Inquisitio Veritatis
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「ようこそおいで下さいました」
古い巨木で出来た立派な門をくぐれば、時代劇の中で見るような立派な日本庭園があたし達を迎えた。
池を中心として土地の起伏を活かした造りの庭園には、苔蒸した大小様々な大きさの庭石が配置され、夏を告げる花々が風に揺れている。夏の盛りを迎え、門の外は暑い日差しが照りつけているが、植えられた木々の木陰のため、この庭は外と比べて明らかに涼しい。
「……何分田舎でして―……本庁の矢部警部補という方から電話がありましたわ。わざわざ東京から大変でしたでしょう」
「ええ。笑えるぐらいなんもないですね。ここ」
「……おい」
あたし達を出迎えてくれたのは、この屋敷の女中と思われる若い女の人だった。彼女の問いに素直に答えれば、間髪入れずに後ろから何かが聞こえてくる。一応、否定するところだろうと言外に含まれているが、事実としてここまで来るのに半日かかってるんだから仕方がないじゃないか。あー……座りすぎて腰痛い。
「そうですか。新幹線が通ったとはいえ三時間はかかりますものね」
「……三時間?私達がここまで来るのに半日近く―……」
「そんなブルジョアなもの使うわけないでしょ?鈍行で十分です。オール鈍行」
当然だと胸を張って答えれば、女中さんはびっくりしたように固まり、蛇顔の男は鈍行の意味が分からないのか考え込むように首を捻った。青春18切符すんばらしい!!
「そ……それは大変でしたでしょう。あっ、時間が来るまでこの部屋でお休み下さい」
スッ……と開かれた障子の先には、やはり、庭園に負けず劣らずの趣のある空間が広がっていた。うーん!!やっぱり来てよかったー!
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「……弱ッ!話にならないじゃん!!」
「クッ……!!貴様、どんなペテンを使った!!」
青葉の萌える匂いと真新しい井草の匂いが心地よい。ただ待つのも暇だとここの引き出しから見つけた花札で時間を潰しているが、相手がこうも弱いと張り合いがないもんである。
「……大体、蛇さんは無駄に考え過ぎなんですよ。ある程度の戦略は必要ですけど、こういうのは最後は時の運なんですから、もっとバーンッとやれバーンッっと」
「……前から思っていたが、“蛇”とは私のことか?」
「それ以外に誰がいるっていうんです?鏡が必要なら見せますよ」
持ってきたスポーツバッグの中から手鏡を取り出して蛇顔の男へと向ければ、余計なことをするなというドスの効いた言葉と共に脳天めがけて手刀を落とされた。普通に痛いッ!!
「い~~ッ!!蛇がお気に召さないのなら毛なしでもいいですよ!もしくはハゲ!!肌色軍に毛根が駆逐されてるあなたには調度いいじゃないですか!」
「言わせておけば―……ッ!!」
男の歯軋りの音が部屋に響く。それに負けじとあたしもイー……ッ!と、歯を見せれば脱力したように男は肩を落とした。
「……貴様にかまった私が馬鹿だった。私の負けでいいから好きにしろ」
「それはそれですんげームカつくんですけど。……仕方ないじゃないですか。あたし、あなたの名前知りませんし」
あたしだって、別に嫌がらせで呼んでいるわけではない。呼び名を知らないんだから。
そのあたしの主張に思うところがあったのだろう。蛇顔の男は、そうだったな、と、一言だけ呟いた。……声の中にどこか寂しそうな響きが混ざっているように思えたのは考え過ぎだろうか……?
……よし!
「……じゃあ、今から名前を付けましょう!そうすれば万事解決じゃないですか!」
パアン……とあたしが打った柏手の音が部屋に広がる。我ながらナイスアイディアだと頷けば、ついに狂ったのか、と、蛇顔の男は哀れみの目であたしを見つめた。
「変な目で見るんじゃない!いいですか?ここ日本には“言霊”っていう言葉があるんですよ。蛇さんの国ではどうだかは知りませんけど、言葉には力があるんですよ。特に名前には、ね。まっ、迷信ですけど、このまま名無しというのも不便でしょ?……ってことで、ハリーなんてどうですか?中々いい名前だ―……」
「却下だ」
……音速で拒否しやがった。まあ、すんなり決まるとも思ってなかったけれど。こうなりゃ下手な鉄砲数うちゃあたる作戦で。
……でも、なんでそんなおぞましいものを見るような目でこっちを見たんだろう?お前、ハリーになんかされたんかい。
「あ~~!もう!!全部拒否しやがって!!なんだったらいいんですか!?」
「貴様こそふざけているだろう!大体、キャサリンって完全に女の名前だろうがッ!!」
不毛(元々毛はないか)
まさにこの一言である。御覧のようにあたしがあげた名前の数々は、蛇によって没の嵐をくらい続けていた。ここまでくると流石の真理さんもお手上げである。……もう、いいか。適当で!!
「んじゃ、もう“トム”でいいですよね。なっ、“トム”!」
「……その名前は―……」
……おや?考えるのが面倒になり投げ遣りに言った名前だが、何やら様子が今までと違う?
“トム”
別に珍しくもないであろうその名前を男は何度も呟いた。自分に言い聞かせるように。自分の奥底に眠っている記憶を掘り起こすように。
「―……いや、やはりその名も―……」
「もう決定でーす。今からあなたのことはトムって呼ぶのであしからず」
「な……ッ!?」
男の蛇のような瞳孔が大きく広がる。驚きからか怒りからか―……体を震わせると、男は鋭い目付きであたしを睨み付けた。
「今までの名前の中で“トム”に一番反応してたみたいですけど?それって、その名前に思い入れがあるか、もしくは関心があるって事じゃないですか?いい、悪いは別にして、ね。……どうやら誰か来るみたいですね」
今まで鳴き続けていた虫達の声が止む。代わりに聞こえてきたのは数人の人の足音だった。その音を聞きながら私もトムも姿勢を正す。……一体、何を言われるのだろうか。期待と不安があたしの心を渦巻いた。