Inquisitio Veritatis
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「てぇい!!……鉄格子、外れたっちゃ外れたけど一本だけですね。これじゃ、肩が突っ掛かって出られない―……か」
「……だから言っているだろう。魔法も使えない貴様らマグルには到底無理だ、と」
「はいはいマグロマグロ。トムさん、小説家かなんかだったんですか?少しはトムさんも真面目に考えてくださいよ」
夏特有の湿った重たい空気が離れを包む。ジワジワと吹き出る汗によって皮膚に張りついた髪を払い除けながら振り返れば、そんな作業とは無縁といわんばかりの涼しい顔をして突っ立っている禿が一人。……そっか。毛がないとそういうメリットがあるのか!
……なんて言えば、いつものように人殺しのようなあの眼光を宿した瞳で、トムさんはあたしを睨んだ。
「冗談が通じない人ですね。仕方ないですよ。依頼は依頼ですし、それに何よりあたし達この村から出られませんし」
口先を尖らせて言えば、トムさんは返事をする代わりに深いため息を吐き、難しい顔をして眉間に手を当てた。
今でも少し耳を澄ましただけで聞こえてくる村の自警団と思しき人達の声。やれ、あそこの家にはユンボがあっただろう、ベンツ(……と言う名の軽トラ)をあるだけ持って来いだの―……スコップやシャベルを片手にこの村の若い衆は朝からフル稼働である。
……と、いうのも、昨夜から降り続いた豪雨のせいで村と外を繋ぐ唯一の道路の一部で土砂崩れが発生し、通行不可になってしまったからだ。おまけに電話線まで切れるという有様で、この村は陸の孤島と言えるような状況に陥っていた。携帯?勿論圏外です。
こんな状況で救助を呼ぶ事も警察に通報する事だって出来やしない。どこぞの推理小説か。
「こーいう八方塞がりの状態ってなんて言いましたっけ?……クローズアップ現代?」
「……はあ?」
「まあ、いいです。どの道相続争いが終わるまで帰るわけにはいけませんから。……謝礼のために」
「……呆れるな……その強欲ぶりには……」
「失礼ですね。自分に正直なだけです」
「……貴様もまさかこれで終わるとは思っていないだろう?」
近くの雑木林から聞こえてくるのは夏の風物詩とも言える、おびただしい数の蝉が奏でる大合唱。背中を漆塗りの壁に預けて、トムさんはまだ生々しく残る赤錆びた血痕を一瞥した。
「……つまり、まだ誰か死ぬって言いたいんですか?」
「それ以外に何がある。どう考えても家督目的以外ありえんだろう。殺されたあの女は、候補者の一人だったはずだ」
……確かに、トムさんの話も一理ある。花神家の影響力はこの村だけではなく近隣にまで及んでいる、と、藤代さんがあたし達に話したのは記憶に新しい。
「……って事は、美萩さんを殺したのはこの家の人間―……」
「八つ尺様じゃよ。八つ尺様が代替りの儀式の匂いを嗅ぎつけたんじゃ」
「ひゃぁあああ!!?あ、ああああなたは!?」
「抱きつくなッ!!暑苦しいッ!!」
突如生じた不気味な枯れた笑い声に、ギクリと体中の筋肉が凝り固まる。驚きのあまり、思わず手近にいたトムさんに飛び付けば、怒声と共に思い切り押し離された。……薄情者め。
でも、少し落ち着いたのも事実で、改めて声がした方向へ視線を向ければ、白髪を綺麗に結い上げ、黒い喪服で身を包んだ背の低い老婆の姿があった。
「……貴様は」
「ヒヒヒッ……お前さん達はよそ者じゃな。大方、この家の誰かが招き入れたんじゃろうが……難儀な話じゃの。精々、魅入られんように注意することじゃ」
「……魅入る?……貴様は、一体何を―……」
「お祖母様!こんなところにおられたのですか?本家一同、お祖母様を待っているんですよ」
「おうおう。そうであったそうであった」
お祖母様と老婆を呼んだのは、あたし達の依頼主である藤代さんだった。老婆と同じように黒と白の喪服を身につけた藤代さんは、この炎天下の中離れまで走ってきたのだろう……額には玉のような汗が滲み、息はゼイゼイと乱れていた。
「……では、行くとするかの。これ以上ここにいて八つ尺様の声を聞きでもしたらかなわんわい」
楽しげに紡がれた老婆の言葉。しかし、それを聞いた藤代さんの顔は見る見ると強ばっていった。離れから遠ざかる二人の背を見つめながら、あたしは改めて思う。……これは―……
「……絶対、何か隠してますね」
「……だから、初めから信用するなと言っていただろう」
「……よし!やっぱり問いただしましょう!最悪、耳に指突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてでも!」
蝉時雨の音は今だ止む気配を見せない。