第12章 復興、そして北へ
朝霧の漂う街並み。
徐々に朝日が射し込み、鮮やかな屋根の赤が霧の海に浮かびあがる。
修道院から放射状に伸びる石畳の道。
雪をたたえた大きな山。
遠くまで見渡したその後でもう一度街の方へと視線を移せば赤レンガの屋根と白い壁がゆっくりと朝日の色に染まって行く光景が見えた。
ほぅ…と息をひとつ吐けば白い吐息が空に溶ける。
なんて綺麗な景色だろう。
アグネスに教えてもらった通り、ここは街を見渡せるとても素敵な場所…
「来て良かった。」
風が一陣通りすぎ、袴の裾がふわりと揺れる。
小高い丘の上、街を一望できるこの景色…兄さんにも見せてあげたい。
アグネスが大好きなこの街の景色を。
「そろそろ戻らなきゃ。」
アグネスにはお散歩してくるって言って出てきただけだったし、戻るのが遅いと心配しちゃうもんね。
††††††††††††
「アグネス、具合はどう?」
「うん、ちょっと咳がでるけど、とてもいいわ。ありがとう永久。」
「そっか、今日は風が冷たいから、そのせいかもしれないね。」
散歩の帰りに水汲み場で汲んできた水をコップに移し、アグネスに差し出す。
「はい、お水。
喉乾いたでしょう?」
「うん、ありがとう。」
ふと視界に映った白い影。
窓の方へと視線を移すとあの白い鳥がツンツンと窓をつついていた。
「ふふ。アグネス、兄さんからお手紙だよ。」
立ち上がり、窓の外で待つ鳥を部屋へと招く。
鳥を両手でそっと抱き、アグネスのもとへと運ぶ。
…と…わ…とわ…永久…
「えっ…?」
ふいに耳に届いた声に足を止める。
今の声はどこから聞こえたのだろう?
キョロキョロと部屋を見渡してもアグネスと私以外の人の姿はどこにもない。
そんな私の姿を見てアグネスも不思議そうな目でこちらを見ていた。
「どうしたの?永久。」
「…いま誰かに呼ばれた気がしたんだけど…」
アグネスの問いにそう答えた次の瞬間、部屋の片隅に強い魔力の気配を感じて振り返る。
部屋の片隅に突如立ち込めた白い靄。
アグネスは驚き小さな悲鳴をあげ、私は咄嗟に壁にかけていた弓を手に取り破魔の矢をつがえる。
が…徐々にその靄が見知った人物の姿に変わり、一気に緊張の糸が切れた。
「あ…父様…?」
靄の中から姿を現したのは国にいる筈の父の姿。
私の言葉に傍らで身を固くしていたアグネスも困惑しつつも警戒を解いてゆく。
「突然済まなかった。
どうしてもすぐに伝えたい事があってな。」
父様の短く揃えられた銀の髪がさらりと揺れ、鋭い瞳が私とアグネスを静かに見つめている。
ああ…ただ事ではないなと感じた私は父様の言葉の続きを待つ。
「永久。こちらに戻ってきて欲しい。
お前にも看病の手伝いをしてほしい。」
「そちらでなにかあったのですか?」
「ああ…少々…な。」
「そう…ですか…でも…そんな急に…」
ちらりと傍らのベッドで身を起こしているアグネスの姿を見る。
彼女はこれまでの私と父様のやりとりを静かに見ていた。
すると彼女は口元に緩やかな弧を描き、優しく微笑むと私の目を真っ直ぐに見つめながら言葉を紡ぐ。
「行って、永久…」
「…アグネス。」
「私はもう大丈夫。一人でももう大丈夫だよ。」
そんな笑顔で…私に心配かけたくないからいつもそうして気丈に笑って見せるのね…アグネス。
兄さんにもそうしたように…
旅立つ私達を笑顔で送り出そうと…
…ううん…一人になんか…しない。
咄嗟にアグネスの手を握る。
彼女は驚き、小さな声をあげながら私の目を見つめた。
「アグネスも行こう!
だって…約束したもの!アグネスを私達の国に連れていってあげるって。」
「永久…」
「アグネス、治そう…!その胸の病気を…
もっと元気になろ!
もっと元気になって…兄さんのお嫁さんになるんだから!」
「…お…よ…え…ええっ…!」
私の言葉にアグネスの顔が真っ赤に染まる。
本当に、可愛いんだからアグネスは。
思わず笑みがこぼれ、私の口元が緩やかに弧を描いた。
後ろに立つ父様へと再び向き合い、私ははっきりと父様に聞こえるようにこう答えた。
「父様、私の帰国の条件は一つです。
アグネスを…私の友達のアグネスをそちらで治療させてください。」
「ああ…構わない。
さあ、ここから来るといい。」
これまでのやりとりで大体の事は察してくださったのでしょう。
多くを問うこともせず、父様は転送の魔法陣を用意してくださいました。
「行こう!アグネス!
私達の国に…春の国に!」
右手を伸ばして彼女に呼び掛ける。
道は開かれた。
さあ、選ぶのは貴女だよ。アグネス。
