第二十三章『愛別離苦』
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「目ェさませ、バカ野郎・・・!!」
吊戯と相対する事となってしまった盾一郎の絶叫がフロア内に轟く。
そうして猛然と叫び声をあげた盾一郎が右手にある漆黒の棒は後ろ向きで腰の辺りに携えながら、
「瑠璃さん。吊戯の事は俺がなんとかするから、真昼と怠惰の側に居てくれ」
と―――――
そう宣言してきて。
「・・・・・・分かりました」
盾一郎の言葉に頷いた瑠璃が真昼とクロの近くに移動をして。
「〝昔の話をしよう〟〝君が笑った話をしよう〟〝君が怒った話をしよう〟〝君がいた頃の話をしよう〟」
左手に所持しているもう1本の棒を手前の辺りで斜めに構えつつ盾一郎が呪文を唱え始めたその時。
「盾ちゃん・・・!」
当惑の眼差しで盾一郎を見つめながら名前を呟いた吊戯の喉元のチョーカーがバチッと一瞬だが揺らめいて。
「〝すべて『昔話』であることが〟〝僕は今でも信じられない〟!!」
盾一郎の纏う気配もまた、ズッと重苦しいものに変わったその直後―――――左手に握りしめられていた漆黒の棒がバチッという音とともに揺らめき始めた瞬間。
「盾一郎さん・・・・・・っ!?」
緊張した面持ちで呪文を唱える盾一郎の姿を見ていた瑠璃の内に―――――
―――――紅い満月の晩だった―――――
―――――非番だった俺が駆けつけたときにはすでに―――――
―――――死者8名、負傷者多数―――――
盾一郎の〝過去の記憶〟が怒濤の勢いで流れ込んできたのだ。
『なんで・・・何が起きたんだよ・・・!?』
誰の姿も見当たらない支部内のあちこちにある血だまりを盾一郎は踏みつけながら息を切らして疾走していく。
しかしそれは一人の人間が流したものではないというのを暗に知らしめるかのように、白い壁にも大量の鮮血がべったりと付着していた。
―――――脱獄した、たった一人の 下位吸血鬼による最悪の事件―――――
そしてその壮絶な場景を作り出したのは〝人外の存在〟であり。
―――――俺の妻もその死者の一人だった―――――
犠牲となった職員の中には、盾一郎の〝最愛の人〟も含まれていた。
しかしながら事件が起こった日、支部内には〝非戦闘員〟ばかりが駐在していた訳ではなく。吸血鬼との戦闘に最も長けている〝猟犬〟の吊戯が夜勤当番として支部内にはいたはずだった。
―――――けれど吊戯から盾一郎に対する弁明は一切ないままで。
悲嘆に暮れていた盾一郎に代わって、弓景が怒りに満ちた形相で吊戯に対して拳を奮い―――――どうして吊戯が支部内にいたのにも拘らずこんなことになったのか。あの夜、何があったのか。真相を問い質そうとしたものの。しかし、吊戯は口を割ることをせず。
『吊戯、テメェ・・・塔間と何 をしようとしてる? ウチの兄貴が警戒はしてたんだよ。吸血鬼・・・特に8番目 に関わる何か。消息不明だった〝憂鬱〟の真祖が動き出してから塔間とテメェは・・・何かの準備 を進めてやがるよな?』
そこで弓景は吊戯の胸倉を掴み上げると、兄から得た情報を使って揺さぶりを試みてみたのだが。
『警報が・・・聞こえなかったんだ・・・オレがぼんやりしてて・・・・・・』
吊戯は言い逃れをするようにそう返してきて。
『そんなわけねぇだろ!! 人が死んでんだぞ!!』
再び激昂した弓景が吊戯の胸倉から手を離すのと同時に横面を殴りつけると。
『ごめんなさい。オレを・・・許さないで。オレが死なせた・・・オレのせいだ。盾ちゃんの奥さんも、みんな・・・オレには止められなかった ・・・』
吊戯は両手を地に突くと、深々と弓景と盾一郎に対して平伏する姿勢を取りながら、まるで自らを追い込むかのようにそんな告白をしてきて。
『・・・・・・吊・・・なん・・・で』
その吊戯の姿に盾一郎が愕然とした面持ちになりながら言葉を絞り出すも。
『ごめんなさい』
吊戯は顔を上げることなく、ただ、ひたすら謝罪の言葉だけを紡ぎ出し続けていて。
―――――自分の足元で床に額をこすりつける―――――
―――――そんな親友の姿を見るのは思った以上にキツくて―――――
―――――俺は吊戯とまともに話もできないまま休職した―――――
そして〝最愛の人〟と過ごした日々の想いを盾一郎は心の奥に抱えながら、『父親』として息子を一人で育てようとしたものの。どうして愚図るのか、その理由が分からず終いで。
『俺・・・一人じゃ何もできねぇわ・・・』
心が折れそうになってしまったのだが。
『大丈夫だよ。盾は昔から強い子だものね。母さん知ってるんだから。大丈夫。帰っておいで。盾ちゃん』
様子を見に来てくれた『母親』から掛けられたその言葉を盾一郎は受け入れて。
―――――実家に帰り、そこで息子を育てることを選んだ。
「〝運命の車輪 〟」
「―――――っつ!?」
盾一郎の口から〝呪文〟の最後の一節が詠唱された。
そこで瑠璃の中に流れ込んできていた〝過去の記憶〟は途切れて―――――。
―――――なんで盾一郎さんの〝過去の記憶〟が・・・・・・っ!?
ハッと我に返った瑠璃の目に次に飛び込んできたのは〝現在進行中〟の場景で―――――。
右手を前に突きだし、左手を後ろに差し伸ばした盾一郎の傍には二つの車輪がズズッと具現化していて。盾一郎が右手に構えていた漆黒の棒をゴッと振り翳すと。地に勢いよく下り立った車輪が、ギャギャッと速度を上昇させながら吊戯目掛けて転がっていったのだが。
しかし吊戯がトッと素早く跳躍して車輪を避けた瞬間、それを見越していた盾一郎が棒を両手に握りしめながら飛び掛かってきて。
「―――――!」
ハッとなった吊戯が盾一郎のほうに目を向けると、二つの車輪が盾一郎の手にしていた棒の先端に向かってフォンと一定の距離を取りながら飛んでいった処で―――――ヴンッと音を響かせながら漆黒のハンマーを形成したのだ。
その漆黒のハンマーの大きさは天井にぶつかるほど巨大なモノで、
「ああああああ」
盾一郎が怒声を張り上げながらハンマーを動かすと、ガガガガガと天井の壁を抉った後に。
ドン! と―――――吊戯に向かって勢いよく振り下ろされたのだ。
「・・・・・・盾一郎さん・・・・・・」
ガラガラガラ・・・と盾一郎の背後にハンマーによって抉られた天井の瓦礫が降り注ぐ。
吊戯や弓景と組んでいた時は前線側に立つ二人を、盾一郎は後方から支援する戦い方をしていたが。
―――――盾一郎一人でも、戦闘員としての実力は中々のものだったようだ。
視線を俯けながら眉間に深い皺を刻みつつ、ふ―――――っ、と息を吐き出した盾一郎の姿を呆然と瑠璃が見つめていると。
ハンマーの直撃を逃れた吊戯が右裾だけ破れてしまった上着の裾を靡かせながら、トンと盾一郎の後方に下り立って。
は、はっ、はっ、は、と顔を歪めながら荒い息を吐き出す吊戯の方に斜めに盾一郎が向き直ると。ハンマーを形成していた車輪がヒュンとまた二つに分かれた処で。
ゴッと遠隔操作で車輪を操りながら、吊戯に対して攻撃を再開したその時―――――。
「・・・ふうん。先代のトールほどじゃないにしろ・・・思ったよりミョルニルを使いこなせてるんだな」
吊戯と盾一郎の戦いを、モニターを介して新たに火を点した煙草を銜えつつ眺めていた塔間が感心したようにそう呟くと。
「・・・しょうがない。手伝ってやるか」
紫煙を吐き出した後、右手の人差し指と中指の間に器用に煙草を挟みながら、ニヤリと笑みを浮かべてマイクを持つと。
『〝窓のない部屋で生まれた〟〝地面を這って今日で七日目〟』
「っ!?」
スピーカーを通して聞こえてきた塔間の声にビクと吊戯が身体を震わせて。
―――――まさか、塔間さんも〝呪文〟を使おうとしてるの!?
瑠璃もまた、嫌な予感を覚えて目を見開くと。
『〝産声代わりに悲鳴をあげろ〟』
次の瞬間、吊戯の上半身を拘束していた黒いベルトがバチン! と勢いよく解除されて。
「じゅんちゃ・・・にげて・・・」
喉元を右手で抑えた吊戯がさらに左手で自身の右手首を掴みながら、無意識の中で盾一郎に対して絞り出すような声音でそう漏らすも。
『〝喉を掻き毟り叫べ〟〝一秒に五回息をしろ〟』
塔間は吊戯の様子など一切気にすることなく、呪文を唱え続けて。
それに抗えない吊戯が左手を右手首から離した処で、上半身を苦悶の面持ちになりながら仰け反らせると。
『〝そのたびおとながひとり死ぬ〟』
喉元を抑えていた吊戯の右手の中に、黒いチョーカーを媒介として生み出された剣の柄が顕現し。
『〝ケンジントンの黒い鳥 〟』
塔間が呪文の詠唱を終えた刹那―――――ズズ・・・と漆黒の剣が完全に具現化した処で。
「殺せ。お前には必要ない」
酷薄な笑みを浮かべた塔間が吊戯に向かってそう命じると。
吊戯は漆黒の剣を振り翳しながら盾一郎に迫っていって。
「違うわっ!! 吊戯さんにとって、盾一郎さんは必要な存在で〝大切な友達〟なんだから!!」
塔間のその命令を打ち消そうと、瑠璃が声を張り上げた時。
「―――――う・・・っ、瑠璃・・・・・・姉・・・・・・?」
はっ、と気を失っていた真昼が意識を取り戻したのだが。
武器を手に本気で遣り合っている盾一郎と吊戯の姿を目にして。
「な・・・なんで!? 車守さん!?」
ギシッと拘束された身体を戦慄かせながら愕然とした声を上げると。
「真昼・・・! そのまま伏せてろ! ―――――って動けねぇか!」
真昼が目覚めたことに気づいた盾一郎が一瞥をくれながらそう言った直後。
再び巨大ハンマーを形成して、ドッと吊戯に向かって打ち下ろし。
その後も、ドゴッ、ガキッと、盾一郎と吊戯は戦い続けていて。
その光景を茫然自失状態で見ていた真昼の意識の内に過ったのは―――――
―――――友人を助けるために自分達に対して頭を下げた盾一郎の姿と。
―――――経費で豪華な食事に行けるとなった時、弓景と吊戯と共にテンション高く笑い合っていた時の姿だった。
それなのに―――――
「どうして・・・っ。何のために戦ってるんだ・・・っ」
到底受け入れられない光景に真昼が絶叫したその刹那―――――
―――――なんのために戦うって?
―――――そんなもん決まってる
―――――大人ってのはいつだって
―――――許せねぇもんや守りてぇもんのために
―――――みんなみんな戦ってんだよ!!
「・・・・・・っ!!」
瑠璃の中には盾一郎の〝心の叫び〟と共に〝過去の記憶〟の続きが流れ込んできたのだ。
―――――俺が実家に戻ってからも弓はちょくちょく遊びに来てくれた―――――
―――――・・・休職することを一言も相談しなかったことだけは―――――
―――――すげぇ怒ってたっけ―――――
けれど、弓景は訪問時に盾一郎の息子である拓人の遊び相手になってくれただけでなく。屋外で過ごす時は常に危険を警戒しつつ守ってくれていた。
その理由は盾一郎達が幼い頃、魔術師の子供は吸血鬼に狙われやすく。襲われてそのまま〝飼い殺し〟にされてしまうという事態があったからだった。
―――――その事件に関する記憶は盾一郎の中にも在った。
小学校に上がったばかりの頃、弓景と共に下校していた時。
運悪く遭遇してしまった下位吸血鬼に弓景が目を付けられてしまい。
弓景が盾一郎の手を掴んで必死に路地裏を逃げたものの、待ち伏せていたもう一人の下位に挟み撃ちにされる形で捕まってしまったのだ。
『ツイてるぜ。こいつ相当いい家の魔術師だ! これ一匹飼えば数十年はもつ ! 今飼ってるやつ古くなってきたし、そっち捨てて・・・』
『弓・・・!!』
そして下位が口にした台詞に、血の気を失った顔で自身の喉元を右手で抑えつつ『ひ・・・っ』と悲鳴を漏らした弓景に向かって。血の匂いが違うと、下位吸血鬼によって地面に投げ捨てられた状態となっていた盾一郎が目に涙を浮かべながら無我夢中で手を伸ばした。
その時―――――
白い上着を靡かせながら下位吸血鬼の背後に下り立った小さな人影が、ドス!! と漆黒の剣で下位の左肩を突き刺したのだ。
その不意打ちの攻撃によって、弓景を捕らえていた下位の手が反射的に緩んだ処で。
地面に投げ出されることとなった弓景が両手を地に着きながら『あ・・・っ!?』と目にした光景に対して混乱と動揺の入り混じった声を漏らすと。
『狼谷くん・・・!?』
小さな人影が何者であるのか気づいた盾一郎が愕然とした声を上げた。
―――――『狼谷吊戯』という名前の少年は、盾一郎と弓景と同じクラスで。
―――――盾一郎の前の席に座っていた少年だった。
―――――入学初日、先生が出席を取っていた時、吊戯は名前を呼ばれても返事をしなかった為。
―――――〝ねぇ。きみのなまえじゃないの?〟―――――
盾一郎が後ろから吊戯の左肩に、とんと右手で触れて呼び掛けると。
―――――〝・・・・・・?〟―――――
その時、吊戯はひどく怯えたような面持ちで、盾一郎に振り返ってきたのだ。
―――――そんな少年が正体不明の存在を相手に戦っている。
茫然と盾一郎がなっていた中で。
『ん゛っ・・・』
一先ずは弓景の身柄を下位から引き離すことが出来たからか。吊戯は下位の左肩に突き刺した剣を、ぐっ、と必死の面持ちで引き抜こうとしていた。
『なッ・・・んだよ!? 誰だ!?』
けれど逆上した下位に頭部をガシと掴まれて。
『このッ・・・』
ガッと勢いよく地面に叩き付けられて後頭部をぶつけてしまった後に。
チィッと舌打ちを漏らした下位の左脚でさらに容赦なく腹部をドカッと蹴りつけられてしまったのだ。
『くそッ・・・なんでこんなガキが・・・』
そして下位が剣を刺されたままの状態で、忌々しいと言わんばかりに吊戯を睨みつけながら悪態をついたその直後―――――ギャリッと黒い鎖が下位の身体に巻き付いてきて。
『―――――!?』
下位が目を剥いた瞬間、ドパンと銃声が轟き、その身体を撃ちぬいたのだ。
さらに撃たれた下位の身体が横転して風化し始めた時には、もう一体の下位もまた既に仕留められていて同様の状態になっていた。
二体の下位を仕留めたのは、盾一郎と弓景が通っている『帝一ノ瀬学園』〝高等部〟の制服を着た男で。制服の上には、白い上着を羽織っており、右手に黒い鎖を携えながら、左手に銃を構えた状態で立っていた。
そして男の足元には、頭から血を流しながら地面に転がったまま、げほっ、ごほ、と苦し気に呻く吊戯の姿が在ったのだが。
『まずは目だと言っただろ』
助け起こすことをせず、ぐ、と吊戯の口元を靴の先で押さえつけると。
『吸血鬼相手はそれから首。心臓の順だ。何度も言わせるなよ』
冷酷な眼差しで見下ろしながらそう言ったのだ。
それから茫然とした面持ちで自分達の事を見ていた弓景と盾一郎のほうにゆっくりと振り返ってきた男は―――――
『塔間泰士だ』
ニヤリと冷徹な笑みを浮かべながら自らの名前を名乗った後に。
『月満の末っ子。この俺に助けられたとママやパパやお兄ちゃんにちゃんと言えよ?』
左手の人差し指を弓景に対して突きつけながらそう言い放つと。
ざわざわと俄かに路地の入口の方が騒がしくなり。
『こっちです』という言葉とともに塔間と同じ白い上着を羽織った『C3の職員』数名が姿を見せて。
『終わってる』『また塔間だ』『またあいつ一人で』
と―――――
苦々しい口調でそんなやり取りをしているのを尻目に。
『じゃないと』
塔間はそう言いながら無造作に吊戯の上着のフードを右手で掴みあげて、左肩に通学用の鞄をひっかけると。
『これ の『修理代』が出せないからなあ?』
そんな無慈悲な言葉を弓景に向かって浴びせた上で、頭から血を流し続ける吊戯の小さな体を引きずったまま踵を返すと立ち去って行ったのだ。
―――――それが『塔間』と盾一郎達の因縁の始まりだった。
―――――そしてその日を境に盾一郎は吊戯と交流を図るようになり。
―――――高等部に上がってから暫くして弓景もまた吊戯と親交を持つようになって。
―――――気づけば〝三人で〟一緒に行動して、〝笑い合う〟ことが当たり前になっていた。
だからこそ―――――
―――――あの日から何度もあったはずなんだ―――――
―――――何度も―――――
―――――何度もあった―――――
―――――あの男の手から吊戯を引き離す機会は―――――
盾一郎は心の内では、塔間と吊戯の関係性をずっと憂慮していた。
そんな中で―――――
『・・・詩文。俺、C3は辞めるよ・・・一緒に辞めよう』
家庭を持った盾一郎は子供が出来たのを機に、妻である詩文に対してそう切り出したことがあった。
けれど詩文は『辞める? なんで?』と驚いた様子で目を瞬かせた後に。
『盾の守りたいものって私と拓人だけなの? ・・・違うでしょ?』
我が子を腕に抱きながら柔らかな笑みを浮かべつつ盾一郎の顔を見返すと。
『盾はもっとたくさんのものを守れる人だって私は思ってるよ』
さらりと賞賛の言葉を口にしてきて。
『俺そんな才能ねぇよ。俺なんか運動会じゃいつもコケて。弓か吊戯が一番でさ』
そこで気恥ずかしさを覚えた盾一郎が詩文から視線を逸らしつつ、左手の人差し指で頬を掻く仕草をしながら、過去の失敗談を話すと。
あはは、ドジね――――と詩文は笑った後に。
『ねぇ・・・盾はどうしてC3に・・・戦闘員になろうと思ったの? 親がそうだったから?』
『や・・・まあ、それもあるけど』
改めて詩文から投げ掛けられた問いに対する『答』を出す為に盾一郎はそっと目を伏せると。
『自分の手で家族や友達くらいは守りてぇなって。そう思って・・・』
『じゃあ。危なっかしいあなたの友達、放って辞められないね』
無事に『答』を見つけることが出来た盾一郎が紡ぎ出した言葉に詩文は微笑みを零すと。
『あなた達が三人で笑ってるの、私も好きだからさ』
―――――柔らかな声でそう言ったのだ。
実家に戻ってから暫くして、心の落ち着きを取り戻した折に――――――詩文と交わした〝やり取り〟と、彼女が口にした〝想い〟を思い出した盾一郎が―――――・・・・・・。
『・・・なあ、弓。今度は吊戯も連れて来てくれよ』
公園で遊び疲れて眠ってしまった拓人を背負って帰る途中の道で弓景にそう告げると。
『・・・あの夜のことならどうせ何も話さねえぞ』
弓景は瞠目し、盾一郎の顔を凝視した後に、憮然とした口調でそう言ったのだが。
『違ぇよ。あいつにも拓のこと抱っこしてやってほしいんだよ。拓のこと抱いて笑っててくんねぇかなって思うんだよ』
盾一郎がきっぱりと弓景の言葉を〝否定〟した上で、今の自分の〝想い〟を口にすると。
弓景は盾一郎が『あの夜』の出来事に対して、〝自分の中でケリをつけた〟のだと察したのだろう。
『・・・・・・テメェは・・・いっつも一人で決めて。先、行っちまうよなあ・・・』
しみじみとした口調でそう呟いたのだ。
それからあまり日を経ずして、弓景は吊戯を連れてやって来た。
とはいっても吊戯は盾一郎の処に訪問することを全力で拒否した為。
―――――力尽くによる〝強制連行〟という形のものだったのだが。
『往生際が悪ィッ・・・』
そして弓景が何とか吊戯のことを家の中まで引きずり込んだ処で。
『ほら吊戯、頼むよ。こんなに大きくなったんだ』
待機していた盾一郎が腕の中に抱いていた拓人を渡そうとしたのだが。
『ひっ・・・いっ、いやだ!』
床に座り込んでしまっていた吊戯は、拓人の顔を見るなり、悲鳴をあげながら後ずさりをして。
『やだ・・・ムリだよ・・・なんで』
『・・・吊戯』
幼子を相手に本気で怯えている友人に対し、盾一郎は困り顔になりながら呼びかける。
と―――――
『怖い! 殺しちゃうよ・・・!!』
吊戯が喚き声を上げて。
『う、あ―――――~~~!!』
すぐ傍で吊戯の絶叫を聞くことになってしまった拓人がそれに驚いて泣き出してしまって。
『このボケッ、テメェが大声出すからだぞ』
『うっ・・・だって。弓ちゃんのが声でかいよ』
『ほら吊戯、早く!』
わたわたと慌てふためく状況になってしまった中で、盾一郎が拓人を抱かせようとするも。
『ちょっ、待って。ムリだって』
往生際が悪く、吊戯は拒否してきた為。
『ほら』
盾一郎は吊戯の脚の間に、半ば無理矢理ではあったが拓人を座らせてしまう。
『待っ・・・やだ。怖い、怖い、ムリ、ムリ、ムリ、ムリ、ムリ・・・』
そこで吊戯は再び、絶叫しそうになってしまったのだが。
しかし、その時『あ゛あ゛あああんああ』と泣き叫んでいた拓人がピタリと泣き止んで。
引き攣った蒼白な顔で、中途半端に両手を持ち上げかけた態勢を取りながら、固まっていた吊戯のことをジッと見つめると。嬉しそうな笑み浮かべながら、ゆっくりと両手を伸ばしてきて。
―――――その無垢な笑顔と仕草を見た瞬間、呆然と見開かれた吊戯の瞳からは涙が溢れ出してきたのだ。
『なんで・・・・・・盾ちゃんも弓ちゃんもさあ。なんでオレなんかさあ。だめだよ、オレはもう。もう・・・』
そうして拓人を抱きながら嗚咽を漏らし始めた吊戯の姿を、弓景は不貞腐れながら、盾一郎は安堵の眼差しで見ていると。
『うっ』
顔に触れた拓人の左手に、右頬を掴まれることとなった吊戯が小さく呻き声を漏らした。
『いたっ、いたたたた』
そうしてそのまま、ぐい―――――~~~と思い切り、右頬を引っ張られる羽目になってしまったのだが。苦痛を訴えつつも、幼子の思うままになっている吊戯の姿を目にして。
『ぶはっ。写真撮ってやる』
弓景が笑いながら、スマホのカメラを起動させて。
『ひゃめて~~~~~~』
吊戯が泣き笑い状態になりながら訴えると『きゃはははは』と拓人が嬉しそうに笑い声を上げて。
その光景を目にした盾一郎もまた、ふと穏やかな笑みを浮かべると。
『俺・・・諦めねぇから』
盾一郎が口にした言葉に、弓景が気付いて振り返ってきて。
吊戯もまた、しがみ付いてきた拓人をしっかりと腕の中に抱きながら、不思議そうに目を瞬かせて盾一郎を見返してくる。
―――――俺と吊戯が初めて会った時、あいつの〝心〟は〝恐怖に囚われて〟いて。
―――――笑うことが出来ない子供だった。
―――――けれど下位に襲われかけたあの出来事をきっかけとして俺は吊戯と〝友達〟になって。
―――――吊戯は少しずつ〝笑う〟ようになった。
―――――それからそこに暫くしてから弓も加わって。
―――――〝三人で笑い合う〟ようになった。
―――――そんな日々の中でも、気づくと吊戯は〝昏い瞳〟をしていることがあった。
―――――吊戯がそんなふうになる〝原因〟は、あいつを『物』としか思ってない塔間のせいだ。
―――――だからその度に俺は〝吊戯〟の〝名前〟を呼んで。
―――――あいつを〝明るい世界〟に引き戻して。
―――――俺と吊戯と弓の〝三人で笑って〟乗り越えてきた。
―――――けれどあの夜、吊戯は『オレを許さないで』と言った。
―――――もしもその言葉を俺が受け入れてしまったら・・・・・・。
―――――俺達は〝三人で笑い合うこと〟が出来なくなって。
―――――俺は〝最愛の人〟だけでなく〝親友〟までも失うことになってしまう。
―――――そんなのは絶対に嫌だから―――――
『だって俺達はやっぱ三人で笑っていねぇとさ』
―――――そうして詩文が好きだって言ってくれた俺達が〝三人で笑い合っている姿〟を拓人にもたくさん見せてやりたいんだ―――――
「だめだ!! 吊戯さん・・・!!」
盾一郎の身体に刃を振り下ろした吊戯に向かって真昼が絶叫した。
吊戯からの攻撃をギリギリの処で受け流しながら、盾一郎は応戦していたのだが。
塔間に支配されてしまっている吊戯とは違い、徐々に体力の限界を迎え始めてしまった盾一郎のほうが遂に気圧されることとなってしまい。
「―――――・・・・・・盾一郎さんっ!?」
そうして斬られてしまった盾一郎の身体から鮮血が舞った刹那、盾一郎がシャツの下にネックレスにした状態で身に着けていた、詩文の形見である車輪型のイヤリングを繋いでいたチェーンもまた切れて、空中に飛んだ時。
―――――意識が現実に引き戻された瑠璃が目に映った光景に悲鳴をあげて。
カララン・・・・・・と地面に車輪が転がった中。
盾一郎が血だまりの中に仰向けで倒れ伏していて。
「・・・・・・ああ、オレ・・・もうだめだ・・・・・・」
自らの手で友人を斬ったことにより、その血を浴びることとなってしまった吊戯が、虚ろな眼差しでその場に立ち尽くしながらそう呟いたのだ。
【本館/22・4/2/別館/22・4/5掲載】
吊戯と相対する事となってしまった盾一郎の絶叫がフロア内に轟く。
そうして猛然と叫び声をあげた盾一郎が右手にある漆黒の棒は後ろ向きで腰の辺りに携えながら、
「瑠璃さん。吊戯の事は俺がなんとかするから、真昼と怠惰の側に居てくれ」
と―――――
そう宣言してきて。
「・・・・・・分かりました」
盾一郎の言葉に頷いた瑠璃が真昼とクロの近くに移動をして。
「〝昔の話をしよう〟〝君が笑った話をしよう〟〝君が怒った話をしよう〟〝君がいた頃の話をしよう〟」
左手に所持しているもう1本の棒を手前の辺りで斜めに構えつつ盾一郎が呪文を唱え始めたその時。
「盾ちゃん・・・!」
当惑の眼差しで盾一郎を見つめながら名前を呟いた吊戯の喉元のチョーカーがバチッと一瞬だが揺らめいて。
「〝すべて『昔話』であることが〟〝僕は今でも信じられない〟!!」
盾一郎の纏う気配もまた、ズッと重苦しいものに変わったその直後―――――左手に握りしめられていた漆黒の棒がバチッという音とともに揺らめき始めた瞬間。
「盾一郎さん・・・・・・っ!?」
緊張した面持ちで呪文を唱える盾一郎の姿を見ていた瑠璃の内に―――――
―――――紅い満月の晩だった―――――
―――――非番だった俺が駆けつけたときにはすでに―――――
―――――死者8名、負傷者多数―――――
盾一郎の〝過去の記憶〟が怒濤の勢いで流れ込んできたのだ。
『なんで・・・何が起きたんだよ・・・!?』
誰の姿も見当たらない支部内のあちこちにある血だまりを盾一郎は踏みつけながら息を切らして疾走していく。
しかしそれは一人の人間が流したものではないというのを暗に知らしめるかのように、白い壁にも大量の鮮血がべったりと付着していた。
―――――脱獄した、
そしてその壮絶な場景を作り出したのは〝人外の存在〟であり。
―――――俺の妻もその死者の一人だった―――――
犠牲となった職員の中には、盾一郎の〝最愛の人〟も含まれていた。
しかしながら事件が起こった日、支部内には〝非戦闘員〟ばかりが駐在していた訳ではなく。吸血鬼との戦闘に最も長けている〝猟犬〟の吊戯が夜勤当番として支部内にはいたはずだった。
―――――けれど吊戯から盾一郎に対する弁明は一切ないままで。
悲嘆に暮れていた盾一郎に代わって、弓景が怒りに満ちた形相で吊戯に対して拳を奮い―――――どうして吊戯が支部内にいたのにも拘らずこんなことになったのか。あの夜、何があったのか。真相を問い質そうとしたものの。しかし、吊戯は口を割ることをせず。
『吊戯、テメェ・・・塔間と
そこで弓景は吊戯の胸倉を掴み上げると、兄から得た情報を使って揺さぶりを試みてみたのだが。
『警報が・・・聞こえなかったんだ・・・オレがぼんやりしてて・・・・・・』
吊戯は言い逃れをするようにそう返してきて。
『そんなわけねぇだろ!! 人が死んでんだぞ!!』
再び激昂した弓景が吊戯の胸倉から手を離すのと同時に横面を殴りつけると。
『ごめんなさい。オレを・・・許さないで。オレが死なせた・・・オレのせいだ。盾ちゃんの奥さんも、みんな・・・オレには
吊戯は両手を地に突くと、深々と弓景と盾一郎に対して平伏する姿勢を取りながら、まるで自らを追い込むかのようにそんな告白をしてきて。
『・・・・・・吊・・・なん・・・で』
その吊戯の姿に盾一郎が愕然とした面持ちになりながら言葉を絞り出すも。
『ごめんなさい』
吊戯は顔を上げることなく、ただ、ひたすら謝罪の言葉だけを紡ぎ出し続けていて。
―――――自分の足元で床に額をこすりつける―――――
―――――そんな親友の姿を見るのは思った以上にキツくて―――――
―――――俺は吊戯とまともに話もできないまま休職した―――――
そして〝最愛の人〟と過ごした日々の想いを盾一郎は心の奥に抱えながら、『父親』として息子を一人で育てようとしたものの。どうして愚図るのか、その理由が分からず終いで。
『俺・・・一人じゃ何もできねぇわ・・・』
心が折れそうになってしまったのだが。
『大丈夫だよ。盾は昔から強い子だものね。母さん知ってるんだから。大丈夫。帰っておいで。盾ちゃん』
様子を見に来てくれた『母親』から掛けられたその言葉を盾一郎は受け入れて。
―――――実家に帰り、そこで息子を育てることを選んだ。
「〝
「―――――っつ!?」
盾一郎の口から〝呪文〟の最後の一節が詠唱された。
そこで瑠璃の中に流れ込んできていた〝過去の記憶〟は途切れて―――――。
―――――なんで盾一郎さんの〝過去の記憶〟が・・・・・・っ!?
ハッと我に返った瑠璃の目に次に飛び込んできたのは〝現在進行中〟の場景で―――――。
右手を前に突きだし、左手を後ろに差し伸ばした盾一郎の傍には二つの車輪がズズッと具現化していて。盾一郎が右手に構えていた漆黒の棒をゴッと振り翳すと。地に勢いよく下り立った車輪が、ギャギャッと速度を上昇させながら吊戯目掛けて転がっていったのだが。
しかし吊戯がトッと素早く跳躍して車輪を避けた瞬間、それを見越していた盾一郎が棒を両手に握りしめながら飛び掛かってきて。
「―――――!」
ハッとなった吊戯が盾一郎のほうに目を向けると、二つの車輪が盾一郎の手にしていた棒の先端に向かってフォンと一定の距離を取りながら飛んでいった処で―――――ヴンッと音を響かせながら漆黒のハンマーを形成したのだ。
その漆黒のハンマーの大きさは天井にぶつかるほど巨大なモノで、
「ああああああ」
盾一郎が怒声を張り上げながらハンマーを動かすと、ガガガガガと天井の壁を抉った後に。
ドン! と―――――吊戯に向かって勢いよく振り下ろされたのだ。
「・・・・・・盾一郎さん・・・・・・」
ガラガラガラ・・・と盾一郎の背後にハンマーによって抉られた天井の瓦礫が降り注ぐ。
吊戯や弓景と組んでいた時は前線側に立つ二人を、盾一郎は後方から支援する戦い方をしていたが。
―――――盾一郎一人でも、戦闘員としての実力は中々のものだったようだ。
視線を俯けながら眉間に深い皺を刻みつつ、ふ―――――っ、と息を吐き出した盾一郎の姿を呆然と瑠璃が見つめていると。
ハンマーの直撃を逃れた吊戯が右裾だけ破れてしまった上着の裾を靡かせながら、トンと盾一郎の後方に下り立って。
は、はっ、はっ、は、と顔を歪めながら荒い息を吐き出す吊戯の方に斜めに盾一郎が向き直ると。ハンマーを形成していた車輪がヒュンとまた二つに分かれた処で。
ゴッと遠隔操作で車輪を操りながら、吊戯に対して攻撃を再開したその時―――――。
「・・・ふうん。先代のトールほどじゃないにしろ・・・思ったよりミョルニルを使いこなせてるんだな」
吊戯と盾一郎の戦いを、モニターを介して新たに火を点した煙草を銜えつつ眺めていた塔間が感心したようにそう呟くと。
「・・・しょうがない。手伝ってやるか」
紫煙を吐き出した後、右手の人差し指と中指の間に器用に煙草を挟みながら、ニヤリと笑みを浮かべてマイクを持つと。
『〝窓のない部屋で生まれた〟〝地面を這って今日で七日目〟』
「っ!?」
スピーカーを通して聞こえてきた塔間の声にビクと吊戯が身体を震わせて。
―――――まさか、塔間さんも〝呪文〟を使おうとしてるの!?
瑠璃もまた、嫌な予感を覚えて目を見開くと。
『〝産声代わりに悲鳴をあげろ〟』
次の瞬間、吊戯の上半身を拘束していた黒いベルトがバチン! と勢いよく解除されて。
「じゅんちゃ・・・にげて・・・」
喉元を右手で抑えた吊戯がさらに左手で自身の右手首を掴みながら、無意識の中で盾一郎に対して絞り出すような声音でそう漏らすも。
『〝喉を掻き毟り叫べ〟〝一秒に五回息をしろ〟』
塔間は吊戯の様子など一切気にすることなく、呪文を唱え続けて。
それに抗えない吊戯が左手を右手首から離した処で、上半身を苦悶の面持ちになりながら仰け反らせると。
『〝そのたびおとながひとり死ぬ〟』
喉元を抑えていた吊戯の右手の中に、黒いチョーカーを媒介として生み出された剣の柄が顕現し。
『〝
塔間が呪文の詠唱を終えた刹那―――――ズズ・・・と漆黒の剣が完全に具現化した処で。
「殺せ。お前には必要ない」
酷薄な笑みを浮かべた塔間が吊戯に向かってそう命じると。
吊戯は漆黒の剣を振り翳しながら盾一郎に迫っていって。
「違うわっ!! 吊戯さんにとって、盾一郎さんは必要な存在で〝大切な友達〟なんだから!!」
塔間のその命令を打ち消そうと、瑠璃が声を張り上げた時。
「―――――う・・・っ、瑠璃・・・・・・姉・・・・・・?」
はっ、と気を失っていた真昼が意識を取り戻したのだが。
武器を手に本気で遣り合っている盾一郎と吊戯の姿を目にして。
「な・・・なんで!? 車守さん!?」
ギシッと拘束された身体を戦慄かせながら愕然とした声を上げると。
「真昼・・・! そのまま伏せてろ! ―――――って動けねぇか!」
真昼が目覚めたことに気づいた盾一郎が一瞥をくれながらそう言った直後。
再び巨大ハンマーを形成して、ドッと吊戯に向かって打ち下ろし。
その後も、ドゴッ、ガキッと、盾一郎と吊戯は戦い続けていて。
その光景を茫然自失状態で見ていた真昼の意識の内に過ったのは―――――
―――――友人を助けるために自分達に対して頭を下げた盾一郎の姿と。
―――――経費で豪華な食事に行けるとなった時、弓景と吊戯と共にテンション高く笑い合っていた時の姿だった。
それなのに―――――
「どうして・・・っ。何のために戦ってるんだ・・・っ」
到底受け入れられない光景に真昼が絶叫したその刹那―――――
―――――なんのために戦うって?
―――――そんなもん決まってる
―――――大人ってのはいつだって
―――――許せねぇもんや守りてぇもんのために
―――――みんなみんな戦ってんだよ!!
「・・・・・・っ!!」
瑠璃の中には盾一郎の〝心の叫び〟と共に〝過去の記憶〟の続きが流れ込んできたのだ。
―――――俺が実家に戻ってからも弓はちょくちょく遊びに来てくれた―――――
―――――・・・休職することを一言も相談しなかったことだけは―――――
―――――すげぇ怒ってたっけ―――――
けれど、弓景は訪問時に盾一郎の息子である拓人の遊び相手になってくれただけでなく。屋外で過ごす時は常に危険を警戒しつつ守ってくれていた。
その理由は盾一郎達が幼い頃、魔術師の子供は吸血鬼に狙われやすく。襲われてそのまま〝飼い殺し〟にされてしまうという事態があったからだった。
―――――その事件に関する記憶は盾一郎の中にも在った。
小学校に上がったばかりの頃、弓景と共に下校していた時。
運悪く遭遇してしまった下位吸血鬼に弓景が目を付けられてしまい。
弓景が盾一郎の手を掴んで必死に路地裏を逃げたものの、待ち伏せていたもう一人の下位に挟み撃ちにされる形で捕まってしまったのだ。
『ツイてるぜ。こいつ相当いい家の魔術師だ! これ一匹飼えば数十年は
『弓・・・!!』
そして下位が口にした台詞に、血の気を失った顔で自身の喉元を右手で抑えつつ『ひ・・・っ』と悲鳴を漏らした弓景に向かって。血の匂いが違うと、下位吸血鬼によって地面に投げ捨てられた状態となっていた盾一郎が目に涙を浮かべながら無我夢中で手を伸ばした。
その時―――――
白い上着を靡かせながら下位吸血鬼の背後に下り立った小さな人影が、ドス!! と漆黒の剣で下位の左肩を突き刺したのだ。
その不意打ちの攻撃によって、弓景を捕らえていた下位の手が反射的に緩んだ処で。
地面に投げ出されることとなった弓景が両手を地に着きながら『あ・・・っ!?』と目にした光景に対して混乱と動揺の入り混じった声を漏らすと。
『狼谷くん・・・!?』
小さな人影が何者であるのか気づいた盾一郎が愕然とした声を上げた。
―――――『狼谷吊戯』という名前の少年は、盾一郎と弓景と同じクラスで。
―――――盾一郎の前の席に座っていた少年だった。
―――――入学初日、先生が出席を取っていた時、吊戯は名前を呼ばれても返事をしなかった為。
―――――〝ねぇ。きみのなまえじゃないの?〟―――――
盾一郎が後ろから吊戯の左肩に、とんと右手で触れて呼び掛けると。
―――――〝・・・・・・?〟―――――
その時、吊戯はひどく怯えたような面持ちで、盾一郎に振り返ってきたのだ。
―――――そんな少年が正体不明の存在を相手に戦っている。
茫然と盾一郎がなっていた中で。
『ん゛っ・・・』
一先ずは弓景の身柄を下位から引き離すことが出来たからか。吊戯は下位の左肩に突き刺した剣を、ぐっ、と必死の面持ちで引き抜こうとしていた。
『なッ・・・んだよ!? 誰だ!?』
けれど逆上した下位に頭部をガシと掴まれて。
『このッ・・・』
ガッと勢いよく地面に叩き付けられて後頭部をぶつけてしまった後に。
チィッと舌打ちを漏らした下位の左脚でさらに容赦なく腹部をドカッと蹴りつけられてしまったのだ。
『くそッ・・・なんでこんなガキが・・・』
そして下位が剣を刺されたままの状態で、忌々しいと言わんばかりに吊戯を睨みつけながら悪態をついたその直後―――――ギャリッと黒い鎖が下位の身体に巻き付いてきて。
『―――――!?』
下位が目を剥いた瞬間、ドパンと銃声が轟き、その身体を撃ちぬいたのだ。
さらに撃たれた下位の身体が横転して風化し始めた時には、もう一体の下位もまた既に仕留められていて同様の状態になっていた。
二体の下位を仕留めたのは、盾一郎と弓景が通っている『帝一ノ瀬学園』〝高等部〟の制服を着た男で。制服の上には、白い上着を羽織っており、右手に黒い鎖を携えながら、左手に銃を構えた状態で立っていた。
そして男の足元には、頭から血を流しながら地面に転がったまま、げほっ、ごほ、と苦し気に呻く吊戯の姿が在ったのだが。
『まずは目だと言っただろ』
助け起こすことをせず、ぐ、と吊戯の口元を靴の先で押さえつけると。
『吸血鬼相手はそれから首。心臓の順だ。何度も言わせるなよ』
冷酷な眼差しで見下ろしながらそう言ったのだ。
それから茫然とした面持ちで自分達の事を見ていた弓景と盾一郎のほうにゆっくりと振り返ってきた男は―――――
『塔間泰士だ』
ニヤリと冷徹な笑みを浮かべながら自らの名前を名乗った後に。
『月満の末っ子。この俺に助けられたとママやパパやお兄ちゃんにちゃんと言えよ?』
左手の人差し指を弓景に対して突きつけながらそう言い放つと。
ざわざわと俄かに路地の入口の方が騒がしくなり。
『こっちです』という言葉とともに塔間と同じ白い上着を羽織った『C3の職員』数名が姿を見せて。
『終わってる』『また塔間だ』『またあいつ一人で』
と―――――
苦々しい口調でそんなやり取りをしているのを尻目に。
『じゃないと』
塔間はそう言いながら無造作に吊戯の上着のフードを右手で掴みあげて、左肩に通学用の鞄をひっかけると。
『
そんな無慈悲な言葉を弓景に向かって浴びせた上で、頭から血を流し続ける吊戯の小さな体を引きずったまま踵を返すと立ち去って行ったのだ。
―――――それが『塔間』と盾一郎達の因縁の始まりだった。
―――――そしてその日を境に盾一郎は吊戯と交流を図るようになり。
―――――高等部に上がってから暫くして弓景もまた吊戯と親交を持つようになって。
―――――気づけば〝三人で〟一緒に行動して、〝笑い合う〟ことが当たり前になっていた。
だからこそ―――――
―――――あの日から何度もあったはずなんだ―――――
―――――何度も―――――
―――――何度もあった―――――
―――――あの男の手から吊戯を引き離す機会は―――――
盾一郎は心の内では、塔間と吊戯の関係性をずっと憂慮していた。
そんな中で―――――
『・・・詩文。俺、C3は辞めるよ・・・一緒に辞めよう』
家庭を持った盾一郎は子供が出来たのを機に、妻である詩文に対してそう切り出したことがあった。
けれど詩文は『辞める? なんで?』と驚いた様子で目を瞬かせた後に。
『盾の守りたいものって私と拓人だけなの? ・・・違うでしょ?』
我が子を腕に抱きながら柔らかな笑みを浮かべつつ盾一郎の顔を見返すと。
『盾はもっとたくさんのものを守れる人だって私は思ってるよ』
さらりと賞賛の言葉を口にしてきて。
『俺そんな才能ねぇよ。俺なんか運動会じゃいつもコケて。弓か吊戯が一番でさ』
そこで気恥ずかしさを覚えた盾一郎が詩文から視線を逸らしつつ、左手の人差し指で頬を掻く仕草をしながら、過去の失敗談を話すと。
あはは、ドジね――――と詩文は笑った後に。
『ねぇ・・・盾はどうしてC3に・・・戦闘員になろうと思ったの? 親がそうだったから?』
『や・・・まあ、それもあるけど』
改めて詩文から投げ掛けられた問いに対する『答』を出す為に盾一郎はそっと目を伏せると。
『自分の手で家族や友達くらいは守りてぇなって。そう思って・・・』
『じゃあ。危なっかしいあなたの友達、放って辞められないね』
無事に『答』を見つけることが出来た盾一郎が紡ぎ出した言葉に詩文は微笑みを零すと。
『あなた達が三人で笑ってるの、私も好きだからさ』
―――――柔らかな声でそう言ったのだ。
実家に戻ってから暫くして、心の落ち着きを取り戻した折に――――――詩文と交わした〝やり取り〟と、彼女が口にした〝想い〟を思い出した盾一郎が―――――・・・・・・。
『・・・なあ、弓。今度は吊戯も連れて来てくれよ』
公園で遊び疲れて眠ってしまった拓人を背負って帰る途中の道で弓景にそう告げると。
『・・・あの夜のことならどうせ何も話さねえぞ』
弓景は瞠目し、盾一郎の顔を凝視した後に、憮然とした口調でそう言ったのだが。
『違ぇよ。あいつにも拓のこと抱っこしてやってほしいんだよ。拓のこと抱いて笑っててくんねぇかなって思うんだよ』
盾一郎がきっぱりと弓景の言葉を〝否定〟した上で、今の自分の〝想い〟を口にすると。
弓景は盾一郎が『あの夜』の出来事に対して、〝自分の中でケリをつけた〟のだと察したのだろう。
『・・・・・・テメェは・・・いっつも一人で決めて。先、行っちまうよなあ・・・』
しみじみとした口調でそう呟いたのだ。
それからあまり日を経ずして、弓景は吊戯を連れてやって来た。
とはいっても吊戯は盾一郎の処に訪問することを全力で拒否した為。
―――――力尽くによる〝強制連行〟という形のものだったのだが。
『往生際が悪ィッ・・・』
そして弓景が何とか吊戯のことを家の中まで引きずり込んだ処で。
『ほら吊戯、頼むよ。こんなに大きくなったんだ』
待機していた盾一郎が腕の中に抱いていた拓人を渡そうとしたのだが。
『ひっ・・・いっ、いやだ!』
床に座り込んでしまっていた吊戯は、拓人の顔を見るなり、悲鳴をあげながら後ずさりをして。
『やだ・・・ムリだよ・・・なんで』
『・・・吊戯』
幼子を相手に本気で怯えている友人に対し、盾一郎は困り顔になりながら呼びかける。
と―――――
『怖い! 殺しちゃうよ・・・!!』
吊戯が喚き声を上げて。
『う、あ―――――~~~!!』
すぐ傍で吊戯の絶叫を聞くことになってしまった拓人がそれに驚いて泣き出してしまって。
『このボケッ、テメェが大声出すからだぞ』
『うっ・・・だって。弓ちゃんのが声でかいよ』
『ほら吊戯、早く!』
わたわたと慌てふためく状況になってしまった中で、盾一郎が拓人を抱かせようとするも。
『ちょっ、待って。ムリだって』
往生際が悪く、吊戯は拒否してきた為。
『ほら』
盾一郎は吊戯の脚の間に、半ば無理矢理ではあったが拓人を座らせてしまう。
『待っ・・・やだ。怖い、怖い、ムリ、ムリ、ムリ、ムリ、ムリ・・・』
そこで吊戯は再び、絶叫しそうになってしまったのだが。
しかし、その時『あ゛あ゛あああんああ』と泣き叫んでいた拓人がピタリと泣き止んで。
引き攣った蒼白な顔で、中途半端に両手を持ち上げかけた態勢を取りながら、固まっていた吊戯のことをジッと見つめると。嬉しそうな笑み浮かべながら、ゆっくりと両手を伸ばしてきて。
―――――その無垢な笑顔と仕草を見た瞬間、呆然と見開かれた吊戯の瞳からは涙が溢れ出してきたのだ。
『なんで・・・・・・盾ちゃんも弓ちゃんもさあ。なんでオレなんかさあ。だめだよ、オレはもう。もう・・・』
そうして拓人を抱きながら嗚咽を漏らし始めた吊戯の姿を、弓景は不貞腐れながら、盾一郎は安堵の眼差しで見ていると。
『うっ』
顔に触れた拓人の左手に、右頬を掴まれることとなった吊戯が小さく呻き声を漏らした。
『いたっ、いたたたた』
そうしてそのまま、ぐい―――――~~~と思い切り、右頬を引っ張られる羽目になってしまったのだが。苦痛を訴えつつも、幼子の思うままになっている吊戯の姿を目にして。
『ぶはっ。写真撮ってやる』
弓景が笑いながら、スマホのカメラを起動させて。
『ひゃめて~~~~~~』
吊戯が泣き笑い状態になりながら訴えると『きゃはははは』と拓人が嬉しそうに笑い声を上げて。
その光景を目にした盾一郎もまた、ふと穏やかな笑みを浮かべると。
『俺・・・諦めねぇから』
盾一郎が口にした言葉に、弓景が気付いて振り返ってきて。
吊戯もまた、しがみ付いてきた拓人をしっかりと腕の中に抱きながら、不思議そうに目を瞬かせて盾一郎を見返してくる。
―――――俺と吊戯が初めて会った時、あいつの〝心〟は〝恐怖に囚われて〟いて。
―――――笑うことが出来ない子供だった。
―――――けれど下位に襲われかけたあの出来事をきっかけとして俺は吊戯と〝友達〟になって。
―――――吊戯は少しずつ〝笑う〟ようになった。
―――――それからそこに暫くしてから弓も加わって。
―――――〝三人で笑い合う〟ようになった。
―――――そんな日々の中でも、気づくと吊戯は〝昏い瞳〟をしていることがあった。
―――――吊戯がそんなふうになる〝原因〟は、あいつを『物』としか思ってない塔間のせいだ。
―――――だからその度に俺は〝吊戯〟の〝名前〟を呼んで。
―――――あいつを〝明るい世界〟に引き戻して。
―――――俺と吊戯と弓の〝三人で笑って〟乗り越えてきた。
―――――けれどあの夜、吊戯は『オレを許さないで』と言った。
―――――もしもその言葉を俺が受け入れてしまったら・・・・・・。
―――――俺達は〝三人で笑い合うこと〟が出来なくなって。
―――――俺は〝最愛の人〟だけでなく〝親友〟までも失うことになってしまう。
―――――そんなのは絶対に嫌だから―――――
『だって俺達はやっぱ三人で笑っていねぇとさ』
―――――そうして詩文が好きだって言ってくれた俺達が〝三人で笑い合っている姿〟を拓人にもたくさん見せてやりたいんだ―――――
「だめだ!! 吊戯さん・・・!!」
盾一郎の身体に刃を振り下ろした吊戯に向かって真昼が絶叫した。
吊戯からの攻撃をギリギリの処で受け流しながら、盾一郎は応戦していたのだが。
塔間に支配されてしまっている吊戯とは違い、徐々に体力の限界を迎え始めてしまった盾一郎のほうが遂に気圧されることとなってしまい。
「―――――・・・・・・盾一郎さんっ!?」
そうして斬られてしまった盾一郎の身体から鮮血が舞った刹那、盾一郎がシャツの下にネックレスにした状態で身に着けていた、詩文の形見である車輪型のイヤリングを繋いでいたチェーンもまた切れて、空中に飛んだ時。
―――――意識が現実に引き戻された瑠璃が目に映った光景に悲鳴をあげて。
カララン・・・・・・と地面に車輪が転がった中。
盾一郎が血だまりの中に仰向けで倒れ伏していて。
「・・・・・・ああ、オレ・・・もうだめだ・・・・・・」
自らの手で友人を斬ったことにより、その血を浴びることとなってしまった吊戯が、虚ろな眼差しでその場に立ち尽くしながらそう呟いたのだ。
【本館/22・4/2/別館/22・4/5掲載】
