎ』は激しく混乱した様子になり。
「ごめんなさい。わからないよ・・・だって
―――――・・・・・・〝オレ達〟?
いまこの場に居るのは『つるぎ』一人だけのはずだ。
怪訝そうに眉を顰めたザ・マザーに『つるぎ』は言う。
「・・・あのね、
その時、ガラ・・・と音を立てて崩れた巨大な瓦礫の一片が『つるぎ』の左側頭部にゴッと直撃して―――――。
「!!」
衝撃の光景に愕然となったザ・マザーは「ツル・・・」と声を上げ掛けたのだが。
しかし、負傷した箇所からドロッと血が流れだし、そのまま左目から頬まで伝い落ちたのにも拘らず。『つるぎ』は呻き声一つ上げることなく、ただひたすらに言葉を紡ぎ出す。
「与えられた服を着て。与えられた仕事をこなし。与えられた悲しみや痛みを受け入れて。与えられた喜びで笑ってた。なにひとつ『選択』をしてこなかった・・・。部活とか、進路とか、趣味とか。なんでも、ひとつ、ひとつ、自分で選択して。失敗して。成功して。怒られて。褒められて。そういうの、ぜんぶ、放棄してきた」
―――――だから・・・オレ、大人になれなかった―――――
―――――〝母なるもの〟との邂逅によって『つるぎ』の心の内に芽生えたのは〝悲哀〟という名の感情だった。
「オレのこと、ちゃんと叱って・・・」
そうして『つるぎ』は失ってしまった〝拠り所〟を求めて、震える右手の指先をザ・マザーに向かって伸ばしていく。
「キミの手を取ったら・・・オレは何か変わるかな・・・? ここを出てオレは・・・」
その吊戯の想いに応えるべく、ザ・マザーも右掌を『つるぎ』に差し伸べる。
その時―――――
―――――『吊戯』さん―――――
『つるぎ』の中に、ふと浮かんできたのは柔らかな声で自分を呼ぶ瑠璃の姿だった。
―――――もしも主人になることが出来たなら、こんなオレでも『彼女』の傍に在ることは許されるだろうか。
けれど―――――
そんな『つるぎ』の想いを戒めるかのように。
ザ・マザーの背後に―――――『つるぎ』にとって唯一の『家族』であった―――――『少年』が現れて。
無言でジッとこちらを見下ろしてくる『少年』を、目から涙を零しながら『つるぎ』は呆然と見つめ返す。
と―――――
ザ・マザーも『つるぎ』の視線が自身の背後に向けられているのに気づき。
「・・・?」
目を瞬かせて、自身の背後に視線を巡らせるも。
『つるぎ』の記憶の中から現れた『少年』の姿は『つるぎ』以外には認知することは出来ず―――――。
一方、『つるぎ』は『少年』の視線が、ザ・マザーに向かって伸ばそうとした、自身の右手に向けられているのに気づくと。
「・・・あ・・・」
血の気の引いた面持ちで、擦れ声を漏らし、ザ・マザーに伸ばしかけていた手を下げてしまう。
すると『少年』は冷ややかな声音で『ふうん・・・』と呟いて。
『よかったな、勝手にしろ。どこにでも行っちまえ。お前なんか』
突き放す言葉を『つるぎ』に向けて言い放ってきたのだ。
その時、『つるぎ』の中に甦ってきたのは『少年』に連れ帰られた日から共に過ごしてきた日々の記憶だった。
そして―――――
―――――『少年』の両親が〝事故〟という形で〝世界〟からいなくなった日。
―――――『つるぎ』は『少年』に肩車をして貰って、生まれてから初めて〝外の世界〟に出た。
―――――その時、夜空には大きな満月が浮かんでいて。
―――――満月の晩に自由の身になった『少年』はあの時、心からの笑顔を浮かべていた。
それなのに『少年』の瞳は今や光を宿しておらず、昏い世界を映し出している。
にも拘らず、一人だけ差し伸べられたその手を取って、明るい外の世界で〝安息〟を手にしようだなんて・・・・・・。
「できない・・・っ」
〝罪の意識〟に苛まれた『つるぎ』は頭を抱えて蹲ってしまう。
その刹那―――――
ガラガラガラガラガラ。
ズズ・・・ン。
完全に瓦解した天井から無数の瓦礫が降り注ぎ、『つるぎ』の世界もまた昏い闇に閉ざされたのだ。
カンカンカンカン―――――と地下の下層に繋がる隠し通路の階段を真昼と瑠璃は真剣な面持ちでひたすらに降りていく。
その間、二人の間に会話のやり取りはなく。階段を降りる音だけが響いていた。
そして―――――
「瑠璃姉、階段はここで終わりみたいだ・・・・・・」
「えぇ。恐らくここが一番下だわ・・・・・・」
先にトンと地に足を着けた真昼に続き、瑠璃もまた地面に着地すると。
真昼とともに目の前にあった、隠し扉らしきモノに手を掛けて。
ぐ・・・と力を込めて扉を開くと。
バコン―――――と開かれた低い扉を、身を屈めて通り抜けた処で。
ズズ・・・ン。ガラガラガラ・・・とフロアが崩落する音が聞こえてきて。
それだけでなく、さらに辺り一面、真っ白な靄のようなモノが漂っており。
「なんだこれ・・・? 霧が出てる?」
口元を右手の甲で覆いながらごほっと真昼は咳き込み「こんなところになんで・・・」と眉を顰めた中。
「・・・・・・」
瑠璃も眉根を寄せながら、そっと霧のようなモノに手を伸ばすと。
―――――・・・・・・キュィ・・・・・・キュゥ・・・・・・。
瑠璃の指先に触れた霧が塵の塊のようなモノに姿を変えていて。
「――――――真昼君、違うわ。これは霧じゃなくて
「えっ・・・・・・!? 灰塵!? なんでC3でそんなことが・・・・・・」
「理由はわからないけれど・・・・・・」
唖然となった真昼に瑠璃は眉を顰めながら首を振る。
―――――・・・・・・もしかしたら、椿の『目的の為』に、脱獄したシャムロックさん達が行動を起こした可能性もあるかもしれない。
だけど、いまは―――――
「一刻も早く、吊戯さんとマザーさん達を見つけ出しましょう」
浮かんできた想いを胸の奥に仕舞いこんだ瑠璃が真昼に向かってそう言うと。
「・・・・・・そうだな。行こう!! 瑠璃姉!!」
真昼は瑠璃の様子を気にして微かに眉を寄せたものの、力強く頷き返してきて。
「「・・・吊戯さん! マザーさん! いたら返事して下さい!!」」
真昼と瑠璃が声を張り上げながら二人で通路を走り出したその時。
一気に天井が崩落したことにより、暗がりとなった上のフロアが穴の向こう側に見えた中で。
「・・・・・・は・・・」と微かな息を漏らした『つるぎ』はぼんやりと目を開けると。
「・・・まだ、生きてる・・・」そう呟き。
すぐ目の前にいるザ・マザーが、仰向けで横たわる自分の両側に両手を着いて、苦し気に「は、はぁ」と浅い呼吸を繰り返しながら、膝立ちの態勢で身体を張って瓦礫に押しつぶされないようにしているその姿を認めると。
「・・・もうやめようよ。やめてよ・・・誰も迎えになんて来ないから・・・」
『つるぎ』は悲痛な面持ちで、ザ・マザーに向かってそう訴えかけて。
「だいじょうぶ・・・おれの人生は十分幸福だった・・・」
自ら終焉を望む言葉を口にしたのだが―――――。
「・・・嘘ばっかりね。あなた今、生まれたばかりじゃないの」
ジッと金色の双眸を見つめながら、〝母なるもの〟は〝幼子〟である『つるぎ』の言葉を否定する。
けれど―――――
「・・・・・・誰も祝福しないよ。誰もむかえに・・・」
―――――来るはずがないのだと『つるぎ』は、再び否定する言葉を口にしようとしたのだが。
・・・ズガン、ガン、ドカ、ドン、ドン、バキ、バキ。
その直後―――――瓦礫を退かそうとする音が微かに聴こえてきて。
ドン、バキン、ガン、ガラガラガラと、さらにその音が一際大きく響き渡った時。
一筋の光が『つるぎ』の顔を照らして―――――。
「えっ?」
差し込んできた光に『つるぎ』は呆然とした声を漏らすと、そのまま放心した面持ちで金色の双眸を見開いてしまう。
焦燥感を滲ませながら、瓦礫の山を退けてくれたのは、『少年』から『大人』の姿に変わった―――――自分にとってはたった一人の『家族』だった存在で。
「・・・塔間さん・・・?」
『つるぎ』が名前を呟くと、塔間は返事をする代わりに、右手で乱れた髪を抑えつつ、眉を顰めながらドカッと退かした瓦礫を蹴飛ばしてみせてきて。
そんな塔間の行動を目にした『つるぎ』は薄っすらと口元に笑みを浮かべると。
「・・はは。バカだなあ、オレ・・・さいごまでこんなまぼろしをみてる・・・。塔間さんはオレを迎えになんて来ない・・・」
自身の瞳に映ったその姿を否定しようとしたのだが―――――。
「何言ってる。早く手を出せ。吊戯」
呆れたような面持ちで、自分を見下ろしながら〝吊戯〟と名前を呼んで、右手を差し出してきたその姿を目にして。
「本物?」
―――――・・・うそ。なんで。塔間さん・・・。
金色の双眸に映し出されたその姿は紛れもなく『吊戯』が良く知っている『彼』だ。
けれど―――――
―――――・・・なんで、ここに・・・。
「・・・迎えに来てくれたの・・・?」
自分にとって都合のいい〝夢〟を見ているのではないだろうか。
そう思いながらも『吊戯』は―――――
「家族だから・・・?」
そう呟き、差し出されたその手を掴むべく、左手を伸ばすと。
塔間が『吊戯』の左手をしっかりと掴んで、ずると瓦礫の山の中から引きずり出したのだ。
う、いたた・・・と『吊戯』は救出される際に呻き声を漏らしたものの。
状態を起こしたその後は、ぼんやりとした面持ちで、両膝を折って視線を俯けながら座り込んでいたのだが。
「怪我は?」
「あ。だ、大丈夫」
「歩けるのか」
「うん」
此方に背を向けながら淡々と問いを投げかけてきた塔間に対して顔を上げた『吊戯』は僅かながら弾んだ声音で答えて。
そんな『吊戯』の姿を目にしたザ・マザーが、ほ・・・と安堵の息を漏らすと。
「あ・・・あのね、この人がね、オレの家族・・・みたいな人でね・・・」
ザ・マザーのほうに向きなおると、顔をほころばせながら、左手で塔間を指し示して見せてきて。
瓦礫から抜け出すことが出来ていない為、ザ・マザーが軽く首を傾けて、塔間のほうに視線を向けると。
「あ。あの・・・さ。さっきの
『吊戯』がおずおずと紡ぎ出したその言葉に、チラリと塔間が様子を伺うように視線を向けてくる。
『吊戯』はそんな塔間の視線に気づいたのだろう。
微かに緊張した様子で「・・・だけど。い、いい案があるから」と目を伏せながら言い置いた後に。
「オレじゃなくて泰ちゃんと契約して。泰ちゃんの
自らが思い付いた、最良の方法を『吊戯』は告げようとしたのだが。
―――――パンという音に最後まで言い終える前に遮られてしまう。
一発の凶弾が〝憤怒〟の胸を撃ち抜いて、飛び散った血飛沫が二人の傍に居た塔間の頬も微かに濡らしていた。
―――――何が起こったのだろうか。
「・・・えっ?」
突然、目の前で起こった衝撃の出来事と、頬を濡らした〝憤怒〟の血に、茫然自失状態に陥った『吊戯』が己の背後を振り返ると。
そこには右手に銃を構えた塔間の姿が在り。
―――――ドン! ドンドンドンドパン!!
その後も彼は〝憤怒〟に向かって、容赦なく発砲してきて。
その時、塔間の視界に見えていたのは〝憤怒〟の吸血鬼の姿ではなく。
己を虐げてきた『母親』の姿だった。
「えっ・・・・・・・・・うそ・・・・・・なんで、泰ちゃん!! やめて、やめてよ、撃たないで!! なんで!?」
そうして冷然とした眼差しで、無表情に、銃を撃ち続ける塔間の残虐な行動を止めようと『吊戯』は塔間の腰にしがみ付く。
しかし、〝憤怒〟が血の海の中に倒れ伏してしまったその姿を視界に捉えてしまった刹那―――――。
「なん・・・っ、う・・・・・・」
変わり果ててしまった〝母なるもの〟の姿にショックを受けて激しく嘔吐してしまう。
そして―――――
「
左手で口元を覆いながら、右手で塔間の脚を掴みつつ、必死にその言葉を絞り出した処で。
『吊戯』もまた意識を保つことが限界となって。ごとん、と〝母なるもの〟の傍らに昏倒してしまう。
塔間は無表情のまま、目を細めると、銃を構えていた右手をゆっくりと下ろして。手の中の武器を消失させると。
「・・・行くぞ、吊戯。
左脚で意識を失っている吊戯の身体を、ごろんと転がしながら呼びかけて。
「もう
無意識の内に流れ出してきた大量の冷や汗を右手で拭う仕草をすると。
「崩落に巻き込まれて死んだことになるだろうし好都合だ。〝ミストレス〟のお嬢さんには逃げられてしまったが。それでも、お前さえ連れていければあとはタイミングを待つだけ・・・・・・」
そう独り言ちていた、その時だった。
「・・・え・・・? 塔間・・・さん・・・?」
「塔間さん・・・・・・!? 何で貴方が・・・・・・っ」
吊戯とザ・マザーを探していた真昼と瑠璃がその場に到着したのだ。
【本館/22・11/26/別館/22・11/29掲載】
