S・O・A・P!!


「なーんで余計なことやるかなぁ……。」

草木も眠る丑三つ時。日本では怨みを持つ人間がわら人形に五寸釘を打ち込んでみたり、はたまた西洋では悪魔どもがヒャッハー!するような時間―……つまり、真夜中。普通の人間ならまず寝ている時間にも関わらず私は起きていた。いいや、起こされた。
繋がれたチューブへと一雫、また輸液が落ちる。その先にいる人物に対して、私は本日何度目かも分からないため息を漏らした。

メ ン ト ス コ ー ラ

……突然だが、この現象を知っているだろうか?
英語圏ではメントスガイザーとも呼ばれるこの現象。細かい原理を省いて説明するが、簡単に言うとコーラにメントスを入れると爆発するのだ。比喩などではなく文字通り爆発する。
嘘だろ?と思う人は是非ネットで検索してみてほしい。私は初見時、腹筋がつるほど笑った。
あの時は他人事だったから涙が出るほど笑うことが出来たが、実際にやられるとマジ笑えねーな、おい。

真夜中に電話で呼び出しをくらって、実家から車を飛ばしてアパートへと吹っ飛んでくれば、そこはもう一面コーラの海。ふんぞり返ってのたうち回る青ロン毛とそれを雑巾片手に茫然と見つめる赤毛。そして、半笑いのパツキンのガキ。
お姉さん、シュールとかそんなちゃちなもんじゃない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分です。
っうか、ミトス半笑いかよ。前々から思ってたけど、こいついい性格してんな。この惨状を見て、「さて、帰るか」と、本気で思った私が言える事じゃないかもしれないけど。

あんまりにも馬鹿過ぎる光景だが、このメントスコーラという現象―……実は結構危険である。コーラが吹き出た衝撃で粘膜や臓器を傷付ける可能性がなきにしもあらずだからだ。……仕方ない、か。

そうして、クラトスとミトスに床掃除を命じて(サボったらハゲるように祝ってやる)、ユアンを引きずって職場の救外に飛び込んだのが一時間前。周りの生暖かい視線にもいい加減慣れてきた。
そりゃ、メントスコーラで運び込まれる患者なんて前代未聞でしょうとも!ええ!私の説明を聞いてる間、先生も看護師さんもすんげー顔して笑い堪えてたらね!
誰だってそうなる。私もそうなる。むしろ、吹き出さなかったのが奇跡である。私はそこにプロの根性を見た思いだ。ぶらぼー、はらしょー。

「……うっ……」
「……あっ?気が付いた?」
「……貴様は……ここはどこだ?」
「見て分かんない?病院よ、びょういん」

わずかに漏れ出た呻き声に視線を下に落とせば、苦虫を噛み潰し磨り潰したように顔を歪めた青ロン毛―……ユアンがいた。

「目覚めて早々見たのが貴様の間抜け面だとはな。気分が悪い……うっ……」
「そりゃ、メントスとよりにもよってダイエットコーラを一緒に食べたら気分悪くもなるだろうよ。ほらほら、出すもん出しちゃいなー」

いくら脅されようが睨まれようが、現在進行形で洗面器に顔を埋めてる男の言う事なんて怖くも何ともない。むしろ、面白いぐらいだ。まっ、出すだけ出せば落ち着くでしょ。
食中毒でも腹風邪でも、治療の極意は出すだけ出す(ただし、脱水に注意)である。無理矢理止めて毒素や菌が回ったら意味がないどころか悪影響なだけなのだから。

それに―…と、情けない男の姿を見ながら考える。こうやって私に文句を言えると言う事はそれだけ体力が戻ってきた証拠だ。この様子だとすぐに良くなるだろう。

「……すまない」
「……ん?」
「なっ……なんでもな―……うっ……」
「はいはい」

今の言葉は聞かなかったことにしてあげるから早く治しなさいよ。あんたららしくもない。そう心の中で呟いて、私は視線をそらす。
出来れば気付かないふりをしてあげたかったけど―……思わずゆるんでしまった頬はどうやらしばらくはしまりそうにない。

S:目覚めて早々見たのが貴様の間抜け面だとはな。気分が悪い。
O:救外受診。
A:胃、食道粘膜損傷なし。
P:安静。
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