Inquisitio Veritatis
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「……だから、さっきから言ってるじゃないですか!あたし、この人に殺されそうになったんですって!!」
「じゃかましいわッ!!一々耳元で喚きよって!!」
庶民の血税を吸い上げる悪の権化が巣食う居城―……またの名を警視庁と呼ぶ建物の一角で、一人の少女の悲痛な声がこだまする。
善良な市民であるあたしがさっきからこんなに訴えているというのに、担当の刑事は事もあろうか耳垢を片手でほじりながら、馬鹿にしたような口調で返答するばかりだった。
”ヤッパリー トリックトイッタラ ヅラネタハ ハズセナイー ソウイウジダイヨネー”
やけに流暢な言葉で囀りながら、一羽のインコがあたしの頭上を飛んでいく。庶務で飼っているという、ミミという名のインコはひとしきり飛んだ後、頭髪に問題を抱えているであろう刑事の頭の上に止まり、まるで飼い葉を啄むかのように刑事が身につけている毛型の帽子を引っ張った。
「……触るなッ!俺の秘密に!!」
刑事が大きな動きで追い払おうとしたためか、毛型の帽子が少しだけ横にズレる。あたしがそれを指差し指摘すれば、ヅラ刑事は無言であたしの指を思い切り叩いた。地味に痛い。
「……って、そもそも何で善良な市民の相談をこんな庶務課で受けるんですか?もっと、普通は応接間でカツ丼でも出しながら―……」
「だ~か~ら~、さっきから言うとるじゃろ!こんな馬鹿げた相談しおってからに!何が、“この人、あたしの事を呪い殺そうとしたんです!”じゃ、ボケッ!!追い出されないだけマシだと思え!!」
「ヴ~~~ッ……」
このへっぽこ刑事……いっちょ前に足下見やがったな……ッ!!
……あたしがわざわざあの男を連れて警視庁まで来たのには理由がある。あの男がさっきあたしに向かって言った“アバタケタブラ”……と、いう言葉。やっぱり、気になって男に尋ねたところ、あたしを呪い殺そうとしたのだという素敵な回答が返ってきたのだ。
アウトである。完全にアウトである。
そんな危険な人物と一緒にいられるだろうか?……いや、無理だ。それ相応の機関に保護を求めるのは当然だろう。
……しかし、今ヅラ刑事が言ったように呪いなどあるわけもない。真面目に取り合ってもらえないというのも当然だった。二の句が告げず、恨みがましい目で刑事を睨めば、ヅラ刑事はあたしに向かってほじくった耳垢を指で弾いて飛ばしやがった。こいつ、マジで最悪だ。
「……とにかく!殺人未遂とまでは言いませんけど、この人はこんなにか弱くて儚い少女に殺すって言ったんですよ!これって、脅迫罪じゃないですか?なっ!お前もそう思うだろ?」
「どさくさに紛れて人のローブで汚いものを拭うなッ!!」
……チッ、バレたか。
蛇顔がまるで人殺しのような形相であたしを睨む。あたしはそれを無視して、蛇顔のローブでもう一度指を強く拭った。えんがちょ、きーった!!
「えーっ……、オホン。失礼いたしました。私の名は矢部謙三。近く、二階級昇進が約束されている警視庁きってのエリート刑事。公安のリーサルウェポンとは私の事です。……以後、お見知りおきを」
……二階級昇進って、殉職する気か、こいつは。
って、待て……!!
「……なんで、あたしじゃなくてそっちに手を差し出してるんですか!
相談に来たのはあたしだし、それにこんな黒づくめで人相が悪い悪の帝王みたいな蛇顔男よりあたしの方がよっぽど信用でき―……」
「やかましい言うてるやろ!!わしゃあ、黒髪でド貧乳の生意気な女がこの世で一番信用ならんのじゃ!!乳パットぎょうさん入れおって―……詐欺罪でしょっぴかれたいんか?ァア?」
「……ひ、貧乳……不自然だとは思っていたが……ブッ……」
「笑うなッ!!」
“ヒンニュウネタモ テッパンヨネー”
矢部の言葉を聞き、吹き出した蛇男の足をおもいっきり踏ん付ければ、それから少し遅れてインコの無常な囀りが響き渡った。
「……あ―……時間無駄にした。ホンマ、アホくさ。ほれ、用が済んだんならとっとと帰れ、帰れ」
「ま、待ってください!この人どうしろっていうんですか!?」
「何言うとる。安心せい、この人は信用できる……何故なら―……」
「……何故なら?」
沈黙が黄昏の闇が支配する室内に重く立ちこめる。今までとは違う―……鋭い目付きであたし達を見つめる矢部の表情は百戦錬磨の刑事の瞳そのものだった。まるで糸が張ったかのような緊迫感に思わず、コクリ……と、喉が鳴った。
「頭が綺麗な人間に悪い奴はおらん!!断言する!悪い奴はおらん!!」
何度も頷きながら力強く矢部は語る。矢部の視線の先には、今し方ついたばかりの蛍光灯の光を浴びてサンサンと輝く蛇男の頭部があった。
ああ……確かに綺麗だわ。頭。
「矢部さぁ~ん!こんなところにいたんですか!?大変です~!本庁宛てにこんな手紙が!!」
バンッ……!と、大きな音を立てて扉が開く。扉から駆け込んできた汚らしい頭をした刑事の手には、皺くちゃになった手紙が握られていた。
……その刑事が持ってきた手紙が悲劇への招待状だということを、あたしはまだ知らない。