空即是色
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神は言われた。
「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ」
そのようになった。
神はそれぞれの地の獣、そるぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。
神はこれを見て、良しとされた。
神は言われた。
「我々を型どり、我々に似せて、人を造ろう。そして、海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うもの全てを支配させよう」
神は御自分にかたどって人を創造された。
神は彼らを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物全てを支配せよ」
神は言われた。
「見よ、全地に生える種を持つ草と種を持つ実をつける木を。全てあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど全ての命あるものには青い草を食べさせよう」
そのようになった。
神はお造りになった全てのものを御覧になった。
見よ、それは極めて良かった。
夕べがあり、朝があった。
第6の日である。
《空即是色》
真に強きものは変化し、進化するものです。自分が持っていない知識、技術を否定するのは愚か者だという証拠に他なりません。
「テッド、せっかくこうして外に来ているのだ。照れる気持ちも分からなくはないが、もう少し楽しそうにしたらどうだ?」
「ソフィアです。そう思うのならいい加減その名前で呼ぶのを止めてくれませんか?ルイ、前々から思っていましたが、あなた、私が嫌がっていると知っていてあえて言ってますよね?」
返ってきたのは、“当然”と言わんばかりの憎たらしい笑みだった。
雑然とした街並みに相応しい雑踏が響く。私自身もその雑踏の一部になりながら、既に何度目かも分からないため息を漏した。
今日は、ここに来てから初めての連休だ。ある程度のものはダンブルドアが揃えてくれたが(当然、給料から天引きである)、それでも生活をしているうちに必要なものが出てきてしまうのは致し方ない事であり避けて通れない話である。
……そんな理由もあり、連休を利用してダイアゴン横丁と呼ばれる街までやって来たわけだが―……
自分の隣を見上げれば、いけ好かない赤みを帯びた金髪と一対の紫水晶の瞳を持った一人の青年の姿。私の視線に気が付いたのか、はたまたその視線に込められた私の気持ちまでも察しているのか、青年―……ルイは楽しげに瞳を細めた。
「……いいんですか?一応、今のあなたの身分はホグワーツの学生でしょう?学期中の城外への外出は許可なしでは原則禁止だと伺っていますけど?」
「心配には及ばない。許可なら……ほら、きちんと取り付けてある」
ルイの手の動きに合わせて虚空に亀裂が走る。そこから出てきた書状に軽く目を通せば、書状の最後には確かにダンブルドアの筆跡と思わしきサインが印されていた。
あの狸……余計なことを……
「……と、いう事だ。それにお前はこの街は初めてだろう?」
「この街どころか、ここに来てからホグワーツ以外のところに行くのは初めてですね」
改めて町並みを見渡せば、確かに雑然とした印象は拭えないが、街は活気で満ち溢れ、行き交う人々の表情も生き生きと輝いていた。この街は今まで私が見てきたどの街よりも“生きた街”なんだと……そう感じずにはいられなかった。この街でなら有意義な休日が送れるだろう。そう想像するのは難しくなかった。……隣の人物さえいなければだが。
「……無駄と分かっててあえて聞きますけど、ホグワーツに戻るつもりはないんですか?」
「それでは面白みに欠けるだろう?」
「……ですよね」
間髪入れず返ってきた答えに私は心の中で肩を落とす。ルイに面白そうだと認定された以上、こいつの考えを変えるには飽きるのを待つしかないという事を私は経験上理解している。不本意な話だが。
私の行動基準が面倒か否かの二進法なら、ルイの行動基準は面白いか否かの二進法なのだから。
「テッド、お前はここに来て日が浅いからまだ知らないと思うが、今、魔法界はお前が考える以上に物騒だ。ダンブルドアもそれを懸念して、あえて、私に同行許可を出したのかもしれないぞ?」
「ソフィアです。その物騒な連中も自分達より更に厄介な存在にそんな事を言われたくないでしょうね」
私の脳裏にダンブルドアの人を馬鹿にしたような笑顔が過る。心配も何も、ダンブルドアは開心術とやらを使った時に私の戦い方も見たはずだ。刃物や銃火器を取り扱い、悪魔に風穴を空けまくる私の姿も当然見ただろう。
自分で言うのも変な話だが、あの姿を見て尚、私の事を女性として扱う人間は、よほどの変人か狂人である。計算高いダンブルドアの事だ。有事の際の抑止役として、私とルイを常に近くに置いておきたいと言うのが本音だろう。どうせ。
「考え事はすんだか?どうせ私は帰るつもりはないし、お前も諦めて楽しめばいいだろう」
「……はあ」
どうやら私に選択権は残されていないようだ。
「真鍮に銅、鉛―……硝酸カリウムに硫黄、ね」
「しょうがないじゃないですか。銃弾は消耗品だから使えばそれだけ減るんです。しかも、ここにはガンショップがないみたいですし、そうなったら自分で作るより他ないでしょう?」
フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラー
何とも長ったらしい名前のアイスクリーム専門店の一角のテラス席。休日午後の店内は家族連れや中睦まじい恋人達で溢れ返っているが、生憎、私達の間にはそんな甘さは欠片も存在していない。
「クックック……」
「突然なんですか、気味が悪い」
突如笑い出した目の前の男。そんな男の様子に自然と眉間に皺が寄った。喉を鳴らして声を押さえて笑うルイの姿は不気味そのものだ。ただでさえフロートを食べて体が冷えているのにルイのこの笑み―……薄ら寒いにもほどがある。
「いや、何。先程の杖屋での一件を思い出してな。お前に反応した杖の材質は、茨と芯は聖骸布だったか?それを聞いた時のお前の顔と来たら……横で見ていて実に愉快だったぞ」
口の中に広がる苦み。言葉通り、愉快そうに笑うコイツのせいでせっかく忘れかけていた先程の杖店での忌まわしい記憶が蘇る。興味本位で入ったのは半分失敗だったかもしれない。こんな苦虫を噛むような思いをすると知っていたらあの店には入らなかったのに。
……でも、特定の三つの材質しか扱っていないと店主が言ってたのに、何でよりにもよって聖骸布が紛れ込んでいたのか……
「でっ?結局杖はどうしたんだ?」
「ありますよ。押しつけられましたから。でも、やはり性に合いません」
やはり、自分の命を預けるのなら鉄や鉛、硝煙の匂いのほうがしっくりくる。
「そうか。では、使わないのであれば押しつけ返せば良かったのではないか?」
「誰も使わないとは言っていないでしょう?真に強きものは変化し、進化するものです。自分が持っていない知識、技術を否定するのは愚か者だという証拠に他なりません」
性には合わないが、何もここでの魔法技術を否定しているわけではない。そう答えれば、実にお前らしいとルイは瞳を細めた。
「さて、もうこんな時間か。そろそろ帰らなくてはな」
「そうですね」
ルイの言葉に店内の時計を見れば、間もなく夕方五時を迎えようという所だった。外気温も下がり空は徐々にだが茜色に染まりつつある。ルイの言う通り、夜になる前に帰るならそろそろ頃合いだろう。
「会計を払ってくる。一緒でいいな?」
「知っていますか、ルイ。日本には“タダより高いものはない”と、いう素晴らしい言葉があるんですよ」
「ほう……つまり?」
「私の分は私が出します。待って下さい、今お金を―……」
特に魔王―……しかも、ルシファーなんかに借りを作った日には、後から何を請求されるか分かったもんじゃない。 私がカバンから財布を取り出そうと目を離したその一瞬だった。横にあった伝票をルイに引ったくられたのは。
「そうか、良い事を聞いた。では、今日の対価にまた夕飯を作ってもらうとしよう」
「ルイッ!!!」
耳を疑うようなルイの言動に私の声も大きくなる。店内に残っていた客の刺さるような視線が私に向いたのが分かったが、もう声を出してしまったのだからどうしようもない。……後でポケットに代金ねじ込んでやる。鼻歌混じりで会計を済ませるルイの背中を見つめながら、私は一人、強く心に誓った。
「……冷えるか?」
「いえ、ご心配なく。でも、昼間と夜ではまた街の雰囲気が変わりますね」
パーラーから一歩外へと出れば、西の空には早くも宵の明星が他の星々に先駆けて輝いていた。昼間あれだけごった返していた大通りも、人は残ってはいるが日中に比べると明らかに数は減っていて、あの賑やかな光景を見た後では少し寂しく感じる。
「それはそうだろう。それに、この辺りはノクターン横丁との境目だからな」
「……ノクターン?」
「ノクターン横丁の客層は闇の魔法使いや魔女が主だ。禁呪に近い魔導書や魔法薬の材料が手に入るそうだが、その分治安が悪い」
「……ああ、ここが」
どうりで大通りから一歩ズレた道からコソコソと出て来る人間がいるわけだ。フードを目深に被って出てきた彼、もしくは彼女達は顔を見られると厄介な事情を抱えているのかもしれない。まあ、私に害がないのであればどうでもいい話だが。
「ところで、テッド。今日は楽しんでもらえたかい?」
「ソフィアです。ええ、それなりに楽しかったですよ」
「……驚いた。珍しく素直だな。熱でもあるのか?それともフロートで腹でも壊したか?」
「本当に失礼ですね、あなたは」
コイツは一体私を何だと思っているのだろうか。確かに少しばかり変わり者だという自負はあるが、この言い様は心外だ。
そんな失礼な男の顔を横目で見やる。振り回された感は否めないが、でも―……
「ルイ、今日は―……」
ありがとう
その五文字を私が口にしようとしようとしたその時だった。
前面から鈍く走る痛み。反射的に瞑った瞳を開ければ、眼前には漆黒のローブ。痛みから少し遅れて誰かにぶつかったという事を、私は理解した。
「大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫ですよ、ルイ。よそ見をしていた私が悪いだけですから。あなたも、すみませんでした」
「いや、私も考え事をしていたので……許してほしい。おや?君たちは……?」
私がぶつかった人は、私と同じような白金色の髪を持った長身の男性だった。年は、ホグワーツに通っている生徒達より僅かばかり上だろうか?上質な絹のローブを纏った、上品な雰囲気の青年だ。ただ一つ気になる点を上げるなら、人を値踏みするかのような蔑むかのような冷たいアイスブルーの瞳だろうか?ダンブルドアも鋭いアイスブルーの瞳を持ってはいるが、それとはまた違う青年の瞳は見ていて不快だ。
「……何か?」
「いや。そう言えば最近、ホグワーツに新しく用務員が入ったと後輩から聞いたもので。あなたの容姿が聞いていたものとそっくりだったもので、つい。ああ、私もホグワーツ出身なんですよ。名をルシウス・マルフォイと言います」
「……そうですか。残念ながら人違いだと思いますよ。では、Mr.マルフォイ、先程はすみませんでした」
「……ああ、ではまた」
淡々と返事を返せば、納得したのか、ルシウスと名乗った男は一度瞳を細めると、バチンッ!!という大きな音を立てて姿を消した。薄汚れ古びたボロボロの本を残して。よく見ると日記だろうか?
……明らかに曰く付きだろ……これ。
「……どうしましょうか?置いていきます?」
「明らかに魔法具だな。置いていっても良いが、正直、拾う者によっては何が起こるか分からんぞ」
「……ダンブルドアに預けましょう」
ルイの意見は珍しくまともなものだった。存在を無視していってもいいが、一番確実なのはあの狸に渡してしまう事だろう。食えない人間だが、彼が有能であるというのは間違いない。少なくともホグワーツとそこに所属する者にとって悪いようにはしないだろう。たぶん。
「……ところでテッド。先程言いかけたのは?」
「知っていますか、ルイ?何度も同じ事を言うと価値が下がるんです。
では、漏れ鍋でしたか?あそこから帰りましょう」
「素直だったり素直ではなかったり……忙しいな」
「そういう性分ですので」
気が付けば、茜色だった空は黒の暗幕で覆われ、そこには無数の銀の欠片が煌めいていた。
さて、また仕事を頑張らなくては。
そんな空を見て、私は心の中で呟いた。