第12章 復興、そして北へ


それは深く鮮やかな青い色…水面に揺らめく光に手を伸ばせば、そこから誰かが僕を呼ぶ声が聞こえてくるんだ…。

ゆらゆらと朧気に揺らめく過去の記憶。

深く…優しく…僕を包み守る…青い光。

優しい声…優しい眼差し…僕を呼ぶのは誰だろう…




「アレク…。お前は…アレクセイだろう?」

「アレク…セイ…?いえ…僕は…」

「アレクセイ…解るか?私が…。」

何故だろう…懐かしい…とても懐かしい響きだ…

それが僕の…本当の名前…?

目の前にいる二人の女性が交互に僕を『アレクセイ』と呼ぶ。

僕は…一度記憶を失いこの修道院に来てからずっとロト先生からいただいた『カヤ』という名を名乗っている。

『アレクセイ』と呼ぶ人に出会ったのは初めてだ…なのに…この気持ちは一体何だろう…

「人違いですよ。」そう言おうと口を開くも僕はそれを躊躇った。

人違い…本当にそうだろうか…?

美しい二人の女性は、どちらも蒼玉のような深く青い瞳をしていて…

青…そう…まるで海のような…どこまでも深く優しい…

この二人が嘘をついているように見えない。

こんなに涙を溜めて僕を見つめてくれるその眼差しがとても赤の他人に向けたものだとは思えない…


「…うっ…僕は…僕は…」

頭が重い…くらくらする…。

立ち眩みを覚えて僕は地に膝をついた。

「アレクセイ…!」

何故…どうしてこの二人は僕をそのように優しい瞳で見つめるんだろう…

思い出せない…この二人は誰なのか…僕は本当は何処の誰なのか…

不安と焦りでうまく思考が回らない…
記憶を辿ろうとしてもどうしても出てこない本当の僕…

「どうして…どうして思い出せないんだ…!!
本当の僕は…何処にいるんだ…!!」

悔しくて思わず地面を両の拳で叩いた。

涙がポツリと地に落ちた。

「アレクセイ。落ち着くんだ。」

そっ…と一人の女性が僕の肩に触れた。

僕よりもずっと年上の淑女然とした女性が僕の瞳をじっと見つめて優しい声色で僕に語りかけてくる。

そしてもう一人の女性が僕の右手をとって、掌にさらさらと文字を書いてくる。


「アレクセイ…トビアス…。」

「そうだ…お前の名だ。アレクセイ。」

髪を結い上げた年上の女性が、僕の隣でそう答える。

まだ幼さの残る顔立ちの女性は僕の掌に更に文字を書いていく…。

『大丈夫…心配しなくていい…』

「あ…。」

『きっと思い出す…思い出せる…私達は家族だから…』

『姉上…!姉上…!

見てください姉上…!』


あれは…幼い頃の僕…なのか?

海兵のような服を着た金色の髪の小さな男の子…これが僕…

『姉上!ほら!見てください!貝殻の御守りです!!
この前海に遊びに行った時に見つけた貝殻で作ったんですよ!』

そう言って幼い僕が差し出したのは白い貝殻の御守り。

僕のものと似ているけれど、少しだけ違う。
リボンで結ばれた手作りの御守り。


『まあ!とても素敵な御守りね、アレクセイ。
これは何て言う貝殻かしら?』

髪を結い上げた女性がにっこりと笑みを浮かべる。
白いドレスを纏ったその女性は僕の視線に合わせるようにしゃがみこんで、優しくそう問いかけてきた。

『オリガ姉上に教えて貰ったんですが、天使の翼と言うみたいですよ!』

『そう、とても素敵な名前なのね。
あら?でも貴方の御守りにはまだ加護が無いみたいね。』

言われて初めて気がついた。
確かに僕は作ることに夢中になって自分の分におまじないをかけることを忘れていたのだ。


『はい、僕は姉上の為に御守りを作ったので。僕のは思い出の為だけでいいと思ったので。』

『そう…それなら私がおまじないをしてあげる。』

『本当ですか?ありがとうございます!』


瞬間、僕の懐に仕舞われた御守りが青い輝きを放った。

驚きそれを右手で取り出すと、貝殻はふわりと僕の掌から浮かび上がり、周囲は青い輝きで満ちた。

それは神秘的ながらも優しく穏やかで…ゆらゆらと揺らめく海の底のような…

青い光の中で…一人の女性が沈む姿が一瞬だけ見えた…あの人は…あの人は…

「ターニャ…姉上…?」


ポツリと名前を口にした瞬間…僕の貝殻は砕け散った。

バラバラに砕けた貝殻の御守りを暫し呆然と見つめる僕を向かいあう二人の女性が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

「アレクセイ…?大丈夫か…?」

「…姉上…?…オリガ姉上…なのですか…?」

「…ああ…!ああ…!そうだ…!私はオリガだ…アレクセイ!」

「では…その隣にいるのは…ヘレン姉上…」

僕の言葉にもう一人の女性はこくこくと何度も頷いて見せた。

ああ…主よ…感謝します…。
僕はついに僕自身を取り戻すことができたのですね…!
家族に会えた…ようやく僕の家族に本当の僕として会う事ができた…!

嬉しさに涙が溢れる。
感謝の気持ちを伝えたくて思わず胸元で両手を組んだ。


しかし…ふと足元に散らばる貝殻を目にした僕は海に沈み行くターニャ姉上の姿を思い出し、胸の奥にじわりと不安が広がっていくのを感じた。
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