中世編
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「……生きなさい。大丈夫。私にとってあなた達は―……」
「“……ふン。お前に心配サレるほど落ちぶれたツモりはなイ。……生キたいのだろウ?なら、走れッ!!”」
「……まったく……アンタはそんなんだから。だから、アンタらしいんだけどね。……生きるんだ。マスティフも誰かが残らなきゃ悲しいじゃないか」
人生には無限の可能性があるなんて嘘、誰がついたんだろう。
信じる者には光の神が現われて手を差し伸べてくれるの?
正しい道を?思い通りの未来を?
……そんなのまやかしじゃない。ありっこない。
少ない選択肢、望まない未来。そこから無理矢理選んで今まで歩いてきた。……だからこそ、“私達は”……それを選ぶしかなかったからこそ―……
《LIVE》
「あら?やっと目が覚めたの?アイガ」
「……やっとって……クロト、今何時だと思って―……」
「五時半」
深い宵闇のヴェールを被った空はラベンダーのような薄紫に、そして薄紅色をした薔薇の色に東から徐々にその姿を変えていく。次第に白む暁の空には、白い色褪せた月だけがぽっかりと、まるで取り残されたように浮かんでいた。もうしばらくすれば、一日の始まりを告げるべく眩しい太陽が顔を現わすだろう。
いつもと何ら変わらない。繰り返される私とアイガの朝のやり取り。……変わらない。これが、あの時から今までずっと繰り返してきた私達の日常だった。
そんな一向に進歩の気配すら感じ取れないやり取りに、シーク族であるアイガは、彼ら一族の特徴である青い皮膚と分厚い脂肪に守られ大きく垂れ下がった巨体を僅かばかりに震わせて、一つ肩を落とし大きくため息を吐いた。
アルケイディア帝国超ド級戦艦バハムート。
山のようにそびえ立っていた無敵の空中要塞は、聖女率いる英雄達の手により落ち、それに伴う混乱の中、帝国中枢の実権を握っていた最高指揮官も敗死をする事になる。
船頭を失った船は簡単に沈む。
……かくしてその圧倒的な武力を持って諸国に介入を繰り返していた帝国の国力は急速に衰退をする事となり、結果として帝国軍部が中心となっていた旧体制政治は崩壊。戦争の終結を持って周辺諸国には平和が訪れた。
あれから―……
「……今日で一年……ですぜ」
「……そうね」
古ぼけた貸家の、古ぼけた柱に掛かった日に焼けて少し黄色に変色したカレンダー。たくさん並んだ数字の中で一つだけ赤く丸く縁取られた数字に、私もそしてアイガも目を奪われる。私達にとって、その数字は、日付はとても大切なものだった。あくまで私達にとっては、だけれども。
「……ところでクロト?クロトはどうする?オイラ、今日からふた月ばかり旅に出るつもりなんだ。クロトも行くんだろ?」
「……アロラとフュージアに会いに行くのね?」
ボーンと一つ、柱時計が時を告げる鐘を鳴らす。アイガに背を向け、窓から眼下に広がるまだ人通りの少ない大通りを見下ろしながら問えば、「うん」と一言、肯定の返事が返ってくる。
そっと窓の縁に手を掛けて開け放てば、新鮮な、でもどこか砂煙い空気が部屋に溜まり淀んだ空気を攫い、洗っていった。そんな新鮮な空気で肺をすすいで、そして空を仰げば視線の遥か先にはすっかり明け切った空が広がっていて、まるで今日も暑くなると教えているようだった。
「……今回はパス。アイガ、あの二人によろしく言っといて」
「……えっ?でも、クロト?」
私の答えは、当然肯定となって返ってくると思っていたアイガにとって予想の範疇外だったのだろう。その証拠にアイガはシーク族の巨体にはおよそ似つかわしくない、黒いアーモンド型の円らな瞳を見開き数回大きく瞬いていた。
そんなアイガの姿はどこか滑稽で、でも、それがあまりに彼らしいから私はいつも決まってくすりと口元を緩めてしまう。
ひどく不恰好で滑稽で馬鹿で……そして誰よりも優しくて―……私はそんなアイガが好きだった。
きっと、“皆”もそうだったんじゃないのかと勝手に思う事は不粋なことなのだろうか?……もっとも、確かめたくても確かめる術は今は既にないのだけれど。
「……ほら。たまには会いに行かなきゃ。チェルヴィやイフゲネイアやジュノが怒るもの」
まあ、こっちがそんな事言ってもチェルヴィには“来ルな”とか言われて銃口突き付けられそうだけれど。
「……ん?ああ…チェルヴィの旦那かー……確かに……確かに旦那ならやりかねねえなぁー……」
「でしょー?チェルヴィほどモーグリらしくないモーグリもいないと思わない?黒い通り越して性悪よ?見た目白くてふわふわしてていかにもモグは虫ですら殺したことないクポー!ってかんじなのに。……いや、実際にチェルヴィにそれ言われたら気持ち悪くて吐く自信があるんだけど」
「……旦那が聞いたら切れますぜ……それ」
少し引きつりながら、でも目尻に涙を浮かべてアイガは笑う。確かに、噂の本人がここにいたらきっと今頃、私達は仲良く蜂の巣になっているだろう。
しかし、一度入ってしまった笑いのスイッチが簡単に切れるはずなどなく―……無遠慮に大声で笑う私達の声は、窓から入ってきた朝市の人々の雑踏と交ざり消えていった。
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ダルマスカ王国・首都ラバナスタ。
バレンディア・オーダリア・ケルオンの三大陸を結ぶ場所に位置するこの都は、四方を砂漠に囲まれた過酷な地にあると言うにも関わらず豊富な水源と、そして何より交通と物流の要所として古代より栄えてきた都だった。
三年前に帝国とダルマスカ王国間で勃発したダルマスカ戦役。
その後、ラバナスタは一時的に帝国領として占領されたが……それももう昔の話。帝国の旧体制崩壊を期に独立を果たしたこの国は、現在、古の覇王の血を引く女王―……国民からは救国の聖女として崇められ慕われているアーシェ・バナルガン・ダルマスカ陛下の手により、穏やかな時を砂漠を渡る悠久の風と共に刻んでいた。
所狭しと並べられたこの地方では採れない海産類。見たことのない果物や野菜の数々。加工される前のゴツゴツとした原石。白磁の飾り皿。複雑な模様が描かれた見事な毛織物。
今日もバザーには各地から集まったキャラバン隊が荷降をした異国の様々な品々が溢れかえり、売り子の威勢のよい声が雑踏に負けじと通りに響いていた。
戦争の爪痕はまだ深く残っているけれど……悲しみは消え去ってはいないのかも知れないけれど……この街は明るく、希望をはらんでいた。
今日の夕食はどうするべきかと洩らしながら店内を忙しく物色しているヒュム族の中年女性達。喧嘩でもしているのか……互いに互いを罵倒し合っているバンガ族の青年とシーク族の青年の姿が細い路地裏からチラリと視界をよぎる。ヴィエラ族の若い女性は、その特徴的な白く美しい髪と長い耳をたなびかせて足早に去っていき……道が交わる交差点では、年老いたン・モウ族の老人が小さなモーグリ族の少年に手を引かれて道を渡っていた。
王家の復権と共に、この街は―……アイガの愛する彼の故郷は蘇ったのだ。
そんな光景が微笑ましくて……でも、やっぱり羨ましくて―……なんとも言えない騒つく気持ちにそっと蓋をして、私は人々の間を縫うようにして歩く。さっきバザーで買った赤いガルバナの花が暑さにやられてしまうその前に―……
今朝摘まれたばかりだという美しいユリに似た大輪のガルバナの花は、その大きく瑞々しい花弁をかすかに揺らして、その芳しい香りで私を包んでいった。
砂埃を運ぶ一陣のつむじ風が丹念に鞣された簡素な革のローブの裾を翻す。ラバナスタの城門を潜って、焼けるような砂を少し踏み分けて足跡を刻んで。
「……遅くなってごめん、ね」
ラバナスタ市街を一望できる小高い砂の丘。その丘の一角にしゃがみ、厚く積もった砂を少々乱雑に払えば、三つの小さな小さな石の塚がそっと顔を覗かせる。
遺骸はない。だけど、ここは墓だった。私の大切な……大切な……
“共犯者”達の。
目の前にはまるで花のように咲いたラバナスタの街並が目に映る。そして、その市街地の更に向こう側には砂漠の街にはおよそ似つかわしくない機械と鉄クズの黒い山が静かにそびえ立っていた。
空中要塞・バハムート。
先の大戦で残された大きな、黒い、負の遺産。
「……“覇王の血を引きし救国の聖女。その聖女に導かれた五人の英雄と共に祖国を救済する”……か。後世に語り継ぐには十分過ぎる英雄潭よね」
確かに、一年前のあの日、バハムートは落ちた。アーシェ陛下と五人の英雄達。そして解放軍の手によって。
私はそれを知っている。何故ならそれを見てきたのだから。そして―……
「……誰にも知られずに、か。まあ、私達らしいよね。それに人助けなんて柄じゃないもの。特にチェルヴィ、あなたなんて特にそう」
私、知ってるわ。
所詮結果論だけれど、あなた達のおかげで聖女達は大義を成す事ができたということも―……
そっと、ポケットから指輪を取り出し眩しい日の光にそれを翳せば―……クラン・マスティフの一員である証の赤黒い柘榴石の指輪は、わずかに煌めき視界を染める。
アルケイディア帝国への復讐を―……ナブディスの惨劇に居合わせ、全てを失った者達の尽きる事のない怒りを原動力に果てのない報復の道を選んだのは他でもない私達自身。帝国に属する者に一切の容赦もなく、かの大国が滅亡するその日まで戦い続けるという誓いを立てた。
それは、現実的には完遂不可能な誓約だった。私達がどれだけ帝国の兵を、それを束ねるジャッジ達を襲ったとしても、巨大なアルケイディアを揺るがす事など絶対にありえない。巨大な湖から手で水を掻き出すのに等しい行為でしかないのだから。
……それでも人は水ではないから。どれだけ大きな集合体になろうとも、個が自己の“死”の恐怖を忘れることなどできやしない。……それは私自身、よく知っている感情だった。
末端の者に圧力をかけるにはそれでも十分だった。安全な立場にいると思い込んでいる帝国兵達に自分達は憎悪を受けているのだと、常に命を狙われる立場にあるのだと自覚させる圧力をマスティフは生み出していた。そして、それは組織の末端をすくみ上がらせる。
……結果としてアルケイディア兵による理不尽な暴力は少しだけ鳴りを潜め、占領下の市民生活は僅かながらに息苦しさを軽減されたそうだけれど……それは、あくまで副次的に発生した効果だった。
何故って?私達の目的は今を生きる、未来ある人々をアルケイディア帝国から救済することではなかったから―……
私達は皆、過去に生きていた。あの日、あの地獄のようなナブディスで失ったものを求め、それが決して叶わないと知りつつ修羅として生きることを選んだ。
過ぎ去った幸せな記憶達、取り戻せない穏やかな日常……それらに囚われて抜け出せず、自ら苛われることを望んだ哀れで愚かな罪人―……それが私達だった。
目的は殺し続けること。果てなんか、終わりなんかないのに……それでも私達はがむしゃらに駆けた。自分達の手で狩った帝国兵の断末魔の苦悶の声が故郷で惨たらしく死んでいった者達への唯一の供物になると盲目的に信じて。
「……人生には無限の可能性があるだなんて嘘、誰が吐いたんだろう」
強い乾いた烈風によって深々と被っていたはずのフードはとうに吹き飛び、私の……あの災禍の日を境に変わってしまった白い色の髪が煩く踊る。
「……信じる者には光の神が現われて手を差し伸べてくれる?そんなのまやかしじゃない」
もし、仮に神がいるというのならあのような災禍など起こるはずがないだろ。赦すはずがないだろう。
絶望と怨嗟が渦巻くあの地には神など……いなかった。
選択肢はいつも少なかった。
私も、チェルヴィやジュノ、イフゲネイア。アロラやフュージアの二人だって憎しみに浸かり、腐臭を放つ血溜りに浸かり……臓腑から湧き出る憎悪を振り絞られねば生きていけなかった。
災禍が起こる以前の―……本来ならば決して望まない未来の果てに私達はいる。
望んでこうなったわけではない。
だけれど、そこに至るまでの道は自分達で選んできたものだった。少ない選択肢の中から、それでも選んできたのだ。その先に私はいる。立っている。……生きている。
だからこそ、私は……私は選ぶしかなかった道にいるからこそその道を―……
「……おーーい!クロト!!お前、こんなとこで何してるんだよー!」
「ちょっと、ヴァン!いきなり大声出さないでよ!ほら、クロト、びっくりしてるじゃない!」
「ヴァン!?それにパンネロまで!?二人ともどうしてここに……!」
そこまで考えて、私の思考は一度停止した。振り返れば、顔馴染みのヒュムの少年が、ヒュムの少女が、それぞれ人なっつこい笑顔と花のような笑顔を浮かべて私を見つめていて。
「……俺達、さっき城門でアイガに会ったんだよ!そうしたらクロトならここにいるだろうって教えてくれてな。俺達、お前を探してたんだよ!」
自分の鼻頭を軽くこすりながら、ヒュムの少年は自慢げに言葉を紡ぐ。
彼の名はヴァン。この街の戦災孤児たちのリーダー格だった。
「……私を?どうして?」
「実はね、私達、今日から晴れて空賊デビューなの!!だから、ね?クロト!」
ヴァンの隣で朗らかに笑う、まるで花のように愛らしい少女の名前はパンネロ。
戦争の爪痕が深々と残しながら、それでも活気を取り戻したラバナスタ。その街を象徴するかのような二人は互いに顔を見合わせるとニヤリと……私にとっては少々不気味な笑みを浮かべて不適に笑ったのだ。
一方、私はと言えば内心冷や汗を流しながら数歩後ろにたじろいでいた。……本能が告げる。面倒な事が始まる、と。
「……まさかとは思うけど、ヴァン少年。それって、もしかしなくても……私にも空賊になれとか言うんじゃ―……」
「だってさ!ヴァン!クロト、私達のチームに入ってくれるって!」
「……ちょ!?ちょと、パンネロ!?」
「さっすが、クロトは話が早いな!実は俺達、“グレバドスの秘宝”っていう宝を狙ってるんだけど、ちょっと厄介な奴もそれを狙っててさ。頭数が足りなかったんだ!」
がっちりと両側から二人に捕まえられた私の腕。ずるずると後向きに引きづられる私の体は、熱砂の上に情けない軌跡を残していく。
そして、目の前にはこの二人が一年をかけてメンテナンスをしたと思われる小型の飛空艇が一機、ぽっかりとハッチを空けて待ち構えていた。
「なぁァアア!?私、空賊になるなんて一言も……ッ!!」
「いいのいいの!ほら、旅は道連れ、世は情け!袖触れ合うのも多少の縁ってね。アイガも暫く旅に出ちゃうんだし、クロトもたまには旅にでも出て気分転換しなきゃ!」
「それ、どういう超理論ですか?パンネロさーん?」
「……よーし!出発するぞ!パンネロ!クロト!口閉じてろよ!舌噛んじまっても知らねーからな!」
「こんの、人攫いィイイイイイ!!!」
選び取った……選ばざるえなかった道の先にいるからこそ、私はその道を大切にしたい。
だけど、そう思うのに……立ち止まって振り返って悔やんでしまうのは矛盾しているのだろうか?この二人……私達とは違う―……過去ではなく未来に向かって生きようとしている彼らを見ていると分からなくなるの。
いつか答えは見つかるの?悪鬼のように……復讐に囚われ、犬のように生きてきた私でも人間に戻れるのだろうか?
誰もいなくなった墓石の前。もはやもの言わぬ哀れな罪人達の前では、赤いガルバナの花が芳香を撒き散らしただ揺れていた。