中世編
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大人ってズルい。
自分達は戦わないで勇者勇者って
《LIVE》
「……不満そうね」
「……そんなこと―……」
「ある。一体、何年の付き合いだと思ってるの?」
鬱蒼とした森の梢の間を冷気を含んだ北風が一陣渡っていく。日中であれば柔らかな日差しが差し込み、訪れる者を緑の空気で癒すこのサリカ樹林も夜になればなんて事はない、多くのモンスターどもの寝蔵に変わる。そんな中、小屋を見つけられたのは幸運だった。露天で休むより、格段に危険度は下がるからだ。
しかし、小屋自体放棄されて久しいのだろう。モンスターや雨風を避けられるとはいえ、腐りかけた床ではなくスプリングの効いたベットに身を委ね暖かい毛布に包まれて眠りに就きたいという欲求は、食欲と同じぐらい生理的な欲求だ。
「嘘。あなたが考えているのは違うこと」
振り返らずに不機嫌の理由を告げれば、背中越しに即座に否定の言葉が返ってきた。鈴のように響く、どこか乾いた、よく知った声。……やっぱり、アロラにはかなわないな
そんな事を考えながら振り返れば、思った通り。いつもの無表情な顔を少し困ったように歪めた、昔馴染みのヴィエラ族の姿があった。
「……クロト。心の乱れは隙を生む」
「……大丈夫よ。戦いの時は―……」
「戦闘は己を映す鏡よ。迷いがある状態で剣を振ったところでその剣はなまくらも同然」
隣に腰掛けたアロラの静かな息遣いが私の鼓膜を揺する。心地よい揺らぎを持った不思議なアロラの声が私は小さな時から好きだった。
「……昼に会ったシーク族の青年ね」
「……あたり」
……やっぱり、彼女には隠し事は出来そうにない。
++++++++++++++++++++
「……不満そうだね」
「……そっちこそ」
湿った針葉樹の森を冷気を含んだ風が去っていく。ぼんやりと見上げた空には下弦の月が浮かび、蒼い清浄な光で地上を照らしていた。夜が明けるにはまだ暫く時間が掛かるだろう。
「……寝ないの?」
「君こそ寝ないの?」
先程、不意にやって来た金髪の青年は私の問いに鸚鵡返しに言葉を返すばかりだ。自分も青年と同じような態度で接しているから言えた義理ではないのは十二分に承知しているが、何も、私は自ら進んで青年のところに来たわけではない。
むしろ、その逆でやって来たのは青年の方からだ。……にも関わらずこんな煮え切らない言動ばかり繰り返されて―……苛立つなと言われるには無理がある。
「……怒ってるだろ?」
「何が言いたいの?用がないのならもう行ったら?」
ヒョー、ヒョーとか細くかすれた笛のような声を上げて鵺鳥が鳴く。どこか寂しげで、時には人を狂わすとも言われる声だが、私はこの鳥の声が好きだ。……もっとも、今は落ち着いてその声を聞いてやる心の余裕はないけれど。
振り返らず、そして苛立ちを隠すことなく背後に立っているであろう青年へそう言い捨てれば、一拍置いて返ってきたのはため息だった。
これだけ突き放せば十分だろう。呆れるか怒るか―……どちらにせよ青年は離れていく。
……ナブディスの災禍以降、私は極力人との関わりを避けてきた。それはこれからも変わらないし、変えるつもりもない。……互いのためにもその方がいいのだから。
「……えっ?」
ふわり……と、暖かな何かが頭から私の体を包む。……これ、毛布?
予想もしなかった出来事に思わず振り返れば、蒼い月の光の下で、まるで悪戯を成功させた子供のように顔をほころばせた金髪の剣士の姿があった。
「やっと、見てくれたね。よっと……」
「……な、何で隣に座るの?……返すわ。これ、あなたのでしょう?」
「ん?別に隣に来るくらいいいだろ?それに、ほら、俺もう1枚持ってきてるし」
何が、ほらだ。何が。
詫びれもなく、むしろ楽しそうに語ると、青年は私の隣にそうするのが当たり前のように腰掛けた。それに、自分の分も持ってきたって事は最初から長居する気満々じゃない。……眉間が痛むのは恐らく気のせいじゃない。
「……物好きな人ね」
「君は冷たいね」
「……喧嘩を売ってるの?」
「買ってくれるなら」
……冷たいと思うなら放っておいてくれればいいのに。
面倒な人に捕まってしまったと思わずにはいられなかった。
侮辱に近いことを言われているのに青年の声には嫌味がない。少しでも嫌味が混じっていたら無下に扱うことも出来たのに。何故、冷たい人間だと知ってるくせにこうして笑って隣に座るのだろう。
……今までと勝手が違いすぎてペースを乱される。
「……怒っているのは、あなたの方じゃないの?」
……だから、だろうか。自分からも声をかけてしまったのは。
「まあ、君と一緒に住んでいたのがあの勇者ハッシュだって、知った時はね。あの時、どうして嘘を吐いたんだ?」
少し勢いの落ちた焚き火の仄かな炎がゆらゆらと空へと上がっていく。消えないように焚き火へと薪をくべる青年の広い背中を眺めながら口を開けば、そんな答えが返ってきた。
「嘘は吐いてないわ。ハッシュは勇者じゃないもの。ただのお人好しの偏屈者」
“ハッシュ……いつまでそうやって心を閉ざすつもりじゃ……魔王が蘇ったのじゃ!ハッシュ……弱くなったなハッシュ。確かに人間は弱い……弱い故に強いものに頼りもする……じゃが、弱いからこそ!強くなろうとする。人を信じるからこそ!強くなろうとする。人を信じるからこそ!強くもなれる。行こう、オルステッド。人違いじゃった。勇者ハッシュは死んだ!ここにおるのは……ただの拗ねた臆病者じゃ!”
青年達が山小屋を去ったわずか四日後の事だった。ハッシュの山小屋に再び青年達がやって来たのは。
一人の年老いた魔法使いと共に。そして、ハッシュが持っているのと同じ、古びた盾を携えて。
老人の名はウラヌスというらしい。
二人の詳しい事情は知らないが、老人の口振りからするにハッシュと老人は旧知の仲なのだろう。
そして、その老人の言葉は、私に何故ハッシュが人里離れたところで暮らしているのか悟らせるには十分なものだった。
世の不平ばかりをこぼし、期待するばかりで、それを正す立場にはなろうとしない。
自ら進んで弱者の立場に甘んじる―……それが民だと言い捨てた人間を私は知っている。
仮に、ハッシュが勇者なのだとしたら、ハッシュはそういった民衆の期待に耐えられなかったのだろう。だけど―……
「……あなたはどう思った?」
「……ん?」
「ハッシュの話を聞いた時」
「……酷い話だな、って思ったよ。……実はね、旅に出る時、子供に言われたんだ。大人ってズルい。自分達は戦わないで勇者勇者―……ってね。あの子が言っていた言葉の意味―……今のハッシュを見てると少し分かるよ」
「……それは、そう思えるのは、あなたもハッシュも“持つもの”だからよ」
そう考える人がいるのは私だって知っている。それは否定できないし、確かに何かをしようとしてる人間からすれば―……何かをするだけの“力”がある人間からすれば、期待だけする人間は愚かな怠け者に映るのかもしれない。
だが、私は知っている。それは、持つものだからこそ―……選択肢がある人間にしか言えない言葉なのだと。
「“持つもの”?」
「……選択肢がある時点で恵まれているのよ。勇者になろうとしたところで大多数の人間はなれやしない。だから、期待をするの。“持たざるもの”だから」
青年の眉間に数本の皺が刻まれる。私の言葉が不快なものだったのだろう。穏やかだった青年の表情が訝しげなものへと変わっていく。
「……君は、酷いと思わなかったのか?」
「じゃあ、逆に聞くわ。皆が勇者になろうとしない。なら、何故、あなたもハッシュも勇者になろうと思ったの?それ以外の選択肢だってあったじゃない。大多数がそうなんだから勇者になんかならなくてもいいじゃない」
「……それは―……でも、期待するだけして何もしないなんて」
「何もしない。……そう“何もしない”ように見えるのね。本当にそうだと思っているの?勇者としてではなく、父として母として家を守り、民として社会のために働いている人達をあなたは“何もしていない”と言うの?
戦う力を持たず、政治的な力もない。時計の針のように自らの日常を刻むことしか出来ない―……そんな人達をあなたは蔑むの?そんな権利があなたにあるの?」
“持たざるもの”達が作る社会が、日常がどれほど尊いか―……それを理不尽に奪われた絶望が―……失った事もない人間に分かるわけがない。
「……ごめんなさい。変なことを言ったわ。今のは忘れていいから」
「……」
……一体、私は何をしているんだろう。青年に言ったところでどうしようもないのに。あの日、アロラに言われた時からまるで進歩をしていない。これじゃ、ただの八つ当りだ。
自虐とも言える自嘲の笑みが自然と口元に浮かんだ。
「……君は―……」
自己嫌悪の不快な感情が私の胸を渦巻く。自分でさえこうなのだから八つ当りを受けた方は尚更たまったものではないだろう。
青年へと改めて顔を向ければ驚いたように、困ったように私を見つめる透明な一対の紅玉と視線がかち合った。
「……ハッシュは私も連れていく事が仲間になる条件だと言っていたけれど……切り捨てるつもりならいつでも切り捨ててもらって構わないわ。安心して。私がいなくてもハッシュはあなた達を見捨てたりなんかしない」
「……ッ!?そんな事言ってないじゃないか!それに、君はそれでいいのか!?」
荒げられた青年の声が私の鼓膜を揺する。僅かに怒りが滲むそれを聞きながら私は瞳を伏せた。
「人に好かれる人間じゃないって事は自分が一番知っているもの」
現に青年の連れである魔法使いの青年は私の存在を面白いものとは思っていない。……当然だ。いくら“勇者”の口添えがあったとはいえ、私が彼らに危害を加えたのは紛れもない事実。信頼しろというのが無理な話なのだから。
「……もう行って。見張りなら私がするわ」
青年はそれ以上―……何も言わなかった。
鵺鳥の声が寂しげに響いていた。
++++++++++++++++++++
「……信頼できない?」
「……だって、あの人はナブディスの災禍を知らないじゃない。私達が失ったものを知らないじゃない。……そんな人、信頼できない。それに、戦う力もないなんて足手纏いなだけよ」
「……でも、クロトもあのシーク族の青年の過去を知らない。どうして、あんな善良そのものの性格をしている彼が墓荒らしに身をやつす必要があったのか……クロトは不思議に思わないの?」
ヒョーヒョーと笛に似た細い声で鵺鳥が鳴く。廃屋の端に二人で並んで腰掛けて聞く鳴き声は、いつも以上に寂しく聞こえた。
「……クロト。アイガを信頼しろとは言っていないわ。だけど、蔑むのだけは止めなさい」
「……蔑む?」
「ある意味で私達は“持つもの”よ。あの災禍を生き延び、復讐の道を選ぶことが出来た」
「……アロラ」
「……でも、だからって他の道、他の世界を生きるものを蔑んでもいけない。災禍を経験したからといって私達が偉いわけではないのだから」
まるで、小さな子供に諭すかのようにヴィエラの巫女は語る。
自分を特別な人間だと思うことは―……愚かなことなのだ、と。
「その考えは悲劇と敵しか生まない。……私達の敵は帝国とジャッジだけで十分よ」
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【sideオルステッド】
「……勇者か」
「……どうしたんじゃ?オルステッド」
「……いえ、昨夜、彼女に言われたことを思い出したんです」
東の山々の稜線が徐々に暁の色に染まっていく。張り詰めた朝の空気。その空気で肺を洗いながらポツリと呟けば、仲間であるウラヌスは不思議そうに口を開いた。
「……彼女?おお、クロトか……?」
「……ええ。昨夜少し話したんですよ」
正直、冷たい人間だと思っていた。
俺達についてきたのも本当に渋々といった感じだったし、アリシアが攫われたという話をしても一言、「……そう……」言葉を漏らしただけだったから。だから、確認の意味で昨夜は話しかけたんだ。
本当に冷たい人間なのか。
ストレイボウの言う通り、俺達の敵なのか、なりうるのか―……それを確かめるために。
確かに、彼女は俺を突き放す言動ばかり口にした。だけど―……あの瞳は―……揺れるあの緑の瞳はまるで―……
「……ほうほう。それはそれは」
「う、ウラヌス……?」
ニタリと歪んだウラヌスの瞳に冷や汗が一筋背中を伝う。い、嫌な予感しかしない―……!!
「……青い春とはいいものじゃのー。クロトはいい女じゃしのーおっぱいも大きいし」
「……ブッ!?な、なななにを?」
「……どれ。じゃあ、ワシもあのおっぱいを拝んでくるかの」
「う、ウラヌス!!」
……なんで朝から疲れなくちゃいけないんだろう……
そんな俺達を遠くから、訝しげに一対の緑の瞳が見つめていた。
昨夜見た、傷つき、今にも泣きだしそうな瞳はもうそこにはなかった。
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