ニルヴァーナ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
死んでなお、私は私であることにこだわっている。
《ニルヴァーナ》
【sideソロ】
「……ありがとうございました」
「ハンッ!泊めてやったっていうのにシケた面見せやがって。昨日も言ったがな、俺は陰気暗えガキはでえ嫌いなんだよ!てめえみてえなガキはさっさと山を降りやがれ!東南に行けば城があっからよ!」
「……はい」
村が襲われた日から一昼夜。昨晩寝床を提供してくれた木こりの老人に別れの言葉と礼を告げて、俺は逃げるように小屋の外に出た。
山小屋から一歩外に出れば、山独特の張り詰めた空気が肌を刺し、柔らかな朝日が眼前を淡く染める。見上げた空は憎らしいぐらい遠くまで澄んでいて、染みどころか雲一つもない。
「……行くぞ。ここから東南の方向に向かえば街があるらしい」
「……東南?分かった」
そいつは、山小屋のすぐ隣にある粗末な小さな木の墓の前に立っていた。いや、俺にも姿は見えないから、こいつが立っているのか浮いているのかそれすら分からないが、そこに“いる”というのは確かで、どうやら間違いではないようだ。
村が滅びた夜―……悪夢の最中にやってきた奇異な存在。突然、俺の前に現われたこいつは、何もかもが怪しく、そして胡散臭かった。
“亡霊”と、その存在は自分のことを説明した。今の自分は人間ではない。かと言えば、魔物でもない。おそらく、その狭間に位置する者だ。そう俺に語った。
その話を聞いた時、眉唾な話と思わずにはいられなかった。そんな話を正直に信じるほど俺は子供ではないし、純粋なわけじゃない。普通に考えれば、こいつは俺の村を襲った魔物の配下の一人で、生き残った俺の命を狙って現われた刺客というところだろう。
だが、それにしては様子がおかしい点があるのも事実だった。昨日から今まで、俺が言うまでもなく、こいつは何度も何度も俺の元から離れようとしたのだ。自主的に。
確かに数時間の間は気配はなくなった。だが、時間が経てば、必ず同じ気配が俺のそばに現われるのだ。これは奴にとっても予想外の現象のようで、言葉の端々から、明らかな動揺が滲み出ていた。
“村から離れようとしたら村に戻された。”
その言葉通り、奴も最初はそう考えていたのだろう。自分を縛っているのは、村―……否、場所だ、と。だが、実際は―……
「その街は遠いのか?」
「さあ。俺も村の外は初めてだから分からないよ」
「そうか。なら、早い時間に出た方がいいな。夜になると魔が活発になるだろうから」
男とも女とも言えるような中性的な声が頭に響く。それは無機質で温度が感じられない声だった。時々、感情のようなものを感じる事はあるけど、大部分でこいつの感情は読めない。
自然と口から息が漏れる。厄介な存在に取り憑かれたものだと思わずにはいられなかった。
村からこの山小屋まで俺の足で半日かかった。にも関わらず、奴は村に戻されず、俺のそばにいる。つまり、そういう事なんだろう。
「言われなくてもそうするよ」
奴はそれ以上、何も言わなかった。
++++++++++++++++++++
【sideソロ】
「ここがブランカ―……」
石造りの頑強な門を一歩くぐれば、そこには本の中でしか見た事がない世界が広がっていた。道行く人の数は俺の村の比じゃないし、並んでいる出店の数もそれに比例して多く、また活気に包まれていた。
いつか、この狭い世界を抜け出して、自由に世界を旅してやるんだ。
子供の頃、母さんに叱られると知りながら、父さんが持って帰ってきた本や地図を眺めてはそんな事ばかり考えていた。塩の湖、氷の大地、炎の山、そして、大きな城とそこに暮らすたくさんの人々。本の文章はいつだって魅力的で、俺の好奇心や冒険心を掻き立てた。
そして、なにより、冒険者達の自由な暮らしに俺は憧れた。そんな俺にとって、あの山奥の村は檻だった。
繰り返される静かな日常―……朝起きて、飯を食べて、嫌な稽古をして、たまにシンシアとくだらない話をして、帰って寝る。そんな代わり映えのない毎日。
理由も分からず、ただ俺を縛るだけのあの村が、俺は嫌いだった。……それが、どんなに大切なものだったか……そんな事も知らずに。なくなってから気付くなんて遅過ぎる。
もう会えない人々の顔を思い出せば、じんわりと瞳に熱が集まるのが分かった。
「……おっと、ごめんよ」
「い、いえ!こちらこそすみませんでした!俺もぼーっとしていたので」
鈍い痛みが体を走る。どうやら考え事をしているうちに誰かと体がぶつかってしまったようだ。反射的に頭を下げて謝罪の言葉を口にすれば、俺がぶつかったその人―……格好からすると彼も自分と同じ冒険者だろうか?俺の顔を見た男は、驚いたように瞳を見開いた。
「驚いた。その身なり……君も冒険者かい?」
「あっ、はい」
「そうか。まだ若いのに―……まあ、このご時世だ。君にも色々あるんだろう。僕達は魔物の親玉を倒すための旅をしているんだ。君も噂ぐらい知ってるだろう?世界を救うはずの勇者が魔物達に殺されたって話」
「えっ?」
気の抜けたなんとも間抜けな声が口から漏れる。
殺された?一体、誰が?……―俺?
同行者である気配に一瞬だけ視線を送れば、ただ奴が今もそばにいるという存在感だけがあった。つまり、今までと何ら変わりない。男の話を聞き、動揺した俺とは対照的に奴は寸分の動きすら見せなかった。
ただ、変わらず“いる”だけ。
俺が生きていると魔物が知っているのならこんな噂が広まっているのは不自然だ。……こいつが話した通り、魔物とこいつは何の関係もないのだろうか?
……いや、言い切るのは危険だ。間違った情報が広まっているだけかもしれないし、俺を油断させるための罠かもしれない。今は害はないとはいえ、警戒していくにこしたことはないだろう。
「しかし、心配するな!我々が必ず世界を救ってみせる!なあ、リーダー!!」
「……ああ、君の法力、頼りにしてるよ」
「そっそ。私達に怖いものなんてないわ。だから、あなたも安心して旅をしてね」
「私は自分の商売が上手くいけば、それだけでええんやけど―……まっ、あんさん達についていけば色んなところに行けるし、もうかるんならどこにでも行きまっせ」
彼の仲間である僧侶の青年が熱っぽく力説すれば、彼らは思い思いの反応を返した。
「……と、まあ、そういう事だ。本当は君も仲間に入れてあげたいけど、僕の仲間はもう一杯だから、君は君で自分の仲間を探してくれ。ごめんよ。タダじゃ旅はできなくて、今の人数でも正直、旅費はギリギリなんだ」
「いえ、気にしないでください」
「そうだ!君も旅立つつもりなら、一度ブランカ王に会ってみてはどうだい?この先にエンドールへと抜ける国境があるんだが、何せ国境だから、抜けるには王の許可か手形が必要なんだよ。まっ、わりとあっさり会ってくれるから損はないと思うよ」
「……王ですか。教えていただきありがとうございます!!」
「なあに。同業者のよしみってやつさ。それじゃ、僕達はもう行くよ。旅をしていたらまたどこかで会うかもしれないね。」
人のいい笑顔で最後にそう告げると、男たちは城下の雑踏の中へと消えていった。
++++++++++++++++++++
【sideソロ】
「地獄の帝王の復活の阻止、か」
白い月の光が細い光の橋を部屋の中心に向かってかける。今日の宿泊場所にと取った安宿の堅いベットに横たわりながら思う事は、今日一日見聞きした出来事だ。
―……よくぞ来た。勇者を目指すものよ!そなたもまた世界を救うために旅をしているのであろう?ほう、ソロと申すか?よい名前じゃな。では、そなたがすべき事を教えてしんぜよう。地獄の帝王が蘇るのをなんとしてでも阻止するのだ!そのためには世界中を旅して帝王についての言い伝えを集めなければならぬであろう。そなたの活躍を期待しておるぞ……―
とりわけ、印象に残ったのはブランカ王に謁見した際、言われた言葉だった。
地獄の帝王の復活は間近であり、それは何としても阻止しなければならない。お前が真の勇者なら出来るはずだ、と、王はそう語ったのだ。……昼間に会ったあの一行の言葉を思えば、あの王の言葉は俺だから向けられたものじゃないという事ぐらい分かるけれど―……
「……なあ、そこにいるんだろう?」
「……ああ」
虚空に向かって問えば、一呼吸置いて返ってきたのはあの声だ。
「……俺に出来ると思うか?」
「何が?」
「帝王復活の阻止」
「お前には無理だ」
「……どうして!」
「“阻止”なんて生易しい事は考えてないだろう?お前は」
ギシッ……と粗末なベットが悲鳴を上げる。乱暴に体を持ち上げ声を荒げ反論すれば、冷めきった声が青白い刺すような月光が照らす空間に解けて広がった。
「……どういう意味だ」
「何も。そのままの意味だ。さあ、もう寝ろ。明日は国境を越えるのだろう」
そう最後に言うと、声はそれ以上、俺が何を問おうが答えなかった。
++++++++++++++++++++
少年の寝息が狭い部屋に響く。昼間あれだけ歩いたのだ。やはり、肉体があればそれ相応の疲労が蓄まるのだろう。
そっと顔を覗き込めば、昼間見せていた影は消え、年相応の寝顔が浮かんでいて、本来はこんな顔なのかと思わずにはいられなかった。無邪気なその寝顔を見ているうちに心に湧いてきたのは、羨望の感情だった。
だって、眠りに国に旅立つその瞬間だけは辛い現実を忘れることが出来るのだから。
忘却は罪だと、そう言う人間がいるのは知っている。その考えは否定しない。だが、私はそうは思わないのだ。背負い続ける事は並大抵の精神ではこなせない。逆に潰れてしまう事だってある。自分が壊れ、潰れてしまうならいっそ忘れてしまえばいい。それに、一瞬でも重さから解放されるからこそ、人は再び現実と向き合って行けるのではないだろうか?
そして、眠りにつくことでそれが出来る少年が私は羨ましかった。……それだけだろうか?
いや、違う。私は羨ましいのだ。少年には復讐のチャンスがある。しかし、私にはそれすらない。
どんなに私が、奴らの奴の喉元をかき斬り、殺したいと願ったところで、私にはもう絶対に出来ないのだから。
「柄じゃないな。感傷に浸るなんて」
さっきの少年に対する返答といい、今といい、私らしくない。……私らしい、か。
「……おかしな話だ。死んでなお、私は私であることにこだわっているのか」
己の手を見れば、やはりそこには温度がない血肉の通わない半透明の手だけがあった。
「私は……私は、なぜ、ここにいるのだろう」
下弦の月はまだ沈みそうにない。