中世編
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「……はい。でも、そうじゃないんです。私、父上と向かい合う事から逃げたんです。……私、戻ります。分かっていただけないかもしれないですが……」
「……取り敢えず言っておくわ。頑張りなさい」
まあ、彼女の行く末がどうなろうが私には関係ないけれど……自然にそう思えたから。
《LIVE》
「……話は聞いていたけどすごい人ね。この城下」
頑強な石造りの城壁の内側へ一歩足を踏み入れれば、そこは城壁の外の世界とは一線も二線も介する風景が広がっていた。
ルクレチア王国。
北西大陸の中心として、又、絹の道と呼ばれる貿易路の西の果ての地として遙か古代から栄え続けている神聖王国。絶対君主制が引かれているこの国は、世界の他のどの国よりも強大な国力を有しており、又、国民が持ち合わせているイデオロギーが強固な事やその一方で周囲や国内の状況に対応する柔軟性をも備えており、まさに世界一の栄華を誇っていると言っても差し支えのない―……
「……って、絶対王政引いてる、ナショナリズムの固まりみたいな国から発行されている本を読んでもね」
城門をくぐった直後に手渡されたこの国の資料に軽く目を通せば、思わずそんな感想が口からこぼれる。まあ、私がそんな事を口にしたところでよほどの大声でなければすぐにこの雑踏に塗り潰されて消えてしまうだろうけれど。
それに、元々この世界とは、国とは、人とは、縁も所縁もない私にとってお国の自慢話なんて不必要極まりない情報だった。そりゃあ、政治情勢やら世界情勢―……この世界一般の“常識”とやらは把握しておくべき情報だけれど。生憎、この類の話を私は求めていなかった。
こっちに来てから丁度一月ほどだろうか?あの日、ヴァンとパンネロの二人に半ば強引に連れ出されて、古い朽ち果てた遺跡―……二人の話だと、遥か古代の、それこそ有史以前の遺跡という事だから、私からすれば途方も無い年月を刻んでいるあの場所に行ってしまったのがそもそもの原因だった。
何であの二人があの……ミストに包まれ、普通の飛空艇では決して近寄れない未開の地―……私達の間でヤクトと呼ばれる禁断の地の最奥にある遺跡について詳しく知っていたのかは分からない。だけど、私がいくら疑問に思ったところでこうなってしまったからにはその疑問は一先ず置いておくしかない。……この状況では二人に聞きようがないのだから。
二人に続いて濃密なミストにより空に不思議な文様が刻まれている遺跡奥へ奥へと進めば……確かにそれはあったのだ。二人が“グレバドスの秘宝”と呼んだ、碧い玉石の固まりが。でも、それと同時に―……
『……よう。ヴァン。それからパンネロ。久しぶりだな』
『バルフレア!それにフランも!やっぱりあんたら無事だったんだな!』
『……言っただろう?死ぬわけがないのさ。物語の主人公は、な。……ところで、ヴァン。お前達……まさか“コレ”狙ってきたわけじゃないよな?もし、狙ってきたのだとしたら―……』
『……したら?』
『商売敵は早々に潰させてもらうだけだ―……それにこれはお前達の手には負えない』
「……ったく……いきなりわけも分からず喧嘩に巻き込まれたこっちの身にもなってほしいわ」
ここにいない相手に対して愚痴を言ったところでソレはただの徒労に終わる事は分かっているけれど―……こぼさなきゃやっていけない事だってある。
あの遺跡の奥には私達三人の他にももう二人……侵入者がいたのだ。
ヒュム族の若い男とビィエラ族の戦士と思わしき女性の二人組。私はこの二人に会ったことはないが、それは一方的によく見知った顔だった。
最速の空賊バルフレアとその相棒のフラン。
どの国家や組織にも属さず、世界最速の愛機シュトラールに乗って縦横無尽に空を駆け回る空賊。賞金首ランキングにおいてはさほど上位にいるわけではないが、その手口の鮮やかさ。あくどい者のみを標的に弱きを助け強きを挫く―……所詮、義賊というやつだが、そのおかげで他のどの空賊よりも有名で庶民の間でも抜群の人気を誇っている人間。それがバルフレアだった。
……まさにマフティスの対極にいるような人物なのだ。このバルフレアという男は。まあ、マフティスはクラン―……賞金稼ぎだからお互い対極にあるのは必然でもあるのだけど。
そんな有名人物と、ラバナスタ内ではちょっとした有名人だがただの一庶民でしかないヴァンとパンネロが、何故、旧知の友のように親しげに話しているのか……それは分からない。
……いいえ。それ“も”ね。
まったく…本当にこの二人と一緒にいると分からない事ばかり増えていく。
ただ、分かる事もあった。それは―……
『……どうするの、ヴァン?あっちはやる気みたいだけど?』
『……当たり前だろ、クロト?空賊がやる事っていったら一つ―……』
『……へえ。もういっぱしの空賊気取りか?……と、言いたいところだが、上出来だヴァン。宝があれば―……』
”奪うのみッ!!”
戦闘が避けられそうにないって事は、ね。
だけど、その結果は―……
『……バルフレア!!後ろッ!!』
『……ヴァン!クロト!!見て!グレバドスの秘宝が!!』
『……ッ!!』
フランがバルフレアの名前を、パンネロがヴァンと私の名前をほぼ同時に短く叫ぶ!反射的に振り返れば、私の瞳を突如強い光が襲った!
遺跡内に漂う濃密なミスト達―……“魔”の力が一点に向かって収束する。その中心にあるのは、グレバドスの秘宝と呼ばれる輝石で―……普段であれば目視する事すら叶わない魔の光は白い光の渦となり膨張を始めたのだ。
ドクン……と心臓がまるで早鐘のように鳴り響くのが……私の中を流れる血液が勢い良く身体の下へ下へと引いていくのが分かる。あれは……あの光景は……!!
『……ダメッ!!』
『……クロトッ!?』
『……嬢ちゃんッ!?』
視界が白に……黒に潰れる。ああ……やっぱりあの日と同じ……そっと瞳を閉じれば……ほら、あの日も―……
”助けてッ!!誰か……!!”
意識を手放そうとしたあの時―……あの一瞬―……誰かの叫びを聞いたような気がした。
何であんな不毛な事をしたのか……しようと思ったのか……今でも分からない。でも、あの時、確かに私は必死で……たった一つのことだけを考えてた。
“グレバドスの秘宝”をどこか……どこか遠くへ……!
それだけに心を支配されて、秘宝を手に取って……そして、気が付いたら見知らぬ雪山の山頂に倒れていて―……
「……間抜けな話よね。もし、あの日と同じ事が起きるのだとしたら、私が慌てて捨てたところでどうしようもないのに」
人でごった返す、見事に配置された幾何学的な石畳の大通り。そこで一人立ち止まれば、人の波は私に打ち寄せ―……そして私という障害物を蛇行するように避けながら再び流れていく。
顔に付いて出てくるのは自嘲の笑み。一体、あの時、捨てたとしてどうなっていたというのだろうか?それは少し考えれば分かる事だった。仮に、あの光がミストの暴走の前兆だったとしても……私ごときがいくら遠くへ投げ捨てようとしてもそれは無駄な事だっただろう。だって―……
「……ナブディスは滅んだのだから」
そう言えば、ナブディスも休日の大通りはこんな感じだったな。……なんてそんな事、考えてた。
道の脇には露天が並んで、手を繋いで歩く親子や人の間を縫うように……時々ぶつかりながらも駆け抜けていく子供達がいたっけ。
「……いけない。さっさと用を済ませなきゃ」
忘れるところだった。さっさと用事を片付けてしまおう。でないとまた、あの偏屈中年のお小言をくらうはめになりそうだ。
そして私は再び、人の流れに乗って歩き出した。
++++++++++++++++++++
「マスター。紅茶と……あと何か軽いものをお願い」
「へいよ。……おや?あんた女だったのかい?フード被ってたから分からなかったよ」
「……初めて来店した客に対してそれって不躾じゃない?」
「……アハハハッ!そりゃ、すまねえな!どうも俺、なんでも口に出しちまう性分らしくてな。……しっかし、あんた白い髪なんて珍しいな。旅人かい?」
ふう……と一つ息を吐きながら、やっぱりコートを脱がなきゃよかったと思ったところでもはや後の祭りだった。そもそも用を済ませる前にひなびた路地裏の酒場になんか入ったのがいけなかったのだろうか?
いや、さすがにこれ以上減ってきたらお腹が悲鳴を上げかねないし、何より泣けてくるからそれはない。……うん。断じて間違いなんかじゃないわ。でも―……
ため息を吐くついでに下に向けていた視線の先を上へと戻せば、とたんにかち合う私と酒場のマスターの好奇心に満ちあふれた瞳。……いい年しといて何っていう目で人を見るんだろうか?このおじさんは。
昼間の酒場だから夜よりは人は少ないとはいえ、今はお昼時。昼間はちょっとした軽食店に化けるらしいこの店には私以外の客がいないなどというわけはなく―……そんな中でこのマスターの視線は少し……いや、かなり困る!現に酒場にいる他の客だって何事かと釣られて私達の方を注視し始めたではないか。 ……居心地はかなりよろしくない。
私はどこぞ見せ物小屋の猿かしら?
……そんな疑問が沸々と沸き上がるのは何故だろう。いや、実際、見せ物小屋の猿ね。本当に。
「……あの、マスター―……」
「……止めてくださいッ!!」
あまりの視線に堪り兼ねて口を開こうとしたまさにその時だった。私の口からこれから生まれ、続くはずだった言葉が、突如、第三者によって阻まれたのは。
あまりに突然の大声に驚いたらしいマスターは目を大きく見開き私を見つめる。そんなマスターに私は慌てて否定の意味を込めて首を横に振った。
確かに必要以上にこちらを見るのは勘弁してほしかったが、今の声の主は私ではない。
「……じゃあ、一体……?ん、あれは―……?」
マスターの動きから少し遅れるようにして、私も彼の視線の先へと自分の目の焦点を合わせる。そこには―……
「……へへ。嬢ちゃん。こんなところに一人で何しに来たんだ?」
「……放して下さいッ!!」
「……まあ、ベタな展開、ね」
今時、三紋小説だって食って食わないような……そんな何のひねりもない展開に思わず苦笑いが込み上げてくる。
私達の視線の先、そこでは、ゆるくウェーブがかかった藤色の髪の―……身に纏っているものからして上流階級の人間であろう一人の少女が、まあ酒臭そうでついでに口も臭そうな悪漢に絡まれているというなんともお約束な光景が広がっていたのだ。
「……ところで、マスター?私の注文した料理はまだ?」
「……へっ?ああ……だけど、あれ―……」
「……さあ?私には関係ないわ」
そう言い切ると、私は一足先に手元に運ばれてきていた紅茶に一口口をつけた。何故、助けないのか?……というマスター無言の訴えを無視しながら私は紅茶にまた口をつける。
何故、助けない?じゃあ、逆に聞きたいくらい。どうして助けなければいけないのか?と。
絵本に出てくるお姫様を救う高貴な王子様や清廉潔癖な騎士様が、今、ここに現われて助けてくれるの?彼女が願えば?祈れば?……ありっこない。現実はそんなに都合よくできていない。
赤の他人を助けていらない恨みを買うのはごめんだった。それは今この酒場に居合わせている全員が思っていることだろう。それは当たり前だった。誰だって自分の日常を犯されたくはない。
そもそも、こんな下町の路地裏のひなびた酒場にあのように上等な絹のローブを着て少女が一人で来る事自体間違っている。……少し頭を使えば考え付くことだろうに―……あれではまるで自分を誘拐して親から身代金を取って下さいと書いた看板をしょっているようなもんだと思う。
厳しい事だけど、彼女にも非はあるのだ。
無知が罪だと、そこまでは言わない。
だけれど、それによって引き起こったことはたとえ予想の範疇外だとしても受け入れなければいけないと思う。個人的に、だが。
「……おっ?お前も女か?兄貴ー!こっちにも女がいますぜ!」
「……なに?今行く!おい!お前も来るんだ!」
「痛い!放してッ!」
……チッ。一人じゃなかったのか。
心の中で盛大に悪態を吐いて、私は少々―……訂正。かなり乱暴に立ち上がった。その証拠に思いっきり手を叩きつけたおかげで、褪せたテーブルの上で鮮やかな色彩を生み出していたガラスの花瓶と花がカタン、と音を立て倒れ―……零れた水はじわじわと床を浸食していった。
まさか、こっちにも火の粉が飛んでくるなんて……やっぱりコート、脱がなきゃよかった。そうすればからまれる事もなかった―……って今更言っても無駄…か。……ってか、本当に息が臭いわね。こいつら。鼻曲がるわ。
「……何ですか?」
「……へへ。分かってんだろう?お前さんにも一緒に来てもらうんだよ。こっちのお嬢さんと一緒にな」
……ああ。そんな事だと思っていましたとも。
何の面白みもないその言葉に思わず頭を抱えたくなったその時だった―…
…
「……止めてくださいッ!……私はッ……!私だけならば大人しくしますから!だから、彼女は……!!」
震えてばかりいた少女が声を張り上げたのは。
今まで震えてばかりいた相手が突如叫んだためだろうか?少女の手を乱暴に掴んでいる悪漢の瞳に驚愕の色が滲み、口が間抜けに半開きになる。だけど、驚いたのは、私も同じ。今……この子―……
「お願いです!私だけなら……私なら―……」
大きな、まるで青い水晶のように大きな瞳にたくさんの涙をためて……恐怖に震えて……怖いのだろうに、それでも彼女は必死に一つの事を訴えていた。
私を見逃すように、と。
「……ああ?んな事、俺達が聞くわけ―……」
「……じゃあ、無理矢理聞かせてあげるわよ」
ドンッ!と、大きく鈍い音が小さな酒場に響く。間合いをつめて足払いを仕掛ければ、面白いくらい簡単に悪漢は重心を崩し床と対面した。そして暴漢はあっついキスを床とかます。それはそれは物凄く滑稽で、面白おかしくて仕方がない。
「……女ッ!テメ……っ……ヒィイイ!」
「……これ以上騒いだら喉かき斬っちゃうわよ?いいの?……ああ、そっちの方がいいかもね。だって、うるさくないもの」
起き上がった男の喉元に私は間髪入れず抜き身のレイピアの切っ先を押しつけ、口元には笑みを浮かべながら歌うように言葉を紡ぐ。まあ、本当にかき斬るつもりはないけれど、これぐらい言っても罰は当たらないだろう。
……別に人を殺す事に躊躇があるわけじゃない。そんなの今更だった。……どうしようもないくらい……今更だった。だけど、余計な事をして恨みを買うような―……私はそんなに愚かではない。……と思う。
正直、喧嘩売った時点で恨みを買っているような気もするがこれ以上という意味で、ね。それに何より、今から愛しい愛しいご飯の時間なのにそこが血で汚れているなんて嫌だった。
「く……クソッ!お前達、か、帰るぞ!女!覚えておきやがれッ……!」
「……最後まで見事なまでの小物臭」
見た目も悪漢というイメージの期待を裏切らないような小汚さだったけど―……捨て台詞もまた見事なもんね。せめて、捨て台詞くらい趣向を凝らして―……いや、それもそれでうざい気がするから却下。
そんな聞く者が聞いたらあさってな方向の事を考えながら、私は鞘へと自分の剣を滑らせた。
「……助けてくれてありがとうございました!」
「あんた……凄いな!まさか、あんなに腕が立つなんて!」
「……いや、あのね。二人とも顔近いから……」
雨降って地固まる……?
今、私の目の前には山ほどの食事と約二名ばかりから向けられている熱い視線がある。……なんでも、この大量の食事はマスターの奢りだそうで。有り難い事この上ないけど……さっきも言ったが、正直、この視線だけは勘弁してほしい。おまけに今はさっきの倍の量だ。……いや、本当に止めてください。
「……本当に本当に私……私ダメだと―……」
藤色の髪の少女はそこまで言葉にすると、そこから先は声を詰まらせて……そして、初めて大粒の涙を零した。
緊張の糸が切れたためだろうか?放っておいたらひからびるんじゃないかと思うほどの大粒の涙が次から次へと彼女の瞳から零れ、頬を伝い古びたテーブルに吸い込まれて消えていく。
あーあー……でも、助けるねえ……
「……助けるというか不可抗力?あなたの事、助けるつもりなんてなかったからお礼なんか言わなくていいわ」
「……えっ」
「……そのままの意味。もし、あの時、あいつらが私に目を付けなければ放っておいたって事。だから、お礼なんか言わなくてもいいのよ?助けるつもり、これっぽっちもなかったから」
「お……おい、あんた!」
私の言葉を妨げるようにマスターの酷く慌てた声が割るように間に入ってくる。でも、仕方がない。事実なんだから。私は無視して続きの言葉を紡ぐ。
「……それに絡まれたのだってあなたが悪いのよ?あなた上流階級の出でしょう?」
「!……ど……どうしてそれを……」
「服を見れば一発よ。攫って下さいって看板背負って歩いているようなものだもの。それ」
少女の小さい体が震えだすが、ここまで言っておいて今更止める気など私にはなかった。
「大方、外の世界が見たい。自由になりたい。……そんな所でしょうけど……悪いことは言わない。家へ帰りなさい」
酷なことを言うようだけれど、温室育ちの彼女が家を出て一人でやっていけるとは到底思えなかった。現にこんな上等な絹の衣を纏って下町をうろつくような子なのだ。
「外はね、あなたが思っているような楽園じゃないわ。農夫?いつ襲ってくるかわからない災害に怯えながら税を納めているでしょうね。じゃあ、木こり?いつ自分が伐採した木の下敷きになるかわかったもんじゃないわね。……皆、縛られているのよ。あなたと同じように」
「……でも!」
「……まあ、最終的に決めるのはあなた自身なんだから、赤の他人の私には関係がない事だけれど」
規則正しく時を刻む針の音がやけに大きく耳に張りつく。私も、少女も、マスターも、そして他の誰も口を開こうとする者はいなかった。ただ、沈黙だけがわだかまり、染みのようにじわじわと広がっていった。
……その沈黙の染みの広がりを止めたのは少女だった。
「……私、実は親に無理矢理結婚させられそうになっていたんです。……私には兄がいたんですが……兄は流行り病で亡くなってしまって。私、兄の身代わりにはなれなくて―……兄を越えられなくて―……だから、父上は一刻も早く跡取りを欲しがって……それで―……」
「……逃げた?」
「……はい。でも、そうじゃないんです。私、父上と向かい合う事から逃げたんです。……私、戻ります。……分かっていただけないかもしれないけど……」
少女はもう―……泣いていなかった。
「……取り敢えず言っておくわ。頑張りなさい」
「!……はい!!」
最後に一言そう言うと、泣き腫らして真っ赤な目には不釣り合いな笑みを浮かべて少女は去っていった。
「……ケアル」
そんな彼女の背中に向かって私は初歩の治癒呪文を静かに唱える。……マスターも彼女も気付かないように小さく魔の呪を紡ぐ。
見ず知らずの相手に対して……彼女のことをよくも知らない私が偉そうに説教をたれてしまったそのお詫びの意味も込めて。これで、あの悪漢に強く掴まれて鬱血した腕の跡ぐらいなら消えるだろう。
「……へえ。随分冷たい女だなと思ったが……あんた優しいな」
「……別に。思ったことを言っただけよ。……それに、偉そうに言えた義理じゃないんだけどね」
「……いや、優しいさ。そして愚か者でもない。俺は好きだよ。あんたみたいな奴はな」
優しい?この私が?そんなわけがない。自分で言うのもなんだが、私は打算的な人間だから。優しいなんて言葉……それはアイガみたいに無償の愛を持っている相手にこそふさわしい言葉だと思う。だけど―……
「……それ?ナンパ?年考えなさいよ。マスター」
何だかその空気がこそばゆくて、顔を背けた私にマスターの馬鹿笑いが降り掛かるのはこの後すぐの事だった。
「……いや、しかし……あんた強いよな。本当。全く女なのが惜しいくらいだ」
「……マスター……もしかしてそっち側の人間?」
「……ば、馬鹿言っちゃいけねえ!そんなわけあるか!!上さんだってちゃんといるわ!」
顔を真っ赤にして否定するマスターに対して冗談だと笑って告げれば、マスターは憮然とした表情を浮かべて明後日の方向を向く。からかい過ぎたわね、これは。
「……ごめんなさい。でもさっき言いかけたのは―……?」
「……ん?ああ。何、実はな今日は王家主催の武術大会の日なんだよ。まあ、そのおかげでさっきの奴らみたいな柄の悪い連中も増えてるが……店が儲かるのも事実だしなぁ……」
最後は少し歯切れが悪いが、マスターはそこまで話すと自分の少しばかり淋しくなっている頭を二、三度恥ずかしそうに手で掻いた。
「……いいんじゃない?だって売り上げがなきゃオマンマの食い上げちゃんじゃない?」
「……身も蓋もないけど、まあ、そうだな。……そう、それでだな。その武術大会なんだが、何でも優勝者には“秘宝”が国王直々に贈呈されるらしいんだ」
「……秘宝!?」
「……ああ。何でもこの国一番の―……って!?嬢ちゃん!?」
「ありがとう!マスター!ご飯おいしかったわ!」
始まりはグレバドスの秘宝だった。だったら―……
あまりにも浅はかな考え。だけれど……イヴァリースとどこか繋がった気がした。