第一章『誓約と契約』
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―――――24時間過ぎれば、仮契約(?)は解除されるらしい。
ならば、いますべきことは部屋の掃除の続きだ。
真昼がまた掃除機を稼働させると、ポテチを食べるのを止めたスリーピーアッシュは、洗濯物を畳む瑠璃の傍で、掃除機の音が苦手なのか、両耳を塞ぎながら縮こまっていたのだが。
「・・・なぁ、瑠璃。この家にはあいつと二人で暮らしてるのか?」
「そうね、本当はここには家主である真昼君の叔父―――――徹さんも住んでいるんだけど。出張が多くて、ほとんど帰って来ないから」
チラリとこちらを見ると、話しかけてきたスリーピーアッシュに瑠璃は頷く。
「あいつの親は?」
「真昼君が小さい頃に・・・お母さんは事故で亡くなっているんですって。
それで、一人になってなかなか行き先が決まらなかった真昼君を徹さんが引き取ったそうよ。―――――私も、行く当てがなくて困っていた所を徹さんに助けて貰っちゃったのよね」
話のついでで、自分がこの家にお世話になる事になった経緯を合わせて瑠璃が漏らすと、
「・・・・――――悪ぃ、それって多分・・・オレの所為だよな」
ばつが悪そうな顔になったスリーピーアッシュに瑠璃は言う。
「気にしなくても大丈夫よ、徹さんは優しい人だし。真昼君もとてもいい子で本当の家族みたいに、仲よくしてくれるから」
瑠璃もまた両親はすでに亡くなっているため、何より真昼が自分の事を『姉』と呼んでくれるのはとても嬉しいことなのだ。
「―――――だから、ありがとう」
ふわっと瑠璃が微笑みを浮かべると、スリーピーアッシュは目を見開き、僅かに頬を染めながら視線を逸らしてしまう。
それを不思議に思いつつも、洗濯物を畳み終えた瑠璃は、ふと時計に視線を向けると。
「もうこんな時間! 真昼君、そろそろ出かけないと!!」
「そうだ、みんなと待ち合わせしてたんだった!!」
「無理無理、離れたらなんかなるし」
掃除機を掛け終えた真昼と共に急いで玄関に向かおうとするが、スリーピーアッシュはやはりその気はないようで、ごろごろと床で転がっていたのだが。
「出かけるぞ! お前も来い!」
「やめろー日光が・・・日光と向き合えねー・・・」
結局、真昼に黒猫の姿で外に強制連行されることになったのだ。
―――――パン!
玄関が閉まる直前、聞こえたガラスが割れる音。
一瞬、真昼と瑠璃は閉じた扉の方を見たが、急いでいた為に確認に戻る事は無く。
「あっれェ~~~? 場所はココだって言われたのにィ~~~。いな~~~いじゃ~~~ん」
あと、ほんの少し出掛けるのが遅くなっていたら、よもや自宅で他の吸血鬼の襲撃を受ける事になっていたというのはその時は知る由もなかったのである。
「だからっ・・・こいつ吸血鬼かもしれねーの!! 学校で桜哉が言ってたじゃん!
吸血鬼・・・って。こいつ本当に妖怪で・・・っ」
「つーか、それ・・・猫だろ」
待ち合わせ場所に辿り着くと、そこにいた虎雪と龍征の二人に真昼は連れてきた黒猫を突き出すと力説を始めたのだが、二人が信じるはずもなく。
唯一、その話題に食いつきそうな桜哉の姿もないことから、
「いや人の姿になるんだよ!! クロ!! おい人になれよ!! しーんとすんな!!」
目を閉じ、だんまりを決め込む黒猫に、真昼はまた詰め寄っていったのだが、
「真昼・・・疲れてるのかな?」
「一人で悩むなよ・・・」
逆に、幼馴染二人からは心配されてしまい。
「違う!! 瑠璃姉からもこいつに人になるよう言ってくれよ」
最期の手段とばかりに、真昼は瑠璃にそう懇願してきたのだが―――――。
それに応える事は出来ないので、困ったような表情で思わず瑠璃が視線を彷徨わせると、ふいに不気味な黒い影がショーウィンドーに映り込み。
ばッと背後を振り返ると―――――
「どォもどォも学生諸君! くだらない青春の道すがらァ~ボクのショーでも見ていかない?」
そこに立っていたのは、ピンクの長髪を高い位置で結い、身に着けているのもまたピンクのスーツという派手な格好の手品師だった。
手にしたシルクハットから、剣を取り出した手品師に、いつの間にか集まって来ていた人たちから拍手が送られる。
虎雪もまた、目を輝かせ「すごーいっ手品? 大道芸?」と拍手をしていたのだが、龍征はそれに関心を示す事は無く。
「おい、手品とかいいよ。行こうぜ」
背を向けて、その場から立ち去ろうとしたのだが、手品師が肩を掴んでそれを止めたのだ。
「何―――――・・・」
龍征が眉を顰め振り返ると、手品師は彼の肩を掴んでいるのとは反対の手の指を四本立て。
「さァ、まず問題です~~~。この彼がボクに留められた理由は何でしょうか~~~?」
①
ボクを無視したから
②
ボクの前を横切ったから
③
ボクのお腹がすいたから
④
ボクを無視したから
「答えは~~~・・・全部だよ死ねボケェ!! 無視してっと殺すぞ!!」
四問の問題を出した後に、不意に凶悪な眼差しで龍征を捉えると、両腕でそのまま掴みかかり、彼の首筋に喰らいついたのだ。
刹那、龍征の首からは血が吹き出し、集まっていた人たちは悲鳴を上げながら逃げていく。
「龍ちゃんっ・・・」
「龍征っ」
手品師に投げ捨てられ血だまりに倒れ伏した龍征に、虎雪と真昼が必死に呼びかける。
「とにかく、止血しないと!!」
鞄からハンカチを取り出した瑠璃は、龍征の首元をグルと縛るように巻きつける。
「どォもどォも喝采をどォも!!」
その間に、手品師は高笑いを上げながら、シルクハット片手に跳躍し、街灯にぶら下がると、
「やっぱり手品よりコッチのほうが盛り上がるなァ~~~。手品師より
「吸血鬼!!?」
聞こえてきた手品師の言葉に真昼は絶句し、瑠璃は困惑の表情で手品師を見つめる。
「そォ~~~~~キミも昨日
吸血鬼の真祖は7人兄弟7種類~。色欲? 暴食? 強欲? 憤怒? 嫉妬? 傲慢?
どれも違ァ~~~う。キミが拾ったのは真祖達の長男~~~〝怠惰〟の吸血鬼。〝
真昼に語りかけていた手品師が、不意に瑠璃の方を見る。
「―――――そして、キミは怠惰と『誓約』を結んだ〝ミストレス〟だよねェ?
キミは見つけたらとりあえず、回収してくるよう言われてるんだよね」
「・・・回収って・・・」
まるで、モノのような言い回しに瑠璃が眉根を寄せると、
「意味・・・わかんねぇ。何なんだよ・・・!? お前っ・・・クロの仲間・・・!?」
ニヤぁと笑みを浮かべた手品師に真昼が当惑した顔で声を上げる。
「んーん、逆ッ。ボクらは黒猫ちゃん達のこと大っ嫌い~~~~~。だーからァかくまうと串刺しだぞォ?」
トッと軽やかに片足から地面に降り立った手品師は真昼の言葉を否定する。
そして姿の見当たらない『彼』を見つけるために、両手を広げながら高らかに呼びかける。
「さァさァ喝采を!! 出ておいでェスリーピーアッシュ! 吸血鬼らしく! 派手に!! たくさん殺して競争しょォよ!! 『椿』もそれを望んでる・・・」
その直後―――――頭上に現れた人影に勢いよく手品師は蹴り飛ばされ、その体はショーウィンドーまで吹っ飛んでガラスを突き破ってしまう。
ザッと片手を地面に据えながら着地した人影は、人型に戻ったスリーピーアッシュだった。
「クロ!! どういうことだよこれ・・・っ」
真昼が声を上げると、スリーピーアッシュはそちらを一瞥したが、しかし答える事は無く。
「・・・とりあえず、逃げるぞ」
そう言うや否や、龍征の傍らにしゃがんでいた瑠璃の事を抱き上げて、その場から立ち去ろうとしたのだが―――――。
「え!? スリーピーアッシュ!? ちょっと待って!?」
「待て待て待て!! 何で瑠璃姉のこと抱き上げて・・・ちょっと待て~~!?」
突然のことに、戸惑いの声を瑠璃が上げ、真昼もスリーピーアッシュの腕を掴んで制止しようとするが、しかしそのまま彼は跳躍して、裏路地まで来てしまう。
「お前なぁ・・・待てって・・・言っただろ!?」
「な・・・何しやがる・・・はなせ・・・オレはあんなイカれた吸血鬼とは向き合えねー・・・」
顔を引きつらせながら、腕を掴んだまま手を離すことなく、詰め寄ってくる真昼から、瑠璃を抱いたままスリーピーアッシュは逃れようとさらに足を前に踏み出そうとする。
「同じ吸血鬼だろ!! お前しか向き合えねーよ!!」
「オレの知り合いじゃねーのは確かだ。オレとは関係ねー・・・」
スリーピーアッシュは、真昼から目線を逸らすとぽつりと言う。
腕の中に抱かれたままの瑠璃は、その横顔をじっと黙ったまま見つめる。
真紅の瞳の奥には、まるで何かを恐れているような感情が視えた気がした。
「友達がやられたんだ!! あいつ放っといたらみんな殺される。誰かが止めなきゃ・・・」
「めんどくせー・・・」
真昼は必死に訴えるが、しかしスリーピーアッシュは、さらに吐き捨てるように淡々と言う。
「『何も出来ねぇ』『自分には力なんかねぇ』『誰かどうにかしてくれ』『誰か』『誰か』・・・みんながそう言うんだからオレも
―――――直後、商店街のほうから瓦礫の砕け散る爆音と、あの手品師の喚き声が聞こえてきた。どうやら、意識を取り戻してしまったらしい。
「あァ~~~~~!! ボクが目立ちたいのにィ~~~~~~!! どこ行ったァ!!」
ばたばたと両手を駄々っ子のように振り回した手品師は、瀕死の状態の龍征の傍に茫然と座り込んでいた虎雪の存在に気付くと、ふと、狂喜の笑みを浮かべた。
「・・・あ? それまだ生きてたァ? ボクを無視するからそォいうことになるんだよォ~~~?」
―――――このままでは、二人は本当に殺されてしまう!!
スリーピーアッシュの言葉に、絶句していた真昼は、肩を震わせると叫んだ。
「じゃあ、お前だけ逃げろ!! 瑠璃姉まで、連れてこうとするな!!」
そうして踵を返すと路地裏から駆け出していく。
「・・・スリーピーアッシュ、降ろして貰える?」
残された瑠璃が静かに名を呼ぶと、苦渋の色を宿した真紅の瞳がこちらに向けられる。
「・・・悪ぃ」
やがて小さな声で漏らされた謝罪と共に、瑠璃の身体はそっと地面に降ろされた。
真紅の瞳の奥に見える感情は、多分―――――〝迷い〟と〝恐れ〟だ
―――――選んだモノが、本当に〝正しい結果〟となるのか
―――――選んだことで、〝後悔〟してしまうのではないか
だったら私にできる事は―――――
視線を俯かせたスリーピーアッシュに、瑠璃はまた静かに言葉を掛ける。
「ねぇ、スリーピーアッシュ。初めて逢った時、貴方が望んでなかったのに、目覚めさせてしまった私の事を『自分には関係ない』って放り出さないで、『誓約』を結んでくれたよね。
―――――だから今度は私の番。私、行くね! 真昼君はこの世界で私に居場所をくれた『大切な家族』だから!」
「・・・っ」
真紅の瞳が見開かれ、こちらを映し出す。
瑠璃はにっこりと笑みを浮かべると、真昼たちの方に向かって走り出す。
―――――『誰か』『誰か』っていつだってみんなが思っている。
―――――そのほうが楽だからとか、自分にはどうにも出来ないとか。
―――――でも、いつだってその『誰か』に名乗り出てくれる人がいるからこの世界はまわってる。
「龍征連れて逃げろ!!」
手品師がシルクハットから出した長剣を、虎雪と龍征の二人に振り下ろそうとした瞬間。
背後から手品師に真昼は飛びかかり、頭部を両手で抑え込んでいた。
「あ~~~~んまり派手なマネしてっとォ・・・殺すぞォ?」
それにより、逆上した手品師が、手にしたままだった剣を真昼に目掛けて繰り出してくる。
「・・・真昼君っ!!」
―――――その『誰か』に彼はいつもなろうとしてる。
―――――でも、それは本当に正解なの?
「瑠璃姉!?」
真昼を貫かんとした剣を握る手品師の腕に瑠璃がしがみ付く。
「何だよっもォ!! 次から次へとボクの邪魔するなよォ!!」
「・・・・・っ!!」
手品師が左手に持っていたシルクハットを宙に投げると、空いたその左手で瑠璃を掴んで地面に投げ捨てる。
そして、すぐさまシルクハットをまた左手で回収すると、
「お前も、いい加減離れろよォ!!」
今度こそ真昼を剣で突き刺すべく、後ろ手に振りかざしていった。
「・・・あいつらみてーな奴が一番めんどくせーんだ・・・」
路地裏に一人立ち尽くしていたスリーピーアッシュは呻くように言葉を漏らす。
それから彼は身を翻すと同時に黒猫の姿になって路地裏から、瑠璃と真昼の元に向かって跳躍した。
「死ぬほどめんどくせー奴ら・・・・・・」
倒れ込んでいた身体を起こした瑠璃は、その声の主の背中を見た瞬間、思わず、泣き出しそうな声でその名を呼んでしまう。
「・・・っ・・・スリーピーアッシュ・・・」
手品師の剣が終に真昼に突き刺さってしまうかと思われた刹那、人型に戻ったスリーピーアッシュが、それを右手で掴んで止めたのだ。
しかし、剣は完全には止めきれず、スリーピーアッシュの右胸に刺さっていたのだが、
彼が薙ぎ払うように右手をブンと振ると、手品師は「おっ・・・とォっ」と跳躍して距離を取り、その際に振り落された真昼は瑠璃の近くで地面に尻餅をついていた。
「まあ落ち着け。お前らやオレに何ができんだ」
ず・・・と自身の体に突き刺さっていた剣をゆっくりと引き抜きながらスリーピーアッシュが言う。
「オレが何百年血を飲まなかったと思ってる・・・・・・もうほとんどただの猫だっつーの」
「クロ・・・・・・」
茫然と真昼がスリーピーアッシュを見上げる。
「瑠璃と一緒に逃げとけ。オレ一人でどうにか出来る気はしねーけどなー・・・」
―――――難しく考えなくていい。
「ま・・・猫は猫でも死なねー猫だし。時間稼ぎくらいなら・・・」
―――――その〝答〟は簡単だったの。
―――――『誰か』は『彼』でも『貴方』でも『私』でもない。
ぐいと、目元を手の甲で瑠璃は拭うと、真昼に向かって呼びかける。
「真昼君!」
すると、スリーピーアッシュの言葉を聞いて、同じようにその〝答〟に気付いた真昼が力強く頷くと、
「3人でどうにかするんだよ! クロ!!」
―――――きっと『私たち』で正解なのだ。
そう言うと同時に、スリーピーアッシュに己の腕を咬ませたのだ。
【本館/17・2/19掲載/別館/17・2/21転記】
