S・O・A・P!!


「ほらほら、ちゃっちゃか食べた食べた!それ食べ終わったら買い出しに行くよ」

神も仏も信じちゃいないけど、困った時の神頼みは私の十八番である。平和な日常降りて来いッ!!……そう思って降りてきたら誰も苦労しないだろうな……
住み慣れた我が家に広がるのは花の香りではなく不穏な空気。先程から思いっきり窓を全開にして新鮮な空気と入れ替えているが、入れ替えた空気から次々と淀んでいくのだから全く意味をなさない。この淀んだ空気の発生源は、言わずとも知れた異物もといカラフルやくざ達である。
本来ならこんな怪しい奴ら即刻叩き出してやるところなんだけど―……故あって私が奴らの面倒を見る羽目になってしまったのだ。
だって、こいつら普通に刃物持ってたんだよ!?面倒見なきゃ殺すってドスの効いた声で言われたんだよ!?
泣きたい、ほんっとうに泣きたいッ!!
勿論、私、警察に泣き付いたよね!そうしたらどうなったと思う!?こいつら逆に警察に泣き付きやがったんだよ!?嘘並べまくって!
先生は先生で“あっ、こいつら関わっちゃダメな人種だわ”って思ったのか知らないけど、こいつらの“私と知り合い宣言”の後すぐに逃げたし。
懸命な判断です、先生。恨みます、先生。

……そんなやり取りがあったのが昨夜遅くである。
私は今まで、自分は結構運に恵まれていると思って生きてきた。それなりにしんどい事もあったが、運のおかげでそれを乗り越える事が出来たんだと思う。そのツケがこの貧乏くじだとしたらこれほど悲しいものはない。あっ、鼻の奥がツーンとする。

「買い物?フンッ……何故我々が貴様のような劣等種族と」

予想通りの冷ややかな反応ありがとう青ロン毛。
私の問いに対する奴らの答えは、私の期待を裏切らないものだった。流石に最後の一文は予想してなかったけど。
しっかし、劣等ねえ……。まあ、いいけど。ここでこいつらと口論したところで、それが徒労に終わる事は目に見えている。
それに、私の頭は卵レンチンをしようとしたこいつらよりはまともなのだから。
……っうか、そこまでこきおろしておいて、よく私が持ってきた筍おにぎりばくばく食えるよね。こいつら。お前それ何個目だよ。

「……何か言いたそうだな」

私の様子に何かを感じ取ったのか、そう切り出したのは赤髪の男だった。彼のただでさえ低い声は更に低く―……瞳に宿る光は鋭利で人を脅すにはもってこいだろう。だが、今更、私にはそんな手は通じない。……嘘です。本当は怖いです。
だけど、私には一つの確信があった。私がこいつらに対して大きく出れるのはその確信があるからだ。それは、こいつらは、“私がいなくなると困る”という確信だった。
私が思うに、こいつらは揃いも揃ってあの女性に執着している。理由―……までは分からない。だけど、これは事実だろう。
身元不明。保証人も後見人もいない。保険すら入っていないこいつらに代わって治療費を負担することになったのは他ならぬ私だ。カラフルやくざ達にとって女性の治療を切られる事ほど恐ろしいものはないだろう。そうなると、私はあの女性が退院するまでの間、やつらにとって利用価値がある人間ということになる。つまり、女性が入院しているかぎり私の安全は保障されているのだ。
人の命を盾にしているだけに、流石にこれは私のなけなしの倫理感に反するけど―……こっちだって命が懸かってるのだ。四の五の言ってはいられない。
……こいつらだってそれは十分分かっているはず。だから、文句を言いつつも私の言うことに従ってくれているのだろう。

「……別にいいけどね、私は。誰だったっけ?昨日、その服のせいで何回も職質くらったお馬鹿は?」
「…クッ…それは……」

新茶の香りが心地よい。香り豊かな緑茶を一口啜りながらそう漏らせば、赤髪の男が悔しそうにそう呟いた。
赤髪の男が狼狽えるのも無理はない。こいつの格好は、灰色と水色のもじもじ君スーツに何本もの革ベルトが無数に巻き付いた超ドM服なのである。カラフルやくざ達は揃いも揃って奇抜な格好だが、その中でも赤の奇抜さは群を抜いていて―……これなら職質されても当然だよね。だって、どっからどう見ても怪しいもの。
私が劣等種族ならこいつらはド変態である。少なくとも私の美的センス的に“ねーよ。”なのである。
先程、こいつらが逆に警察に泣き付いたと言ったが、実のところ泣き尽きが成功したのは、少年―……カラフルやくざの黄色の存在がでかい。恐らくこいつがいなきゃ泣き落としは成立しなかっただろう。
黄色はやくざの中で一番幼く、一見すると風が吹けば飛んでいきそうな儚い雰囲気を身に纏っていた。がっ!見た目に騙されてはいけないことを私はこの僅か一日の間に十分思い知らされている。初期救命の時にもっとも邪魔だったのはこの黄色だった。
……って、もうこんな時間。とっとと出かけなきゃ。

「ほれ、青と赤、行くよ。黄色は―……行かないのね?」

ダイニングから奥の部屋を覗けば、金色の小さな固まりが床に突っ伏している姿が目に入った。それが寝たふりだってこと、私は知ってる。

この一日で分かった事が、実はもう一つだけある。それは、青と赤は性格に難があるが大人だということ。この二人は、例え嫌いな相手でも利用価値があると判断すれば、最低限のコミュニケーションをはかる事が出来るだろう。だけど、この少年は違う。二人ほど割り切れない。幼過ぎるのだ。
そんな少年に、今、私が何を言ったとしても意味はない。彼にはけして届かない。意思の疎通というのは相互の干渉なくして成り立たないのだから。

「……んじゃ、留守番よろしく。言っておくけど、卵レンチンは絶対にやらないでね。あっ、そうだ。気が向いたら少し食べなさいよ?」

私達がアパートに帰ってきた時も黄色は床に突っ伏したまま何も話してくれなかったけど―……でも、大皿に乗っていた筍おにぎりの数は一つだけ減っていて。それが何だか少し嬉しかった。

S……何か言いたそうだな。
O……買い出し。
A……食欲はある模様。
P……経過観察。
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