トレジャーハント!
たき火が弾ける音に、ふとレイミアは我に帰った。顔を上げると、たき火をはさんだ正面でくすくすと笑うマナが目に入る。
『眠いなら寝たら?』
「大丈夫。ちょっと考え事してただけだからさ」
『考え事?』
「そう」
まだ笑みを残したままそう問うマナに、レイミアは瞳を伏せた。
マナとレイミアには、幼い頃の記憶がないという共通点がある。
そのことを気にしていない、ということも共通点だろう。
その話から、ロイドたちの小さい頃の話に移っていったのだ。
「あたしたちが小さい時のことを思い出してたんだ」
『ロイドとかが小さい頃?…へぇ、どんな感じだったの?』
「…まだ、ジーニアスとか先生はイセリアに来てないくらい、小さい頃。ロイドは好奇心旺盛で、よく危ないことして怒られてたし、コレットはよく転んでた。
あたしとコレット、ロイドが同じくらいの年だったし、イセリアの他の子供たちからは何となく浮いてたからさ。3人でよくいたんだ」
レイミア、ロイドはダイクに拾われ育てられているという経緯からか、何となく子供たちからは浮いた存在だった。
コレットは――神子という存在は、この世界に生きるものにとって失うわけにはいかない、尊い存在だ。
子供たちも幼いながらに、そのことをわかっていた。だからなのだろう、コレットにあまり積極的に話しかけようとはしなかった。
マナはその話に少しだけ眉根を寄せつつも、すぐ表情を緩める。
『じゃあ、レイミアたちが小さい頃の出来事、なんか聞かせてよ!』
「えー…っと。あたしたちが小さい頃の話、か」
『なんか怒られることしてそうだよね』
いたずらっぽく問いかけたマナは、レイミアの表情の変化に肩をすくめた。
まさか、というより冗談半分で聞いたのに…。
レイミアは苦笑して――うなだれた。
「…否定できない自分がいて困る」
『そこは否定がほしかったよ』
呆れたように笑うマナに、レイミアは苦笑いを浮かべるしかなかった。
小さな頃は3人で、少し年齢が上がってからはジーニアスを巻き込み、色々なことをするようになった。
それで怒られたことも、たくさんの発見をしたことも、いい思い出だ。
…怒られた事の方が多いことは、この際自分の心に封じておこう。
「んー…。それにしても思い出、か」
何を話そうか、とレイミアは首を傾げる。視線をさ迷わせたうえに、目に入ったのは、明々と燃え盛るたき火だった。
その明るい赤色に、レイミアの脳裏にある思い出がよみがえる。
「マナ、話思い出したよ」
『本当?なになに?』
夜はまだ長い。話をするのには丁度よい時間帯。たき火がまた弾けた。
そしてレイミアは、口を開いた。
それは、今から約5年前のこと。ロイドたち4人は、イセリアの外れの森に来ていた。
歩きづらい道に、コレットとジーニアスは疲れているようだったが、先を行くロイドはそれをわかっていない。
それにため息をついたレイミアが呼びかけた。
「ロイドー、待ってよ!」
「…あ、悪い」
「あたしとロイドはともかく、ジーニアスとコレットはエクスフィアつけてないんだから…」
呆れたように文句を言うレイミアに、ロイドは頭を掻いた。どうにも、それを失念してしまう。特にまだジーニアスは7歳なのだ。
体力は自分たちほど、ない。
後ろを見れば、ジーニアスはもうへとへとらしく、コレットに手を引っ張られるようにして歩いていた。
「ジーニアス、大丈夫?」
「…大丈夫に、見える?」
「そうだね。ごめん」
「少し休憩しよう?ロイド、時間はある?」
「…あぁ。大丈夫だ」
空を見て確認したロイドは、頷いた。魔物の気配はしない。そもそもこの森も魔物がいないので、早めに帰ってくるという条件で特別に許可を貰い、ここに来ていた。
イセリアまでは歩いて10分ほど。その森に秘密基地を作る、という名目で来ていたのだが……。
◇ ◆ ◇
マナが目を丸くした。レイミアはくすくすと笑う。
『一体どういう目的で来てたの?』
「それは追々話すよ」
『ん…、でもレイミアとかがまだ小さい時、か。ロイドは今と変わらなさそうだよね』
「大当たり。そう言えば5年前だから、あたしと身長差はなくて。…懐かしいなー」
目を細めるレイミアと、ロイドの身長差は今かなり開いてしまっている。対等に目線を合わせていた時期もあったのだ。
(まあ、身長は対等じゃなくてもレイミアの方が一枚上手だよね)
普段から言い合いしつつも、最終的に丸め込まれているロイドとレイミアの関係に、マナは笑みを溢した。
「マナ?どうかしたの?」
『何でもない。それより、続き話してよ!』
「あ、そうだった。それで…、」
◇ ◆ ◇
秘密基地は確かに作った。何かあった時すぐにイセリアに帰れるように、入口付近に。しかし、ロイドの目的はそれだけではなかったようだ。
森を進んで30分が経過しようとしている。だんだん日が落ちてくるであろう、時間帯に差し掛かろうとしていた。
この森に来るのも、必死で頼み込んでやっと許可をもらった。
それを、遅くなったからという理由で却下されるわけにはいかないのだ。
レイミアの声は、自然咎めるように鋭くなる。
「ロイド、何がしたいの?」
「…ま、待ってくれよ。確かこの辺に…」
「まだ行くの?ロイド、ボクもう疲れたんだけど…」
ジーニアスの言葉は特に切実だった。まだ7歳という年齢での体力には限界がある。
ロイドは言葉に詰まり、深くため息をついた。ここまでが限度なのだ、と悟る。
「ロイド、何を探してたの…?」
「それは…」
あたしたちをここまで連れ回したんだから、きちんと教えて」
「ロイドー…」
コレットの優しい声、レイミアの最もな意見、ジーニアスのじとーっとした目…。
ロイドは観念したように口を開いた……。
マナの視線がレイミアを越えて、ロイドたちが寝ているであろう方へと注がれる。
「マナ、さすがのロイドもその時よりは成長してるから」
『いや、そうじゃないと困るんだけど…。理由を聞かないでついてきたレイミアもすごいよね』
「何かもう慣れた。ロイドの性格は知ってるし」
『…レイミアってさ、結構強者だよね』
「…マナには負けるよ」
マナの揺れる金糸の髪を感心したように眺めながら、レイミアは苦笑する。
出会ってからまだ間もないが、マナのようになりたい、と思わせるのに時間はかからなかった。
レイミアはひとつ呼吸をおいて続きを話し始めた。
◇ ◆ ◇
ロイドは唇を噛みしめ、逃げるように視線をそらす。話す、といったわりには決心がついていないようだ。
「ロイド?」
「! …待ってくれ!あった!」
「何があったの?」
「来いよ!」
ロイドはもう走り出していた。それを慌てて追いかけると、彼が行く先に日がそのまま差し込んでいる場所があった。
そこだけ、まるで木の葉がないかのように西日が差している。
その場所に到着した3人は、我が目を疑った。西日が眩しいその場所は、確かに木の葉が頭上にない。
ぐるりと木に囲まれていて、一面に白く可憐な花が咲いていたのだ。そのあまりの美しさに、思わずため息をついてしまう。
「すごく、すごく綺麗!」
「うん…!すごく綺麗だよ!」
「ロイドがこの風景見つけたの?」
「あぁ」
ジーニアスの疑問に、ロイドは照れくさそうに頷いた。
レイミアとコレットはしばらくその風景に感動していたが、やがてロイドを振り返った。
「ロイド、どうしてこの風景を見せようと思ったの?」
「え、どういう意味だよ、レイミア」
「だって、急すぎるから。内緒にしとく理由があるんでしょ?」
「……。お前ほんと…」
「ロイド、理由があるの?」
ロイドは微かに頬を赤く染めると、ゆっくりと、小さく頷いた。レイミアの言う通り、ここへ連れてきたのには理由がある。
彼は笑顔を見せた。
「コレットさ、フランクさんとかファイドラばあちゃんに感謝を示したいって言ってただろ?この花をあげたらどうかなって思ってさ…。
俺も、許可くれたファイドラばあちゃんとフランクさんに、お礼したかったんだ」
「ロイド…」
「…そうだね。お礼、しなくちゃ」
「ボクもする!…でも、コレットと被っちゃうなぁ」
でも他にあげるものもないし…。と、眉尻を下げた幼馴染みに、レイミアは優しく微笑んだ。
コレットも同じ気持ちなのだろう、ふと目が合うと微笑む。
「ジーニアス、大切なのは気持ちだよ」
「そだよ?きっとお父さまもお婆さまも喜んでくれるよ」
「…うん!大切なのは気持ち、だね!」
「そうそう」
先程の不安げな表情はなくなり、ジーニアスも笑う。穏やかな気持ちになっていた彼らは気づかなかった。
仲間外れにされたロイドが悲しげにしていたことを。
「俺の存在…」
「…あ、ロイドごめん。せっかくここ教えてくれたのに存在忘れてた」
「あ!ごめんねロイド!」
「…忘れてごめん」
「何でお前らこういう時だけ息ぴったり何だよ…」
がくりとロイドが項垂れる。そんな光景に3人が笑い、いつの間にかロイドも一緒になって笑っていた。
「…いつの間にか、ずいぶん時間が経ったみたいだね」
『そうだね。話してるとあっという間だ』
もう日は越えただろうか。星を見ながら、マナとレイミアはそう推測する。夜はまだ長いが、時間はそれなりに過ぎていたようだ。
しばし沈黙が舞い降りる。しかし、それは決して気まずいものではなかった。
『…ねえ、レイミア』
「何?」
『結局どうなったの?』
「あの後?…うーん…」
『話してくれるんでしょ?』
ね?といたずらっぽく目を輝かせるマナは、その後の展開を予測できているようだ。
全く、と思いつつもレイミアは、また語り始める。
◇ ◆ ◇
変化に気づいたのは、ジーニアスだった。空を見上げ、周りの風景を見て大慌てをする。
「大変だよ!空がもう茜色だ!」
「え?…嘘!?」
「今すぐ帰らないとやばいよ!」
「花、きちんと持ったか?走るぞ!」
ロイドの掛け声で走る。茜色の空はもう夜の気配を宿していた。にかく帰ることだけに集中し、ひた走る。
体力が一番少ないジーニアスを途中でロイドが背負い、コレットの手をレイミアが引く。
そうしてイセリアに飛び込んだ時には、ほぼ真っ暗になっていた。
コレットの家に行くと、フランク、ファイドラ、リフィルが待っていた。
息を切らして入ってきた4人に、リフィルたちが振り返る。
「あなたたち…!こんな時間まで何をしていたの!?」
「…ごめんなさい…」
「暗くなる前に帰って来なさい、と言ったはずだよ、コレット。どうしてこんなに遅くなったんだい」
「っ…、先生!フランクさん!俺が悪いんだ!俺がもっときちんと考えてたら…」
「それは違うよ。私も時間のこと忘れてたよ?」
「あたしだって、時間のこと忘れてた。あたしも責任があります」
かばいあう3人を見て、リフィル達は首を傾げた。何か違和感を感じる。
他に理由があるような…。
そして、コレットとジーニアスの手に握られた白い花を見留めたのは、ファイドラだった。
「コレット、その白い花はどうしたんだい?」
「…これは…」
「その花が、遅くなったことと関係してるんだろう?」
「お祖母さま…」
「話してみなさい」
穏やかなファイドラの声と雰囲気に、緊張を解いた4人は代わる代わるこれまであったことを話した。
…それは中々に恥ずかしいことではあったけれど。
一方、事情を聞いたリフィル達は複雑な表情を隠すことができなかった。
怒りたい気持ちはあるが理由が理由だけに、何とも言えない。
「怒るに怒れないですね」
「…そうじゃな。気持ちは嬉しいが…」
「それとこれとは別ですよ」
リフィルがそう言ったものの、目は笑っていた。フランクもファイドラに向かって、1つうなずく。
それらを見たファイドラは、最終的な決断を下した。
「今回だけは不問にしてやろうかの。ただし、今度同じことをしたら、その時はそれ相応の罰を受けてもらう」
「…わかりました」
「ありがとう、お祖母さま」
出された結論に、4人はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
その後、白い花を手渡し、感謝を示したロイドたちは、それぞれの帰途についた。
ジーニアス、コレットは咎められることはなかったものの、ロイドとレイミアは、ダイクに遅くなったこと、後から話を聞いた分とで叱られ、殴られた。
――という内容を苦い顔で語ったレイミアとは対照的に、マナは顔を伏せて肩を震わせていた。
「…マナー?」
『っ…、くっ、ごめ…ん。あはははっ!』
「マナ、声大きい!…だからあんまり話したくなかったんだよ…」
『ぷっ!……ふう、たぶん落ち着いた…。ロイドもレイミアも災難だったね』
「本当に。まあ、忘れてたあたしも悪いんだけどね」
『そっか…。なんか、レイミアの話を聞いてたら、みんなを思い出して来ちゃったなぁ』
「マナは別の世界から来たんだよね。どんな人?」
その問いに、しばしマナは沈黙した。
大切な仲間を思い出し、目を閉じる姿をレイミアは穏やかな目で見守った。
『あたしの話も、聞きたいよね?』
「うん。他の世界がどんな所かっていうのも気になるし、他に世界があるんだって思うと、わくわくするんだ!」
『…そっか。じゃあ、今度あたしの世界のこと詳しく話してあげるよ』
「本当!?ありがとう!」
『どういたしまして』
嬉々とするレイミアは、マナが異世界の人間であることを何とも思っていない。それはロイドやコレット、ジーニアスも同じことだろう。
難なく彼女を受け入れ、大切な仲間だと信じている。マナはその事がとても嬉しかった。
『…いつか、あたしの世界を案内できたらいいな』
「うん。その時はよろしく」
あたしと、ロイドとコレット、ジーニアスとかみんなで、マナの世界を見てみたい、とレイミアが言えば、マナは騒がしくなりそうだと軽く頭を抱える。
そんなやりとりがおもしろく、くすくすと、穏やかに笑いあう。
ゆっくりと夜は更けていった。
『眠いなら寝たら?』
「大丈夫。ちょっと考え事してただけだからさ」
『考え事?』
「そう」
まだ笑みを残したままそう問うマナに、レイミアは瞳を伏せた。
マナとレイミアには、幼い頃の記憶がないという共通点がある。
そのことを気にしていない、ということも共通点だろう。
その話から、ロイドたちの小さい頃の話に移っていったのだ。
「あたしたちが小さい時のことを思い出してたんだ」
『ロイドとかが小さい頃?…へぇ、どんな感じだったの?』
「…まだ、ジーニアスとか先生はイセリアに来てないくらい、小さい頃。ロイドは好奇心旺盛で、よく危ないことして怒られてたし、コレットはよく転んでた。
あたしとコレット、ロイドが同じくらいの年だったし、イセリアの他の子供たちからは何となく浮いてたからさ。3人でよくいたんだ」
レイミア、ロイドはダイクに拾われ育てられているという経緯からか、何となく子供たちからは浮いた存在だった。
コレットは――神子という存在は、この世界に生きるものにとって失うわけにはいかない、尊い存在だ。
子供たちも幼いながらに、そのことをわかっていた。だからなのだろう、コレットにあまり積極的に話しかけようとはしなかった。
マナはその話に少しだけ眉根を寄せつつも、すぐ表情を緩める。
『じゃあ、レイミアたちが小さい頃の出来事、なんか聞かせてよ!』
「えー…っと。あたしたちが小さい頃の話、か」
『なんか怒られることしてそうだよね』
いたずらっぽく問いかけたマナは、レイミアの表情の変化に肩をすくめた。
まさか、というより冗談半分で聞いたのに…。
レイミアは苦笑して――うなだれた。
「…否定できない自分がいて困る」
『そこは否定がほしかったよ』
呆れたように笑うマナに、レイミアは苦笑いを浮かべるしかなかった。
小さな頃は3人で、少し年齢が上がってからはジーニアスを巻き込み、色々なことをするようになった。
それで怒られたことも、たくさんの発見をしたことも、いい思い出だ。
…怒られた事の方が多いことは、この際自分の心に封じておこう。
「んー…。それにしても思い出、か」
何を話そうか、とレイミアは首を傾げる。視線をさ迷わせたうえに、目に入ったのは、明々と燃え盛るたき火だった。
その明るい赤色に、レイミアの脳裏にある思い出がよみがえる。
「マナ、話思い出したよ」
『本当?なになに?』
夜はまだ長い。話をするのには丁度よい時間帯。たき火がまた弾けた。
そしてレイミアは、口を開いた。
それは、今から約5年前のこと。ロイドたち4人は、イセリアの外れの森に来ていた。
歩きづらい道に、コレットとジーニアスは疲れているようだったが、先を行くロイドはそれをわかっていない。
それにため息をついたレイミアが呼びかけた。
「ロイドー、待ってよ!」
「…あ、悪い」
「あたしとロイドはともかく、ジーニアスとコレットはエクスフィアつけてないんだから…」
呆れたように文句を言うレイミアに、ロイドは頭を掻いた。どうにも、それを失念してしまう。特にまだジーニアスは7歳なのだ。
体力は自分たちほど、ない。
後ろを見れば、ジーニアスはもうへとへとらしく、コレットに手を引っ張られるようにして歩いていた。
「ジーニアス、大丈夫?」
「…大丈夫に、見える?」
「そうだね。ごめん」
「少し休憩しよう?ロイド、時間はある?」
「…あぁ。大丈夫だ」
空を見て確認したロイドは、頷いた。魔物の気配はしない。そもそもこの森も魔物がいないので、早めに帰ってくるという条件で特別に許可を貰い、ここに来ていた。
イセリアまでは歩いて10分ほど。その森に秘密基地を作る、という名目で来ていたのだが……。
◇ ◆ ◇
マナが目を丸くした。レイミアはくすくすと笑う。
『一体どういう目的で来てたの?』
「それは追々話すよ」
『ん…、でもレイミアとかがまだ小さい時、か。ロイドは今と変わらなさそうだよね』
「大当たり。そう言えば5年前だから、あたしと身長差はなくて。…懐かしいなー」
目を細めるレイミアと、ロイドの身長差は今かなり開いてしまっている。対等に目線を合わせていた時期もあったのだ。
(まあ、身長は対等じゃなくてもレイミアの方が一枚上手だよね)
普段から言い合いしつつも、最終的に丸め込まれているロイドとレイミアの関係に、マナは笑みを溢した。
「マナ?どうかしたの?」
『何でもない。それより、続き話してよ!』
「あ、そうだった。それで…、」
◇ ◆ ◇
秘密基地は確かに作った。何かあった時すぐにイセリアに帰れるように、入口付近に。しかし、ロイドの目的はそれだけではなかったようだ。
森を進んで30分が経過しようとしている。だんだん日が落ちてくるであろう、時間帯に差し掛かろうとしていた。
この森に来るのも、必死で頼み込んでやっと許可をもらった。
それを、遅くなったからという理由で却下されるわけにはいかないのだ。
レイミアの声は、自然咎めるように鋭くなる。
「ロイド、何がしたいの?」
「…ま、待ってくれよ。確かこの辺に…」
「まだ行くの?ロイド、ボクもう疲れたんだけど…」
ジーニアスの言葉は特に切実だった。まだ7歳という年齢での体力には限界がある。
ロイドは言葉に詰まり、深くため息をついた。ここまでが限度なのだ、と悟る。
「ロイド、何を探してたの…?」
「それは…」
あたしたちをここまで連れ回したんだから、きちんと教えて」
「ロイドー…」
コレットの優しい声、レイミアの最もな意見、ジーニアスのじとーっとした目…。
ロイドは観念したように口を開いた……。
マナの視線がレイミアを越えて、ロイドたちが寝ているであろう方へと注がれる。
「マナ、さすがのロイドもその時よりは成長してるから」
『いや、そうじゃないと困るんだけど…。理由を聞かないでついてきたレイミアもすごいよね』
「何かもう慣れた。ロイドの性格は知ってるし」
『…レイミアってさ、結構強者だよね』
「…マナには負けるよ」
マナの揺れる金糸の髪を感心したように眺めながら、レイミアは苦笑する。
出会ってからまだ間もないが、マナのようになりたい、と思わせるのに時間はかからなかった。
レイミアはひとつ呼吸をおいて続きを話し始めた。
◇ ◆ ◇
ロイドは唇を噛みしめ、逃げるように視線をそらす。話す、といったわりには決心がついていないようだ。
「ロイド?」
「! …待ってくれ!あった!」
「何があったの?」
「来いよ!」
ロイドはもう走り出していた。それを慌てて追いかけると、彼が行く先に日がそのまま差し込んでいる場所があった。
そこだけ、まるで木の葉がないかのように西日が差している。
その場所に到着した3人は、我が目を疑った。西日が眩しいその場所は、確かに木の葉が頭上にない。
ぐるりと木に囲まれていて、一面に白く可憐な花が咲いていたのだ。そのあまりの美しさに、思わずため息をついてしまう。
「すごく、すごく綺麗!」
「うん…!すごく綺麗だよ!」
「ロイドがこの風景見つけたの?」
「あぁ」
ジーニアスの疑問に、ロイドは照れくさそうに頷いた。
レイミアとコレットはしばらくその風景に感動していたが、やがてロイドを振り返った。
「ロイド、どうしてこの風景を見せようと思ったの?」
「え、どういう意味だよ、レイミア」
「だって、急すぎるから。内緒にしとく理由があるんでしょ?」
「……。お前ほんと…」
「ロイド、理由があるの?」
ロイドは微かに頬を赤く染めると、ゆっくりと、小さく頷いた。レイミアの言う通り、ここへ連れてきたのには理由がある。
彼は笑顔を見せた。
「コレットさ、フランクさんとかファイドラばあちゃんに感謝を示したいって言ってただろ?この花をあげたらどうかなって思ってさ…。
俺も、許可くれたファイドラばあちゃんとフランクさんに、お礼したかったんだ」
「ロイド…」
「…そうだね。お礼、しなくちゃ」
「ボクもする!…でも、コレットと被っちゃうなぁ」
でも他にあげるものもないし…。と、眉尻を下げた幼馴染みに、レイミアは優しく微笑んだ。
コレットも同じ気持ちなのだろう、ふと目が合うと微笑む。
「ジーニアス、大切なのは気持ちだよ」
「そだよ?きっとお父さまもお婆さまも喜んでくれるよ」
「…うん!大切なのは気持ち、だね!」
「そうそう」
先程の不安げな表情はなくなり、ジーニアスも笑う。穏やかな気持ちになっていた彼らは気づかなかった。
仲間外れにされたロイドが悲しげにしていたことを。
「俺の存在…」
「…あ、ロイドごめん。せっかくここ教えてくれたのに存在忘れてた」
「あ!ごめんねロイド!」
「…忘れてごめん」
「何でお前らこういう時だけ息ぴったり何だよ…」
がくりとロイドが項垂れる。そんな光景に3人が笑い、いつの間にかロイドも一緒になって笑っていた。
「…いつの間にか、ずいぶん時間が経ったみたいだね」
『そうだね。話してるとあっという間だ』
もう日は越えただろうか。星を見ながら、マナとレイミアはそう推測する。夜はまだ長いが、時間はそれなりに過ぎていたようだ。
しばし沈黙が舞い降りる。しかし、それは決して気まずいものではなかった。
『…ねえ、レイミア』
「何?」
『結局どうなったの?』
「あの後?…うーん…」
『話してくれるんでしょ?』
ね?といたずらっぽく目を輝かせるマナは、その後の展開を予測できているようだ。
全く、と思いつつもレイミアは、また語り始める。
◇ ◆ ◇
変化に気づいたのは、ジーニアスだった。空を見上げ、周りの風景を見て大慌てをする。
「大変だよ!空がもう茜色だ!」
「え?…嘘!?」
「今すぐ帰らないとやばいよ!」
「花、きちんと持ったか?走るぞ!」
ロイドの掛け声で走る。茜色の空はもう夜の気配を宿していた。にかく帰ることだけに集中し、ひた走る。
体力が一番少ないジーニアスを途中でロイドが背負い、コレットの手をレイミアが引く。
そうしてイセリアに飛び込んだ時には、ほぼ真っ暗になっていた。
コレットの家に行くと、フランク、ファイドラ、リフィルが待っていた。
息を切らして入ってきた4人に、リフィルたちが振り返る。
「あなたたち…!こんな時間まで何をしていたの!?」
「…ごめんなさい…」
「暗くなる前に帰って来なさい、と言ったはずだよ、コレット。どうしてこんなに遅くなったんだい」
「っ…、先生!フランクさん!俺が悪いんだ!俺がもっときちんと考えてたら…」
「それは違うよ。私も時間のこと忘れてたよ?」
「あたしだって、時間のこと忘れてた。あたしも責任があります」
かばいあう3人を見て、リフィル達は首を傾げた。何か違和感を感じる。
他に理由があるような…。
そして、コレットとジーニアスの手に握られた白い花を見留めたのは、ファイドラだった。
「コレット、その白い花はどうしたんだい?」
「…これは…」
「その花が、遅くなったことと関係してるんだろう?」
「お祖母さま…」
「話してみなさい」
穏やかなファイドラの声と雰囲気に、緊張を解いた4人は代わる代わるこれまであったことを話した。
…それは中々に恥ずかしいことではあったけれど。
一方、事情を聞いたリフィル達は複雑な表情を隠すことができなかった。
怒りたい気持ちはあるが理由が理由だけに、何とも言えない。
「怒るに怒れないですね」
「…そうじゃな。気持ちは嬉しいが…」
「それとこれとは別ですよ」
リフィルがそう言ったものの、目は笑っていた。フランクもファイドラに向かって、1つうなずく。
それらを見たファイドラは、最終的な決断を下した。
「今回だけは不問にしてやろうかの。ただし、今度同じことをしたら、その時はそれ相応の罰を受けてもらう」
「…わかりました」
「ありがとう、お祖母さま」
出された結論に、4人はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
その後、白い花を手渡し、感謝を示したロイドたちは、それぞれの帰途についた。
ジーニアス、コレットは咎められることはなかったものの、ロイドとレイミアは、ダイクに遅くなったこと、後から話を聞いた分とで叱られ、殴られた。
――という内容を苦い顔で語ったレイミアとは対照的に、マナは顔を伏せて肩を震わせていた。
「…マナー?」
『っ…、くっ、ごめ…ん。あはははっ!』
「マナ、声大きい!…だからあんまり話したくなかったんだよ…」
『ぷっ!……ふう、たぶん落ち着いた…。ロイドもレイミアも災難だったね』
「本当に。まあ、忘れてたあたしも悪いんだけどね」
『そっか…。なんか、レイミアの話を聞いてたら、みんなを思い出して来ちゃったなぁ』
「マナは別の世界から来たんだよね。どんな人?」
その問いに、しばしマナは沈黙した。
大切な仲間を思い出し、目を閉じる姿をレイミアは穏やかな目で見守った。
『あたしの話も、聞きたいよね?』
「うん。他の世界がどんな所かっていうのも気になるし、他に世界があるんだって思うと、わくわくするんだ!」
『…そっか。じゃあ、今度あたしの世界のこと詳しく話してあげるよ』
「本当!?ありがとう!」
『どういたしまして』
嬉々とするレイミアは、マナが異世界の人間であることを何とも思っていない。それはロイドやコレット、ジーニアスも同じことだろう。
難なく彼女を受け入れ、大切な仲間だと信じている。マナはその事がとても嬉しかった。
『…いつか、あたしの世界を案内できたらいいな』
「うん。その時はよろしく」
あたしと、ロイドとコレット、ジーニアスとかみんなで、マナの世界を見てみたい、とレイミアが言えば、マナは騒がしくなりそうだと軽く頭を抱える。
そんなやりとりがおもしろく、くすくすと、穏やかに笑いあう。
ゆっくりと夜は更けていった。