Hetu-Phala
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アレが化け物達の中枢―……さしずめブレインと言ったところか。
《Hetu-Phala》
谷山 麻衣
大字粗戸/竹内家
1976年
PM 11:50
ここは―……
気がついた時、あたしは色が消えた世界に立っていた。植物、建物―……目に映るもの全てのものの色が白と黒に分けられている。
いつもの夢―……なんだろうな。現実でありえない光景だもん。
そんな色褪せた世界を激しい雨と稲光が包んでいる。まるでバケツをひっくり返したようなどしゃぶりの雨。見ているだけで怖くなるような降り方だ。
「あれって―……」
立ち上る水煙の先に一件の古びた民家が見えた。人が住んでるのかな?仄かな明かりが玄関から零れている。あたしの足は自然とその民家へと向った。
何故かは分からない。でも、今、あたしはあの家に行かなければならないような、そんな気がした。
ちょっと気が引けるけれど玄関から見ず知らずの人の家にお邪魔をさせていただく。家の中にも外と同じように色が消えた世界が広がっていた。
木張りの廊下がキシッ……と軋む。構わず進み続けると、廊下の先は広さ六畳ぐらいの居間に繋がっていた。
この人達はこの家に住む家族かな?大人の男の人と女の人。そして、小さな男の子が三人。小さなちゃぶ台を囲み、やけに古い型のブラウン管テレビを食い入るように見つめていた。
―……ただ今、局地的な豪雨に見舞われております。気象台からの……―
ノイズ混じりのキャスターの声が鼓膜を揺さ振る。
このニュース……もしかして、ここの雨を―……そう考えた、その直後の事だった。まるで、地の底に住んでいる悪魔が唸っているのではないかと錯覚するほどの地鳴りが家を包んだのは。
唸り声から少しだけ遅れて、家が大きく縦に激しく揺れ動く。あまりの強い衝撃に立っていられなくなったあたしは、褪せた畳の上に突っ伏した。
それでも何とか顔だけ持ち上げれば、先程の三人がまるで互いを庇い合うように折り重なっている姿が瞳に飛び込んできた。
揺れは中々収まる気配を見せない。いや、これむしろ強くなっていってる……!?
強い揺れに耐えきれなかったのだろうか?この家を支えている大きな大黒柱が軋む音が不気味に家の中を駆け抜けていった。
マズい……!
そう思った。
パラパラと頭上に落ちてくるのは剥がれた壁の粉。天井に貼られていた板ですら落ちてきている。このままじゃ、この家、崩れちゃうよ!
あの人達を助けなきゃ……!
揺れに負けそうになる体に鞭を打って、無理やり上半身を起こす。早く、早くあの人達のところへ―……!
そう強く思った、その時だった。急に体が後に傾いたのは。……誰かがあたしの手を強く引っ張ったんだ。
心の中で舌を打つ。一体誰が―……?
邪魔した人の正体を確かめるべく振り向いて……驚いた。いや、信じられなかった。
「……ナル?どうして?」
あたしの体を引っ張った人物は、全身黒づくめの服を着た、顔を見知った一人の少年だった。でも、少年の顔に浮かんでいるのは呆れや皮肉めいた表情じゃない。
ナル……ではない。この柔らかな表情の人をあたしはもう知っている。
「ジー……ン……?」
改めて音にしてみた今ですら信じられなかった。だって、ジーンはあの時あっち側にいったんじゃ―……だけど―……
あたしの声を聞いて、名前を呼ばれて頬笑んだこの人は……間違いない。この日溜まりのような優しい笑顔―……あたしが大好きな笑顔。……ジーンだ。
そう認識した途端、ジワリと世界が滲んだ。
いけない。今はそんな場合じゃない。あたしは慌てて顔を擦って涙を飛ばした。世界はもう滲んではいない。大丈夫。
「ジーン!聞いて!あの人達を助けないと!!」
あたしのその言葉に返事をする代わりにジーンは首を横に振る。
「どうし―……ッ!?」
突如、色が褪せた世界に轟音と共に白い閃光が走った。雷が落ちたんだッ!!あまりの眩しさに反射的に目蓋が閉じる。その目蓋を開いた時―……
「移動した……?」
世界からは相変わらず色が抜かれているが、目に映る風景は一変していて―……ジーンもいない。代わりに凄まじい量の土砂で埋もれた無残な姿の村が広がっていた。
「おかあさん……おとうさん……」
そんな無惨に破壊された廃墟をさっきの小さな男の子が背中を丸めて歩いていく。むき出しの両足にはいくつもの傷が付いていて、痛々しくも血が流れていた。
「待ってッ!!」
確かにあたしは手を出したはずなのに―……差し伸べたはずの手は空を切り少年に届かない。
男の子の姿がどんどん小さくなる。泣きながらお父さんをお母さんを呼ぶその子はついに白い霧に隠れて消えてしまった。
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松崎 綾子
蛭ノ塚/水蛭子神社湧水
昭和78年8月3日
PM 8:24
「……遅いわね」
思わずそんな愚痴が口から飛び出した。とっくに日は沈んだというのに、多聞はまだここに帰ってきていないのだ。
多聞がアタシ達のところから去っていったのが確か正午頃。腕時計で今の時間を確かめれば、時計の短針は8の数字を差している。ざっと8時間強―……いくらなんでも時間が掛かり過ぎている。
って―……この子ったらまた……!
「コラッ!それは飲むなってあれだけ言ったでしょ?」
「違いますよぉ~ただ、トマトジュースみたいだな~って見ていただけです」
ああ……確かに見えるわ。
そう一瞬納得してしまったのは、アタシが依子に感化された証拠なのかもしれない。……と、考えると気が重くなった。
「大丈夫ですか~?随分お疲れみたいですけど?」
アンタのせいでね!
あっけらかんとした表情をしている依子に対してそんな言葉が沸々と込み上げてきた。そうは言っても、どうにもならないから言葉は飲み込んだけれど。
「それにしても遅いですね~せんせぇ……」
「そうね。何事もなければいいと思うけど―……依子、分かってるわね?」
「で、でも!先生はここで待ってろって……ッ!!」
「バカ。アンタも気付いてるでしょ?今は自分の身の安全を第一に考えなさい!」
依子の言葉を遮るように言えば、今までの騒がしさから一転―……彼女はうつむき押し黙ってしまった。依子の気持ちも分からなくないけれど、今、アタシ達は自分の身を守る事を最優先で考えなくちゃならない。さっきまでとは明らかに異なる気配が、アタシを焦らせる。背筋が凍るような禍々しい空気が辺りに充満し始めている事を、アタシも依子もはっきり感じ取っていた。
多聞が出ていった時と今じゃ、明らかに状況が変わってきている。明るい彼女に似合わない、憂を帯びた深いため息が依子の口から漏れた。
「……ハッ!?先生!!」
「……ここでじっとしていただろうな?」
アタシ達がこの場所を離れようとしたまさにその時だった。多聞のアンポンタンがアタシ達のところに帰ってきたのは。
まったく、こっちの気も知らないで―……怪我の一つもなく戻って来た多聞に対して、呆れとも安堵とも言えない気持ちが込み上げた。でも、無事に越したことはないわね。それに、今はつまらない愚痴を溢している場合じゃないのだから。頭、切り替えなきゃ。
「……見ての通りこっちは二人とも無事よ。そっちは?何か分かったの?」
「ああ。奴ら……ただ何の目的もないまま襲って来ているわけじゃない。
どこかに必ず奴らの感覚を繋いで支配している奴がいる。……そいつを潰せば―……」
「ちょ!?ちょっと、まさか―……ッ!!」
多聞の物騒な物言いに嫌な汗が大量に吹き出す。多聞が言う“奴ら”って、あの化け物共以外有り得ないじゃない!まさかとは思うけど、このヅラ男―……ッ!!
「いいか、二人とも。これから私の言うことだけ聞いて行動しろ。……いいな」
「いや……ずっと言う通りにしてるんですけど……どうするんですか?
早く助けを呼びに行きましょうよぉ……」
―……ヴォオオオッ……―
突如、響いた唸り声。その声にアタシも多聞も依子も口を閉ざし息を殺す。
少し潜もった不快な音。獣の咆哮じゃない。そんな生易しいものじゃない。恐らく、アタシ達がさっきから感じていた禍々しい気配の正体はコイツだわ。
「……追ってきたか。ここにいても良い事はなさそうだ。行くぞ。私が奴を倒す。松崎君は私のサポート、安野は辺りを警戒してくれ」
……やるしかないわね。
一つ頷いて、アタシ達は走り出した。
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谷山 結衣
宮田医院/第一病棟診察室昭和78年8月3日
PM 7:10
もうどれぐらいここにいるんだろう?鉄格子のはまった窓が切り取る空は随分前に闇色一色に塗り潰されていた。本来好きなはずの晩夏の夜もこんな状況下じゃ、とてもじゃないが好きになれそうにない。
重く立ちこめる闇が私の心に大きな影を落とす。
あれから―…理沙さんが“お姉ちゃん”と呼んだ、あの化け物を見てからというもの、私達の間に会話らしい会話はなかった。
私は相変わらず喋れないから仕方がないとして、宮田さんも理沙さんも押し黙り一言も喋らない。
……疲れたな。二人の顔を見ていて、ふっと、そう思った。
何でこんな事になってしまったんだろう?どうしてこんな事に巻き込まれてしまったんだろう?考えないようにしていたのに一度考え出してしまうと、感情は水が湧き出すみたいに次から次へと溢れて止まらなくて―……
目頭が熱い。折れてしまいたくなる。
……ううん。ダメだダメだ!まだ、泣いちゃダメだ。私がここで泣いたところで何になる。何が変わる。事態が好転するわけじゃない。それに、泣いたってどうにもならない事があると、私は知ってるじゃないか。
生き残りたかったら思考を止めちゃダメだ。考えなきゃ。考えろ。
「牧野さん……無事だったんですね」
突然、外へと繋がる扉が大きな音を立てて開いた。乱暴に開けられて悲鳴を上げる蝶番がうるさい。
緊張が私の体の筋肉を強張らせる。まさか、あの化け物達が―……私は、慌てて伏せていた顔を上げた。そこにいたのは―……化け物ではなく一人の男の人。
肩で息をしているこの人は年はリンさんや宮田さんと同じくらいだろうか?全身を包んでいる真っ黒な牧師服と真ん中できっちりと分けられた黒い髪が特徴的な、線の細い男の人だ。……ッ!?待って!!この人の顔ッ!!
自分の目が大きく見開いたのが分かる。そして、私の視線は男の人から宮田さんへと自然に動いた。この二人―……まさか……
「前田さんのところの中学生の女の子が来ていませんか?」
「いえ……一緒だったんですか?」
酷くオドオドした声色だけど、この声―……間違いない。
同じ顔に……同じ声……この男の人と宮田さんは―……
「一緒だ。先生も双子?」
理沙さんの声が不気味に静まり返った病室にこだました。
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松崎 綾子
蛭ノ塚/水蛭子神社湧水
昭和78年8月3日
PM 9:10
「本ッ当に中見てないですよね!?先生、嘘付いてないですよねッ!?」
今し方あんな目にあったばかりなのにこの子ときたら―……
多聞の眉間に深い皺が寄る。近い将来、多聞の毛根が消滅したらそれは十中八九依子が原因だろう。
でも、一体何が書いてあるんだか―……古いお堂の傍に落ちていた自分の学生証を大事そうに抱えて、依子は迫るように多聞に言い寄っていた。
このまま多聞がストレスを蓄めていく様を見ててもね……このままじゃ埒が空かないわ。仕方ない。
「……先生!答えてく……もがッ―……!?」
「はいはい。分かったから少し黙る。話がまとまらないわ。……ところで多聞。さっきアンタが倒した化け物―……って、こら!暴れない!」
依子の口を手で塞げば彼女は抗議するように手足をばたつかせる。麻衣も結衣も似たような反応をしてくれたことがあるけど、何もアンタも同じ事をする必要ないでしょうに。
少しの間黙る事を条件に、アタシは依子の口から手を退けた。
「……おそらく奴がここら一体の他の化け物に指示を出していたんだろう。その証拠に奴を倒したその直後から化け物の気配が消えた」
……確かに。多聞が言うように今はもうあの不気味な気配が消えていた。それどころか他の不浄な者達の息吹き一つない。
「アレが化け物達の中枢―……さしずめブレインと言ったところか。奴が化け物達を操っていたんだろう。他の化け物とは違い奴は私達の姿を見るなり走って逃げようとした。一見、奇行に走ったように思えるが、中枢がやられると周りも道連れになるならあの行動は当然と言える」
成る程―……だから、他の化け物と違って積極的に襲ってこなかったのね。真偽はともかく、多聞の語った仮説は筋が通ったものだった。
「……そうだとすると少し厄介ね」
「どーしてですかぁ~?」
「あの化け物達にも知性と統率性があるという事だからだ。一体でも十分に脅威になりうるアイツらが連携して襲い掛かってくる可能性だってある。これがどういう意味か、いくら君でも分かるだろう?」
ウッ……と、短い呻き声が依子の口から漏れた。多聞が今語ったように、さっきは何とか潰す事に成功したが、事態が好転したとは言いづらい。それに―……
「あの化け物―……ブレインって便宜的に呼ばせてもらうけど、あいつの他の化け物も昼間までとは明らかに違ってるって思わなかった?」
「確かに綾子さんが言う通りですね~昼間までは顔にイソギンチャクくっついてたり、羽が生えていたり、犬みたいに追っ掛けてくるようなのはいなかったですよ~顔色は悪いけど、皆人の形してました」
頭の中で引っ掛かっていた疑問を投げ掛ければ、のほほんとした感想が依子から返ってきた。いや、まあ、その通りだけど―……
もっともな感想を述べているにも関わらず相手を脱力させてしまう依子のこの話し方は、ある意味で天武の才ね。……と、呆れながらも一人感心してしまった。
「……はあ。その話はあとだ。今のうちにここを離れるぞ。各自警戒を怠るな」
明日も無事に朝を迎えられるかしら。そんな弱気な考えが頭をよぎる。
闇はまだ消えそうにない。