中世編
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卑怯?
持っている手札を出さず最善を尽くさない方が馬鹿げてる。
《LIVE》
ナブディスが崩壊したその直後。降りしきる黒い雨の中、風は強く泣き叫んでいた。ううん。風だと思ったそれは風ではなかった。弾け飛んだ魔―……ミストによってもたらされた混沌の反動か、ナブディスの大気は重く動きようがなかったのだから。そんな状況で風など吹くはずもない。
雨が降る、黒に染まる。
ミストが弾ける、白に潰れる。
風のようなものが再び金切り声をあげる。……それは風ではなく人々の叫びだった。
無慈悲に理不尽にその生を奪われ、黄泉の国へと誘われてしまった無数の打ち拉がれた魂。残された憎悪にすがり、結末を変えたいと願いつつもけっしてそれは叶わず、解放されたいというただそれだけの願いすら持つ事を許されない―……悲しい魂達の慟哭。
私は歩く。汚泥に沈みながら。
私は進む。身に纏っている衣服が、髪が、黒く汚れた水を吸い込み皮膚を侵食する。
私は目を逸らす。細かな破裂音。自分の足を退ければ誰かの折れ曲がった黒い腕が泥の中から姿を現した。
私は走る。雨は―……止む気配を見せなかった。
別の場所ではまた音が生まれていた。音の発信源は瓦礫の山だった。
ああ……誰かが片付けているんだ。そうね……こんなに散らかっちゃ危ないもの。それに明日は市だもの。余計に危ないわ。
……常時であれば有り得ない思考が頭を掠める。そんなわけがないのに。
そこにいたのは、一人のバンガ族の女性だった。泥水を啜るように這いつくばり、山となった残骸を掘り返している。この音の正体は、彼女が一心不乱に瓦礫を退かしている音。―……麻痺した頭でようやく結論づける。
彼女の右足は、本来であれば膝から下にあるべきものが欠損していた。その証拠に、彼女の膝下から向こうの瓦礫が顔を覗かせている。断面が炭化してズブズブに崩れ落ちている……、おそらくさっきの業火の中、焼き落とされてしまったのだろう。
でも、このバンガの女性は一心不乱に地面を掘り続けていた。気絶してもおかしくない程の深い傷を負っているにもかかわらず、彼女は瓦礫を何かに取付かれたように掘り続ける。
呪文のように一つの言葉を呟き続けて。
それは、名前だった。
他の人たちと同じように、目の前で松明のように燃え上がったか、あるいは氷柱と化してしまったか、溶けたのか―……夫の名か、子供の名前か、それとも他の誰かか―……それは私には分からなかった。
すでにこの世にいないであろう愛する家族の名を呟いて、彼女は手を動かし続ける。
この瓦礫を退かせば、その下から彼女の愛する者が飛び出して彼女を抱き締めてくれる―……そう思っているのだろうか?いや、そもそもこの瓦礫の山は彼女が住んでいた家のなれの果てなのだろうか?
あの爆風……彼女が目醒めた時、その場所が今までいたところと同じとは限らない。いいえ、むしろ可能性として低いはずだ。
では、彼女のあの行動は無意味でしかないのか?……それは違う。きっと、今の彼女にとって動きを止めることと諦める事は同義だ。
瓦礫を……数多くの破片を摘み上げたのであろう彼女の両腕は、とっくにくすんだ赤に染まっていた。バンガ族特有の強固な鱗は剥がれ落ち、その下の肉には裂傷が走り、さらにその先から覗いている白いものは彼女の骨なのだろうか?
それでも、彼女は手を止めない。彼女が諦めれば、手を止めれば、彼女の愛する家族は永久に失われてしまうのだから。
私もいつまでもここにいるわけにはいかない。歩を進めようと思った―……その時だった。一際大きな音を立てて瓦礫が崩れる。振り返れば、先程のバンガが重たい瓦礫をついに動かしたということが分かった。
そこには空洞があった。偶然出来た、人が隠れることが出来るくらいの空間。虚ろだった彼女の瞳に光が灯り、顔が歓喜の色に染まる。彼女は腕を伸ばし―……そして―……掴み出されたヒュム族の子供らしき黒く焦げた小さな遺体を見つめて、彼女は天に向かって言葉にならない叫びで吠えた。
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「ッ―……!?」
「うわっ!?って、変な起き方すんなよ。ゾンビかと思ったぞ……」
かすかに聞こえる水の音と、そして何より目の前の男の声により、どこか焦点が合わなかった視界に光が戻る。強いカビの匂いと埃の匂いが煩わしく鼻腔を突く。まるで、石のように凝り固まった体を動かせば、キシッ……という耳障りな音を立てて古いベットのスプリングが軋んだ。
「……えらいうなされてたみたいだが、嫌な夢でも見たのかい?」
「……夢?ああ、そうか……夢、ですよね」
どうやら昨夜から今まで私は呑気に寝ていたらしい。それは、睡眠をあまりとらない私にとって珍しい事だった。
それにあの夢―……ここ暫らく見ていなかったのに。
覚醒する意識と比例するように徐々に自分を取り巻く状況が頭の中で、まるでパズルを組み立てるように組み合わさっていく。確か、昨日―……
「ハハッ。こんな牢屋みたいな部屋でいい夢を見るほうが難しいか。それはともかく、昨日は一回戦突破、おめでとう」
そう言うと、目の前の鉄格子が区切った空間の先にいる壮年の兵士は豪胆に笑った。
いくら賞金首やら何やらがゴロゴロ参加してるとは言ってもこの仕打ちはどういうことだ。これは。まるで―……撤回。文字通り監獄である“控え室”にいるという事実に、大きなため息が吐いて出て来てしまったのは仕方がないというものだと思う。
「……すみません。今、何時くらいですか?すっかり寝入ってしまって時間の感覚がなくって」
「ん?ああ、そーいやアンタ、今日が二回戦だったな。安心していいぞ。一回戦と同じで時間になったら知らせの兵が来る」
「……そうですか」
時計もなく、採光目的の小さな天窓しかないこの鉄の檻の中では時間の流れなんてあってないようなもの。ただ、無駄に沈黙だけが流れていくだけだった。
どんな規定かは知らないが、大会に参加中の選手同士の接触が厳しく禁じられている以上、選手一人一人に見張りが付きあまつこのような場所に閉じ込められるのも仕方がない、か。
そこまで思考をまとめて、おそらく自分の担当であろうこの兵士に視線の先を向ける。うだつの上がらなそうな、でも、どことなく人の良さが滲み出ている壮年兵は、隠そうともせず、その顔を崩して盛大にあくびを漏らしていた。……どうやら暇なのはあちらも一緒らしい。
「……しっかし、あれだな。アンタ女だったんだな」
「…それ以外の何に見えるっていうんですか?」
寝ている間にフードは取れてしまったのだろうか?面倒ごとを避けるために被っていたフードは今はなく、代わりに私は素顔を晒してこの兵士と対面していた。
常時であれば聞き流す類の話だけど、今は何と言っても私自身暇だった。私だって手持ちぶたさなこの状況が心地いいわけではないし、少しぐらいこの兵士の無駄話に付き合っても問題はないだろう。
それにこの人は、私が女であると知ってもどうこうするような人種ではない―……はずだ、たぶん。
「……いや、気分を害したんだったら悪いな。単純に珍しいと思ったんだよ」
「……まあ、物好きではあるでしょうね」
いくら対戦相手を殺してしまえば即刻退場のルールがあるとはいえ、こんな血生臭い娯楽に観客としてはなく剣闘士として参加をしている物好きな女は私ぐらいなものだろう。
まあ、だからこそ、不必要な注目を集めないように外では極力顔と体を露出しないようにしているわけだが―……
「ふぅん……確かに物好きだが趣向は人それぞれ、か。いや、でも珍しいよ。本当に」
……徐々に歯切れが悪くなる兵士の言葉に、言い様にない不安感を煽られるのは何故だろうか。……きっと気のせいよ。きっと。
「……ところで、私の今日の対戦相手は誰でしょうか?」
「……ん?ああ、すまねえ!それは教えちゃいけねえって決まりになったんだ。ほら、この大会に参加している連中、きな臭い奴も多いだろ?聞いた話だと昨日も選手同士でいざこざがあったようだしな。……一応、一人一人に見張りは付いているが―……万が一、名前を教えて昨日みたいに無駄なトラブル起こされるとこっちとしても困るんだよ」
……大方そんな理由だろうなとは思っていたけれど―……やはり、有益な情報を得る事は出来なそうだ。情報はその後の展開に大きく作用するから、出来れば事前に仕入れるだけ仕入れたかったのだけど……まあ、どんな人間が相手か分からない以上、こちらとしても迂闊な行動は―……
まさか昨日起きたトラブルに私が関わっていたとも言いだせるわけもなく、私は一人そこまで考えを整理した。
「あっ!でも、次のアンタの対戦相手は魔道士だったかな?」
……ちょっと待って。今この人、無茶苦茶大切な情報漏らしてなかった?
「……いいんですか?私、一応選手なんですが」
「ああ、別にかまいやしねえよ!名前を教えたわけじゃないからな。それに、アンタ、俺たち下っぱの兵士の雑用を増やすような人間には思えないしな」
……大丈夫か……ここの兵士どもは。
なんの根拠もなしに、自信をたっぷりと込めて言い放った男に対し、他人事ながら何故か心配になったことは言うまでもない。
いや、問題起こした一人は私ですよ?言ったら面倒なことになりそうなので勿論、口には出さないけれど。
……でも、魔道士……魔道士、か。
「おっ?そうこうしているうちに呼ばれるみたいだな。そろそろ準備をしてくれや」
「……ええ」
髪を少々乱暴にまとめ、フードを目深に被り直せば、少しおいて天窓から熱気を孕んだ歓声が降り注いだ。どうやら、もうすぐ呼ばれるというのは本当らしい。
「あの―……」
「なんだ?」
「確かこの大会、禁止事項って殺人と試合前の選手同士の接触だけでしたよね?」
「あ?ああ……たしかそうだったはずだが―……」
……もらった。
「……じょ、嬢ちゃん?」
「静寂に消えた無尽の骸達―……」
相手が魔道士だと言うなら話は早い。
「闇を返す光となれ」
確かに、魔道士はやっかいな相手だ。懐に入り込めば詠唱を邪魔してしまえば済む話だが―……入り込むまでが難しい。距離を詰める前に遠距離から大火力の魔法を発動されてしまってはどうしようもないのだから。
なら、どうするのが最善か?……答えは決まっている。
「……リクレク」
短い呪が紡ぎ終わるのとほぼ同時に出現した光の鎧。それを見つめる私の顔には、きっと意地の悪い笑みが浮かんでいることだろう。……悪いけど、手加減する理由もないから。手札は全部使わせてもらおう。
++++++++++++++++++++
【sideオルステッド】
「えっ!?ストレイボウ!?それってどういう―……」
「……さっきも言っただろう。……負けたんだよ」
細く切り取られた天窓から本日二度目の歓声が降り注ぐ。その歓声に、自分の親友の少しすかした自慢気な顔を思い浮べていただけに、その親友の口から紡がれた言葉は、俺にとって、予想のはるか斜め上をいくものだった。
「お前、昨日会ったあの背の小さなガキの事は覚えているか?」
「あ……ああ……覚えてるけど―……」
「……あいつだよ」
……待て。話にいまいちついていけない。昨日の記憶を思い出したところで思考がとまる。今、ストレイボウは何って―……
「あのガキとあたったんだが―……どうも妙な術士だったらしい。俺の魔法、俺自身に全部跳ね返ってきたんだよ」
「そんな、まさか!そんな魔法、見たことも聞いたこともないぞ!」
……きっと、今の俺は酷く間抜けな顔をしているんだろう。鏡がないから自分では確かめようがないが、それくらいなら簡単に想像することが出来る。
「……そんな顔をするなよ。俺がここにいるのがその証拠だ」
そう呆れた声で話すと、親友―……ストレイボウは一度大きく薄汚れた天井に向かって息を吐いた。
確かに選手同士の接触が禁じられてる以上、ストレイボウが順当に勝ち進んでいるのだとしたら、大会中にも関わらず、同じく選手の一人である俺の部屋に来ることなど有り得ない。それが何を意味しているのか―……いくら俺にでも分かる。頭では理解しているんだ。しかし―……
「……君が負けるなんて……」
そう。頭で理解することと受け入れることは別のものだ。
俺には信じられなかった。
いや、信じたくなかったというほうが正しいのかもしれない。だって、俺はこいつをずっと見てきたから。誰よりも努力を重ねてきたという事実を知っていたから。
「……仕方ないさ。悔しいが相手を舐めてかかった俺にも非があったんだ。……気を付けろ。あいつの使う術は他では見たことがないものだった。それに、このままあいつが勝ち進めばいつかお前とも戦うことになる。……それと、オルステッド―……」
”約束、守れなくてすまなかった”
「……術士、か」
天窓から零れ落ちる落日の光。柔らかな朱色の光の橋にあの指輪を翳せば―……
「……血、か」
昨日のストレイボウの言葉が頭の中を何度も反芻する。
指輪は何も答えない。ただ、あの不思議な輝きは、変わらずに柘榴色の中で燃えて揺らいでいた。
「……相手が誰であれ負けるわけにはいかない」
そっと吐き出された言葉は狭い室内に静かに溶けていった。