第12章 復興、そして北へ
私達の主である神、憐れみ深い父、あらゆる慰めの源である神は讃えられますように。神は、私達がどのような苦難にある時でも慰めて下さいます。
そこで、私達も自分達が神から慰めていただくその慰めによって、あらゆる苦難の中にある人を慰めることが出来るのです。
実に御子の苦しみから溢れ出て私達のものとなっているように、私達が受ける慰めもまた御子のおかげで満ち溢れているのです。
私達が苦しみに遭うとするなら、それはあなた方が慰められ救われるためですし、私達が慰められるとするなら、それはあなた方が私達も受けているのと同じ苦しみを耐え忍ぶにあたって力を発揮する慰めがあなた方に与えられるためです。
そこで、私達はあなた方のためを想って抱いている希望は決して揺るぎません。あなた方が私達と苦しみを分かち合っているように、慰めをも分かち合っているのだ、と私達は知っているからです。
兄弟達、私達が被った苦難について是非知ってもらいたいのです。私達は途方もなく激しく圧迫され、生きる望みさえ失ってしまうほどでした。実際、私達は死刑の宣告を受けたのだという思いでした。
神はこれほど大きな死の危険から私達を救い出してくださいましたし、また救い出してくださるでしょう。
この神に私達は望みを託しています。どうかあなた方も祈り、共に協力してください。
神はこれからもなお私達を救い出してくださるでしょう。
【コリントの人々への第2の手紙 第1章】
「……ミゲル兄様、ヘレン」
「久しいな、ロト。礼拝の邪魔をしたか?」
「いいえ。ヘレンを私に元に連れてくるようにと兄様に手紙を出したのは他ならぬ私ですから」
その者と共に私の修道院へと現われた実兄の足元を壁を飾るガラスの彩画から零れ漏れた光が照らしていた。
礼拝堂の扉から吹き込む風と兄様の懐かしい声に組んでいた手を解き、跪いていた膝を床から離し立ち上がり振り返った。コツリ、こつりと足音を響かせながらこちらへ来る兄様とヘレンの姿を自身の瞳に映しながら。
「黄色十字を背負う身になってもお前は祈るのか」
「神は慈悲深い御方です。ミゲル兄様、私には神が律法のみを司る恐ろしい義なる神であるとは思えないのです。神はそれこそ幼子へ無償の愛を向ける親のような者ではないでしょうか?」
彩画と共に掛けられた十字を兄と共に見上げ言葉を紡ぐ。後ろから差し込む光が影を浮かび上がらせも払いもしていた。
私が旧教会から異端者の烙印を押されて久しいが、それで私の信仰が潰えたわけではない。私は何も恥ずべき事をしていない。その自信があるからこそ、久しぶりに会う兄とも何事もないように言葉を交わすことが出来ているのかもしれない。私は兄様の恥ずべき妹ではない。
「私は義なる神の目に叶うような存在ではありません。いや、私だけではなくこの世界に生きる全ての人間が弱く不完全でしょう。不完全な我々が出来る事はただ一つ。愛なる神に憐れみを捧げる事だけ」
「……耳が痛くなる言葉だ。本当に。俺は神とは愛ではなく義を司るものだと思っていた。もうずっと長い間。そうであると信じている。いや、いた、か」
今、私達と共に御子の像を見上げているミゲル兄様が何を考えているのか、それを私が知る術はない。後悔か敬愛か、それともその両方か―……分かるのは兄も確かに祈る人なのだろうというただ一点だけ。
祈り。それはこの世界で最も尊いもの。愛と並び純粋な人の善性。
「……お前から届いた手紙にあったようにヘレンを連れて来たが―……いいのか?本当に」
「時が来ました。あの子は―……カヤは私に言いました。過去がどうであれ未来を決めるのは自分自身だと。過去は変えられないけれど自分はこれからの自分を信じて生きていく、と。あの子自身が自分自身を信じると言っているのです。私が信じてやらない道理がどこにあるでしょうか?……ヘレン、お前に会わせたい者達がいる。もう一人もユウが連れて行っているだろう。マリアロッテのいる孤児院へと」
ヘレンの灰青色の瞳が何事かと言いたげに瞬く。訝しげに顔を顰めている彼女の細い腕を取り手を繋ぎ、自身とそして彼女の中に流れている魔を練り上げて足元へ陣を展開させた。転移の方陣を。
具現した私達の魔力の欠片が光の蝶となり周囲に舞う。青い光の奔流が網状に床を走った。
……彼らを再会させることで必ず変化が起きるだろう。その変化が良い方向へ向かうか悪い方向へ向かうのか―……少なくとも私はその答えを知っている。ぐるりと世界が反転した。
「ロト。待っていましたわ。そちらの方がヘレンさん、ですね」
「ああ。待たせたな。マリアロッテ、二人は礼拝堂の中か?」
空色のヴェールが風に踊る。私達の訪れを待っていたマリアロッテの浮かべている表情はとても穏やかなものだった。いつだって彼女はこの孤児院を訪れる者を慈しむ。
「ええ。彼と彼女が中で待っています。……大丈夫です。ヘレンさん、このまま扉から中へとお進みください。あなた方の道に光があらんことを」
「さあ、行くといい。私達はここで待っている。ここから先はお前一人で行きなさい」
マリアロッテと私と、されるがままに順繰りに手の平に文字を書かれていたヘレンの瞳が僅かに開く。強く手の平を握りしめると彼女は私達に向かい強く頷き、法衣の裾を翻した。
音を立てずに扉が開いていく。ヘレンと同じ名前を持つ二人が待つ礼拝堂へと通じている扉が。
「それにしても、カヤの姉が一時期療養していた医療施設とユウが昔研修していた医療施設が一緒だったとはな……」
「これも神のお導きでしょうか?神は祈る者を慰めてくださいますし、また救い出して下さいますから。私達が信じる愛の神は」
「運命―……あるのかもしれないな。いや、あの子達の互いが互いを思う気持ちが引き寄せたのかもしれない」
神に私達は望みを託しています。どうかあなた方も共に祈り、共に協力してください。神はこれからもなお私達を救い出して下さるでしょう。
「昨日は去りました。明日はまだ来ていませんわ。私達にも、そして彼らにもただ今日があるのみ。大丈夫ですわ、ロト。彼らなら暗いと不平を言うよりも自らが進んで灯りを灯すはずですから」
空はどこまでも蒼く、高く―……風は私達の周りで輝く波となり渡っていった。遥かな、地平へと向かって。
ここから、始まる者達を祝福するように。
《ロト・ナザレ》
