夢主交流

心の自由がそれぞれのものである以上―…


《再会》

『やっほー、レイミア!遊びに来たよー。』


「マナ!?一体、どうしたの!?もうずっと姿を見なかったから、あたし、本当に心配したんだよ!」


『いやー、ちょーっとばっかし野暮用っというか、ゴタゴタに巻き込まれてた?』


「なんで自分のことなのに疑問形なのよ…。」


『まあ、それはそれ。これはこれということで。』


田舎―…失礼。超が二個も三個もつくような牧歌的な町イセリア。

その超牧歌的なイセリアから山道を越えた更に先にこの家はある。

時期が時期のためか、家の周りの木々は初夏の緑が萌えあがり、むせ返るような―…だけど、不快ではない匂いがあたしの肺を洗っていく。

けして豪華なわけじゃない小さな、でも、木の温もりが感じられる一軒家。

初めてここに来た時そのままのこの家がどこか懐かしくって、あたしは自然と頬が弛むのを止められなかった。

ただ、あの日と違って、あたしの瞳に飛び込んできた色彩は赤でも白でも青でもなく、新緑を思わせる鮮やかな緑だったけれど。

彼女の名前はレイミアという。

レイミアはロイドと同じようにダイクと言うドワーフに育てられた孤児だ。

そんな関係があってか、ロイドとレイミアは兄妹のように―…いや、実際は姉弟かもしれない。まあ、この二人は本当の家族のように育ってきたのだ。

もっとも、この世界軸のロイドが果たしてあたしと旅をしたロイドと同一人物かどうかまでは分からないけれど。

…ともあれ、ひょんな事から知り合ったあたし達はなぜか意気投合し、今やこのように他愛ない話までするような仲になれたのだ。

その事があたしは素直に嬉しかった。


「でも、本当に久々ね。前もって言ってくれたら準備だってできたのに。ロイドや父さんだって今日は留守よ。あたしは留守番。」


『うーん…。びっくりさせようかと思ったんだけど…、失敗。まあ、そんな日もあるか。』


「…らしいと言えばらしいけど。」


ちょっとばかしの小言はあるけれど、それはあたしを拒否してるから出てくる言葉じゃなくて―…

いそいそとお茶の準備をするレイミアの後ろ姿をあたしはどこか楽しそうにして見ていたと思う。


「でも、マナが今日ここに来るなんて本当、不思議。夢…見たせいかな?」


『夢?』


「そう。ほら、いつか二人で焚き火を囲んで、あたし達が小さい頃の話を聞かせたことがあったでしょ?」


紅茶とは違う、独特の芳香を含んだ湯気が鼻腔をくすぐる。

琥珀色したそれをあたしが一口口を付けたことを確認すると、レイミアは懐かしそうにそう切り出したのだ。


『あー…。そういえばそんなことあったね。花畑をロイドが見つけて、帰りが遅くなって―…だっけ?』


「そう、それ。その話をした時の夢を見たのよ。そうしたら、マナが来た。
偶然だと思うけど不思議じゃない?」


『…偶然だと思う?』


「…えっ?」


『世界はイメージなの。だから、ココロある人ならどこにでも行けるわ。
夢は世界になって、世界は夢になる―…ってね。』


本当は、今日あたしがここに来たのはまったくの偶然なんだけど、首を傾げるレイミアは可愛いからもう暫らく混乱してもらいましょうか。

そんなちょっぴり意地悪なあたしの思惑を知ってか知らずか、レイミアはその愛らしい顔をしかめて言葉の意味を考えているようだった。


「いつか―…」


『えっ?』


「いつか、言ったよね。今度はマナの番だって。」


今度も何も…唐突に紡がれたレイミアの言葉に今度はあたしが首を傾げる番だった。

さて、あたしの番とは一体どういう意味だろうか?


「言ったじゃない。今度はマナの世界の話を聞かせる、って。忘れちゃったの?」


綺麗に整ったレイミアの柳眉が僅かに歪む。

そんなレイミアに、あたしは慌てて否定の意味をこめて首を横に振った。


『わ、忘れるわけないじゃん!でっ?何が聞きたい?』


「…絶対、忘れてたでしょ?」


鋭すぎるくらいのレイミアの指摘に内心冷や汗だらだらもんだったとか―…この場合、黙っておきましょう。うん。本当、レイミア鋭いからなぁー…。


でも、あたしの世界の話、ね。

正直、何から話せばいいのか、というのが本音だった。

別に話のネタには事足りない。

友人の玉ねぎ剣士曰く、あたしは歩くトラベルメーカーなのだそうだ。

失礼極まりない話だが、根を葉もなくはないと言うのが悲しい。

そんなわけだから、世界の話と言われても逆にどこから話せばいいのか迷ってしまうのである。

怒りんぼのジャグラーと暢気者の音楽家の凸凹コンビの話?

竜殺しの大罪人と竜を守護するドラグーンの話?

歌を歌わなくなったセイレーンと魔女に声を渡した人魚の話?

涙を無くした悲しい一族の話?

…いいえ、違う。

あたしが今、話すべきは―…あたしがレイミアに聞かせるべき話は―…


『…あるところに、人間と獣人と悪魔の四人の幼なじみがいたの。』


そう。あたしが話すのは―…いいえ、話さないといけない話はこの話しかない。

緑が萌える。

木々が騒めく。

そんな窓が切り取る風景の更に先に、あの赤茶けた大地と光り輝く竜の鱗が見えた気がした。


その四人はね、まあ、少し変わってたけどどこにでもいるような幼なじみだった。

うーん…ごめん嘘。関係はかなり複雑だったわ。

人間のうち一人は代々司祭の家系で、その女の子は生まれながらに次の司祭という生き方を決められていた。

もう一人の人間は代々騎士の家系で、その司祭の家を守っていた。

あいつも小さい頃からそれを当然として生きていたんでしょうね。自分の正義にどこまでも真っすぐだったわ。…良くも悪くも、ね。

獣人の女の子は代々僧兵の家系で、寺院を守ってきた。

そんな事情はあるけれど、あの子自身、言い方に難はあるけれど、司祭の子に執着していたんでしょうね。

それは、さっきの騎士の男の子も同じ事。そして、最後の一人も―…。

最後の一人は人間と悪魔のハーフだった。

ああ、誤解しないで。あたしの世界での“悪魔”っていうのは種族名みたいなもんで―…そうね、こっちでいうヒトとエルフみたいなものだと思ってもらえればいいわ。


異界から来たというこの友人の話はどこかにわかに信じがたい話だった。

絵本のよう―…と言えばいいのだろうか?

異界の出来事だと差し引いてもどこか現実離れしていて―…とてもすぐに咀嚼できそうにない。


そんなあたしの考えを知ってか知らずか、友人―…マナは穏やかに一度笑って、一口カップに口を付けた。


『―…まだまだ先は長いけど…、どうする?』


「…聞かせて。」


ゆっくりと頷いてそう告げるあたしを見つめるマナの目は優しげで、だけど、いつのも彼女にはない影が見え隠れしていて―…

普段のちゃらんぽらんとした彼女からは想像がつかないその空気に、あたしは知らず知らずのうちに飲み込まれていった。

そして、彼女は再び語りだす。一つの―…物語を。


四人は、小さい頃はいつも一緒だったそうだ。

いや、正確に言えば、その司祭の女の子を中心にして彼らの世界は動いていたらしい。

彼女がいるから獣人の女の子も騎士の男の子も―…そして悪魔の子も一緒にいられた。

だけど、世界はそれを許さなかった…。




もう、冷めてぬるくなったお茶の甘い香りが、あたし達が現実にいるということを教えてくれているような気がして、あたしは一人、安堵の気持ちから胸を撫で下ろした。

分かる―…気がするのだ。

あたし達四人は獣人でも、ましてや悪魔でもないけれど、マナの話す四人と同じように異質な存在だったから。

コレットは生まれた時からすでに神の子で―…否応無しに将来を決められていた。

あたしとロイドは人間だけれど、出生の分からない孤児という事やドワーフに育てられたことも相まって、あからさまではないが煙たがられていた節も否定できない。

それに加え、ジーニアスはエルフ。(…まあ、エルフではなかったわけだけど。)

司祭の子とその幼なじみが付き合うことを面白く思わない人間も大勢いただろうという事が容易に想像できてしまうのだ。

あたしは一つ頷き、続きを促す。

本当は―…本当はこの先を聞くのが怖い。

だけど…だけど、聞きたい。

矛盾しているけれど、これがあたしの素直な気持ちだった。

そんなあたしを見つめるマナの瞳は、やはり、あの…不思議な光を湛えていた。

―…悪魔の子は悩んでいた。人間の血が半分流れていることも大きく影響していたんでしょうね。

司祭の子と共にありたいという気持ち。

悪魔が本来持つ破壊衝動。

加えて、騎士の男の子が持っていた愚直なまでの危険な正義感。

それは、四人の歯車を狂わせるには十分だった。

小さな狂いは黒い澱みになり、澱みは大きな歪みとなって四人はついに互いを憎しみあうようになっていった。

…それで、この話はおしまい。




マナはそう最後に付け加えて口を閉ざした。

沈黙が落ちる。

気が付けば、あたしは下を向いて唇を噛み締めていた。強く握った手が白く変わっていたがそんな事どうでもよかった。


『…司祭の子が中心になってあの四人の世界は出来てたって話したよね?』


「…うん。」


『…四人が憎み合うようになって―…もし、レイミアがその子だったらどうした?どうしたい?』


「何って…。止めるに決まってるじゃない!友達なんでしょ?幼なじみなんでしょ!?
話し合いもしないで憎み合うなんて馬鹿げてる!それに、誰かが間違った方向にいこうとしているならあたし達全員でひっぱたいてでも止めるわ!」


半ば叫ぶようにあたしはそう言い切った。

そんなの絶対嫌だったのだ。

確かに、あたしは人の―…たとえ、それが幼なじみだとしてもその人の心の中に入り込んで自由を奪うなんて事、出来ない。

だけど、相手の自由だからと何もせずに全てを放り投げて傍観を決め込むなんて無責任なことだけは絶対にしたくなかった。

そんなの…そんなの友達なんかじゃない。


『…そう。そうだね、レイミアは―…ううん、レイミア達はそういう子達だよね…。
でも、忘れないで。心の自由がそれぞれのものである以上、どこかで亀裂が生じる時もある。忘れないで。自分の自由と相手の自由―…どっちもとっても大切なことよ。
じゃあ、この話はおしまい!次は―…ロイドのはっずかしーーいエピソードとか聞いちゃおっかなぁ?』


「…はっ?」


パンッ!という音を合図にガラッと変わる部屋の空気。

あまりの変化に付いていけないあたしの視線の先では、手を叩いてこちらをニヤニヤと見つめるマナの姿があった。


『なんなら、レイミアの話でもいいけど?はっずかし~~いエピソード。』


「話すわけないでしょ!」


…本当。風変わりで、どこまでも自由な人。

心の中で一つため息を吐いて、あたしは笑みを浮かべる。

まだまだ今日は長いのだから。たまにはこんな日があってもいいのかもしれない。

すっかり冷めてしまったお茶と同じ色をした空は、とても優しいものに見えた。


Fin
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