10万打記念小説

そういうのも案外悪くないでしょう?


≪Reason≫


「やっぱり、ここにいた」


「げっ……レイミア」


いつぞやレイミアと二人で食べたクレープ屋のクレープ。

その時の味が忘れられなかったあたしは、こっそり宿から抜け出し自分の順番を今か今かと待ち焦がれていた。

そして、クレープへの期待で胸を膨らませるあたしの肩を叩く人物が一人。

嫌な予感を感じつつ振り返れば、そこにいたのは予想通り、旅の仲間であるレイミアだった。


「い、いつからここにいらっしゃいまして?」


「やっぱりここは木苺のソースでいくべきか……いやいや、ラ・フランスというのも……ぐらいからかな」


「それってほぼ最初からじゃん」


「あっ!順番みたいだよ。すみませーん!木苺とラ・フランスのクレープ一つづつくださーい!」


「はっ?ちょ……待っ!誰がお金を……」


あたしが口を開いた時には既に時遅し。

元気よく指を二つ立てて注文し終えたレイミアの手には、色鮮やかなソースがかかったクレープが二つ握られていた。


「捜査経費。また、勝手にふらっといなくなって……心配したんだよ」


軽く眉を寄せて不機嫌そうに口を開くとレイミアは持っているクレープの一つを少し乱暴に差し出した。

……こりゃあ、下手に逆らわないで払った方が懸命かもしれない。


「おっちゃ~ん……クレープ二ついくら~?」


「200ガルドね。まいどあり~」


ああ、予想外の出費……不覚!!


「そんなに気を落とさない落とさない。せっかくの美味しいクレープが台無しになっちゃうよ?」


人の気も……って、それはレイミアも同じか。心配させちゃったわけだし。

奢らされたところに思うところはあるけれど、まっ、いっか。って思うのは相手がレイミアだからだろうか?


「ほらほら!早く食べようよ!」


新緑を思わせる瞳を細め楽しそうに手招きをする友人の姿に、諦めとも呆れとも言えないため息が一つだけこぼれた。


「う~ん……やっぱ、ここのクレープ最高ッ!抜け出してきて良かった~!!」


「……そんな事だろうと思った。今日は城で王様達と謁見するって話だったでしょ?」


「あ~昨日も話したけどあたしはパス。そーいう肩が凝るところ苦手なんだよね」


春を告げる薄紅色をした花はとうに散り、代わりに茂り出したのは青く若い葉っぱたち。

そんな葉が萌え出る木の下に設置されたベンチに腰掛けて、あたしは一口クレープを頬張った。

前回同様、甘い生クリームと酸味が効いた果物のソースは舌の上でさらりと溶けて、口いっぱいに幸せな余韻を残し消えていく。うん。やっぱりここの店は買いね!


「まったく……」


「そ~いうレイミアだって人のこと言えないでしょ?レイミアもあたしと一緒で堅苦しいところ苦手だし。
いいじゃん?ほら、あたしを捜しに来たおかげで行かなくてすんだでしょ?」


茶化すように軽く言えば、彼女は文句を言う気力も失せたのか、言葉の代わりに肩を落とし、深い深~いため息を漏らした。


「はらほら。気を落とさない。せっかくのクレープでろでろになっちゃうよ?」


「もう、誰のせいだと……」


「あたし」


「マナ、それ胸張って言うことじゃない」


フッ……と堪え切れずに笑い出したのはあたしからかそれともレイミアからか。

どちらから始まったか分からないあたしたちの笑い声は昼下がりの公園一杯に拡がっていった。

「あのさ、マナ。聞いてもいいかな?」


「ん?あたしに答えられることなら」


「マナはどうして旅をしているの?」


ひとしきり笑い終えて、息を整え終えて……レイミアが次の言葉を口にしたのはそんな時だった。

思いがけなかった彼女の質問に瞳が大きく見開いたのが自分でもよく分かる。そんなあたしをレイミアはあの新緑の瞳で真っ直ぐ見つめていた。


「う~ん……旅かあ……でも、またどうしたの?急に」


「……時々思うの。マナとあたし達の間には壁があるんじゃないか、って。
あたし達は世界の再生という目標があって旅をしているけれど……マナは一歩ずれたところにいるって言えばいいのかな?
上手く言えないんだけど時々そう感じて寂しく思うことがあるんだ」


春と初夏の間の風が一陣、まるでレイミアの長い髪を梳くかのように流れていく。その光景を見ながらあたしはすぐに言葉を紡げずにいた。

……レイミアは鋭い。

今に始まった事じゃないけれど、レイミアという少女は人の心の動きに対して驚くほど鋭敏だ。

確かにあたしは心のどこかで世界再生とやらを冷めた目で見ている。

それどころか、皆が目指している”全てのヒトが平等な世界”なんぞありっこないし、そんな世界ごめんだとさえ思っているのだ。

”皆が同じ世界……一律の世界の何がおもしろいのか”と。

例えば、ここのエルフは外から隔絶された社会を形成している。だからこそ生まれた文化もあるんじゃないのか、とあたしは思うのだ。

それを排他的だと糾弾し、自分達の価値観を押し付けることは果たして正しい事なのだろうか?

分かり合えないのであれば無理に分かり合う必要もないし、距離を置けばいいのではないのかと思うのだ。それが時として互いの文化を尊重することもあるということをあたしは知っている。

……これは、あたしがこの世界の住人じゃないからこその考えだ。虐げる側と虐げられる側……どちらでもないからこそ無責任に考えているのだろう。

この考えを皆に言うつもりはない。勿論、レイミアにも言えないこと。だけど、レイミアはそれを直感で見抜いていた。驚くなと言うには無理があった。

でも、じゃあ何故あたしはここにいるのだろうか?旅をしているのだろうか?

……答えは気が抜けるほど単純なものだった。


「……理由がいるのかな。旅って」


「えっ?」


「あたしにとって旅ってそんなもんってこと。知らない土地にふらっと行って美味しいものを食べて知らない人たちに会う。仲間と一緒に。それが楽しいの。
まっ、褒められた理由じゃないけれどー……」


そういうのも案外悪くないでしょう?



「ふふふ……あははは!」


「えっ?ここ笑うところ!?」


「……ごめんごめん。ああ、やっぱりマナはマナだなってそう思ったら面白くなっちゃった」


ほんの一瞬大きくなったレイミアの瞳。だけど、次の瞬間にはレイミアの肩は小さく震えていて、口元を抑えて彼女は楽しそうに声を漏らした。


「少し遠く感じることもあるけど……やっぱりマナはそういうのがしっくりくるもん。なんて言うんだっけ?根なし草?」


「……それ褒めてます?」


「うん!勿論!」


分からないところや相容れないと感じることがあるにも関わらず、それ以上に離れがたいと感じるのは、きっとそれ以上にレイミア達のことが気に入っているから……かもしれないなあ。


「じゃあ、帰りますか!」


見上げた空はあたしが元いた世界まで続いているんじゃないかと錯覚するような、どこまでも青い空だった。


Fin
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