空即是色
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この世界に最初に存在したものは何か
それは言葉であった
言葉は神とともにあった
この言葉が神自身であった
この言葉によっていっさいのものが創造されたのである
創造されたもので
何一つとして言葉以外によって作られたものはない
この言葉には生命があった
人の光となる生命である
この光は闇の中で輝いていた
―ヨハネによる福音書 第1章―
《空即是色》
よなべして作りました。
舞い上がった砂塵が眼前を覆う。それは、暗幕のように私の視界を遮った。……どこだ。どこにいる。
一瞬の静寂が辺りを包む。だが、それを切り裂いて車輪が奏でる不快な音が轟いた。……マズイ。こちらに向かってきている!挫いたままの足では避けきれない!このままでは下敷きに……ッ!
「フン……!死にぞこないが足を引っ張るな(大丈夫でしたか?危険ですのでお下がりください)」
「……相変わらず見事な副音声ですね。でも、助かりましたニャラルトホテプ」
「この程度、我にかかれば造作もない(いえいえ、たまたまですから。だから、お気になさらないでください)」
来たるべき衝撃に備えて体を強ばらせた私の体を、痛みではなく浮遊感が支配する。……と、同時に下に目を向ければ、私が先程まで立っていた地面は巨大な車輪により大きく抉られ、摩擦熱によって焦土と化していた。
背中を一筋、冷たい汗が伝う。もし、ニャラルトホテプが私を助けてくれなかったら―……
私を羽絡い絞めに抱えて、ニャラルトホテプは跳躍する。今だ粉塵が晴れない地上にいるよりは視界が開けた高台の方が安全だと判断したのだろう。
確かに、助けてくれたのはありがたいが、もう少し持ち方を考えてくれてもいいものを―……そんな私の考えを知ってか知らずか、ニャラルトホテプは、仕方ないだろうと言いたげに口を尖らせた。
いや、感謝してますよ。ちゃんと。
「大丈夫ですか?お怪我は?」
「フン……我が助けたのだ。そのような失態を犯すわけなかろう(心配いりません。お怪我はありませんから)」
高台にて待機を命じていた仲魔のクーフーリンが私達の元へと慌てて駆け寄り、言葉をかける。ニャラルトホテプとクーフーリンの会話を聞きながら、私は頷くことで返事をした。
晩秋の刺すような冷気を含んだ風が私の髪を暴れさせる。それに合わせて邪魔だった砂塵も撹拌され、薄れていった。
「相変わらず吐き気が出る造形だな(相変わらず酷い形ですね)」
ニャラルトホテプが心底うんざりといった声色で呟く。まったくその通りだと、私もクーフーリンもその言葉には頷くしかなかった。
「あれは……お前達は一体……」
「あなたは私の記憶を見ましたよね?でしたら、あいつの記憶もあったはずですが」
「……」
踊る髪を片手で押さえながら振り返れば、そこにはこの強風の影響をまったく受けず、顔を歪めて佇む一人の少年の姿があった。やはり、この少年は物理的な影響を受けない―……影、虚像のような存在なのだろう。今だ微動だにしない姿を見て、私はそう結論づける。もし、生身―……実体があるのなら何もしない状態で物理法則に抗えるはずがない。それは、悪魔とて例外ではないのだから。
「……何度も聞かれるのも面倒なのでお答えします。記憶で見たと思いますが、あの化け物は悪魔です。名をマーラと言います」
「マーラ……?」
「ええ。一応、魔王に属していますね。魔王の説明は必要ですか?」
私の問いに少年―……リドルは首を横に振ることで返事をする。
なるほど……流石首席なだけはある。ダンブルドアが言ったように、頭の回転がかなり早いし理解も早い。……性格は善良とは言えないだろうが。
「……最後に忠告しておきますが、あまりあいつの名前を口に出して呼ばないほうがいいと思いますよ?」
「……何故」
「……ヒント、あいつの形。ヒントその2、隠語」
「はっ?」
お前は何を言っているんだというリドルの鋭い視線が私に刺さる。一応、恥をかかないようにするまっとうな忠告なのだが……やはり、文化圏が違うと伝わらないものなのかもしれない。あいつの勢力圏はこの時代ならアジアだったはずだ。
まあ、いい。今はこいつをどうにかすることだけ考えなければ。
「土煙も晴れましたね。じゃ、また行ってくるので。ニャラルトホテプ、お願いします。あいつの上空に飛んでください。クーフーリンは引き続き、ここから私達の援護をお願いします」
「仕方あるまい。しかし、策はあるのか?(わかりました。ですが、何か手はあるのですか?)」
「これです。よなべして作りました」
「……なんて嫌なよなべをしているんですか……貴女は……」
私が取り出したそれを見たクーフーリンは、呆れたように言葉を漏らした。
……暇つぶしには調度いいんですが……爆弾作り。
「グヘヘヘッ!!何度も懲りない奴じゃの!おとなしくワシの言うことを聞くのならば命だけは助けてやらんでもないと言っておるじゃろう?」
高台から動いた私達の姿を見た奴は、その容姿同様に下劣な下品な笑い声を響かせる。そのあまりの醜悪さに思わず頬がぴくりとつった。
魔王マーラ
正式名をマーラ・パーピーヤスというこの悪魔は、仏教の開祖である釈迦に取り憑いたと言われている魔神の一柱だ。煩悩の化身であるマーラにとって釈迦が悟りを開くことは自身の破滅へと繋がる。
故に、マーラは釈迦を堕落させようと試みたのだが―……結果は失敗。むしろ、釈迦はこれによって悟りを開いてしまう。
……ここまではいいのだ。ここまでは。
悪魔なのだから人を害するのはある意味当然であり、まして、自身に害をなす人間を邪魔する事など私達人間ですら良く行うことだ。問題なのは―……
雲に隠れていた赤い月が再び姿を現し、地上を照らす。そして、その不気味な光はマーラの姿を暴いていった。テカテカと黒く鈍く光るマーラの体はなんと言えばいいか―……その―……
「本当に見れば見るほど立派な男こ―……」
「ニャル。それ以上は言わないでください」
グヘヘヘッと下卑た笑みを浮かべながら、奴は上空にいる私達に向かって体を延ばす。その姿は見れば見るほど男性の“ソレ”だ。
この動き本気で止めてほしいんですけれど……完全にダメだろこれ。いいや、考えるな。考えたって仕方がない。無駄すぎる。……さっさと片付けてしまおう。
「ニャル、離れてください!」
大きな口を開け、私達を飲み込もうと迫るマーラに手製のグレネードを投げ込み、私は叫んだ。それを合図にニャラルトホテプは一瞬にして私ごと更に上空へと飛翔する。その刹那、熱風と衝撃派がマーラ共々木々を薙ぎ倒し、爆発音が轟いた。いくら魔王とはいえ、体内で直接グレネードが爆発したのだ。無事なわけが―……
「……そうきますか」
木っ端微塵に吹き飛んだとばかり思っていたのに―……爆発により舞い上がった砂塵の向こうには、ボロボロになりながらも姿を保っているマーラの姿。
その光景に思わず舌打ちが零れる。グレネードはあの一発で打ち止めだ。
クーフーリンのサポートをもらって、ニャラルトホテプと二人で予め削っていたというのに―……しぶと過ぎる。流石に、あちらもダメージはあったようだがこちらも限界が見え始めていた。コクマの塔で兄とヒロコと一緒に戦ったときよりも強くなっていないか?こいつ……
これ以上の長期戦はジリ貧に―……
「ソフィア、あれを見ろッ!!(ソフィアさん、見てくださいッ!!)」
私が次の手を考えあぐねていたその時だった。ニャラルトホテプが叫んだのは。
私は慌てて下を見て、そしてその光景に目を見張った。みるみるとマーラの体が縮んでいっているのだ。今まで倒した悪魔の数は数知れないが、こんな現象を私は今だに見たことがない。
ニャラルトホテプもそれは同じだろう。証拠に彼も唖然とした表情で事の成り行きを見つめていた。そして、ついには―……
「……人?」
卑猥の権化だったマーラは消え、マーラがいた場所には一人の人間が横たわっていた。
「……ニャル」
ニャラルトホテプに頼んで、私は地面へと降り立つ。まだ、近づくのは危険だと百も承知だが好奇心のほうが勝ったのだ。
赤から本来の白へと輝きを取り戻した月がマーラ……だったものを静かに照らす。月が浮かび上がらせたもの、確かに人間の少女の姿だった。
いったい何が……
私もニャルも、そして高台から降りてきたクーフーリンもリドルも、突如現われた少女(……だよな?)をただ、唖然と見つめる事しか出来なかった。
「……またずいぶん派手に暴れたな。ん?これはマーラか?」
「……他人事のように。ルイ、やっぱりこれは奴で間違いないんですか?」
「ああ。奴も魔王だからな。私と同じ理屈だ。人間に化けるなど造作もない」
「そういうことですか」
何時の間にやって来たのか―……こいつの事だ。どうせ、どこかで高みの見物をしていたのだろう。見せ物にされていたと思うと苛立ちが募るが、どうせ疲れるだけだと私は思考の先を目の前の少女(……違和感がある)へと切り替えた。
私の横に並んだルイは何も言わず、少女(……とは言いたくない)を見下ろしている。その表情は髪に隠れて私からは見えなかった。
……まあ、いい。あとの始末はルイにさせてしまおう。一応、マーラはルイの配下だったはずだ。
部下の不始末は上司の責任。気になることはあるが、今はそれを知ること以上に休みたかった。おまけに挫いた足も痛む。
私が踵を返し背を向けたその時だった。気絶していたマーラ(仮)が起き上がり―……
「……この匂い!あなたはる……ルイ様ではありませぬかッ!……良かった!やはりここにおられたのか!」
……ルイの足に抱きついたのは。
「お、おい……」
「このワシの顔をお忘れか!?あれほど、逢瀬を重ねた仲ではありませぬか!!」
さめざめと頬を濡らしてマラ子(……で、いいだろ。もう)は語る。対して、ルイはと言えば珍しく頬を引きつらせ、マラ子を引き剥がそうと躍起になっているようだ。面白い。
「……ソフィア殿。我々はどうすればいいのでしょうか?」
「えっ?ああ、ありがとうございました。クーフーリン。ニャルも。お二人とも今日はゆっくり休んでください」
「え、ええ。ですが―……」
あれはどうするのかと言外に含ませるクーフーリンに私は一言で答えを返す。
ほっとけ、と。
「では、帰りましょう。この日記の処分もありますし」
「……もう少し丁寧に扱ってほしいんだけど」
「礼には礼を、無礼には無礼を返すだけです。それに、火にくべていないだけマシだと思いますが。……あなたにはまだ何かありそうですし、明日ダンブルドアのところへ連れていきますよ」
リドルが返したのは言葉ではなく、歯軋りと酷く歪んだ殺気がこもった視線だった。やはり、リドルは相当性格が捻曲がっているのだろう。
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「……でっ?なんでこうなるんですか?」
「……仕方なかろう。それに本人は我々に危害は加えぬと言っておるしの……」
その翌日―……校長室で私を待ち受けていたのは思わず目を覆いたくなるような光景だった。
「そうじゃ、そうじゃ!固い事を言うではない!それにワシがルイ様がここにいると知っていて他に行くわけがなかろう?」
桃色から茶色へのグラデーションがかかった髪をふわふわと揺らし、真新しい女生徒服を着た少女は誇らしげに私に告げる。その胸にはここの生徒の証である緑と銀のネクタイがあった。
「……今、追い出すわけにはいかぬのじゃよ。悪魔の力を、存在をあちら側に知られるのだけは何としても避けたいのでな」
……いったい、誰が緊急時に対応すると思ってるんだ……
「……と、いうわけで今日からワシもここの生徒じゃ!改めてよろしく頼むぞ!」
頭が痛む。
穴に落ちるわ、悪魔が出てくるわ、あげく生徒になるわ……散々すぎるだろうハロウィン……
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