トレジャーハント!
※5主の名前はリュカ。双子の名前はティミーとポピー。嫁はビアンカになります。
魔物と一つ屋根の下で暮らしていると、意外な発見がたくさんある。
例えば、立派な牙を持つチロルの大好物が肉ではなく菜っ葉だったり、
ピエールは相棒の緑スライム無しだと走るのがすごく下手だったり、
スラりんと一緒にお風呂に入ったらでろでろに溶けちゃったり。
しかもその発見をリュカや子どもたちに伝えても、大抵驚いたりしないのだ。
魔物たちと過ごした時間は子どもたちよりも少ないから当然だとは思うけれど。
ちょっぴり寂しくなっちゃうのは仕方がないわけで。
けれどそこでいじけないのがわたくしビアンカさん。
むしろ発見した思い出を早く家族と分かち合いたくて、今日も元気に城を歩くのです……
「リュカー?」
その日、私はティミーの剣の稽古を見守り、ポピーと魔法についてお喋りをして午前中を過ごした。
昼食も終わり、子どもたちは勉学の部屋に行ってしまったので、私は時間を持て余していた。
豪華な薔薇が咲き誇る庭で1人お茶をするのも心細いし、城の中とはいえグランバニアの冬は寒い。
なので同じく独りぼっちで執務に追われる夫を息抜きがてらお茶会に誘おうと思ったのだ。
なのにどうしたものか。
国王専用の執務室の椅子は空っぽで、書類はシワもなく山積みになって佇んでいる。
窓が緩く開いているせいか部屋の空気は冷たく、暖炉には長く火が入っていないようだった。
部屋の扉の前で待機していた見張りの兵士に話を聞いてみる。
「国王陛下ですか?…いえ、まだお部屋から出てきておられませんが……まさか、また?」
また窓から抜け出したのだ。
リュカは虫も殺さないような目をしているくせに、執務から逃れるために窓から飛び降りるような芸当をして見せる。
それもしょっちゅうだ。
この前ティミーが宿題が嫌で窓から部屋を抜け出したと聞いた時には、怒るより早く「ああ、この子はあの人の子なんだ」と感心してしまったものだ。
とにかく、見張り兵にも知らせずに出かけるときは余計な心配をかけないようにするためそう遠くには行かないはずだ。
だとすれば、心当たりがある。
私は急いで自分の部屋に戻って外出用の外套をひっつかむと、「ちょっと散歩してくるわ」と侍女の人に言い残して城を飛び出した。
そして向かったのは城の外。
実はここに、警備兵の目も届かない秘密のサボり場があるのだ。
そんな場所があったら国としては大問題なのだが、仲間の魔物たちが四六時中ここで遊んで根城にしているらしいので、まあ大丈夫だろう。
初めてリュカに連れられた時と同じようにこっそりと木々の間を潜っていくと、案の定チロルとブラウンがボールを蹴って遊んでいた。
チロルは足が4本あるにも関わらず器用にボールを操っているのに、ブラウンは足が短すぎるのか空振りばかりをしてはすてんと転んでいる。
どうやら玉蹴りに足の数は関係ないらしい。
しかし肝心のリュカはどこにもいないようだ。
私は再びすてんとずっこけたブラウンを助け起こすと、「ブラウン、リュカを見なかった?」と聞いてみた。
魔物が人間の言葉をちゃんと理解しているのかは未だにわからない。
しかしブラウンとチロルが一瞬気まずそうに見つめ合って目を泳がせたのは、言葉よりも明らかな答えだった。
「知っているのね?」
にっこりと微笑んでみせると、ブラウンは慌てて頭を縦に振った。
リュカ曰く、私の笑顔はたまに王妃様相応の迫力があるらしい。
こういう時はありがたく使わせてもらっている。
ブラウンが小さな指で指し示したのは、木陰に埋もれるようにして建っている小さな家だった。
サンチョさんの家に造りが似ているような気もするが、それよりもずっと小さくて、古い。
どちらかと言うと小屋のようだった。
天下のグランバニア城にこんな質素な小屋があることに内心驚きながら、半分腐り落ちた木戸をゆっくりと開ける。
「こんにちはー…」
いた。
私の旦那はこんなところで寝ていました。
藁で編んだ薄っぺらいムシロの上でいびきひとつたてずに。
「もう、リュカってば…見張りの兵士さんたちが心配してたよ?」
ため息まじりに言ってみるも、答えはない。
「リュカ…?」
なにかおかしい。
寝息が聞こえない。
見れば両手があお向けの腹の上にきちんと組まれていて、妙に不安になるポーズをしている。
「………あ」
そして気づいた。
リュカの頭が横たわる床に、粘り気のある液体がぶちまけられているのを…
「リュッ、リュカ!?リュカリュカ!!!!」
「う、うわっ、なになになに!?!?」
肩を掴んで必死に揺さぶったら、リュカはあっさりと起きた。
と、同時に床に「ピキッ」と落ちる粘着質な液体。
「ス、スラりん…?」
血糊だと思っていたのはスラりんだった。
薄暗い部屋のせいで、青い色が全く分からなかったのだ。
一方のリュカは本当に寝ていたらしく、呑気に欠伸をしている。
「あれビアンカ、迎えに来てくれたの?」
やっと私のことに気づいたらしいリュカは、苦笑いしながらいつもよりベトベトしているスラりんを持ち上げた。
「スラりんが暖炉の前で昼寝をしてたらこんな風に溶けちゃってさ。ここならよく冷えるかなーって」
「スラりんって暖炉の熱でも溶けるの!?」
「そうみたい。これでもだいぶマシになった方なんだ」
なんだ、それだけか…
ほっと息をつくと同時になんだか気が抜けた。
ん?でも…
「それでどうしてリュカが昼寝をしているわけ?」
しかもスラりんを顔の上に乗っけて。棺の中の人みたいに寝っ転がっちゃって。
そう言うと、リュカは「うっ」と言葉に詰まった。
「いやあ、ここ暗いし静かだし、それにスラりんって暖炉の熱で火照った時に頭の上に乗せるとすごく気持ちいいんだ、熱出した時とかに頭を冷やしたり…」
「妻にデコピンされた時とかに頭を冷やしたり?」
「…ううっ」
「風邪とかひいたらどうするの!」
「…ハイ」
「スラりん頭にかぶって窒息しちゃったりしたら!」
「ハイ…ごめんなさい…」
ビッとデコピンの構えをすると、リュカは心底申し訳なさそうにうなだれた。
女性のデコピンは爪が長い分鋭くて痛いのだ。
「…心配したんだから」
「うん…ごめん」
ションボリする目の前の男は、とてもじゃないがグランバニアの頂点には見えなかった。
むしろ、昔と変わらない甘え下手な弟分。
「ほんと、変わったようで変わってないのね」
そう言って私がデコピンの構えを解くと、リュカは子どものように微笑んでこう言った。
「ビアンカ、お母さんみたいだ」
姉貴分どころかお母さんでした。
しかしそんな言動もリュカが言うとなんだかくすぐったい。
「そりゃあ、3人の子どもを抱えているんだもの」
「ええ、3人目って僕のこと?」
「もちろん!」
私はわざとらしく胸を張りながら言い放った。
「だからいつでもお母さんに甘えなさいね。サボりくらい一緒にしてあげるから!」
その後一緒にスラりんがいつも通りになるのを二人で見守って、二人でスラりんの呼吸について熱く論議をして、二人揃って風邪をひいた。
そんなバカみたいなオチの思い出を分かち合いたくて、今日も元気に城を歩くのです……
~ちなみにその時の警備兵たち~
「本当にお似合いのご夫婦だねー」
「全くもって目に毒だねー」
「普通嫁に『お母さんみたい』なんて言ったら殺されるよねー」
「一生根に持たれるよねー」
「お二人はここから丸聞こえなこと知ってるのかなー」
「さあねー」
「あー今日も平和だなー」
「なー」
2014.01.06