空即是色
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神は言われた。
「天の下の水は一つの所に集まれ。乾いたところが現われよ」
そのようになった。
神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。
神はこれを見て良しとされた。
神は言われた。
「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を地に芽生えさせよ」
そのようになった。
地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。
神はこれを見て良しとされた。
夕べがあり、朝があった。
第三の日である。
《空即是色》
「……つまり、あなたが私をこちらに呼んだと……そう言いたいんですね、ルイ?」
「そういう事になるな。私としてはアレフでも構わなかったのだが、たまたま見付けたのがお前だったからな。しかし、まさかサタンどころか唯一神にまで手を掛けるとは。傑作だったぞ」
やっぱり、この魔王はどこまでいっても魔王だった。
冷めて温くなったカモミールティーに口をつける。冷めてしまったとは言え、いまだ芳しい香りの余韻を与えてくれるが、この素晴らしいお茶を口にしたところで私の苛立ちはおさまりそうにない。
そんな私の心境を知ってか知らずか、苛立ちの原因である件の魔王は、ぶっ飛ばしてやりたくなるような清々しい笑みを浮かべていた。
「お前達とケテル城で対峙した私は言わば分霊だ。人間ごとき分霊で十分だと思っていたからな。しかし、お前達は私の想像以上の存在だった。実に見事だよ」
一度は命のやり取りをした間柄にも関わらず、ルイ―……いや、魔王ルシファーはまるで友人に話すかのような口調で私に語った。
つまり、結論から言えば私達が殺したと思った魔王ルシファーは魔王ではなかったのだ。いや、それは正確ではない。魔王の半身だったというべきなのだろう。
どうりで、三対の羽しかなかったわけだ。言い伝えによると魔王ルシファーは六対の輝く羽を持つとされている。ルシファーの話から察するにそれは真実なのだろう。
「しかし、いくら私とて分霊を倒されたとなれば力が落ちる。それに、あの時点ではまだサタンも唯一神も存在していたからな。だから、身を潜め英気を養っていたわけだ。この場所を選んだのは言うなれば気分だ。一度学生とやらを体験したかったからな」
誰かどうにかしろよ。このアホ魔王。眉間周辺が痛くなってきた気がするのは気のせいじゃない。
「……でっ、お前達の最後の足掻きを観戦しつつ、面白い事になりそうだから、わざわざこちらに呼んだわけだ。事情は飲み込めたかい、テッド?」
「ソフィアです。納得出来ない所も多々ありますけど、性悪のあなたの事です。どうせ、これ以上問いただしたところではぐらかすだけでしょう?」
「流石、私のテッド。よく分かっている」
ああ、やっぱりダメだ、コイツ。
ふざけ腐った事ばかりほざくその口をいっそ縫い付けてやりたいと思ってしまったのは、当然の流れであり、人として真っ当な思いである。
「ホッホッホッ。仲が良い事はまっこと良き事じゃの」
いったい、どの口が言ってるんだか……この殺伐とした空気のどこから仲の良さを感じ取ったのか、私は聞きたいぐらいだ。
しゃがれた声を震わせて笑うダンブルドアを見つめるミネルバさんの口からは、私に負けないぐらいの大きなため息が漏れていた。こんなのが上司じゃ彼女の気苦労には計り知れないものがある事だろう。出会って間もない間柄だが、私は彼女に同情せずにはいられなかった。
「さて、再会の挨拶もすんだ。また、本題に戻ろうかの。Mr.サイファー、君が今我々に語った事に嘘偽りはないかの?」
単に私達の話を世迷い事と捉えたのだろうか?ダンブルドアの口調は柔らかい。だが、淡いアイスブルーの瞳には、先程と変わらず鋭利な灯りがともっていた。
この瞳は裁定者の瞳だ。私達を見極めようとしている。私の記憶を見て、ルイの話を聞いて、尚、その瞳を崩さないのは愚かなのか聡いのか―……おそらく後者なのだろう。
「信じたいように信じるといいさ」
その鋭利な光を真っ正面から受けて、動揺するどころか楽しそうに返すルイは流石魔王というべきだろうか?しかし、そうなると次に裁定されるのは私なわけで―……
「ダンブルドア。この変態は嘘を吐いていないと思います。こんなに頭が沸いている奴ですが、本当に悪魔達も不本意でしょうが、仮にも魔の者を束ねる魔王です。自分よりも劣っていると考えている人間に対して嘘を吐くなど、魔王のプライドが許すわけありません。何ならこいつにも先ほどの開心術とやらを使ってはどうですか?」
嫌味と皮肉を込めたところで疲れるのは私だけだと分かってはいるが―……今現在、腹に溜まっているものを吐き出しておかないと私の精神衛生上好ましくないのである。
ただでさえ身体損傷が激しかったというのに、その上で精神までとなればたまったものではない。この瞬間の私の感情の動きは生体マグネタイトとしてこの男の食事になっているだろうが、溜めに溜めて爆発したものを喰われるより小出しにした方がトータルの量としては少ないだろう。本当はビタ一文もコイツに自分のMAGは渡したくないのだけれど―……
「テッド。我慢ばかりでは肌に良くないぞ」
「己を解放し過ぎて全裸にトイレットペーパーを巻き付けていたような奴には死んでも言われたくありません」
中々良かっただろう?と、いう言葉が聞こえたような気がするが私は何も聞いていない。そんな私達を見るダンブルドアの口から再び笑い声が零れた。
「ホホッ。さて、話の腰を折るようで悪いが次の話題に移るとしようかのう。君達のこれからの進退―……ムッ……これは……」
私達にそう言葉をかけた直後、ダンブルドアの顔の筋肉が強く強ばった。ただならぬダンブルドアの表情に始めは戸惑いを隠せなかったミネルバだが、彼女もこの異様な気配を感じ取ったのだろう。元々青白い彼女の顔が益々と白いものに変わる。
冷気―……いや、妖気というのが正しいだろう。背筋が凍るように冷たいかと思えば、逆に熱いようにも感じる。身に覚えがありすぎる気配に、私は今日何度目か分からないため息をこぼした。
「ダンブルドア。その話は少し待って下さい。―……ルイ、これは」
「お前の考えている通りだよ、テッド。恐らく低級悪魔だろう」
「ソフィアです。なんとかしてきて下さい。仮にも王でしょう?」
私が言った所でコイツが動かないのは百も承知だが、やっぱり恨み言を言いたくなってしまう。鼻で笑いやがったし。
「もっとも、お前が私の嫁になるというのなら話は別だが?」
「死ね」
……仕方ない。コイツが動かないとなると私が動くしかないだろう。ダンブルドア達に丸投げする事も考えたが、失敗したらお鉢はこちらに回ってくるだろうし、この人達には一応、恩義がある。
「ミネルバ。そこにある私の装備を取って下さい」
私の指差した先にあるのは、相棒とも言える銃火器と悪魔召喚プログラムがインストールされたCOMP。
体は辛うじて動かせる。内蔵がスクランブルエッグになっていなかったのは幸運だった。
「いけません!あなたは怪我人なのですよ!?」
私がこれから何をしようとしているのか悟ったのだろう。ミネルバは声を荒げて私の肩を掴んだ。
「ミネルバ。あなたの天秤の片皿にあなたの生徒達が乗っていたとしても、尚、あなたは会って間もない私を優先するのですか?」
「それは―……」
するりと肩からミネルバの手が落ちる。やはり、彼女はお人好しなのだろう。それとは対象的なダンブルドアの様子に思わず苦笑いがこぼれる。この老人は分かっているのだ。自身が優先すべきものを。何を守り何を切り捨てるべきかを。
「勘違いしないで下さい。何も死にに行くわけじゃありませんし、看病していただいた対価として払うだけですから。……ルイ、あなたにはまだ聞きたいことが山程あります。逃げないで下さいね」
硝煙の匂いが染み付いたマントを羽織り、兄に貰ったバレッタで髪を纏める。それだけで私の意識に真っ直ぐな糸が張る。
MAGの消費を考えれば、ギリギリで召喚した方がいいが、私の体も全快ではないし、遭遇場所まで遠くない。戦闘時のロスを少なくするためにもここで召喚していった方がいいだろう。
COMPオールクリーン。悪魔召喚プログラム、機動。
機動と同時に青い閃光が私を核にして迸る。そして、展開されるのは召喚の魔法陣。今まで何度も繰り返した儀式。私は何度も何度も繰り返した魔の呪を唱えた。
我、汝を召喚す
おお、精霊よ、至言の力を持って汝に命ず
永遠なる主、ツァヴァトの神
栄光満ちたるアドナイの神の名において
更に口に出来ぬ名、神聖四文字の神の名において
オ・ラオス、イクトロス、アタナオスにおいて
秘密の名、アグラの名において
「来い。アメノウズメ」
++++++++++++++++++++
「ちょっと~?こんな雑魚相手に私を呼んだわけ~?」
「MAGを食べられたんだから文句は言わないで下さい」
夜の帳が降りた静寂に満ちた森に場違いな明るい声が響く。私の言葉にアメノウズメはまあねとだけ返した。
どうやら、私に抗議するよりも今しがた討伐した悪魔のMAGを集める事に関心が移ったようだ。
MAG―……生体マグネタイトは悪魔達にとって欠く事が出来ないものだ。アメノウズメを始めとした悪魔達は、本来肉体を持たない精神体であり、物質界で実体化するためにはMAGを消費し続けなければならない。悪魔にとってMAGの枯渇は死と同意義だ。
MAGを保有しているのは悪魔だけじゃない。いや、元は私達人間が保有する生体エネルギーだ。怒りや悲しみ、慈愛といった感情の流動によりMAGは発生する。故に、悪魔は私達人間を襲い、時には捕食するのだ。TOKYOにいる間、私は嫌というほどそれを見てきた。数えるのをあきらめるほど。
TOKYO……トウキョウか……
「……今頃、どうなっているんでしょうか……?」
「どったの~?急に暗い顔なんかしちゃって~」
「いえ、なんでもありません。それよりMAG集めはもういいんですか?」
「う~ん。まあ、雑魚悪魔から絞れるMAGなんてたかが知れてるけど、今回はこっちにいる時間が短かったからもう十分かな~?それに、久々にソフィアのMAG貰えたし~」
喜ぶところなのだろうか、悲しむところなのだろうか?まあ、彼女が働いてくれたおかげで私はあまり動かなくてすんだのだから、少々のMAGは報酬として諦める事にしよう。
「でっ。あっちの小屋でのびてる連中どうするの?姿は動物みたいだけど、あれ人間でしょ?」
白い満月の光が木々の間から零れ、闇を淡す照らす。その先には朽ちかけた一件の東屋があった。
「放っておきましょう。妖気の原因はグールだったようですし。それに、いらない事をして面倒ごとに巻き込まれるのは嫌ですから」
「ふ~ん。まっ、いっか。じゃ、あたし旦那が待ってるから帰るわね!」
アメノウズメはそう言い残すと光の粒になり夜の空に霧散していった。
++++++++++++++++++++
「はっ?」
「だから言ったただろう?私とダンブルドアの二人で決めたんだよ」
「ホッホッホッ。ルイの言う通り、どう考えても悪魔に対抗しうるのはおぬしだけじゃからな」
医務室に帰ってきた私を出迎えてくれたのは、耳を塞ぎたくなるような言葉だった。
「私としてはここの生徒達からMAGを貰えなくなるのは忍びないからね。
若く生に満ちた者達のMAGは格別だ。特に希望から絶望へと相転移が起きた時は言葉にも出来ないぐらいなんだよ」
「ダンブルドア、あなた正気ですか?」
「仕方あるまい。わしも危険な事は承知しておるが、わしらだけではルイに対抗できん。追い出せないのじゃ。幸いにして今のルイはこちらを害する事は考えていないようだし、何よりおぬしを気に入っておる。そして、万が一の場合、ルイと戦えるのはおぬしとおぬしの使役している悪魔達だけじゃ。それに、わしらが抱えている問題は何もルイだけではない」
薄ら寒い展開に青筋が浮かび上がりそうになる。私がいない間に黒い取引があったことは間違いない。容易に想像できる。
「おぬしにとっても悪い条件ではないと思うがの?この話に乗れば、これから先、衣食住に事欠く事はない」
「……元の場所に帰りますからご心配なく」
「それが出来ないんだよ。お前も初めて魔界に来た時体験しただろう?私達が通った次元の穴は一本通行だ。戻ることは出来ない」
楽しそうにそう語るルイに不快を通り越して諦めの感情が勝った。誰でもいい。今すぐこいつの口を縫い付けてくれ。
「先程現れた悪魔もそこを通ったのだろう。私とお前という大きな力場が因果律を狂わせ、魔界とここを結んだ。一度、因果が結ばれれば―……あとは聡いお前なら想像できるだろう?悪魔は次から次へとここにやって来るというわけだ」
もういい。どうにでもなれ。今は何も考えたくない。
「話はまとまったようじゃの?では、Ms.ソフィア!君は明日からこのホグワーツの用務員じゃ!」
返事の代わりに出たのは、やはりため息だった。