空即是色
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天地万物は完成された。
第7の日に、神は御自身の仕事を完成され、第7の日に、神は御自身の仕事を離れ安息なさった。
この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので第7の日を神は祝福し、聖別された。
《空即是色》
試験管
「おや?やはり、あなたが新しく入った用務員だったんですね。あなたも人が悪い」
厄というものは何故、一度起きるとこうも連鎖するものなのだろうか。
朝や夕時こそ肌寒さを感じるぐらい季節の針は進んでいるが、日中はまだまだ暖かい日が続き、今日もその例に漏れず安定した大気に包まれたホグワーツ。珍しくルイにも悪戯仕掛人とかいう連中にも遭遇せず天気に負けないぐらい穏やかに午前中の業務を終えたというのに……
「……ちょっと!あの人、マルフォイ先輩じゃない!?」
「嘘……!?だって先輩ってもう卒業を―……」
昼下がりのけだるげな雰囲気から一転。一人の女子生徒の言葉をトリガーとして、エントランスに動揺が波状に伝わっていく。その中心部で元凶とも言える男は私に向かって、にこりと冷たいアイスブルーを細めた。
……白々しい。
「昨日は失礼致しました。別にあなたを欺くつもりはありませんでした。
が、個人情報をやすやす他人に話すのもどうかと思いまして、結果として騙した事は謝罪致します」
「……ほう」
適当な謝罪でもして早々に切り上げようと思ったのだが……どうやら目の前の相手は私を早々と帰す気はないらしい。そうこうしている間にも何事かと覗きに来た野次馬の数は益々増えていく。
沢山の生徒達の視線を背中で感じながら、私は心の中で目の前の男に対して舌を打った。
「……では、私はこれから午後の業務に取り掛からねばなりませんので。Mr.マルフォイ、失礼致しま―……」
「おやおや。あなたが来賓に対してそのような態度を取る人間だったとは……いささか残念です。それとも、私は嫌われているのかな?Ms.ソフィア?」
今まで以上に大きな舌打ちを心の中で打つ。形が整った柳眉を下げ、さも哀しげな憂いのある表情を浮かべてはいるが、腹の中では何を考えていることやら。……容易に想像がつく。嫌いもなにも、私は、こういった表情をする手合いをごまんと見てきましたから、残念なことに。
……と、ダンブルドアに言った事と同じ事を言えば、少しは気分が晴れるだろうか?ないな。気分が晴れる以上に面倒なことになるのが目に見えている。
事実、生徒達の関心は目の前の男から私へとシフトしつつある。先程から耳に入ってくる話を聞く限り、この男は生徒達に慕われているようだ。そんな男と面と向かって喧嘩を売り、反感を買ったりでもしたら?余計に仕事がし辛くなる。ただでさえ、ルイと悪戯仕掛人達のせいで業務が滞りがちなのに……それだけはごめんこうむりたい。
……が。
「なんで先輩はあんな奴と?」
「どうせ色目でも使ったんでしょ?マルフォイ先輩もいい迷惑よ」
……すでに手遅れかもしれない。
聞く耳を立てるまでもなく聞こえてくる言葉の数々に私は疲弊する一方だった。中には私に対する侮辱や罵倒の言葉すらある。妙な人間に絡まれて迷惑なのはこっちだというのに、この言い様は少々心外だ。
……しかし、一向に埒があかない。壁に掛かられた時計を横目で見れば、あと数分で午後の予鈴がなる時刻を指していた。つまり、私の休み時間も残り少ない。後々の反感を考えると些か難はあるが強行突破してしまおうか?先程と言っていることが矛盾しているが、いい加減この硬直状態をどうにかしたいという気持ちの方が強くなってきたのだ。
思うにこいつ―……名は確かルシウスと言ったか?こいつはおそらく自尊心が高い人種だ。そして、体面を気にしている。
私が強行突破で逃げたとして、制止の声はかけるだろうが走って追い掛けるような真似はしないだろう。仮に追い掛けられたとしても逃げ切る自信はある。魔法に頼り過ぎて体力が疎かになっているここの人間に、私が負ける要素などない。魔法を使われたら分からないが―……なるようになると思うしかない。
考えはまとまった。あとは、実行に移すだけだ。そして、私は、強行突破をすべく息を―……
「……どうせ、穢れた血のくせに」
吸い込もうとしたまさにその時だった。人混みのどこからかそのような声が聞こえてきたのは。
当然だが、その言葉をかわ切りにざわめきは再びうねりとなりみるみる広まっていく。そして、私の口からは我慢していた舌打ちがついに漏れ出た。
穢れた血。
正直な話、その言葉を聞くたび何度鼻で笑いたくなったことか。ホグワーツに私が来てからもうすぐ一月になる。彼らの言う“穢れ”が何を意味しているか、私が知るには十分な時間だ。穢れた血―……つまり、非魔法族の血を引いた者。
選民思想を持った魔法族の一部は、そういった人間を激しく嫌悪し、忌み嫌っているのだ。それは、学校に通う生徒であろうが例外ではなかった。そして、あまつ、穢れを嫌悪するあまり近親者同士で集まり交配を繰り返し―……私から言わせれば、そちらの方がよほど穢れ、狂っている。
彼らは知らないのだ。考えたこともないのだろう。何故、人類を含めた生物は男女に分かれたのか。分かれる必要があったのか。何故、生物は原始の海で何億年もかけて多細胞生物へと変化をする必要があったのか。
そして、何より自分達を含めたすべての生命がそんな途方も無い“進化”という夢を見た者達の末裔だということを彼らは知らない。
……ミトコンドリアで見たら、穢れた血どころか今いる現生人類はすべて一人の女性に行き着き、そこから分化しているに過ぎないと言ったら泡を噴いてぶっ倒れるじゃないだろうか?こいつら。
……ついつい余計なことを考えてしまった。一つの言葉に影響されてあれこれ考えてしまうのは私の妙な癖の一つだ、と兄に言われたことを思い出した。
さて、定刻通りに仕事を始めないと定刻に上がることもできなくなる。それだけは避けたいと言うのが本音だ。今日は赤魚の煮付けを仕込むためになんとしても定時に上がると心に決めているのだから。
「待て」
「まだ、何か?それともまさか、あなたのような方でも穢れた云々といった下世話な話題に興味があるのですか?」
「いや、まさか。ただ、あなたの出身が気になってね。教えていただいてもよろしいかな?Ms.ソフィア?」
興味ありありじゃねーか。
小さな息が口から漏れる。どうやら、話すまでこの男は納得しそうにない。
まあ、出身を言ったところでどうなるということもないだろう。……それ以前に理解してもらえるはずもないだろうし。そして、私はゆっくりとその一文を口に出した。
「試験管」
「……はっ?」
鳩が豆鉄砲とはああ言う顔を言うのだろうか?ルシウスの顔は今まで見せていた尊大なものから一転、随分と間抜けなものに変わっていた。
水を打ったように静まり返ったエントランスに私の足音だけが響く。不愉快な思いをさせられたが、最後の最後で面白いものが見れたので良しとしよう。……さあ、仕事をしなければ。
++++++++++++++++++++
【sideリリー】
「試験管」
そう言葉を発したのは、今、このホグワーツで最も注目を集めているもののうちの一人だった。
昼食を終えて午後の授業の準備のためにエントランスに出た私を待っていたのはおびただしい人々の山。最初は、またポッター達が懲りもせずにセブにちょっかいを出しているんじゃないかって考えた。でも、それはすぐに違うという事が分かった。
だって、セブも、そして、ポッター達もそれぞれ違う位置からこの騒ぎの原因を見ていたのだから。
なら、一体、何が―……そう思った直後だった。私の耳に先程の言葉が聞こえてきたのは。
「あれ、リリー?リリーもこの騒ぎを見にきたの?珍しいね」
「リーマス!?……そういうつもりじゃないんだけど……って、あなたがいるって事は!?」
聞き慣れた声が鼓膜を揺すり、私を思考の底から現実へと戻す。顔を上げて声の主へと視線を向ければ、私の予想通り、そこには級友であるリーマス・ルーピンがいた。
顔の筋肉がみるみると引きつっていくのが分かる。リーマスがいるということは、彼とよくつるんでいるポッター達もここに来るに違いない。
自尊心や虚栄心の固まりのような人間。そして、何より幼なじみのセブをいじめるポッター達が私は苦手を軽く通り越し大嫌いなのだ。……にも、関わらず、何故かポッターは私に構ってくるのだからたまったもんじゃない。
この時もこれから起こりうる最悪を想定して身構えたのは当然だわ。だけど―……
「大丈夫だよ。ほら、ジェームズ達ならあのやり取りに夢中だから。ねえ、そんなにジェームズのこと嫌い?」
「大っ嫌い」
はっきりと即答で告げれば、ジェームズ大変だなあ……なんてリーマスは困ったように笑った。
「ねえ、リーマス。さっきのって……」
一応、騒ぎが収まり人が疎らになり始めたエントランス。私もみんなの例に漏れず背を向け歩きながら、隣の級友へと声をかけた。
「ルシウス・マルフォイ先輩と新しい用務員の子だね」
「それは知っているわ。違うの。あの用務員の女の子、出身を聞かれてなんて答えた?」
「えっと……試験管って言ってたね。きっと、何かの冗談だよ。だって、人間が試験管から生まれるなんてホムンクルスじゃあるまいし―……って、大丈夫?リリー顔色が良くないよ?」
……試験管。聞き間違いじゃなかったんだ。
「ありがとう。体調なら大丈夫よ。それより、急がないと魔法薬学に遅れちゃうわ!」
「……あっ!?本当だ!?って、リリー待ってよ!」
もやもやした不快な感覚が頭をはい回る。それを吹っ切るように私は廊下を駆けだした。
……理由は分かってる。きっとマグル出身者ならそれがどういう意味なのか分かったはずだ。
彼女が言った事がどこまで本当なのかは分からないけど……彼女が言ったことが事実だとしたら、彼女は―……ううん、これは私が介入するべき問題じゃない。いや、他の誰もが介入してはならないはずだ。……だけど。
午後の予鈴の鐘が城内に響き渡った。
++++++++++++++++++++
「……返すの忘れた」
「何をだ?」
魚の臭みを取る生姜を切っている最中に私が思い出したのはあの日記だった。
時刻はもう夕刻。あれからすでに何時間も経過した今となっては時すでに遅しだろう。せっかく落とし主がわざわざ向こうから出向いてくれたというのに……自分の抜け具合に私は一人肩を落とした。
「……テッド、あまり無視されると流石に私も傷つくぞ」
「ソフィアです。ロケットランチャー1・2発ぶち込まれても平然としている奴がそんな事ごときで傷つくはずないじゃないですか。ほら、タダ飯食わせて上げますから早く鍋敷き出してください」
「この日記ではダメか?」
「仕方ないですね。探すのも面倒だからいいです。それで」
「……いいのか?」
「だから、早くしてください。味噌汁熱いんですから」
さて、明日こそはダンブルドアに日記を渡さなければ。
持ち主に返せない以上、やはり、最初に考えたように彼に預けてしまうのが得策だろう。まったく、用がある肝心な時に出張なんて……やっぱり最近ついてない気がする。
「テッド……私はワカメの味噌汁にはじゃがいもを入れる派だとあれほど……」
「知りません。そんなに食べたいならルイが作ればいいでしょう?それにワカメには豆腐と相場は決まっています」
確かに最近ついてはいない。いや、奇妙な世界に放り込まれた時点でそれ以前の話なのかもしれないが―……だが……
「どうした?」
「いえ。なんでも」
不思議な暖かさを感じるのは味噌汁の湯気のせいだろう。