S・O・A・P!!


「ありがとう。看護師さん達から聞いたわ。あなたが私を助けてくれたんでしょ?」

桜の花も散り、春本番を迎えた今日この頃。麗らかに陽光が降り注ぐ昼下がり。外を散策すればさぞ気持ちが良いのだろうか?なんてついついぼんやり考えた。
病棟に上がった私をそう言って呼び止めたのはカラフルやくざと共にいた女性だった。名はマーテルというらしい。カラフルやくざ達同様、彼女も外人決定である。こんな名前の日本人はまずいない。

「ダメですよ。ICUから一般病棟に戻ったばかりなんですから。安静にしてないと治るものも治らなくなりますよ?」
「あら?心配してくださるの?」
「そりゃあ」

おっとりとした彼女の笑顔に私はため息を吐きたい気持ちでいっぱいだ。彼女に限らないがお願いだから入院中は安静にしてくれ、と思ったのはこれで何度目だろう。
だが、このマーテルという女性は他の患者と少し違っていた。回復スピードが驚くほど早いのだ。常人ならばまだ病床に臥していても可笑しくないのに、彼女はこうしてベッドから抜け出してデイルームにて面会に来た人達と談笑をするまでに既に体力が回復していた。生死の境をさ迷ったとは思えないほど、今の彼女は生気に満ちている。
私も最初は驚いたが、稀にそういう患者もいるということなので彼女もそういう“稀”に属しているのかもしれない。まあ、回復が早いなら早いで越したことがないからこっちとしては願ったり叶ったりである。入院費で貯金が溶けてるわけだし。
考えてみてほしい。保険の効かない十割負担医療の恐怖を……!おかげで私はもう暫くあのオンボロ車と付き合う羽目になりそうだ。
って、いけない。つい話しちゃったよ。ちゃっちゃと仕事して定時に帰るんだから。

「……じゃあ、私、仕事中なので」
「……もういってしまうの?寂しいわ」
「……貴様、劣等種族の分際で……ッ!」
「……」
「大丈夫だよ、姉様。こんなのがいなくなったって僕が傍にいるから」

テメーこの信号機トリオ。今すぐあの部屋から叩き出してやろうか?
こいつらのこの台詞に私の胃がまたキリリ……と痛んだのは言うまでもない。
大体、あんたらがさも自分たちが買ってきましたって持ってきたその豆大福―……元は私が買っておいたもんじゃんか!エラそーにしやがって!

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「……405号室のこの方、腹痛を訴えてらして……今日便が出てないみたいですが―……。確かイレウス注意の方ですよね?」
「ああ、この人ね。食事が始まったからイレウス注意なんだけどグル音があるから大丈夫よ。あら……?面会ですか?」

西に傾いた太陽が廊下をオレンジ色に染め上げる。あと、十数分もすれば夜勤帯に入るため、私を含めスタッフ一同、最後の追込みとばかりにナースステーションを動き回っていた。

「あっ。もう少しで終わるからアパートまで送るよ。他の二人は?」
「先に帰った。あいつらが今日の夕食の係だからな」
「そっ。じゃ、救外前で待ってて」

私のその言葉に赤髪の男―……クラトスは無言で頷いた。

―……今日のニュースです。昨夜未明××県〇〇市で……―

カーステレオから流れてくるのはノイズ混じりのキャスターの声。一日の終わりを実感して寂しいような、でも、謎の充実感があって私はそれが好きだった。

「……どう少しは慣れた?」
「……少しな」
「そう」

私と奴らの会話は相変わらず続かない。まあ、それでもこうして反応が返ってくるだけ最初に比べればマシなんだけど。それに私としてはこれだけで十分だし、構わないとさえ思っている。
私もこいつらもお互いを信用してはいないし、私達の間には何重にも壁が張られている。いきなりその壁が崩れることはありえない。っうか、こいつらがいきなり馴々しくなったら恐怖でしかないわ。むしろ、気持ち悪いレベルである。

「……何を考えてる」
「何も~」
「嘘を吐くな」
「あんたが嘘だと思うんなら嘘吐いてるんじゃない?どうぞお好きなように~」
「くえない女だ」

お互い壁ばっかりだけど、今は奴らとのこの妙な距離感を楽しむのも悪くないかも、ね。……なーんて、一瞬でも考えちゃったのはたぶん疲れてるからだね。うん。

S:くえない女だ。
O:体調確認。一名車で送る。
A:マーテルICUから一般病棟へADL拡大。三名、適応能力拡大。
P:経過観察
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