中世編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……えっ?まさか、そんな―……」
「……自分で言ったんでしょう?」
この青年の瞳には私はどう映っているのだろうか。
《LIVE》
「そこを動くな。動けば反抗とみなす」
魔石を利用したカンテラが放つ青白い光が私達の視界を染め、威圧的な言葉が不快に鼓膜を揺らす。振り返ればそこにいたのは、やはり、アルケイディア帝国の憲兵だった。身につけている鎧から考えるに一兵卒といったところだろう。
……外れか。
「貴様ら、こんな時刻に何をしている」
篝火の代わりに長銃を手にした兵士が、横暴な口調で私に詰め寄り、その銃口を左胸へと押しつける。それを見た仲間のシーク族の青年は自身に銃口が向いてはいないが、酷く怯えた表情を浮かべながら口を開いた。
「だ、旦那よしてください!あ……怪しいもんじゃねえんです。ちょっと商売の荷を捌こうとしただけで―……」
「ナルビアでは夜間の外出は禁じられている。知らんわけではあるまいな?」
「そ、そりゃもちろん、その―……」
シーク族の青年―……アイガはしどろもどろで返答すると、彼らの種族の特徴である贅肉で樽のような体をブルリと捩る。小刻みに震えるアイガの浅葱色した皮膚からにじみ出た脂汗に篝火の光が反射していた。
光源が逆光となり相手の姿はよく見えないが、足音や鎧の鳴る音からして三人以上だろう。二人違うことは既に確認済みだが、この“釣り”が完全に失敗したわけではなさそうだ。
自然と口元が緩やかに弧を描く。それは私の足元で座っている彼女も同じであろう。互いの表情など闇で確認しようがないが、私は確信を持っていた。
旧ダルマスカ王国領・ナルビア城塞
かつて帝国軍の侵攻を食い止める最後の砦となり、数多のダルマスカ騎士が討ち死にを遂げ、そして、ナブラディア王国の正当王位継承者であるラスラ様が散ったこの悲劇の地は、今では帝国の占領下にあり、皮肉にもアルケイディア帝国の防衛拠点として機能していた。
城塞の外郭となる街路の一つに自然発生的に成立したこの青空市場も、日が落ちればたちまち閑散とし、日中溢れんばかりいた商人達は煙のように姿を消す。
武力侵略による勢力拡大を続けるアルケイディア帝国と諸国―……とりわけ西の大国ロザリア帝国との緊張は日々高まる一方で、夜にもなれば破壊工作や諜報活動を警戒する憲兵が闊歩し、日没以降の外出禁止令を破る者を容赦なく取り締まるからだ。
口を閉ざし、一向に開かない私の代わりにアイガは滑稽なほど怯えた様子で懸命に弁明を試みていた。だが、銃士はアイガの弁明を不機嫌そうに鼻を鳴らす事で遮り、私の胸元に押しつけていた銃口を動かすと、それを使ってアイガの太い首筋を突いた。冷たい鉄の筒に押された喉はへこみ、ごりくとアイガが唾を呑み込んだ音が闇に響いた。
「こんな夜更けに荷捌きだと?胡散臭い奴め。さては、貴様ら、もぐりの行商人だな」
ナルビアでは露天商は全て帝国への登録が必要とされている。
古くからの交通の要所であるために流れものの商人が多く、禁制の品や軍の横流しを扱う者があとを断たないという建前の元、言うなれば税金の代わりの地代を駐留軍が巻き上げているのだ。
しかし、地代はよほど羽振りの良い商人でなくては払える額ではなく、結果として、幾ばくかの賄賂を贈って数日限りの目こぼしをもらう無許可営業の露天が市場には溢れ返っていた。
帝国兵達が、故郷とはかけ離れた砂漠地帯への長期赴任で不満を抱えている事がこうした不正を横行させる一因となっている事は言うまでもない。
だから、このように憲兵に見咎められた商人は不正を見逃してもらうべく袖の下を渡す。その例に漏れず、アイガは腰にぶら下げた頭陀袋から一つの石を取り出し、銃士へと差し出した。魔力を含む鉱石の中でも、魔力を多く含む良質な魔晶石を。
夜間外出の罪を見逃しても釣りがくるだけの価値がある鉱石は、当番として嫌々歩哨の任務に就いている兵であれば、まず間違いなく心の中で舌を出しながら無言で受け取り立ち去っていくだろう。
……だが、この兵は違った。
「ここではそのような賄賂行為が日常的に行われているのか?」
筒先でアイガを追う銃士の背後から聞こえてきた声へと私は意識の矛先を移す。賄賂にという“悪事”に機嫌を損ねたといった調子の声だが、同時に、これから自身の欲を満たすべく行わう行為に対する期待と恍惚がない混ぜになっている印象を受けた。
……この男は。
チラリと横目で、自身の足元に座り込んでいる仲間のバンガ族へと視線を送れば、彼女も私と同じ事を考えたのだろう。身じろぎ一つしなかった彼女の体がピクリとわずかに動いた。
「けしからんな。栄光ある我々帝国軍人を賄賂で籠絡しようとは」
銃士とカンテラを持った兵士の間を縫って進み出てきたその男は、他の憲兵達のものとは明らかに違う磨き上げられた甲冑を身に纏っていた。
「到底、見過ごすわけにはいかぬ。その罪だけでもこの場で即時裁判を行い、処断されるべき類のものだ。だが、裁きは公正に、かつ徹底的に調べられた後の事としよう。アルケイディア帝国公安総局の権限においてこれよりお前達三名を拘束する!」
「公安総局……あんた、“ジャッジ”だね?」
バンガ族の女性―……ジュノが低くしゃがれた声で呟く。
絶望のあまり声が枯れたのだと勘違いしたのだろう。ジュノの声を聞いた三人は揃ってせせら笑った。
だが、私にはわかる。今のジュノの声に込められていたのは恐怖でも絶望でもなく、歓喜であることを。
ああ……その言葉を待っていた。
歓喜に震える体を押さえ付けて、私は三人に気付かれぬように魔の言葉を紡ぐ。呪咀をかけるように、怨嗟の叫びを乗せるように。
砂漠地帯では珍しい淡雪がフワリと空から舞い降りる。
……さあ、狩りの始まりだ。
++++++++++++++++++++
「……ここ……は」
「……お前は一人で満足に買い出しも出来ないのか」
「……ハッシュ?」
覚醒したばかりで回転が鈍い頭を抱えながら、私は固い木製のベットから体を起こした。
明々と燃える暖炉の光と熱、そして、体に残る痛みが私を過去の夢から現実へと引き戻す。
「……清らかなる生命の風よ、失いし力とならん―……ケアル」
唱えると同時に、治癒効果のある淡く輝く青い光が私の体を包む。回復効果のある白魔法を自身に唱えて、私はそこで改めて深く息を吐いた。
「……ちょっと野暮用があって遅くなっただけ。あれからどれぐらい経ったの?」
「……三日だ」
「……そう。私がここに帰ってきてるって事はハッシュが助けてくれたんでしょう?礼を言うわ」
「大方、闘技大会の財宝目当てて余計な事に巻き込まれたんだろう。……アテは当たったか?」
「……知っててあえて聞いてるでしょ?」
「当たり前だ。こんなことならお前に頼まずに初めから自分で行くべきだった」
憮然とした表情を浮かべ背を向けると、ハッシュは火の強さを調節するべく薪を一つ暖炉に放り込んだ。
この人に助けられたのはこれで二度目だと、ハッシュの広い背を見つめながらぼんやりと考えた。
グレバドスの秘宝と呼ばれる魔石の力によって飛ばされた先で行き倒れていた私を拾ってくれたのは、このハッシュという名の壮年の男だった。
眉間には常に深々と皺が刻まれ、身に纏っている空気はお世辞にも人当たりがいいとは言えないが―……素性の怪しい人間を無償で介抱し、あまつ一緒に住まわすなどよほどのお人好しでなければ出来ない。
言葉や態度こそ神経を逆撫ですようなものだが、ハッシュが善良な人間だと知るにはそれで十分だった。
そして、私はそんなハッシュの優しさに付け込んで図々しくも利用している。
この世界に保証人はおろか戸籍すら存在しない私はまっとうな職に就き金を稼ぐことが出来ない。……イヴァリースでしていたように生きるために金を稼ぐには裏へと回る他道はないだろう。
この男はそれを知っていて、行くあてがないのであればここにいるといいと申し出たのだ。何の見返りを求めていると、訝しげに思った気持ちも男と過ごした数日のうちに雪のように溶けて消えた。
「……起きたなら外の雪をかいてこい。今は吹雪いていないが今夜もまた積もるだろうからな」
「怪我人に力仕事を押しつける気?」
「嫌なら別にいいぞ。俺がやる。その代わり、お前が夕飯を作るならな」
キシリ……と、体重をかけられた床が悲鳴を上げる。のらりくらりと防寒用の毛皮のコートへと袖を通せば、体を鉛がのしかかったような感覚が襲った。
「……言っておくけど、玄関の前し―……」
「屋根の上もやれ。潰れたらどうする気だ」
……最悪。
恨みがましく窓の外を見れば、雲と雲の隙間から差し込んだ光が、大気に舞う氷の結晶を輝かせていた。……夜になる前に片付けるか。軽量化されたスコップを片手に私は冷気舞う外へと一歩踏み出した。
「……なんで君がここに……」
時刻は夕刻。屋根の雪おろしもようやく終盤という時にその二人は現われた。西の地平線に沈みかけているであろう太陽は残念ながら分厚い雪雲に遮られて姿を見ることは叶わない。
聞こえるはずのない声に一瞬耳を疑いそうになったが、耳だけでなく私の瞳も間違いなく三日前に対峙したあの二人組の男を映していた。
「……ここ、家だから」
……私のではないが。
と、いう言葉は呑み込んで金髪の青年へと答える。
私の言葉に納得したのかしていないのか―……青年はただただ困惑の表情を浮かべていた。
「……ところでそれはいいの?」
「あっ……!?……クッ!!頼みがあるストレイボウが山を登る途中で足を挫いたんだ。ストレイボウだけでも今晩一晩だけ休ませてやってくれ!!」
……大方、雪山を舐めた軽装で入山して山の洗礼を受けたのだろう。
自身の体を金髪の青年にあずけた青髪の魔道士は、親の仇を見るかのような視線で私を睨み付けた。
強い視線とは裏腹に体が小刻みに震えている。中枢の恒常性を保つために不随意の体温調整が働いているのだろう。……低体温症ね。
「……数日前に殺し合いをした相手によく言えるわね」
「……図々しいのは百も承知だ。だけど、俺はストレイボウを見捨てたくないッ!!……待ってッ!!」
屋根から降りて家の中へと入ろうとする私を金髪の青年が必死に呼び止める。数日前、殺し合いをした人間によく言えたものだ。……いや、青年は恥を承知の上で言っているのだろう。それほどまで、この青年にとって青髪の魔道士が大切だということ、か。
「……家主に許可を取ってくるわ。たぶん、大丈夫だと思うけど。……少し待ってて」
「……え?まさか、そんな―……」
「……自分で言ったんでしょう?」
驚きのあまり大きく開かれた青年の瞳は数日前と同様に一点の影すらなかった。
この純真な瞳に私はどのように映っているのだろうか?
柄にもない考えにかぶりをふる。何を馬鹿な事を。
正直、先日の一件を思い返せば思うところがあるが、下手に恨みを買う必要もないだろう。
さて、あの不器用な家主に話を付けなければ。
すっかり暗くなった空からフワリと舞い落ちてくる淡雪は、あの日と何らかわりがなかった。