第12章 復興、そして北へ

――――君の為ならこの命…捨てても惜しくはないとそう俺は思っていた…――――



身体の中から熱い息を吐き、代わりに早朝の冷たく澄んだ空気を深く吸い込む。

一つ、二つ、三つ…と一定の間隔で太刀を振る。

誰もいない早朝の庭。

風を切る太刀の音と己の呼吸の音だけが耳に届く。


白く変わった俺の息は青く澄んだ空に溶ける。

暦ではもう春だというのにこの国は白い雪景色が広がっている。


「朝から精が出るな。」

ふいにかけられた声に手を止め振り返れば、そこに居たのは緩やかな銀髪の男。
何時からそこに居たのかは解らないが、彼はこの空と同じ青い瞳で真っ直ぐに俺の姿を捉えていた。


「セデルか…寒いのは苦手なんじゃなかったのか?」


俺がそうセデルに問えば、彼の口元が緩やかに弧を描く。


「ああ。好きではないな。」


「ここに来るのも大変だった」と吐き捨てるように言いながらセデルは俺の近くへ歩み寄る。

「ああ…そうだな。」

雪が多い国だとは聞いていたが、これほどまでとは…

道中でこの地の領主の妹君に出会うことができたからこそ予定よりも早く到着する事ができたと言えるだろう。

この地は天候が変わりやすく、昨夜も吹雪が吹き荒れていた。

本当に幸運だった…雪中行軍は命取りになりかねないからな。

セデルやピエールはともかく、まだ経験の浅いアルフォートのような若者は特に。


「で…?何か用があるのか?」

「いや?この寒空の中鍛練に打ち込む変わり者がいたから声をかけてみただけだが…?」

「ふふ…だろうな。」

思わず笑みが溢れる。
この男はいつもそうだ。無関心そうな言葉を吐きながらも、実際はそうではない。
彼はこちらの様子を伺っている。

その証拠にこの男の目は面白そうなやつがいたと言いたげに笑っているのだ。


「お前もやるか?」

「いや、遠慮しておこう。」


そう言うとセデルは踵を返し、屋敷の方へと歩いていく。

ふいに足を止め、こちらへと振り返ると「身体を冷やして風邪をひかれても困る。鍛練もいいが…程々にしておけよ。」とセデルは笑う。


「ああ」と返事を返し、その背を見送る。

もう少し鍛練をしておこう。

そう思って再び太刀を構えると、パサパサと軽やかな羽音が耳に届いた。


音のする方へ視線を移せば、それと同時に肩にトン…と降りた白い鳩。


「お前か。」


肩に降りてきたのは俺がアグネスへの手紙をしたためて飛ばしたあの白い鳥。


「そうか…無事に届けてくれたんだな。」

肩から右手へと移る鳥を軽く撫でてやり、身体に着けた筒へと手を伸ばす。

青い筒を外してやるとようやく解放されたと言わんばかりに屋敷の窓枠へと飛び移り悠々と羽繕いを始めた。

そんな鳥を横目に見ながら中に入っている手紙を取り出す。

しゅるりと音を立てて引き出した手紙と共に黄色い花が顔を覗かせた。

「…これは
そうか…そちらはもう温かいんだな。」

愛らしいタンポポの花が一輪。

白い雪景色の中に一輪。
春の陽光を映したようなその花が俺の手の中で鮮やかに咲いている。

彼女からの春の便りに思わず俺の口元が綻ぶ。

そして彼女からの手紙に目を通せば、最後に綴られた一文に目を惹かれ、時が止まったような錯覚を覚えつつ暫し手紙を見つめ続けた。


『逢ひ見ての のちに心くらぶれば 昔のものは思はざりなり』


―――あなたと逢瀬を遂げてからというもの、こんなにも恋焦がれております。
それに比べたら、まだ逢っていなかった昔はなんと悩みの少なかったことでしょう。―――


そうか…アグネスは和歌を覚えたんだな…ならば俺も彼女に歌を返すことにしよう。


『君がため 惜しからざりし 命さえ 長くもがなと 思いけるかな』


君の為に捨てても良いと思った俺の命…
だがこうして君と思いが結ばれた今では、君の為にいつまでも生きたいと…そう思うようになったのだ…と。
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