Inquisitio Veritatis
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「なーんか、感じが悪いですね。花神家の人って」
シトシトと降り出した雨の音が鼓膜を揺する。上を見れば雨漏りの跡だろうか?池田荘と同じような染みだらけの天井があった。
高級旅館とは名ばかりの安宿―……と、いうかボロ宿。そこが滞在中のあたし達にと当てがわれ用意された宿だった。ああ……確かに村一番だろう。村に一個しか宿がないのなら一番も糞もないのだから。
旅館にあった長らく綿を替えていないであろう固い煎餅布団に身を沈めたあたしは、衝立て一つ挟んで隣にいる人間へとそう語り掛けた。返事は当然―……
「……シカトかよ」
もしかしてもう寝たのか?なんて常識的な考えはこいつ相手では微塵も起らなかった。
トムさんはあたし以上に用意された宿に嫌悪感を振りまいていた。そんな人間がすんなり寝るとは思わない。しかも、こいつ絶対神経質だし、絶対にまだ寝ていないだろう。どうせ不機嫌メーターが振り切れてわざと口を開かないでいるに決まっている。知り合ってからまだほんの数日だが、トムさんのこういうところは非常に分かりやすい。
まっ、仮に寝てたとしてもいいけどね。口に出して今日の出来事を整理するっていうのが目的なわけだし。
「まっさか、遺産相続争いに巻き込まれるとは思いませんでしたよ」
独り言のように呟き目を閉じれば、思い出すのは今日の夕方の大騒動。前当主の遺言状開封の場で見た、親類を親類と思わない猜疑に塗れた沢山の瞳と罵倒の嵐には、流石のあたしもただただ閉口するしかなかった。
花神家
歴史に名を連ね、長年に渡りこの地域一帯を支配してきたという華族一族の次期当主……候補である青年が今回の不可解な手紙の差出人だ。前当主が急逝したこの花神家は、どこぞの小説もびっくりするようなドロドロな相続争いの渦中にあった。
通常であれば当主の指名により次期当主が選ばれるのが常なのだそうだが、急逝した際など前当主による指名が行われなかった時は其の限りではなく、代わりにある儀式を行うのだ、と、依頼主は語った。
「……この札の謎を解いた者が次期当主、ね」
依頼主―……花神 藤代からあずかった札を改めてマジマジと眺めてみたが―……
「……ただの汚ったねえ札、ですよね」
藤代さんに渡されたこの家に代々伝わるという古びた花札は、藤の絵が描かれ、裏の模様が少し変わっている他は何の変哲もないごく普通の札だった。手品のトリックでよくあるような二枚札なのではと考えてもみたが、結果は当然何もなし。とは言え、炙り出しでもなさそうだ。
「あー!もう分からん!!」
「……いい加減その口を閉じたらどうだ」
「あっ、やっぱり起きてました?」
「この喧しい空間で寝れる人間は余程の馬鹿か神経が麻痺してる人間ぐらいだ」
「良かったですね。じゃあ、トムさんは馬鹿でも神経が麻痺してるわけでもないって事じゃないですか」
雨粒が地面を叩く音がますます強くなる。遠くの空から聞こえ始めた遠雷の音に、こりゃまだまだ強くなるななんてぼんやりと考えた。
「……解せないのはあの男だ」
「男って……藤代さんのことですか?」
不意に呟かれた言葉にあたしは依頼主の青年の顔を思い出した。今の返答が間違っていたのならトムさんは皮肉を返すだろうから、それが無言だったということは正解と考えても良さそうだ。
「家督相続が目的ではなく、骨肉の争いを止めるために外部の人間を呼んだ、などと―……白々しいにも程がある」
「……そうですか?藤代さんよりもむしろ他の人の方が目を血走らせていたような気がしますけど?それに、むしろ藤代さんが一番柔和で嘘を吐いているようにはとても―……」
「……何も分かっていないな。ああやって笑顔を振りまく人間ほど腹の中では黒い事を考えているものだ」
「……トムさんはまるで知ってるみたいな言い様ですね。知り合いにいるんですか?そーいうタイプ」
さっきまであんなに遠かった遠雷の音は気が付けばすぐそこまで近づいてきていて―……雷鳴の五月蝿さから逃れるためにあたしは布団を被り体を丸めた。
「……私は―……って、おい!!」
白い稲光が辺りを染める。その光景を最後に落ちるように眠りの国に旅立ったあたしが、トムさんが青筋を浮かべて怒っていたことなど知っているわけがない。……まして、この雷光が稲光よりも、蝋よりも白い遺体の姿を鮮明に浮かび上がらせていたことなど……