第二十四章『艱難辛苦』
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ガゴンと勢いよく『e7のエレベーター』に程近い場所にあった通路の扉が内側から蹴破られた。
そこから顔を覗かせたのは黒いテンガロンハットを被ったギザ歯で三白眼の男と、クラウンのデザインが施されたウサギ帽子を目深に被った男の二人組で。
「オイ、オイイ。こっちであってんのかアァ!? なあレイ!?」
「たぶん。あってるよジル。あのエレベーターの下に―――――・・・」
ギザ歯で三白眼の男―――――ジルからの問いかけに対し、ウサギ帽子を目深に被った男―――――レイが前方のエレベーターに目を向けながら頷いた。
その直後、バコッという音とともに天井の板が落下するのと同時に人の脚が現れて。
「それじゃあ、瑠璃ちゃん。オレが下に着地したら続いて下りてきてね。腕の拘束を解いてあげることは出来ないけど、代わりにオレがちゃんとキャッチするからさ」
「・・・・・・わかりました」
そんな会話を経て、最初にジルとレイの前に姿を見せたのは、ダクト配管を通ってここまでやって来た吊戯だった。
そして吊戯が地面にトンと着地すると、その後に行動を共にしていた瑠璃もダクト配管の出口から飛び下りて。
「―――――・・・・・・やっぱり瑠璃ちゃんは温かいね」
「・・・・・・吊戯さん」
両手で受け止めてくれた吊戯が口にした台詞に瑠璃は何とも言えない面持ちになってしまうも。
「なあ、レイ。あのお嬢ちゃん、まさかとは思うが・・・・・・」
「そうだね、ジル。あのレディから感じる〝血の香り〟と〝気配〟・・・・・・恐らく間違いないと思うよ」
瞠目した面持ちでこちらを凝視してきていたジルとレイに気づき。
―――――あそこにいる二人、もしかしてマザーさんの下位なんじゃ・・・・・・っ。
ハッと瑠璃が息を呑むと―――――
「大丈夫だよ、瑠璃ちゃん」
そっと腕の中から瑠璃を地面に下ろした吊戯はそう言いながら、ジルとレイの方に向き直り。
「こんにちは、ご機嫌いかがですか?」
口元に薄っすらと笑みを浮かべながら軽い挨拶を口にすると。
「はっ! 張り合いのねぇ脱出ゲームだと思ってたとこだせェ。なあ、レイ!!」
「そうだね、ジル。やっと敵とエンカウントだ」
ばっと、二人は瞬時に臨戦態勢に入りながら応じてきて。
「さあ闘ろうぜエェ!? 兄ちゃん一人でいいのかい!? それとも、〝ミストレス〟のお嬢ちゃんも参戦してみるかァ?」
ジルが鋭く伸びた両手の黒い爪先に、力を込めて構える姿勢を見せながら好戦的な態度で此方を見据えてくる。
「待って! どうして貴方達は・・・・・・」
そこで瑠璃が口を開こうとすると。
「あのね。キミたちはどうしておれを殺すの?」
それに被せるように吊戯が言葉を発した。
そうして吊戯の言葉に意表を突かれることとなったジルが「・・・あ?」と唖然とした面持ちになり。
「・・・なんだアァ? こっちの話を聞く気があるってェのかい?」
眉を顰めながら吊戯に目を向けてきたのだが。吊戯が身構えることなく立ったままでいたことから、一先ず対話を試みても問題ないと判断したのだろう。
「オレ達もよォ、自分 のやらかしたことの落とし前はつけようと捕まってやったが・・・。アンタら憤怒の姐御を捕まえただろ? ・・・聞いちまったんだよなアァ・・・。憤怒の真祖 でずいぶんヒデェ実験をする予定らしいじゃねぇかアァ? そんなこたァさせられねぇなアァ!? 憤怒 の姐御は絶対&絶対に無傷で返してもらう」
そうしてジルが語ったその言葉は、打算的なものなど一切含まれていない、正義感に満ちたもので。
―――――吸血鬼である彼らもまた『大切な人』を守るために戦おうとしている。
―――――そんな彼らの姿は果たして、いまの吊戯の瞳にはどう映るのだろうか。
「・・・・・・」
神妙な面持ちで瑠璃は吊戯に目を向ける。
と―――――
彼らを見つめる金色の瞳は虚ろなモノに変わっていて。
「そうなの? オレはよく知らないけど、そういうこともあるかもね。キミ達はその人が大事なんだね。そのために戦うんだ」
「あ? なんだァ? こいつァ・・・・・・」
そんな吊戯の様子に、ジルは違和感を覚えたようで眉を顰めると。
「なあ、〝ミストレス〟のお嬢ちゃん。この兄ちゃん、ちゃんと人の話聞いてんのかァ?」
吊戯の傍らにいた瑠璃にそう尋ねかけてきて。
「ごめんなさい、吊戯さんは・・・・・・」
そこで瑠璃が返答に窮しながらも応じようとすると―――――
「あのね、オレはね」
吊戯は彼らに向かって〝何か〟を言おうとした。
けれど、そんな吊戯の様子を訝しんだ塔間が―――――
『吊戯。どうした、何も喋らなくていいぞ』
これ以上、吊戯が彼らと話をするのは〝『目的』に弊害を及ぼすかもしれない〟と判断したのだろう。吊戯に対して、咎めるように呼び掛けてきて。
「・・・うん。ごめん」
塔間の声によって、再び〝精神〟を掌握されてしまった吊戯が、ゆっくりと視線を俯けながら詫びの言葉を口にする。
「―――――吊戯さん、駄目です!! 彼らと闘う必要はないはずです!!」
その様を目にした瑠璃が即座に声を上げると。
『〝ミストレス〟のお嬢さん。君もだ。余計な発言は控えて貰おうか』
塔間は瑠璃に対しても、冷ややかな声音で圧をかけてきて。
「・・・・・・瑠璃ちゃん、ごめんね・・・・・・少しの間、そこで待っててね」
「吊戯さん・・・・・・っ!?」
魔法を発動させた吊戯の手によって瑠璃は壁に身体を拘束される状態となってしまい。
「じゃあ、やろうか」
瑠璃を拘束した後、すぐさま吊戯は手の中に漆黒の剣を具現化させると、ジルとレイに向かってそう言い放ったのだ。
そうして戦闘準備を整えた吊戯の姿を目にして―――――
「なんだ。なんだァ!? 結局、やるんじゃねぇか!! まどろっこしいぜェェ!? なあレイ!!」
「そうだねジル。まどろっこしい。〝ミストレス〟のレディはこうなることを望んでいなかったようだけど。オレ達が姐 さんを助けに行く為には、もはやこれは避けることができない事態だ」
憤怒の下位吸血鬼である彼らは向かい合って、言葉を交わしながら互いの左の掌をパンッと打ち鳴らし。
「ジルベルト=ウィーズル!!」
「レイセント=クレイジーラビット」
右手の親指と人差し指を吊戯に向かって突きだすようにしながら順に名乗りを上げて。
「よろしくなァ、兄ちゃん!!」
ジルが締めの挨拶を口にすると。
「かみやつるぎ。じゅ―――――さんさいっ」
吊戯もまた、名乗り返したのだが。
―――――みんな何かと戦ってる―――――
―――――自分自身や大切なものを守るために戦っているのに―――――
―――――何を守るために何を殺しているのか―――――
―――――もうわかんないや―――――
その時、吊戯の中に残っていた〝心の欠片〟は完全に闇の中に沈んでいってしまい。
「吊戯さん・・・・・・っ!?」
瑠璃の声もまた、もはや吊戯の〝心の内〟に響くことはなく。
―――――さあ、行こうか。吊戯―――――
―――――脱獄した下位吸血鬼を殲滅する―――――
ただひたすらに〝主人〟から与えられた〝命令〟を忠実にこなす〝猟犬〟として。
―――――強襲戦闘を開始したのだ。
右手に漆黒の剣を携えた吊戯が、真っ先に狙いを定めたのはジルだった。
そうして一足飛びで距離を詰めた処で、ジルに向かって剣を振り翳そうとしたのだが。
「ジル!!」
吊戯の狙いを察知したレイが声を上げるのと同時に伸ばした右手でパシッとジルの左腕を掴んで自分の側に引き寄せたことにより。
ブンと吊戯が剣を薙ぎ払ったその時、ジルの身体は後方に向かって跳び上がっていて。
「っとォ、助かったぜレイ!」
右手で帽子を押さえつつ、身体を反転させてトンと地に着地したジルが礼を言うと。
「OKジル」
レイは口元に笑みを浮かべつつ、左手を掲げながら応えて。
「よう兄ちゃん!! オレ達の故郷はなァ。そりゃあキレイな水の都よ!! その情景、魅せてやるぜエェ!?」
それから反撃に転じることにしたジルが、ニヤリと凄みのある笑みを浮かべて、右手の親指を立てながら中指と人差し指を伸ばしつつ、右腕を前に向かって構えるポーズを取ると。ズ・・・とジルの足元から水が湧き出してきて。
―――――〝ヴェニスに死す 〟!!
ドッと吊戯に向かって襲い掛かっていったのだ。
しかし、瞬時に跳躍をしてその攻撃を吊戯が交わすと。
「OKお兄さん。画 になるね」
今度はレイが両手の親指と人差し指で、四角い枠を作りつつ、その吊戯の姿を捉える仕草をしてきて。
「―――――っ!」
「どうぞ、そのまま3秒」
ハッと吊戯がレイの方に目を向けた刹那―――――
―――――〝太陽と月に背いて 〟!!
バチンという音が響き渡ると。
―――――!?
―――――・・・体が動かな・・・・・・。
吊戯の身体は、漆黒の枠の中に固定されてしまった状態となっていて。
「―――――吊戯さん!?」
その姿を目にした瑠璃が愕然となりながら声を上げると。
「ナイス&ナイスだぜェ。レイ!!」
ニヤと笑みを浮かべたジルが歓喜の声を上げつつ、またバッと水を操る攻撃を繰り出してきて。身動きが取れず、襲い来る鉄砲水を避けることが出来なかった吊戯は、そのまま為す術なくドガと壁に向かって叩き付けられてしまったのだ。
「・・・・・・!!」
そして背中に衝撃を受けた吊戯が息を詰まらせて目を剥くと。
「ヘイ!!」
ジルが歓喜の声を上げながら右手を挙げて。レイもまた口元に笑みを浮かべながら左手を挙げると。パァン!! と掌を合わせて健闘を称え合った。
そんな二人の戦いぶりに瑠璃は呆然となっていた。
―――――・・・・・・マザーさんの下位二人の連携は完璧なものだわ。
これまで吊戯は一人で多くの吸血鬼を害してきたことから、〝猟犬〟という名で下位達から恐れられてきた。それが、今や吊戯の方が窮地に追い込まれる事となり。ごほ、ごほっ、げほっと、激しく咽た後。漸く、ひゅっ、と再び肺に酸素を取り込むことが出来た処で。ゆっくりと顔を上げると口の端からは涎が垂れてしまっていた。
しかし、そんな屈辱を味わされたのにも拘らず、吊戯はジルとレイを憎悪の眼差しではなく、狂気に満ちた笑みを浮かべながら見据えると。バッとまた襲い掛かって行って。突撃してきた吊戯に気づいた二人は、パン! とまた手を打ち鳴らした処で、すぐさま左右に距離を取ると。
「元気だねェ、兄ちゃん!!」
不敵な笑みを浮かべたジルが吊戯に向かって右手を突き出しながら顕現させた武器である水を撃ち放ったのだが。
バッと吊戯は身を翻してその攻撃を交わすと。すぐさま、タンッと跳躍して、攻撃に転じようとした。
「・・・!!」
そこで今度はレイが吊戯の自由を奪おうと指先で枠を作って技を仕掛けるも。バチンと収めることが出来たのは吊戯の左脚のみで。
―――――速い。片足しか枠に収められなかっ・・・・・・。
瞬発力が増していた吊戯に対し、レイは絶句するも。
ズダッと横転した吊戯が右手の中に漆黒の剣を具現化させたのに気づくと。
「ジル!!」と相棒の名前を叫んだ。
そしてその時、瑠璃もまた―――――
―――――駄目!! 吊戯さんにマザーさんの下位を殺させるわけには!!
「危ない!! ジルさんっ!! 避けて!!」
吊戯の攻撃が迫っていることをジルに対して知らせる為に叫び声を上げていた。
「お嬢ちゃん・・・・・・っ!?」
そしてジルが驚愕の声を漏らしたのと同時に、胸に突き刺さりそうになった漆黒の剣を、間一髪の処で駆け付けたレイが右手を差し出して止めたのだ。
「レ・・・」
しかし、漆黒の剣はレイの掌を貫通していて。
「かまうなジル!! 来るよ!!」
愕然となったジルにレイがそう言い放った時。目前には止めを刺そうとする吊戯がバッと迫って来ていて。
「―――――やめて吊戯さんっ!! もうこれ以上、誰も殺さないで!!!」
吊戯に対して瑠璃が絶叫した刹那―――――
「・・・・・・っ」
ほんの一瞬、ピクッと吊戯が反応を見せて。
―――――ズズン!
それから地下にある建物内に激しい揺れが発生して―――――すべての灯りが落ちたのだ。
その同時刻―――――〝憤怒〟の真祖が捕まっている場所の手前まで、真昼から受け取ったイズナのIDを活用して強欲組が到達を果たし。ゴール目前という処で、その先に進む為には〝3名以上のコードが必要〟というパターンに打ち当たってしまった事から『扉を破壊するか』『ハリネズミ姿で入り込める通路を探すか』とロウレスが思案を巡らせていた最中の事だった。
―――――突然、暗闇に呑み込まれることとなり。
「な・・・なんスか!? 急に真っ暗に・・・」
ロウレスはギョッとなるも、こうなる少し前「天使じゃだめか?」とリヒトが言いながらIDを翳す扉のパネルスイッチを触っていたことを思い出し。
「ちょっとリヒたん!! なんかいじったっスね!?」
「何もしてねぇ」
「も―――――っ、余計なことしないでって言ってんのに」
「俺じゃねえって言ってんだろ」
食って掛かってきたロウレスに腹を立てたリヒトが蹴り掛かると。
「いってぇ!! 真っ暗なのによく当たったっスね!?」
ドカッと見事ヒットした蹴りにロウレスが悲鳴をあげて。
「当然だ。なぜなら俺は・・・」
リヒトがお決まりのセリフを口にしようとした処で。
「あ、点いた」
暗闇が消失して、元通りに明るくなり。
「・・・何だったんスかあ!?」
リヒトにマフラーと左腕を掴まれた状態となっていたロウレスが困惑の面持ちになりながら呻くと。
ブ―――――、ブ―――――ッと、けたたましい音が鳴り響いて。ロックされていた扉のシステムがオフに切り替わり。ロウレス達を招き入れるかのように、ガアッと扉が自ずから開いたのだ。
「開いたッス! なんかわかんねーけどラッキー!!」
そこですぐさまロウレスは扉の先に向かって行くと。
「姐 さ―――――ん!!! かわいー弟のロウレスちゃんが助けに来たっスよ!!」
複数ある牢獄の部屋の何処かに捕らわれている〝憤怒〟の真祖に聞こえるよう大声で呼び掛けながら通路を歩いていたのだが。ロウレスの後に続いてやって来たリヒトは、両手を耳元に添えながら、何故か通路の途中で立ち止まってしまっていて。
「ちょっとリヒたん!! ぼーっとしてないで捜して・・・」
その様を目にしたロウレスが非難の声を上げると。
「静かにしろ。今、ここに住む妖精さんに訊いている」
「で・・・出た~~~~~っ。ファンシー大天使ちゃん!!!」
リヒトからの返答は、平常通りのそれで。
「そんなことまでできたんスか!?」とロウレスが唖然となりながら言うと。
「当然だ・・・なぜなら俺は妖精も羨む大天使だから」
お約束の決め台詞と天使ポーズをリヒトが取り。
「ヒュウ~~~~~! カッコイ~~!! もう天使ってなんなんだかまったくわかんないけどCOOOOL!!」
それを目にしたロウレスはリヒトの傍らに立つと、条件反射として盛り上げ役を担ったものの。
「じゃなくて!! 今そんな場合じゃ・・・・・・」とすぐに我に返った直後の事だった。
―――――ゴガ!!
ロウレスの背後にあった牢獄の壁が内側から蹴破られて。
黒いタイトワンピースを身に纏い、同色のピンヒールを履いた〝憤怒〟の真祖―――――〝母なるもの 〟が姿を見せたのだ。
「ロウレス・・・」
「・・・・・・うるさくしてごめんなさいっス・・・・・・」
凄みのある眼差しで見据えながら呼びかけてきた『姉』に対し、本能的に畏縮してしまったロウレスは天使ポーズを取ったままのリヒトを盾にするように、腰にしがみ付きながら、半泣きの面持ちで謝罪の言葉を口にする。
すると『弟』の言葉に『姉』は小首を傾げて―――――
「怒ってないわ。おもしろかったわよ・・・」
パチパチと拍手をしながらそう告げてきたのだ。
「話のわかる奴みたいだな」
そのおかげでザ・マザーと目が合った瞬間、珍しく戸惑いの色を浮かべていたリヒトがいつもの調子を取り戻し。
「姐さんに天使ギャグが通じるとは思わなかったっス・・・」
ロウレスもまた呆然とした面持ちでそんなふうに呟いたのだが。
そのすぐ後に、じゃなくて!! と叫ぶと。
「よくここまで来れたわね」
「C3の子がIDを貸してくれたんスよ!」
驚嘆の声を漏らした姉に対してそう報告をしたロウレスが、
「姐さん!! 今すぐ一緒に来てほしいんスよ!! 姐さんとこの下位がC3の猟犬にやられちゃうかもで。瑠璃ちゃんが猟犬を止める為に付いて行ったらしいんスけど。オレも兄さんも今戦えなくて、姐さんしか・・・」
切迫した様相でザ・マザーに対して支援を申し出ると。
「女神と天使見習いが堕天使を救うと言ってる」
リヒトも『天使語』で簡潔に事情を口にしたのだが。
しかし、初見であるザ・マザーに通訳無しで『天使語』を理解して貰うのはさすがに難題で。
「・・・・・・この電波天使ちゃんはオレの今の主人っス。今回はスルーでいいっス!」
眉根を寄せたザ・マザーに対し、リヒたんっスと、ロウレスは簡単に紹介を行い。
「姐さんとこの主人は!? 手強い奴と戦闘になるから一緒に・・・・・・」
残っている牢獄の何処に居るのかと視線を巡らせようとすると。
「・・・いないわ」
「えっ?」
「先週死んだの」
「・・・死んだ・・・?」
ザ・マザーの口から告げられた衝撃の事実にロウレスは愕然となり。
「な、なんで・・・!? まさか椿に!?」
すぐさま思い至った可能性を口にするも。
「違うわよ」とザ・マザーは淡々と否定をしてきて。
「じゃあなんで!」とロウレスが当惑の面持ちでさらに訊き返すと。
「抗えないものはあるでしょう」
寂し気に目を伏せた姉の姿を目にしてロウレスは気づく。
「・・・〝寿命〟・・・!?」
吸血鬼と人が共に在ろうとした場合―――――その〝別れの時〟は必ず来てしまう。ザ・マザーが長く連れ添った主人は93歳で大往生だったという。
―――――・・・だから 牢に捕らえられてたんスか。
主人がいない吸血鬼 はC3にとっては、とても都合が良い存在となる。
何故なら―――――
―――――吸血鬼 は次に誰と契約するかでガラッと性質が変わる。
―――――戦う理由もまた変わってしまうから。
―――――そして主人がいなければ、まともに戦うこともままならない。
「でもっ・・・姐さん! とにかく行くしかないっス! もたもたしてたら姐さんの下位吸血鬼がやられちまう」
呆然と目を見開きながら視線を俯けて、逡巡していたロウレスは、ザ・マザーに向かって、必死に自身の〝意思〟を〝言葉〟にして紡ぎ出す。
「それに・・・・・・オレ絶対止めてぇんスよ。瑠璃ちゃんが・・・・・・オレを・・・一番目の兄さんを助けてくれた奴が。二人が止めたがってるから」
そんなロウレスの様子をジッと観察するように、ザ・マザーは見つめる。
ふと、意識の内に過ったのは、長兄が〝あの人〟を殺すことを決断した時。
5番目の弟は、只只ひたすらに己の怒りの感情を剥き出しにして、長兄にぶつかっていき。止めることが叶わなかったその後は、一方的に長兄を憎むようになり。他者の命もまた軽んじるようになった。
けれど―――――
今、目の前にいる5番目の弟はあの時とは違う。
長兄と和解したらしい5番目の弟は、〝相手の想い〟をきちんと〝汲み取れる〟ようになり。今や〝愛顧 に報いる行動〟を取るまでになったのだ。
「・・・・・・あなた少し大人になったんじゃない?」
そんな目を瞠る成長を遂げた弟に対し、姉が感嘆の言葉を口にすると。
「!?」
末っ子であるリリイと同様に、ザ・マザーに対して恐怖に近い強い苦手意識を抱いていたロウレスは、そんな姉の口から紡ぎ出された言葉に驚愕し、一瞬、固まってしまうも―――――初めて、『姉』から〝褒められた〟のだということに気づくと、そわそわと落ち着かない感覚も覚えて。
「せっ、成長しねーっスよ!! 吸血鬼なんスから!!」
思わず、ひねくれた返答をしてしまうも。
「するわよ。人と関われば誰だって変わるのよ」
ザ・マザーはロウレスに対して静かな声音でそう言ったのだ。
―――――ぼくの故郷はりんごの産地でね―――――
―――――ぼくはそれがとても好きなんだ―――――
―――――もし帰れたのなら、あのりんごに袋をかけないと―――――
―――――こんなぼくの手でもりんごの木を植えることを許されるなら―――――
今は亡き主人と〝憤怒〟を司る彼女が出会ったのは戦地の果てだった。
そして戦地でしか生きることが出来なかった彼女はその時。
―――――りんごの木の植え方。私にも教えてくれる?―――――
自分と同じように多くの存在を手にかけてきた主人の心の痛みに触れて。
〝母なるもの〟として穏やかに生きる道を選んだ。
そして今また彼女は―――――
―――――痛みを経験したものもこうやって順番にいなくなっていく―――――
―――――百年もすれば地球上の人間はみんな入れ替わってしまって―――――
―――――同じ痛みを繰り返すの―――――
―――――この世界にはこんなに書物も言葉もあふれているのに―――――
―――――あの痛みを―――――
―――――百年を超えて持続させることはいまだにできないでいる―――――
―――――忘れてまた繰り返す子供たちをばかねと叱ってあげないと―――――
〝母なるもの〟として、〝痛みを抱えた子供〟を救う為に。
両腕に〝唯一無二〟の名を冠した『弟』とその主人である『天使』を抱えると―――――
「さあ、行きましょう。案内して」
再び戦地に赴くことを決断したのだ。
しかしその時、憤怒の下位と猟犬の激しい闘争は決着を迎えようとしていた。
暗闇に呑み込まれたその場に再び灯りが戻った時―――――
視界が利かなくなる寸前の処で、咄嗟にジルが放った水の攻撃を避けられず。昏倒している吊戯の姿が在ったのだ。
「・・・・・・吊戯さん・・・・・・っ!?」
そして目に飛び込んできたその光景に瑠璃が愕然となった中。
「・・・当たったか。なんだったんだ・・・? 停電か・・・?」
はぁ、はぁ、と息を吐き出しながら倒れている吊戯をジルは見据えていたのだが。
「・・・レイ!!」
は、は、と浅く、苦し気な息を相棒が漏らしているのに気づき、慌てた面持ちでバッと左隣を振り返ると。
「大丈夫だ、ジル。取り乱すな、仕留めるぞ」
だらりと地面に下がってしまった状態の右腕を、左手で掴んで蹲りつつも、相棒を宥める言葉をレイは口にしたのだが。
「ただ・・・オレはもう役に立たないかも・・・」
吊戯の攻撃を受けたことにより負傷してしまった右掌からは大量の血が滴っていて。
「任せとけよ相棒!!」
そこですぐさまジルはレイに対して、威勢よくそう言い放つと。
「・・・・・・待って!! ジルさん・・・・・・っ!!」
その言葉を聞いてハッとなった瑠璃が制止の声を上げたのだが。
突き出されたジルの右手の指先からは、ドッと吊戯目掛けて水撃が放たれて。
しかし、その瞬間、意識を取り戻した吊戯は身体を起こすと、上に向かって跳躍して、ジルの攻撃を避けたのだ。
「・・・・・・吊戯さん・・・・・・」
―――――・・・・・・良かった・・・・・・。
その姿を目にした瑠璃が眉を下げながら、心中で胸をなでおろすと。
「まだ動けんのか!!」
吊戯を仕留め損ねてしまった事に対し、ジルはチィッと激しい舌打ちを漏らし。
ギリギリの処で危機を回避した吊戯は蒼白な顔色で、ごほっと咳き込みながら、
「塔間さん。今の停電、何? 問題ないならこのままやるけど・・・・・・」
戦闘を続行すべきか否かの判断を仰ぐも。
通路の壁面上部に設置されたスピーカーから塔間の声が聴こえてくることは無く。
「塔間さん?」
水に濡れた床に着地した吊戯が「塔間さん!」とさらに大きな声で呼び掛けるも―――――塔間からの返答はないままで。
「なんだァ?」とジルが眉を顰め、レイも怪訝そうに吊戯を見遣った中。
―――――もしかしてさっきの停電でシステムがダウンしたんじゃ・・・・・・。
スピーカーに目を向けた瑠璃がその可能性に思い至った時。
「・・・泰ちゃん!!」
唯一の絶対的存在であった塔間からの声が聴こえないままの状態に不安を覚えてしまったらしい吊戯が色を失った面持ちで塔間の名前を叫んで。
そんな吊戯の姿を目にして、レイは好機と判断したのだろう。
「ジル! 片手を貸して!」
呼びかけに「おっ?」と相棒が振り返ってきた処で。負傷していなかった左手の親指と人差し指をそれぞれ伸ばして構えて見せると。
「・・・なるほどなァ!!」
レイが何をしようとしているのか、その意図を察したジルもまた、左手の親指と人差し指を伸ばしながら、協力して四角い枠を作り。吊戯の姿を捉えて、バチンと動きを封じる技を発動させると。
「あっ・・・」
呆然とした面持ちで声を漏らした吊戯に向かって。
「さアァ、兄ちゃん!! これで最期だ、イイ表情しろよオォ!?」
ニヤリと笑みを浮かべたジルがそう言いながら右手を突き出すと、指先から水撃を繰り出していって。
「吊戯さん・・・・・・っ!?」
瑠璃が吊戯に向かって叫んだその時―――――。
身動きが取れない状態となっていた吊戯はジルからの攻撃を避ける事は出来ず。
激しさを増した水撃によってエレベーターの扉に、ドと背中から叩き付けられてしまい。
さらに衝撃によって壊れてしまったエレベーターの扉が内側に向かって外れて。
「あ・・・」
しかし、エレベーターの箱はそこには無く、吊戯の身体は落下し始めて。
呆然となりながら、咄嗟に吊戯はエレベーターの扉があった場所の縁に右手を伸ばして掴まろうとするも。ドパとさらに水流が襲い掛かってきて。
―――――あ・・・やばい。
―――――落ちる・・・し。
―――――水、沈・・・・・・。
大量の水が溢れた地下の暗闇の中に吊戯の身体は為す術なく。
―――――ドポォンと落下してしまったのだ。
【本館/22・7/09/別館/22・7/09掲載】
そこから顔を覗かせたのは黒いテンガロンハットを被ったギザ歯で三白眼の男と、クラウンのデザインが施されたウサギ帽子を目深に被った男の二人組で。
「オイ、オイイ。こっちであってんのかアァ!? なあレイ!?」
「たぶん。あってるよジル。あのエレベーターの下に―――――・・・」
ギザ歯で三白眼の男―――――ジルからの問いかけに対し、ウサギ帽子を目深に被った男―――――レイが前方のエレベーターに目を向けながら頷いた。
その直後、バコッという音とともに天井の板が落下するのと同時に人の脚が現れて。
「それじゃあ、瑠璃ちゃん。オレが下に着地したら続いて下りてきてね。腕の拘束を解いてあげることは出来ないけど、代わりにオレがちゃんとキャッチするからさ」
「・・・・・・わかりました」
そんな会話を経て、最初にジルとレイの前に姿を見せたのは、ダクト配管を通ってここまでやって来た吊戯だった。
そして吊戯が地面にトンと着地すると、その後に行動を共にしていた瑠璃もダクト配管の出口から飛び下りて。
「―――――・・・・・・やっぱり瑠璃ちゃんは温かいね」
「・・・・・・吊戯さん」
両手で受け止めてくれた吊戯が口にした台詞に瑠璃は何とも言えない面持ちになってしまうも。
「なあ、レイ。あのお嬢ちゃん、まさかとは思うが・・・・・・」
「そうだね、ジル。あのレディから感じる〝血の香り〟と〝気配〟・・・・・・恐らく間違いないと思うよ」
瞠目した面持ちでこちらを凝視してきていたジルとレイに気づき。
―――――あそこにいる二人、もしかしてマザーさんの下位なんじゃ・・・・・・っ。
ハッと瑠璃が息を呑むと―――――
「大丈夫だよ、瑠璃ちゃん」
そっと腕の中から瑠璃を地面に下ろした吊戯はそう言いながら、ジルとレイの方に向き直り。
「こんにちは、ご機嫌いかがですか?」
口元に薄っすらと笑みを浮かべながら軽い挨拶を口にすると。
「はっ! 張り合いのねぇ脱出ゲームだと思ってたとこだせェ。なあ、レイ!!」
「そうだね、ジル。やっと敵とエンカウントだ」
ばっと、二人は瞬時に臨戦態勢に入りながら応じてきて。
「さあ闘ろうぜエェ!? 兄ちゃん一人でいいのかい!? それとも、〝ミストレス〟のお嬢ちゃんも参戦してみるかァ?」
ジルが鋭く伸びた両手の黒い爪先に、力を込めて構える姿勢を見せながら好戦的な態度で此方を見据えてくる。
「待って! どうして貴方達は・・・・・・」
そこで瑠璃が口を開こうとすると。
「あのね。キミたちはどうしておれを殺すの?」
それに被せるように吊戯が言葉を発した。
そうして吊戯の言葉に意表を突かれることとなったジルが「・・・あ?」と唖然とした面持ちになり。
「・・・なんだアァ? こっちの話を聞く気があるってェのかい?」
眉を顰めながら吊戯に目を向けてきたのだが。吊戯が身構えることなく立ったままでいたことから、一先ず対話を試みても問題ないと判断したのだろう。
「オレ達もよォ、
そうしてジルが語ったその言葉は、打算的なものなど一切含まれていない、正義感に満ちたもので。
―――――吸血鬼である彼らもまた『大切な人』を守るために戦おうとしている。
―――――そんな彼らの姿は果たして、いまの吊戯の瞳にはどう映るのだろうか。
「・・・・・・」
神妙な面持ちで瑠璃は吊戯に目を向ける。
と―――――
彼らを見つめる金色の瞳は虚ろなモノに変わっていて。
「そうなの? オレはよく知らないけど、そういうこともあるかもね。キミ達はその人が大事なんだね。そのために戦うんだ」
「あ? なんだァ? こいつァ・・・・・・」
そんな吊戯の様子に、ジルは違和感を覚えたようで眉を顰めると。
「なあ、〝ミストレス〟のお嬢ちゃん。この兄ちゃん、ちゃんと人の話聞いてんのかァ?」
吊戯の傍らにいた瑠璃にそう尋ねかけてきて。
「ごめんなさい、吊戯さんは・・・・・・」
そこで瑠璃が返答に窮しながらも応じようとすると―――――
「あのね、オレはね」
吊戯は彼らに向かって〝何か〟を言おうとした。
けれど、そんな吊戯の様子を訝しんだ塔間が―――――
『吊戯。どうした、何も喋らなくていいぞ』
これ以上、吊戯が彼らと話をするのは〝『目的』に弊害を及ぼすかもしれない〟と判断したのだろう。吊戯に対して、咎めるように呼び掛けてきて。
「・・・うん。ごめん」
塔間の声によって、再び〝精神〟を掌握されてしまった吊戯が、ゆっくりと視線を俯けながら詫びの言葉を口にする。
「―――――吊戯さん、駄目です!! 彼らと闘う必要はないはずです!!」
その様を目にした瑠璃が即座に声を上げると。
『〝ミストレス〟のお嬢さん。君もだ。余計な発言は控えて貰おうか』
塔間は瑠璃に対しても、冷ややかな声音で圧をかけてきて。
「・・・・・・瑠璃ちゃん、ごめんね・・・・・・少しの間、そこで待っててね」
「吊戯さん・・・・・・っ!?」
魔法を発動させた吊戯の手によって瑠璃は壁に身体を拘束される状態となってしまい。
「じゃあ、やろうか」
瑠璃を拘束した後、すぐさま吊戯は手の中に漆黒の剣を具現化させると、ジルとレイに向かってそう言い放ったのだ。
そうして戦闘準備を整えた吊戯の姿を目にして―――――
「なんだ。なんだァ!? 結局、やるんじゃねぇか!! まどろっこしいぜェェ!? なあレイ!!」
「そうだねジル。まどろっこしい。〝ミストレス〟のレディはこうなることを望んでいなかったようだけど。オレ達が
憤怒の下位吸血鬼である彼らは向かい合って、言葉を交わしながら互いの左の掌をパンッと打ち鳴らし。
「ジルベルト=ウィーズル!!」
「レイセント=クレイジーラビット」
右手の親指と人差し指を吊戯に向かって突きだすようにしながら順に名乗りを上げて。
「よろしくなァ、兄ちゃん!!」
ジルが締めの挨拶を口にすると。
「かみやつるぎ。じゅ―――――さんさいっ」
吊戯もまた、名乗り返したのだが。
―――――みんな何かと戦ってる―――――
―――――自分自身や大切なものを守るために戦っているのに―――――
―――――何を守るために何を殺しているのか―――――
―――――もうわかんないや―――――
その時、吊戯の中に残っていた〝心の欠片〟は完全に闇の中に沈んでいってしまい。
「吊戯さん・・・・・・っ!?」
瑠璃の声もまた、もはや吊戯の〝心の内〟に響くことはなく。
―――――さあ、行こうか。吊戯―――――
―――――脱獄した下位吸血鬼を殲滅する―――――
ただひたすらに〝主人〟から与えられた〝命令〟を忠実にこなす〝猟犬〟として。
―――――強襲戦闘を開始したのだ。
右手に漆黒の剣を携えた吊戯が、真っ先に狙いを定めたのはジルだった。
そうして一足飛びで距離を詰めた処で、ジルに向かって剣を振り翳そうとしたのだが。
「ジル!!」
吊戯の狙いを察知したレイが声を上げるのと同時に伸ばした右手でパシッとジルの左腕を掴んで自分の側に引き寄せたことにより。
ブンと吊戯が剣を薙ぎ払ったその時、ジルの身体は後方に向かって跳び上がっていて。
「っとォ、助かったぜレイ!」
右手で帽子を押さえつつ、身体を反転させてトンと地に着地したジルが礼を言うと。
「OKジル」
レイは口元に笑みを浮かべつつ、左手を掲げながら応えて。
「よう兄ちゃん!! オレ達の故郷はなァ。そりゃあキレイな水の都よ!! その情景、魅せてやるぜエェ!?」
それから反撃に転じることにしたジルが、ニヤリと凄みのある笑みを浮かべて、右手の親指を立てながら中指と人差し指を伸ばしつつ、右腕を前に向かって構えるポーズを取ると。ズ・・・とジルの足元から水が湧き出してきて。
―――――〝
ドッと吊戯に向かって襲い掛かっていったのだ。
しかし、瞬時に跳躍をしてその攻撃を吊戯が交わすと。
「OKお兄さん。
今度はレイが両手の親指と人差し指で、四角い枠を作りつつ、その吊戯の姿を捉える仕草をしてきて。
「―――――っ!」
「どうぞ、そのまま3秒」
ハッと吊戯がレイの方に目を向けた刹那―――――
―――――〝
バチンという音が響き渡ると。
―――――!?
―――――・・・体が動かな・・・・・・。
吊戯の身体は、漆黒の枠の中に固定されてしまった状態となっていて。
「―――――吊戯さん!?」
その姿を目にした瑠璃が愕然となりながら声を上げると。
「ナイス&ナイスだぜェ。レイ!!」
ニヤと笑みを浮かべたジルが歓喜の声を上げつつ、またバッと水を操る攻撃を繰り出してきて。身動きが取れず、襲い来る鉄砲水を避けることが出来なかった吊戯は、そのまま為す術なくドガと壁に向かって叩き付けられてしまったのだ。
「・・・・・・!!」
そして背中に衝撃を受けた吊戯が息を詰まらせて目を剥くと。
「ヘイ!!」
ジルが歓喜の声を上げながら右手を挙げて。レイもまた口元に笑みを浮かべながら左手を挙げると。パァン!! と掌を合わせて健闘を称え合った。
そんな二人の戦いぶりに瑠璃は呆然となっていた。
―――――・・・・・・マザーさんの下位二人の連携は完璧なものだわ。
これまで吊戯は一人で多くの吸血鬼を害してきたことから、〝猟犬〟という名で下位達から恐れられてきた。それが、今や吊戯の方が窮地に追い込まれる事となり。ごほ、ごほっ、げほっと、激しく咽た後。漸く、ひゅっ、と再び肺に酸素を取り込むことが出来た処で。ゆっくりと顔を上げると口の端からは涎が垂れてしまっていた。
しかし、そんな屈辱を味わされたのにも拘らず、吊戯はジルとレイを憎悪の眼差しではなく、狂気に満ちた笑みを浮かべながら見据えると。バッとまた襲い掛かって行って。突撃してきた吊戯に気づいた二人は、パン! とまた手を打ち鳴らした処で、すぐさま左右に距離を取ると。
「元気だねェ、兄ちゃん!!」
不敵な笑みを浮かべたジルが吊戯に向かって右手を突き出しながら顕現させた武器である水を撃ち放ったのだが。
バッと吊戯は身を翻してその攻撃を交わすと。すぐさま、タンッと跳躍して、攻撃に転じようとした。
「・・・!!」
そこで今度はレイが吊戯の自由を奪おうと指先で枠を作って技を仕掛けるも。バチンと収めることが出来たのは吊戯の左脚のみで。
―――――速い。片足しか枠に収められなかっ・・・・・・。
瞬発力が増していた吊戯に対し、レイは絶句するも。
ズダッと横転した吊戯が右手の中に漆黒の剣を具現化させたのに気づくと。
「ジル!!」と相棒の名前を叫んだ。
そしてその時、瑠璃もまた―――――
―――――駄目!! 吊戯さんにマザーさんの下位を殺させるわけには!!
「危ない!! ジルさんっ!! 避けて!!」
吊戯の攻撃が迫っていることをジルに対して知らせる為に叫び声を上げていた。
「お嬢ちゃん・・・・・・っ!?」
そしてジルが驚愕の声を漏らしたのと同時に、胸に突き刺さりそうになった漆黒の剣を、間一髪の処で駆け付けたレイが右手を差し出して止めたのだ。
「レ・・・」
しかし、漆黒の剣はレイの掌を貫通していて。
「かまうなジル!! 来るよ!!」
愕然となったジルにレイがそう言い放った時。目前には止めを刺そうとする吊戯がバッと迫って来ていて。
「―――――やめて吊戯さんっ!! もうこれ以上、誰も殺さないで!!!」
吊戯に対して瑠璃が絶叫した刹那―――――
「・・・・・・っ」
ほんの一瞬、ピクッと吊戯が反応を見せて。
―――――ズズン!
それから地下にある建物内に激しい揺れが発生して―――――すべての灯りが落ちたのだ。
その同時刻―――――〝憤怒〟の真祖が捕まっている場所の手前まで、真昼から受け取ったイズナのIDを活用して強欲組が到達を果たし。ゴール目前という処で、その先に進む為には〝3名以上のコードが必要〟というパターンに打ち当たってしまった事から『扉を破壊するか』『ハリネズミ姿で入り込める通路を探すか』とロウレスが思案を巡らせていた最中の事だった。
―――――突然、暗闇に呑み込まれることとなり。
「な・・・なんスか!? 急に真っ暗に・・・」
ロウレスはギョッとなるも、こうなる少し前「天使じゃだめか?」とリヒトが言いながらIDを翳す扉のパネルスイッチを触っていたことを思い出し。
「ちょっとリヒたん!! なんかいじったっスね!?」
「何もしてねぇ」
「も―――――っ、余計なことしないでって言ってんのに」
「俺じゃねえって言ってんだろ」
食って掛かってきたロウレスに腹を立てたリヒトが蹴り掛かると。
「いってぇ!! 真っ暗なのによく当たったっスね!?」
ドカッと見事ヒットした蹴りにロウレスが悲鳴をあげて。
「当然だ。なぜなら俺は・・・」
リヒトがお決まりのセリフを口にしようとした処で。
「あ、点いた」
暗闇が消失して、元通りに明るくなり。
「・・・何だったんスかあ!?」
リヒトにマフラーと左腕を掴まれた状態となっていたロウレスが困惑の面持ちになりながら呻くと。
ブ―――――、ブ―――――ッと、けたたましい音が鳴り響いて。ロックされていた扉のシステムがオフに切り替わり。ロウレス達を招き入れるかのように、ガアッと扉が自ずから開いたのだ。
「開いたッス! なんかわかんねーけどラッキー!!」
そこですぐさまロウレスは扉の先に向かって行くと。
「
複数ある牢獄の部屋の何処かに捕らわれている〝憤怒〟の真祖に聞こえるよう大声で呼び掛けながら通路を歩いていたのだが。ロウレスの後に続いてやって来たリヒトは、両手を耳元に添えながら、何故か通路の途中で立ち止まってしまっていて。
「ちょっとリヒたん!! ぼーっとしてないで捜して・・・」
その様を目にしたロウレスが非難の声を上げると。
「静かにしろ。今、ここに住む妖精さんに訊いている」
「で・・・出た~~~~~っ。ファンシー大天使ちゃん!!!」
リヒトからの返答は、平常通りのそれで。
「そんなことまでできたんスか!?」とロウレスが唖然となりながら言うと。
「当然だ・・・なぜなら俺は妖精も羨む大天使だから」
お約束の決め台詞と天使ポーズをリヒトが取り。
「ヒュウ~~~~~! カッコイ~~!! もう天使ってなんなんだかまったくわかんないけどCOOOOL!!」
それを目にしたロウレスはリヒトの傍らに立つと、条件反射として盛り上げ役を担ったものの。
「じゃなくて!! 今そんな場合じゃ・・・・・・」とすぐに我に返った直後の事だった。
―――――ゴガ!!
ロウレスの背後にあった牢獄の壁が内側から蹴破られて。
黒いタイトワンピースを身に纏い、同色のピンヒールを履いた〝憤怒〟の真祖―――――〝
「ロウレス・・・」
「・・・・・・うるさくしてごめんなさいっス・・・・・・」
凄みのある眼差しで見据えながら呼びかけてきた『姉』に対し、本能的に畏縮してしまったロウレスは天使ポーズを取ったままのリヒトを盾にするように、腰にしがみ付きながら、半泣きの面持ちで謝罪の言葉を口にする。
すると『弟』の言葉に『姉』は小首を傾げて―――――
「怒ってないわ。おもしろかったわよ・・・」
パチパチと拍手をしながらそう告げてきたのだ。
「話のわかる奴みたいだな」
そのおかげでザ・マザーと目が合った瞬間、珍しく戸惑いの色を浮かべていたリヒトがいつもの調子を取り戻し。
「姐さんに天使ギャグが通じるとは思わなかったっス・・・」
ロウレスもまた呆然とした面持ちでそんなふうに呟いたのだが。
そのすぐ後に、じゃなくて!! と叫ぶと。
「よくここまで来れたわね」
「C3の子がIDを貸してくれたんスよ!」
驚嘆の声を漏らした姉に対してそう報告をしたロウレスが、
「姐さん!! 今すぐ一緒に来てほしいんスよ!! 姐さんとこの下位がC3の猟犬にやられちゃうかもで。瑠璃ちゃんが猟犬を止める為に付いて行ったらしいんスけど。オレも兄さんも今戦えなくて、姐さんしか・・・」
切迫した様相でザ・マザーに対して支援を申し出ると。
「女神と天使見習いが堕天使を救うと言ってる」
リヒトも『天使語』で簡潔に事情を口にしたのだが。
しかし、初見であるザ・マザーに通訳無しで『天使語』を理解して貰うのはさすがに難題で。
「・・・・・・この電波天使ちゃんはオレの今の主人っス。今回はスルーでいいっス!」
眉根を寄せたザ・マザーに対し、リヒたんっスと、ロウレスは簡単に紹介を行い。
「姐さんとこの主人は!? 手強い奴と戦闘になるから一緒に・・・・・・」
残っている牢獄の何処に居るのかと視線を巡らせようとすると。
「・・・いないわ」
「えっ?」
「先週死んだの」
「・・・死んだ・・・?」
ザ・マザーの口から告げられた衝撃の事実にロウレスは愕然となり。
「な、なんで・・・!? まさか椿に!?」
すぐさま思い至った可能性を口にするも。
「違うわよ」とザ・マザーは淡々と否定をしてきて。
「じゃあなんで!」とロウレスが当惑の面持ちでさらに訊き返すと。
「抗えないものはあるでしょう」
寂し気に目を伏せた姉の姿を目にしてロウレスは気づく。
「・・・〝寿命〟・・・!?」
吸血鬼と人が共に在ろうとした場合―――――その〝別れの時〟は必ず来てしまう。ザ・マザーが長く連れ添った主人は93歳で大往生だったという。
―――――・・・
主人がいない
何故なら―――――
―――――
―――――戦う理由もまた変わってしまうから。
―――――そして主人がいなければ、まともに戦うこともままならない。
「でもっ・・・姐さん! とにかく行くしかないっス! もたもたしてたら姐さんの下位吸血鬼がやられちまう」
呆然と目を見開きながら視線を俯けて、逡巡していたロウレスは、ザ・マザーに向かって、必死に自身の〝意思〟を〝言葉〟にして紡ぎ出す。
「それに・・・・・・オレ絶対止めてぇんスよ。瑠璃ちゃんが・・・・・・オレを・・・一番目の兄さんを助けてくれた奴が。二人が止めたがってるから」
そんなロウレスの様子をジッと観察するように、ザ・マザーは見つめる。
ふと、意識の内に過ったのは、長兄が〝あの人〟を殺すことを決断した時。
5番目の弟は、只只ひたすらに己の怒りの感情を剥き出しにして、長兄にぶつかっていき。止めることが叶わなかったその後は、一方的に長兄を憎むようになり。他者の命もまた軽んじるようになった。
けれど―――――
今、目の前にいる5番目の弟はあの時とは違う。
長兄と和解したらしい5番目の弟は、〝相手の想い〟をきちんと〝汲み取れる〟ようになり。今や〝
「・・・・・・あなた少し大人になったんじゃない?」
そんな目を瞠る成長を遂げた弟に対し、姉が感嘆の言葉を口にすると。
「!?」
末っ子であるリリイと同様に、ザ・マザーに対して恐怖に近い強い苦手意識を抱いていたロウレスは、そんな姉の口から紡ぎ出された言葉に驚愕し、一瞬、固まってしまうも―――――初めて、『姉』から〝褒められた〟のだということに気づくと、そわそわと落ち着かない感覚も覚えて。
「せっ、成長しねーっスよ!! 吸血鬼なんスから!!」
思わず、ひねくれた返答をしてしまうも。
「するわよ。人と関われば誰だって変わるのよ」
ザ・マザーはロウレスに対して静かな声音でそう言ったのだ。
―――――ぼくの故郷はりんごの産地でね―――――
―――――ぼくはそれがとても好きなんだ―――――
―――――もし帰れたのなら、あのりんごに袋をかけないと―――――
―――――こんなぼくの手でもりんごの木を植えることを許されるなら―――――
今は亡き主人と〝憤怒〟を司る彼女が出会ったのは戦地の果てだった。
そして戦地でしか生きることが出来なかった彼女はその時。
―――――りんごの木の植え方。私にも教えてくれる?―――――
自分と同じように多くの存在を手にかけてきた主人の心の痛みに触れて。
〝母なるもの〟として穏やかに生きる道を選んだ。
そして今また彼女は―――――
―――――痛みを経験したものもこうやって順番にいなくなっていく―――――
―――――百年もすれば地球上の人間はみんな入れ替わってしまって―――――
―――――同じ痛みを繰り返すの―――――
―――――この世界にはこんなに書物も言葉もあふれているのに―――――
―――――あの痛みを―――――
―――――百年を超えて持続させることはいまだにできないでいる―――――
―――――忘れてまた繰り返す子供たちをばかねと叱ってあげないと―――――
〝母なるもの〟として、〝痛みを抱えた子供〟を救う為に。
両腕に〝唯一無二〟の名を冠した『弟』とその主人である『天使』を抱えると―――――
「さあ、行きましょう。案内して」
再び戦地に赴くことを決断したのだ。
しかしその時、憤怒の下位と猟犬の激しい闘争は決着を迎えようとしていた。
暗闇に呑み込まれたその場に再び灯りが戻った時―――――
視界が利かなくなる寸前の処で、咄嗟にジルが放った水の攻撃を避けられず。昏倒している吊戯の姿が在ったのだ。
「・・・・・・吊戯さん・・・・・・っ!?」
そして目に飛び込んできたその光景に瑠璃が愕然となった中。
「・・・当たったか。なんだったんだ・・・? 停電か・・・?」
はぁ、はぁ、と息を吐き出しながら倒れている吊戯をジルは見据えていたのだが。
「・・・レイ!!」
は、は、と浅く、苦し気な息を相棒が漏らしているのに気づき、慌てた面持ちでバッと左隣を振り返ると。
「大丈夫だ、ジル。取り乱すな、仕留めるぞ」
だらりと地面に下がってしまった状態の右腕を、左手で掴んで蹲りつつも、相棒を宥める言葉をレイは口にしたのだが。
「ただ・・・オレはもう役に立たないかも・・・」
吊戯の攻撃を受けたことにより負傷してしまった右掌からは大量の血が滴っていて。
「任せとけよ相棒!!」
そこですぐさまジルはレイに対して、威勢よくそう言い放つと。
「・・・・・・待って!! ジルさん・・・・・・っ!!」
その言葉を聞いてハッとなった瑠璃が制止の声を上げたのだが。
突き出されたジルの右手の指先からは、ドッと吊戯目掛けて水撃が放たれて。
しかし、その瞬間、意識を取り戻した吊戯は身体を起こすと、上に向かって跳躍して、ジルの攻撃を避けたのだ。
「・・・・・・吊戯さん・・・・・・」
―――――・・・・・・良かった・・・・・・。
その姿を目にした瑠璃が眉を下げながら、心中で胸をなでおろすと。
「まだ動けんのか!!」
吊戯を仕留め損ねてしまった事に対し、ジルはチィッと激しい舌打ちを漏らし。
ギリギリの処で危機を回避した吊戯は蒼白な顔色で、ごほっと咳き込みながら、
「塔間さん。今の停電、何? 問題ないならこのままやるけど・・・・・・」
戦闘を続行すべきか否かの判断を仰ぐも。
通路の壁面上部に設置されたスピーカーから塔間の声が聴こえてくることは無く。
「塔間さん?」
水に濡れた床に着地した吊戯が「塔間さん!」とさらに大きな声で呼び掛けるも―――――塔間からの返答はないままで。
「なんだァ?」とジルが眉を顰め、レイも怪訝そうに吊戯を見遣った中。
―――――もしかしてさっきの停電でシステムがダウンしたんじゃ・・・・・・。
スピーカーに目を向けた瑠璃がその可能性に思い至った時。
「・・・泰ちゃん!!」
唯一の絶対的存在であった塔間からの声が聴こえないままの状態に不安を覚えてしまったらしい吊戯が色を失った面持ちで塔間の名前を叫んで。
そんな吊戯の姿を目にして、レイは好機と判断したのだろう。
「ジル! 片手を貸して!」
呼びかけに「おっ?」と相棒が振り返ってきた処で。負傷していなかった左手の親指と人差し指をそれぞれ伸ばして構えて見せると。
「・・・なるほどなァ!!」
レイが何をしようとしているのか、その意図を察したジルもまた、左手の親指と人差し指を伸ばしながら、協力して四角い枠を作り。吊戯の姿を捉えて、バチンと動きを封じる技を発動させると。
「あっ・・・」
呆然とした面持ちで声を漏らした吊戯に向かって。
「さアァ、兄ちゃん!! これで最期だ、イイ表情しろよオォ!?」
ニヤリと笑みを浮かべたジルがそう言いながら右手を突き出すと、指先から水撃を繰り出していって。
「吊戯さん・・・・・・っ!?」
瑠璃が吊戯に向かって叫んだその時―――――。
身動きが取れない状態となっていた吊戯はジルからの攻撃を避ける事は出来ず。
激しさを増した水撃によってエレベーターの扉に、ドと背中から叩き付けられてしまい。
さらに衝撃によって壊れてしまったエレベーターの扉が内側に向かって外れて。
「あ・・・」
しかし、エレベーターの箱はそこには無く、吊戯の身体は落下し始めて。
呆然となりながら、咄嗟に吊戯はエレベーターの扉があった場所の縁に右手を伸ばして掴まろうとするも。ドパとさらに水流が襲い掛かってきて。
―――――あ・・・やばい。
―――――落ちる・・・し。
―――――水、沈・・・・・・。
大量の水が溢れた地下の暗闇の中に吊戯の身体は為す術なく。
―――――ドポォンと落下してしまったのだ。
【本館/22・7/09/別館/22・7/09掲載】
