ニルヴァーナ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あなたを探していました。
邪悪なる者を倒す力を秘めたあなたを。
私と姉のマーニャはあなたと共に暗闇の力に対抗すべく運命付けられた者。
この世界には私達姉妹と同じ運命を背負った者がいます。
まだ見ぬ彼らと力を合わせ地獄の帝王の復活を阻止するのです。
勇者様、私達を導いて下さい。
《ニルヴァーナ》
【sideソロ】
「……凄い」
俺の口から出た言葉は在り来たり過ぎる感想だった。
俺の村があった国、ブランカを出発してから3日あまり。途中、何度か魔物の群れに襲われはしたものの無事に目的地であるエンドールにたどり着くことが出来た俺は、この国のあまりの巨大さに圧倒されるばかりだった。
遠目からでもはっきりと見えていた城壁は、間近で見上げると益々大きく、出入口となる門もとても重厚で堅固なものだ。この門なら、ちょっとやそっとの魔物の群れが襲撃しようがびくともしないだろう。
そして、一歩その門をくぐればそこは人、人、おびただしい数の人の山。ブランカでも多いと感じたが、この国はその比ではない。
今夜の夕飯は何にしようかと、子供の手を引いて露天を歩く中年の女性。教会からの帰りだろうか?古びた聖書とロザリオを持った老人が祈りの言葉を呟きながら通りを横切っていく。かと思えば、そのすぐ隣では血気盛んな荒れくれの男達が取っ組み合いの喧嘩を始め、無責任な野次が飛ぶ。
見たことがない日常。見たことがない人々の生活。別世界。俺が今まで体験した事のない光景、世界がそこにあった。
++++++++++++++++++++
別世界。
先行く緑の少年の背を見つめながら私が出した結論はなんとも馬鹿げたものだった。
今、私の手元にある情報はけして多くない。勿論、この結論が間違っている可能性だってある。しかし、そう考えなければ説明がつかないのだ。
一つ、ここはミッドガルドではない。傭兵稼業が相まって私はミッドガルド中を渡り歩いたが、このような国の存在を私は今まで一度たりとも耳にした事がなかった。
流石に、ミッドガルド中のすべてを知り尽くしているのかと問われれば答えは“否”だが、少なくとも、これほどまで発展している大きな国の話を一度も聞いた事がないというのも不自然な話だ。となると、少なくともこの国はミッドガルドから遠く離れた地……もしかしたら異なる大陸に位置しているのかもしれない。どちらにしろ、私の知らない土地だ。
二つ。昨夜、野営をしていた時に襲い掛かってきたあの生物の存在。夢魔や夜魔―……コープスのような類ではない。人の顔程の大きさの青いゼリー状の軟体で出来た生物。後から聞いて知った事だが、少年曰く、あのゼリー状の生物はここで言う“魔物”の一種なのだそうだ。
当然だが、ミッドガルドであのような生物を見た事などただの一度もない。
そして、三つ。何より、決定的だったのが先程の戦いで少年が魔物に対して放ったあの火球だ。私も詳しくは知らないが、あれは魔の者の他には魔女など一部の人間のみが行使できると言われている魔法の一種ではないだろうか?
お前は魔の者かと少年に尋ねてみたが、あれは別段特別なものではなく、初歩的なもので、自分のみならず行使できる人間は数多くいるはずだという答えが返ってきた。
それは、私の世界の常識に当てはめれば到底有り得ない答えだ。非現実的な話だが、全て現実に起きた出来事で、おそらく少年が私に語った言葉にも嘘偽りはない。
それらから導いた答えが、先程の“別世界”という解だったわけだが―……馬鹿らしい。そう一蹴したいにも関わらず出来ないのは、何より私自身が非現実的な存在に成り果てているからだろう。
私は死んだにも関わらず、生前の記憶も自我も失わず、ここに確かに存在している。魔物より魔法より摂理に逆らった狂った存在―……それが今の私だ。
……まあ、狂っていようが摂理に逆らった存在だろうがそんな事は問題ない、か。ここが別世界にしろ、元いた世界と同じにしろ、どちらにしろ私は律から弾かれた人間だ。
世界は死者のためにあるのではない。生きとし生ける者のためのもの。
死んだ人間に価値などない。どんなに有能な人間だろうが、無能な人間だろうが死んだ人間は等しく肉と骨の固まりでありそれ以上の価値などない。……自分も含めて。死んでゴミのように捨てられた人間など、私ははいて捨てるほど見てきたのだから。
だが―……
「……何ボーッとしてるんだ?行くぞ」
考え事をしているうちに離れてしまったのだろう。人混みを縫って、あの少年の気配が私の元に近づいてくるのが分かる。
生き生きとした少年の声。私にはもうない温度を持った音。ないはずの心臓が鈍い軋みを上げたような気がした。
「……何でも、この町に良く当たるって評判の占い師がいるみたいなんだ」
「……食べるか喋るかどちらかにしろ」
つがいの鳥が二羽蒼穹へと飛び立っていく。そんな光景をぼんやり眺めながら、私は適当な答えを少年に返した。
時刻はすでに昼食時。少年の手にはよく蒸された大きな芋が二、三個あり白い湯気が立ち上っている。
「仕方ないだろう。腹が空いたんだから」
「それはいい事だな」
先程の私の言葉に少し気を悪くしたのだろうか?不満げに口を尖らせて一口、少年は芋を口に運んだ。
そんな少年の様子に、そう言えば、キャスカに怒鳴られるとガッツも決まってこんな顔をしていたなと思い出して―……悲しくなった。
「……俺、その占い師に会おうかと思ってるんだ。このままじゃこの先どうすればいいか、全く手掛かりがないからな。お前はどうする?」
「……どうするも何も。私に選択肢がない事はお前も知っているだろう?」
少年と出会って早数日。その期間、少年と離れようといくら試みても全て失敗に終わった。それは、少年だってよく知っているはずだ。
そう問えば、分かってて聞いた、という何とも力が抜ける回答が返ってきて―……中々いい性格をしている、と思わずにはいられなかった。
「お前ってさ―……」
「なんだ?」
「“運命”とか、そういった類って信じてるか?」
飛ぶ鳥と、己の瞳と同じ色をした空を見つめながら少年は私に問う。その静かな声が空気を震わせ、私の鼓膜を揺らした。
「……それより、いいのか?芋が冷めるぞ」
「……あっ!?……ウッウグッ!?」
「……慌てて食べるからだ。ほら、水はそこだ」
++++++++++++++++++++
「探しました。ここにいたんですね」
「お前は……」
「ミネアです。あなたの名前は―……」
「……どうでもいいだろう?私の名なんて」
白い月が青白い影を地上に落とす。満点の星の海の下のバルコニーを冷たく乾いた風が渡っていく。
宿の下に併設された酒場の喧騒から逃れて、外に出ていた私に声を掛けたのは、今日の昼に出会ったばかりの一人の女性だった。
「そうですね。あなたにとってはどうでも良い事かもしれませんね。でも、私にとっては必要な事ですから。もう一度聞きます。あなたの名前は?」
「……ミコト」
「ミコト……良い名前ですね」
女性の長い藤色の髪が夜風に揺れる。おそらく、この占い師は私が答えるまで何度も同じ事を問うつもりだろう。彼女の表情からそんな感情が滲み出ている。そんな算段を付けて渋々答えれば、占い師―……ミネアはいい名前だと言い柔らかく頬笑んだ。
“あなたの周りには七つの光が見えます。まだ、小さな光ですがやがて導かれて大きな光となるでしょう”
今日出会った占い師は、私が思い描いていた人物像とは異なる、まだ、年若い美しい人だった。
「……ソロさんは?」
「……さっきベロベロになりながら部屋に戻っていったみたいだな。
そっちこそ、お前の姉はどうした?」
「姉さんなら、また新しいジョッキに手を伸ばしていますよ。……まったく、人のお金だと思うと容赦ないんだから。まあ、私達無一文でしたから、今日ソロさん達と合流できたのは“運”が良かったのかもしれませんね」
クスクス……と、健康的な褐色の肩を震わせてミネアは笑う。彼女の姉も大概強烈な性格をしているようだが、妹の方もそれに負けず劣らず逞しいと苦い笑みを漏らさずにはいられない。
私は幽体だから旅費はかからないが、今日少年の仲間になった彼女達はそうはいかない。
占い師の姉―…見た目はそっくりなのに似ても似つかない女性……マーニャと言ったか?あの女性の堂々たるヒモ宣言を聞いた時の少年の顔といったら……流石に少し同情してしまった。
しかし、こうやって私を見付けたという事は―……
「本当にお前には私が見えているんだな」
「見えませんよ。ソロさんと同じです。あなたの声や気配を感じる事は出来ますが、私には見る事も触れる事も出来ません」
「……そうか」
ミネアの髪を夜の光が淡く染め上げる。夜風に遊ばれて棚引く髪を、ミネアは煩わしそうに纏めて耳に掛けた。
「……覚えていますか?私が昼間、ソロさんを占った時に言った言葉を」
「……お前達は暗闇の力に対抗すべく運命付けられた者で、あの少年がそれを導く勇者だというあれか?悪いが、私はそんな戯れ言は―……」
「全て事実です。やがて、ソロさんを中心に七人の導かれし者達が集うでしょう。その時、か弱かった燈は闇を払う閃光となり、長い長い夜は終わりを告げます」
静かに厳かに、だが、はっきりと美しい占い師は告げる。そして、私は彼女に悟られないように心の中でせせら笑った。
「……ですが、同時にその光の中に一つ、違う光も見えます。まるで、ほうき星のように長い尾を引いて現われた来訪者。この光は私達にとって吉凶どちらを意味しているのでしょうね?」
「……」
「どちらにしろ遠くない未来にはっきりと分かるでしょう。私達人間は“運命”という鎖からはけして逃れられないのだから。では、おやすみなさい。ミコト」
最後にそう言い残すとミネアはうるさい喧騒の世界へと戻っていった。残ったのは私と彼女の髪に焚きしめられていた甘く不思議な香の香りだけ―……
「“運命”―……あれが“運命”だって?」
一人残された私の頭を過るのはあの忌まわしい光景で―……
「私は……私は絶対に認めない。だって、そんなの……そんなの……」
口の中にいまだ残る苦み。この苦みが消える日は来るのだろうか?私の問いに答えてくれる存在はいない。