第12章 復興、そして北へ


 脳裏をよぎるのは、赤。10年前のあの時から、私の家族の記憶は、“赤”でうめつくされている。祖父、両親、タチアナ、マリー、ヘレン、アレクセイ。何より大切だった、私の家族。それを10年前のあの日、あいつに――リーフに、全て壊された。

 両親が倒れたとわかった瞬間、私は弟妹をかばおうと動き、撃たれて、その先の記憶はない。ただ痛みと、弟妹たちの怯え切った表情、赤に沈む両親たちの姿が脳裏に焼きついて、離れない。

 気がついたときには、私は一人になっていた。流れ着いた先でリーベと再会し、いま一緒に暮らしているが、家族からの音沙汰は何もない。それでも私は、信じている。ひどい怪我だった私が生きているのだから、妹たちだって絶対に生きているはずだ。
 本来なら私が守らなくてはいけなかったのに、最初に倒れてしまって守れなかった。会って、謝罪と生きていてくれてありがとう、と伝えなくてはいけない。だからそれまでは、決して歩みを止めてはいけない。

 私は、祈り続ける。家族が無事であるようにと。アレクセイが家族全員にと作ってくれたそれは貝殻のお守りに。家族をつなぐ、唯一のものに。




◇ ◆ ◇



 ふわりと鼻腔をくすぐるのは、オリガの好きなチーズタルトの匂いだ。リーベがよく焼いて振舞うそれは、昔からのオリガの好物であり、家族の思い出を彷彿とさせる。


「お目覚めですか、オリガ様」
「――ああ。私は、眠っていたのか」
「ほんの少しの間だけですよ。ですが……具合が悪いようであれば、ティータイムはまた今度にいたしますか?」
「大丈夫だ。せっかくのリーベとのティータイムだ。今日は暖かいし、外に行きたい」


 椅子から降りたオリガは、ティータイムの準備をしているリーベのもとへと行くと、ティーセットがつまれたお盆を持った。そしてリーベを見ると、少し複雑そうな表情していて、思わず口元が緩む。


「オリガ様……」
「私は早くティータイムを楽しみたいだけだ」


 右腕が麻痺しているというのに決して頼らず、一人で全てを抱え込もうとする従者がすこしもどかしくて、でもそれ以上に愛おしく感じる。リーベの気遣いが自分のためだというのを、オリガはわかっている。
 リーベが隠し事をしている、というわけではないが、気を遣われていることは容易に察しがついている。一緒に暮らすようになって約10年。憎からず想うようになるには十分な時間だ。

 暖かな陽のあたるベランダにティーセットを並べ、リーベの作ったチーズタルトが置かれる。チーズタルトも紅茶も口に含めば風味が広がり、とろけて消えていく。街の喧騒は遠く、穏やかな昼下がりの時間が過ぎていった。

 紅茶もチーズタルトもなくなり会話もひと段落すると、なんとなく沈黙がおりる。静かな、優しい沈黙に包まれて、オリガはゆっくりとまぶたが下がってくるのを感じた。だが、片付けもある以上ここで眠るわけにはいかない。


「いいんですよ、オリガ様。ゆっくり、眠ってください。――私は、大丈夫ですから」


 すまない、とリーベに言った言葉は果たして音になったのだろうか。そんなことすらわからないほど、深く、深く、眠りに落ちていく。


 ――どうか、家族が無事でありますように。痛い思いをしていませんように。


 無意識に祈ったその思いは、小さな光となって、貝殻のお守りに消えていった。


 穏やかな昼下がりが、過ぎていく。
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