トレジャーハント!

――これはあるよく晴れた日の、マイホーム内ペット小屋での出来事。


「……カナタ。」

「なんだ?」

「何故俺はこんな事をやっている?」

「?それは俺はいいって言ったけどお前が自主的に手伝…」

「…っ何が手伝いだありえんだろう!誰が魔物の小屋の掃除を手伝うと……」


この日マイホームにはエスカデが訪ねてきていた――カナタを剣術修行に誘いに来たのだ。

しかしその時丁度カナタはマイホームのペット小屋の掃除をしていた。

ここマイホームのペット小屋は普段あまり使われていない。

マイホーム唯一の魔物のペット――‘家族’のラビは普段マイホーム内にいるからだ。


「……?ありがとなエスカデ!ホウキで掃くのはその辺で大丈夫だ…!」


それ故にいい加減ペット小屋は埃だらけになっていたのでこの日はカナタが一人、バンダナ&エプロン装着で気合いを入れつつペット小屋を掃除していたのだ。


「…くっ……!しかし中途半端も俺のプライドが許さん。仕方ないから手伝ってやる。特訓もしたいしな。」


しかしカナタの様子を見に来たエスカデも途中から何故か(ブツブツ言いながら)手伝っていた。


――これはそんなのんびりとしたある日の午後のお話。















――そうして約一時間後。

「よし…これくらいでもういいだろ…。」

「カナタ、あそこの物入れがずれている。後餌はどうするんだ?普段はここで食べんのだろう?」

「……………。食べ物はたまにはここにも来るから置いておいて大丈夫だ。…ありがとなエスカデ…!」

「礼はいらん。それよりこれで特訓が出来るだろう?早く支度…」

「ちょっと待ってって!掃除が終わったら食べようとしてた弁当があるんだ、一緒に食べようぜ…!」

なんだかんだいいつついつの間にか自分よりも熱心に掃除をしていたエスカデを見て、カナタは嬉しそうに微笑んだ後‘弁当箱’をエスカデに差し出した。


「ほらこれだ!」

「…一応聞くが…これはなんだ?」

「弁当だ!」

「弁当?この巨大な宝箱みたいなモノに入ってるのがか?」

「ああ。勿論だ。」

「…………………。まあお前だからな。」

「…??なんだ…?」

「何でもない。そういう事ならさっさと開けろ。食べてやる。」

「ああ。旨いかは分からないけどな…飲み物もあるぜ!」


こうしてカナタはエスカデと共に小屋の外へ出て芝生に腰を下ろし、エスカデに箸を渡して二人して巨大な弁当箱の中身をつまみ始めたのだ。

「――それにしても不可解だ。」

「………?何がだ?」


弁当を食べ始めて20分が経過し、二人が弁当を平らげた頃だ。

食休みをとっている最中エスカデはペット小屋を眺めながらふと呟いた。


「お前がペットを飼っているということがだ。」

「…それはラビの事を言ってるのか?ラビはペットじゃなくて家族――」

「だからそれが不可解だと言っているんだ。殺すべき‘魔物’をお前が飼っている事がな。」

「………?」


カナタはエスカデが言っている意味が分からず首を傾げた。

「お前だからこそ不可解だ。お前の性格なら本来魔物を家族になんてしないだろう?出会った魔物は必ず殺し、魔物の危険性も人間との違いも理解している…それに何よりお前は‘自由’を重んじている。」

「……………。」

「そんな奴が何故ラビなどを‘家族’とやらにしているのか――とても興味深い。」

「……………。」


――カポッ…コポコポ…。


エスカデは一通りそう言うとカナタが持ってきた水筒の中身、冷たい麦茶をコップに注いでゴクゴク飲み干した


「しかもあの魔物だけだ。益々不可解だろう。」

「…………………。」


――ドサッ。


カナタはエスカデに言われて、後頭部で両手を組んで仰向けになって芝生に寝転んだ。


「………………。」


――あの‘ラビ’は。


カナタが寝転んだ真上には青空と少しばかりの雲が広がっている。


「……そういえばラビと出会ったのは、まだラビが生まれて間もない頃の事だったな。もうそのラビも大人だもんな……。――時が経つのは本当に早いよな……。」


カナタはそう言うと何処か懐かしそうに目を細めて微笑んだ。

「理由を話せ。」

「…聞いても魔物嫌いなお前には余り好きになれない話かもしれないぜ。」

「勘違いするな。魔物がどうこうじゃない。お前の心理に興味があるだけだ。普段は魔物を瞬殺の奴が如何にして魔物を家族にしようとしたのか?――その‘英雄’の心理にな。」

「…………………。」


カナタはエスカデの言葉を聞いてエスカデを一瞥した後に再び空を眺めた。


「……そうだな。」


――やがてカナタは、空を眺めながらゆっくりとラビと出会った‘あの頃’の思い出をエスカデに語り始めた。

――それから更に10分後。









「成程。話は解った。」


エスカデはカナタからラビとの出会いから仲間になるまでの話を全て聞き終えると、その鋭い両目で未だ青空を眺めているカナタを見据えた。


「――だが、お前の‘それ’はエゴだろう。」


「…………。」



カナタはエスカデにそう言われ体を起こし、エスカデを真っ直ぐに見つめた。
そしてその直後エスカデは再び話を続けた。


「確かに一見ラビから来た様にも見えるし、お前自身は嫌われるのは覚悟していたのだろう。」

「………。」

「だが実際はどうだ?お前自身が結局ラビを大事にしてしまった――家族として。そして普段のラビの姿…お前が一生懸命愛情を注いだ結果、ラビは誰よりお前に一番信頼を置いてなついている。」

「…それは違うぜ。ラビはマイホームの皆を平等に好きだ。」


カナタが淡々とそう語るとエスカデはため息を吐いた。


「違わない。愛情を一方的に与えるだけで満足しているからお前は気付かんだけだ。人から好かれているとかの感覚やらがお前は‘解らない’んだろう?それはなんとなく解っているがな。」

「……………。」

「解らないからお前は自分がラビに愛情以外に何を与えてしまったのか、何をしてしまったのか自覚がないし――解らない。だから敢えて言っておいてやるが、もしラビがお前が仲間や家族を殺したかもしれないと知ったら、ラビはお前が思ってる以上に遥かにショックで憎悪を募らすだろう。」

「…………。憎まれ嫌われる覚悟は最初からある。」

「そうだろう。だが問題はそれだけじゃない。ラビが事実を知ったらお前が思う以上に悲しみ、そして苦しむだろう――お前だからこそな。」

「………………?」


カナタはそこで目を見開いた。


「俺だからこそ……?」


「お前だからこそだ。ラビにとってはおそらくお前は親みたいなものなんだろう。だからこそだ。事実を知ったら‘裏切られた’と思ってしまうのも致し方ないし、誰よりも好きなお前に裏切られたと感じてしまえば憎悪も好意に比例し…それ以上になるかもしれん。同時に悲しみや苦しみも好意に比例する。」


「………。」


「それが――憎悪を持つというのがどんなに自らを苦しめ嫌なものか…‘今’の俺にはよく解る。」


「――エスカデ……。」


エスカデはそこでカナタに向かって自嘲気味に笑った。


「俺はマチルダを憎んでいた訳じゃないと思っていた。だが……今にして思えば奴だけでなく‘悪魔であるアーウィンを好きなマチルダ’に俺は何処かで怒りを覚えていたのかもしれん。」

「……………。」

「まあ…だからといって奴を殺したのが間違いとは思わないし、後悔している訳じゃないがな。俺は悪魔を今でも危険な存在だと――悪だと思っているからな。」

「………………。」


エスカデはそう言うと今度は一瞬不敵な笑みを見せ、カナタもそんなエスカデを真っ直ぐに見つめた。


そうしてエスカデは直ぐ様、また普段の真面目な顔に戻るとカナタを見据えた。

それからカナタは、暫し考えを巡らせると疑問を口にした。


「だけどエスカデ。お前が言うその基準でいけば、寧ろ俺はあまりラビを苦しめないで済むだろ。」

「…………。」


エスカデはそこで、余りにも他からの好意を分かれないカナタを少し哀れむ様に見ると、深い溜め息を吐いた。


「……だからお前は自分が思っているより遥かに、ラビがお前を慕っている事を自覚しろ。なんせ親同然と見ているなつきようだ。お前はラビに愛情を注いで――注ぎすぎて結果何をラビに与えてしまったか全く解っていない。」

「………………。」


エスカデの言葉にカナタは目を見開いて信じられないという表情で身動きを取れないでいたが、エスカデは構わずに更に話を続けた。


「話を戻すぞ。お前がそこまでの、親の様な愛情を注ぐ程ラビを大事にしているのは‘可哀想だから連れてきた’だけでは説明がつかない。お前のはその域を遥かに上回っているからな。」

「……………。」

「特にお前は本来なら出会った魔物には容赦ない。なのにコレだ。‘ラビからなついて来た’、‘可哀想だから’というだけでは到底納得がいかん。だから俺は‘エゴ’だと言ったんだ。――お前は、本当は‘お前が’ラビを連れて帰りたかったんじゃないのか?」

「……。」

「それともラビがまだ子供だったからとでも言うか?」

「……………。」


エスカデの言葉を聞いてカナタは暫し沈黙した。


本格的な夏に近づいてきたこの頃特有の、生温い風がカナタの前を通り過ぎた。

――あの時。


「――そうかもな……。」


そしてカナタは少しだけ沈黙した後に、当時をゆっくりと振り返った。


「…俺は…確かにお前が言うように本来なら俺は魔物を家族にはしないし、ラビも殺していた筈だった。」

「ほう?」

「だけど殺らなかった。……殺れなかったんだ。」


――ドサッ。


「………………。」


カナタはそう言うと再び仰向けになって寝転がり、いつの間にか雲がなくなっていた青空を眺めた。


「――それはさっき言ってたように…幼い頃のソラとラビを重ねたからか?だから何処かでラビを連れて帰りたいと‘お前が’思った――違うか?」


――ドサッ。


暫くしてエスカデもカナタと同じく寝転ぶと、青空を眺めながらカナタに訊ねた。


「…………………。」


――寝転んだカナタとエスカデの眼前には、何処までも澄んでいる青空が拡がっていた。


「…それもあるけど…それだけじゃないぜ…。」


カナタはそう言うと穏やかな顔で微笑んだ。

「……ほう?」

「聞くなら長くなるぜ。」

「聞いてやるから話せ。」

「…特訓はどうすんだ?」

「お前は聞かないと話さんだろう。‘英雄’の軌跡を俺が覚えておいてやるからとっとと話せ。」

「………………。」

カナタは仰向けのままエスカデとそんな会話を交わすと一瞬苦笑したが、その後直ぐに何処か嬉しそうに穏やかな顔で微笑んだ。


「……そう…だな。そこまで言うなら……」


――話してみるか。


そうしてカナタは穏やかな顔で微笑んだまま、空を眺めながら話し始めた。


「俺がラビを連れて行きたかったのは…多分あの頃の事があるからだ――。」


カナタはそう言うと‘あの頃’をゆっくりと回想し始めた。

――それはまだカナタとソラが幼かった頃、聖域にいた頃の話だった。











――ザシュッ。


「…っはぁ…はぁ……。」


――回想しているこの「場面」、カナタはマナの聖域の魔物を殺して歩いていた。

‘この時’もカナタは魔物を斬ったばかりだった。

幼い頃からマナの英雄――マナの一族はマナの聖域の魔物を殺さねばならなかった。

何故ならば――マナの聖域に現れる魔物はマナの木を侵食するためだけにマナの聖域――神界にいる存在だったからだ。

そんなことを許すわけにはいかない――カナタはその信念一つでマナの聖域の魔物を日々殺して歩いていた。


「………………。」


――ソラにはなるべく殺らせたくない。


「………………。」


同時にカナタは少しでもソラではなく自分が魔物を殺したいと思っていたのだ。

その‘原因’は少し前の事だ。

ソラがある日、聖域の何処から拾ってきたのか魔物の子供と友達になってその魔物を飼っていたが、それをカナタがソラには内緒で――密かに殺したのだ。


――ガッッ…。


「………………。」


幼いカナタは‘その時’の事を思い出して一旦剣を地面に突き立てて腰を降ろした。



――酷い…酷いよカナタ!!



『なんで殺したの?!まだ小さいんだよ…!!あの子も親がいないんだよ…!!なんでっっっ…!!なんでっ………っ……!』




『……………………。』





結局その魔物を殺した事はソラにバレてしまい、一時期は相当険悪になったがポキールがソラを説得してなんとか再び仲直りしたのだ。

しかし一時期相当にソラがカナタを恨んだのは確かだった。

この頃のソラにはまだ、聖域の魔物とマナの一族の関係が理解出来なかったのだ。

そしてそれからだった。カナタがソラにはなるべく聖域の魔物を殺させないで、自分がなるべく殺そうとするようになったのは。


「………………。」


同時に、その事があってから――そしてカナタ自身もいつも魔物を殺しながら――ある一つの願いを持つようになっていた。


「――――…。」


幼いカナタはその願いを再度思い出し、腰を上げてたった今自分が殺した魔物に手を置いた。

そして次の瞬間。





「――――――…。」






――ブワッ……。







‘いつものように’カナタは魔物を‘浄化’したのだ。

緑色の光の柱が魔物とカナタを包み込み、やがて魔物はマナエネルギーと一体化して――マナの木の元へと還っていった。





「…………………。」





――その瞬間、幼いカナタはいつも強く願っていた。





「………………。」






いつか魔物を殺さなくていい世界になればいい。



――ソラが泣かなくてもいい世界を。



殺し合いをしなくて済む世界を。

魔物とも共に生きれる世界を。




そう願っていたのだ。





「…………………。」







そうしてカナタは再び剣を持つと聖域の魔物掃討に出かけた。




――この頃のカナタは毎日、実際の自らの行いとは矛盾した願いを持ちながらそんな行為を繰り返していた。

「…もう遠い昔の話だ…。」

「…………………。」


――カナタは一通りエスカデに語ると、懐かしそうに目を細めて微笑んだ。


「‘だから’…ラビを助けたあの時思ったんだ…。」
「………………。」

「このラビは‘地上の魔物’だ。だからこのラビが大きくなる頃には、もしかしたらマナの木は再生されていて、地上の魔物はもう殺さなくてもよくなっているかもしれない――そうなっていて欲しい……。」

「………………。」

「そう願ったから……希望を持ったから共にいようとしたんだろうな…。勿論ソラと重ねたのもあったけどな……。」

「……………………。」


そうして全てを語り終えたカナタはただのんびりと、穏やかな顔で青空を眺めていた。

そんなカナタを一瞥してエスカデは体を起こした。


「――それでその願いはもうすぐ叶えられそうだと……そういう事か。」


エスカデが問うとカナタは満足そうに微笑んだ。



「…ああ…。」



「…………………。」



一言、返事を返したカナタのその横顔を、エスカデは鋭く冷たい瞳で、しかし何処か悲しそうな表情で見つめていた。

――と。そこで二人の耳に何かの音が入ってきた。


「………!ラビ!!」

「噂をすればなんとやらだな。」


そう――ラビがやってきたのだ。


――ぴょんぴょんぴょんぴょん……ドンッッ…!


「………!!」


ラビアタックと云わんばかりの猛スピードでラビはカナタに近寄ると、仰向けに寝ていたカナタの腹の上にダイブした。


「……相変わらずそのラビはファザコンだな。お前の妹にそっくりだ。」

「……どうした……ラビ…?」


そのラビの行為を見てエスカデはやれやれと呆れ、カナタは多少腹にダメージを受けつつも笑顔でラビに問いかけた。


――パタパタ…。


するとラビは瞳をうるうると潤ませて、耳をぱたぱたと動かした。


「………そっか………。ごめんな…一人にして……。」


カナタはそう言うと体を起こして一瞬悲しそうな顔を見せたが、直ぐに再び穏やかな顔を見せ、そうして微笑むとラビを抱き締めてその頭を撫でた。


「またお前はな…その辺に転がしておけばいいだろう。大体なんて言っている?」


エスカデが呆れながら問うとカナタはそのままエスカデの方に向き直り、微笑んだ。


「…俺を探していたみたいだ。この時間だから一緒に昼寝がしたかったのかもな…。」


「……………。ラビの通訳まで出来る様になったか。」



エスカデは呆れつつ立ち上がるとカナタに言った。


「先にいっている。魔物は好かないが……お前の‘家族’を斬る気はない。そして邪魔すると恨まれそうだからな。ソイツが寝たらいつもの空き地に来い。」

「……ありがとな……。」
「…ふん。」

「小屋の掃除もありがとな…!」

「それは弁当と特訓の代金だから礼はいらん。」


エスカデはそう言うとすたすたと歩いて、あっという間に姿を消した。



「……ラビ、今のやつが今日はペット小屋を掃除してくれたんだぜ!良かったよな……。」



――ぴょこぴょこ…。



カナタがそう言うとラビも同意したように耳と尻尾を動かし、潤んだ瞳カナタを見つめた。


「…おやすみな、ラビ…。」


それからラビは体を丸めると今度はそのまま、カナタに抱かれたまま眠りに堕ちていった。


「……ラビ、いつかお前が全て知ってしまっても、聖域に行っても、俺はお前をずっと家族だって思ってるからな……。」


――きっと。



例えそれがエゴであろうと、己にとってその気持ちが本心であり真実である――そこから目を逸らす気はない。

親代わりとして愛情を注いだ後で自分に出来る事は、結果の全てを受け止める事だけである。



「………………。」



カナタは改めてその気持ちを強くするとラビの頭を優しく撫でた。




――もうすぐ願いは現実になる。必ず実現させる。





カナタはただ一人、密かなその願いを胸に今一度青空を眺めていた。



――‘家族’をそっと抱き締めながら。




~end~

聖剣伝説Lom
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