Hetu-Phala
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【神隠し】
人間がある日忽然と消え失せる現象。
神域である山や森で人が行方不明になったり、街や里から何の前触れもなく失踪する事を神の仕業ととらえた概念。
《Hetu-Phala》
谷山 結衣
神代家
平成××年 8月30日 PM2:00
「はじめまして。遠いところからご足労下さりありがとうございます」
圧巻。
この古民家を一言で表すのならその言葉に尽きる。
鬱蒼と茂った竹林を抜けたその先にこの神代家は建っていた。広大な敷地に建てられた茅ぶきの屋根。古びているが逆に趣を感じさせる日本庭園。素人目にもこれが立派なものだと一目で分かる。
ついこの前訪れた吉見家に負けない―……ううん、それ以上に凄い家を目の前にしているのだから驚くなという方が無理な相談なのである。
だから、ナル。そんな哀れなものを見る目付きでこっちを見るんじゃない。これはれっきとした生理現象なんです。
「……いつまでそうやって馬鹿面晒しているつもりだ、アホ姉妹」
「なにさ、このナルシストオカルトオタク」
何故か一字一句、寸分狂わずハモってしまったあたしと麻衣に、ぼーさんがもう駄目と言わんばかりに笑い転げていた事とか、綾子が呆れ顔してた事とか、ジョンが慌てていた事とか―……まあ、いつも通りの光景がそこに広がっていた。
あっ、肝心のナルちゃんには盛大にシカトされましたとも。ええ、そりゃあ、もう盛大に。
「申し遅れました。私が神代家当主代理の神代 亜矢子です。そして、こちらが私の許婚の神代 淳です」
神代家の中は、外観同様やっぱり素晴らしいものだった。私達が通されたこの客間も教科書に乗っているような書院造りになっていて、素朴にも関わらずとても気品にあふれている。
そんな部屋から見渡せる庭園には桔梗や山百合など夏の草花が咲き誇っていて、芳しい香りが晩夏の風と共に舞っていた。
私達を出迎えてくれたのは亜矢子と淳という人だった。何でも淳さんはこの神代家に入り婿として入る予定だそうで、今はまだ婚約者という身分だから別の家に住んでいるのだけれど、心配になって駆け付けてきたという事らしい。
「……随分お若いようですが」
「そうですね。私は今年で16になります。淳は18。でも、あなたもそう年は変わらなそうですからおあいこですわ。まさか、所長さんが私達と年が変わらないとは思いませんでしたもの」
じゅ、じゅうろく!?って事は、亜矢子さんって麻衣とタメなの!?
口元を優雅に隠して綺麗に笑う亜矢子さんはとても大人びた空気に包まれていて、とても16歳の少女のようには見えなかったのだ。艶やかな長い黒髪に夜のように真っ黒な瞳。まさに深窓の令嬢ですと言わんばかりの雪華石膏の肌。これで麻衣とタメとか、もう詐欺でしょ?
とか何とか考えながら我が家の16歳に目を向ければ―……あーあー、ぼーさん麻衣に腹つねられてるよ。さては、余計な事を麻衣に言ったな。
「……それで、依頼というのは?」
「実は―……私の妹。この神代家の現当主である美耶子についてなんです」
木々から伝わってくる蝉時雨の音がやけに五月蝿く聞こえた。
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谷山 結衣
神代家
平成××年 8月30日 PM5:00
「当主が行方不明、ね」
「ほーら、ぼーさん。喋ってないで手を動かす」
「……っと、言ってもよ。どこにこのクソ重たい機材運べばいいんだ?その美耶子って子の手がかりも何もないのに」
「あっ」
「おいおい、結衣……しっかりしてくれよ」
前にも言った気がするが、盛夏は過ぎたとは言えやっぱり昼間はまだ暑いわけで、ついでに言うと夕方だってまだまだ暑い。それにも関わらず、いつもの癖でついつい機材を運びだそうとすれば、呆れたというぼーさんのけだるそうな声が返ってきた。
「もう。そこの生臭坊主の言う通りよ。あんたもちょっとは考えて行動なさい」
「ほ~う。へっぽこ巫女のくせに言ってくれるね~」
「な……ッ!だから、いつも言っているでしょ!条件が悪いって!!」
ま~た、始まったよ。
SPR名物、ぼーさんと綾子の口喧嘩。別名夫婦漫才。
そんな今回も始まってしまった二人の口論を、私は近くにあった手頃な縁石に腰掛けてぼんやり眺めていた。
綾子は生臭と言ったが、ぼーさんは生まれも育ちも高野山という由緒正しきもので、マントラを使った除霊能力はSPR内でも随一のものである。対して、綾子は普段はあまり役に立たないが厳しい条件を満たした土地であれば、そんなぼーさんをも軽く凌駕する霊能力を発揮できる。
つまり、二人とも生臭でもへっぽこでもなく立派な僧侶と巫女なのだ。……あくまで能力に限定した話なんだけどね。
「……##NAME1##はん。あの二人、このままほっといてもええんでっしゃろか?」
「ほっときなよ、ジョン。どうせそのうち飽きて終わるから」
まるで子供の口喧嘩のように罵り合う二人に、亜矢子さんの気品の一欠片でも飲ませてやりたいと思ったことは秘密である。
あーあー……麻衣達は今頃、情報集まったのかなー。
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谷山 麻衣
羽生蛇村
平成××年 8月30日 PM5:00
「……っくしゅ!!風邪かな―……」
「安心しろ、馬鹿は風邪を引かない」
「ちょっと~ナルさん?それはどういう意味ですか~?」
「ほう。自分に言われた嫌味は分かるんだな」
秋の夕暮れはつるべ落とし。まだまだ気温は高いから気が付きにくいけど、一日一日早まる夕闇は季節の針が進んでいることを確かに伝えている。
「……でもさ。よくこの依頼を受けようと思ったよね、ナル。普段なら“そういった案件は警察に相談するのが懸命だと思いますが”……とかなんとか無表情で言って門前払いするじゃん?」
オレンジの空に蜩の声とあたし達の足音だけが響く。つまりナルは無言。得意のシカトかよ。分かっちゃいるけど、やっぱりムカつくんだよね。ナルのこれ。
自分の二・三歩前を歩幅を変えずに歩いていく、その黒い背中を蹴っ飛ばしてやりたくなったのは言うまでもない。
「……麻衣は何か感じなかったのか?」
「えっ?」
……っと、思いきや、いきなり返ってきた思いがけない言葉に思考が一瞬止まった。
何とは何の事?
「霊視が出来るのは原さんと麻衣だけだ。結衣にもESPはあるが、彼女の場合、麻衣達とは違って不安定だからな」
……なるほど、そういう意味か。
ナルの言う通り、あたしにはESP―……エスパーという能力があるらしい。ESPというのはナル曰く、超感覚というもので、五感では感じ取れないものを感じ取ったり見たりする能力のことだ。
いいんだか悪いんだか、SPRでバイトをするうちに発見されたこの力は、今ではそれなりに使えるものになっている。
まあ、使えるといっても最初に比べればという話で、基本はあたしが寝ていないと使えないし、本人の意思に反して見えちゃったりとまだまだ危なっかしいんだけど。
そして、それは結衣姉も同じ。
……にしても、何か感じなかったか、か。
「んー。今は起きてるからね。まだ何とも言えないよ。真砂子は?何か言ってた?」
「今のところはあの家自体に変わったところはないと言っていた。ただ、ここ出雲はそこ自体が巨大な霊場だ。だから、その力の前に紛れてしまっているのかもしれないが―……」
霊場。
その言葉に不快な感覚が体を這いずり回わる。
凄く良いものと悪いものが混ざった混沌とした場所。
神聖な土地であると同時に恐ろしい祟りの発信源にもなりうる場所。
いつの間にか空は柔らかなオレンジから血のように真っ赤な色に染まっていた。
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谷山 結衣
神代家
平成××年 8月30日 PM7:00
「……麻衣達遅いなー」
「遅いって言ったって俺達がここに着いたのも午後だったしなー。いくらナル坊達とはいえ、そう短時間で有力な情報を集めるのは難しいだろうよ」
もうすっかり日の落ちた空に、昼間五月蝿いぐらい鳴いていた虫とは違う虫達の声が広がる。一応、と言うことでお借りした部屋の一角に機材を運びベースを作り終えたあたし達留守番組は、こうやって部屋の縁側に越しかけて暇を持て余しているわけである。
やる事あり過ぎるのも困りものだけれどなさすぎても暇疲れするんだな、これが。
「……すごい数の機械ですね、これ」
「あっ、淳さん運びますよ」
「おーう、若旦那。ありがとよー」
シュッ……という乾いた音を立てて襖が開く。そこにいたのは淳さんで。淳さんが持っているお盆には麦茶だろうか?冷たく冷やされたお茶と美味しそうに熟れたスイカが仲良く並んでいた。
「亜矢子一人じゃとても持ち切れそうにありませんでしたから。この家の家政婦達も遅れて盆休みを取っていて人手が足りないので……亜矢子もそのうち来ると思いますよ」
そう言って笑う淳さんは―……くぅうううう~ッ!超イケメン!
「た、谷山さん?どうされました?」
「ああ、気にしないほうがいいぜ。っうか、結衣。お前さんこういうのが好みだったわけ?」
「ぼーさん、イケメンは正義だよ!」
「んじゃ、ナルは?」
「例外」
「……言い切りやがった」
虫の鳴き声に負けない私達の馬鹿笑いは騒がしく晩夏の夜空に吸い込まれていった。
「でも、大変ですわね。ご当主が神隠しにあわれるなんて」
「……はい。亜矢子もとても心配していて―……美耶子様は亜矢子にとって実の妹ですから。気を病まないかと心配で……」
今淳さんに話し掛けた、紺色の涼しげな浴衣を身に纏っているこの美少女の名は原 真砂子。
真砂子はメディアでも有名な霊媒で麻衣と同じESPの能力者だ。ぼーさんや綾子。ジョンも外部からSPRの活動に参加している人間だが、真砂子もまたその一人だった。
でも、神隠し、ね。
「でもさ。その美耶子って人、本当に神隠しなのかな?」
……そう。言っちゃ悪いけど、何故、ナルがこの依頼を受けたのか私にはさっぱり見当が付かなかったのだ。
だって、神隠しなんて言っても本当はただ家出しただけとか、ちょっと物騒だけど色々考えようがあるわけだし。そうなったら、それは私達じゃなくてもう警察の管轄だ。
それ以前に、そもそも―……
「神隠し、神隠しってよく聞くけどさ、“神隠し”ってそもそもなんなの?」
神隠し。
神隠しとは、人間がある日忽然と消え失せる現象で、神域である山や森で人が行方不明になったり街からなんの前触れもなく失踪する事を神の仕業と捕らえた概念のことである。
「……っと、ここまでは分かってくれたかな?結衣少年?」
「うん。でも、私、女の子だから」
私の疑問に答えてくれたのはやっぱりぼーさんだった。でも、最後の一言が余計だから、私が脇腹をつねってもぼーさんが文句をいう権利はないと思うのよね。
「イテテテテッ!!だから、何でお前さんら姉妹はどうしてこうも行動が似てんの!?」
「そりゃあ、姉妹だもん。でっ?」
「この状態で俺、話すの!?」
このままつねっててもいいんだけど、話が逸れそうだったので手をパッと放せば、実にオーバーなリアクションでぼーさんは自分の脇腹を擦った。ほんっと、ぼーさんは大袈裟なんだから。……ちょっとぼーさんの脇腹が赤くなっちゃっているように見えるのは気のせいよ、結衣。
「……あー、痛かった。んで、神隠しの話ね。その前に結衣。お前さん、この前の常世と現世の話は覚えてるか?」
「うん。現世があたし達がいるここで、常世はこの世にあらざる場所」
「そっ。でっ、逢魔が時―……つまり、黄昏時にあっちとこっちが繋がりやすくなるって話もしたな?……だけど、時刻だけじゃないんだよ。繋がりやすさってのは」
ぼーさんの低い声がやけに耳に張りついたような気がした。
ぼーさんの話はこうだ。
この世界―……つまり現世と人ならざる者達が住む常世の端境では、二つの世界の境界が曖昧になっている所がある。
そして、そこから禍福をもたらす神霊が簡単に行き来できないように、注連縄を張り巡らしたり、禁足地にしたり―……とにかくそこには結界が張られているのが常なんだそうな。
そして、その結界には、人が、間違って死後の世界でもある常世に入らないようにという意味も含まれているらしい。
……つまり、神隠しはそういう所で起こりやすいと言われているのだ。
「古神道の考え方ね。」
「そうなの、綾子?」
「ええ。原始的な民間信仰の一種よ。だから、昔は不明者を総出で捜索する時なんか太鼓を叩いて不明者の名前を呼んだり、決まった道筋を歩くみたいな呪術的な儀式をしたのよ」
……流石、神道の巫女。ぼーさんもだけど、やっぱり綾子もこういう事に詳しいんだ。
うん。昔の人が考えていた神隠しについては分かった。だけど、肝心な事は―……
「実際に起こったことがあるのか、だろ?」
「うん。ぼーさん、よくわかったね」
「当然言うと思ったからだよ。そうだな……有名な所だと、第一次世界大戦中のトルコのアンザック近くにあるサル・ベイ丘だな。1915年の8月21日。この日、341名のイギリス陸軍がその丘に向かって行進していたそうなんだが、軍が進んでいくにつれて灰色の雲が出てきて兵士たちの姿を包み込んだ。だが、一部始終を見ていたニュージーランド兵の話によれば、雲が消えた後そこには誰の姿もなかったそうだ。ニュージーランド兵がいた場所は数十㎞四方を見渡せるような場所にも関わらず、な」
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谷山 麻衣
羽生蛇村
平成××年 8月30日 PM7:20
「……って事は、神隠しって本当に起こり得る事なの?」
「お前は何を聞いていたんだ?」
「何って、ナルの話」
満点の星の下、静かな畔道を若い二人の男女が並んで歩く。少女漫画もびっくりなロマンチックなシチュエーションなのに、甘さの一欠片も見当たらないのは、けっしてあたしの気のせいではないと思う。
「“神隠し”とは言うが、やはり誘拐や犯罪に巻き込まれたと考えるのが普通だ。昔なら口減らしや間引きで消えたとも考えられるが」
「……口減らし?」
まさか知らないなんて言わないよな?
……って無言の圧力がナルから出ているけれど、知らないんだから仕方がないじゃん。そう素直に答えれば、返事の代わりに、今日何度目か分からないナルのため息が返ってきた。相変わらず失礼な奴!
口減らし。
口減らしとは、“口”。つまり、ものを食べる人間の数を減らす事。昔は飢饉なんかで酷い飢えが発生すると、子供を奉公や養子に―……はては殺してまで家族の数を抑制していた。……ナルはそう語ったのだ。
「……その時に大人達がつく嘘が神隠しって事?」
「ああ。もっとも周囲の者も事情を察しているから形式的に探して、“神に隠されたのだから仕方がない”と、まとめて終わらせていたそうだが。実際、神隠しに合いやすかったのは知的障害児や産後の肥立ちの悪い女性だ。利益にならない者を優先的に切り捨てていたいたと考えれば筋は通る」
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谷山 結衣
神代家
平成××年 8月30日 PM7:40
「口減らし……って。何……それ」
「……あくまで一説だ。世界中で今も行われていないとは言い切れんが、少なくとも今の日本じゃ口減らし目的の神隠しはまず起きないだろうよ」
先程とはうって変わって静かになった部屋を生温い風がいく。温いはずなのに、どこか寒々しく感じてしまうのはこんな話を聞いてしまったからだろうか?
パンパンという手拍子の音。その音に顔を上げれば、その先にはぼーさんの笑顔があった。
「じゃ、この話はここまで。もうすぐ外に情報収集に行った麻衣達も帰ってくるだろうさ。今日はもう遅いし続きは明日にしようや」
「……うん」
今日は雲一つない星空が広がって、綺麗な満月が浮かんでいるのに―……それと比例して、大きな影がどこかに生まれたような……そんな気がした。