第12章 復興、そして北へ
Échapper jouer
「じいや」
「はい、ここに」
呼べばこの人はすぐに私の元へやってくる。視界に映らないだけで、実は隠れているだけなのではと思うほどに。
「……心配?お姉様が外へ出ていること」
小さな声で、でも聞いておきたかったことを口に出す。じいやは私ではなく、お姉様を慕う人だから。私に関心がないことは、とうの昔から分かっている。
「ええ、もちろん。王がいない今、我が心はルマンド姫にあります故」
「だよね。わかってるのに聞いて、ごめんね。私は今、お姉様の代わりとしてここにいるけれど……私だって、お姉様のことが心配。今すぐここを出てしまいたいくらいに」
閉まりきったカーテンを眺めて、ひとつ息を吐く。私はお姫様、この国のお姫様。それは今だけだと知っているけれど、お姉様の服を着、お姉様のような振る舞いをする、今のこの時間は……確かに、私はお姫様なの。
逃げ出したくなることもあった、だけどお姉様はこの重みを背負って生きてきた。なら、私がお姉様の姿勢を壊す訳にはいかない。これは私が請け負ったもの、ならば最後まで完遂してみせる。
「……そういうあなたもまた、彼女が気になるようですね」
「当たり前じゃない、お姉様はあまり外へ出なかった人だもの」
そっと頷くじいやを横目に、思いが同じであることを認識する。私とお姉様、そしてじいや。同じ屋根の下で過ごす時間が長かった分、一人欠けると心配で堪らなくなる……恐らく、そういうものなのだと思う。
「し、失礼しますっ!」
そんな中、ノックと共に一人の使いが入ってきた。……ミルフィーユだ。
「どうしました、ミルフィーユ?」
「あっ、ルマ……ルミナス様!えっと、庭に侵入者が入ってきたので如何に処分いたすか伺いたく!」
「侵入者……?庭に?」
「ええ!そうなんです、私、庭の掃除をしていたのですが、敷地内にルマンド様の部屋を眺める男がおりまして……その、ルマンド様に会いたいそうです!」
ということは、お姉様宛の来訪者ということだろう。一体誰なのか、お姉様はあまり外へ出ない人だから外部の知り合いとなれば貴族の方の誰かになると思うけれど、それならミルフィーユが気付くはずだろうし……
「手を縄で縛っておきましょう。面会をして、知らないようであれば処置を考えます」
「かしこまりました、縛ってきます!」
では、と頭を下げた後、部屋を去るミルフィーユ。その数秒後、彼女の悲鳴が部屋中に響き渡った。
「ひ、ひゃーっ!?」
「ミルフィーユ!?」
「あっ、あっ、申し訳ございませんルマンド様!その、侵入者が……」
「お邪魔します、よっと」
扉からひょっこり顔を出したのは、ミルフィーユではなく一人の男。彼女が話してた侵入者なのだろうけど……あれ?この人は、確か。
「え、えーと……」
「……その様子だと、さては覚えてないな?」
じとーっとした瞳で私を見つめる侵入者。そ、そりゃあお姉様のお客様であれば私が知ってる訳もなく。だけど見たことはある気がする、確か買い出しの時に……
「ルマンド姫に、何かご用が?」
困惑する私の前にじいやが立つ。お姉様がいないことは周りにはもちろん伝えていない、この屋敷の中にいる者だけが知っている秘密でもある。だから今は私を姫として扱っているんだろう。
「確かに入る前にはそう言った、だけど今目の前にいる彼女を見て確信を得たよ。……ルミナス、お久しぶり。どうやら覚えてないみたいだけど」
「……へ!?」
私の変装を……見抜いた!?
驚きを隠せない私に対し、男はニコニコと笑う。じいやを通り抜けて私の前に立ち、そっと包むように手を掴んできた。
「ヤコウ。ヤコウ・シロガネ……俺の名前だ」
「……あ、ああああああーっ!」
お、思い出した!この人、お姉様ではなくて……私のストーカー野郎じゃん!買い物してた時にドジしてリンゴをぶちまけた時に拾ってくれた人!いい人!だけどそれ以降ストーカーしてきた人!
「じいや!追い出して!今すぐこの人追い出してーっ!」
「……姫でないとわかっているようですが、この方は姫の妹様にあたります。その無礼な手をお離しくださいませ」
うわぁ、じいや渋々って感じ。お姉様との扱いの差が酷い。
「離さない、でもって今からここを一緒に出る……って言ったらどうします、使用人の御方?」
目の前の男がにやりと不適に笑った刹那、ふわりと私の体が浮いた。担がれているのだ、こいつに。お姫様らしく、お姫様抱っことやらで。いや、いやいやいや!何て言ったのこの人、確かえーっと……ここを出る?一緒に!?
「姫がいないとわかれば、民は悲しみ荒れ狂う。姫の命を狙う輩も出てくるだろう。となれば、わたくしはあなたをここで止めねばなりません」
私のピンチだというのにこの人はお姉様の心配しかしていない!知ってた!ミルフィーユは奥であたふたしているし、こうなれば私が……って、え?
「しっかり掴まってろ、舌噛み切るなよ!」
「えええええーっ!?」
閉まった窓からぽーんと、それはもう勢いよく飛び出した。がしゃーんと割れるガラスと浮遊感と、訳がわからなくてぐるぐると頭が回る。と、同時にどっと地面へ着地する重みが加わった。
「このまま一気に外へ出る!何、この姿じゃ目立ってしまうからあらかじめあんたの服は引き出しから取ってある!後で着替えろ!」
「な、何勝手に人の引き出し拝借してんのよー!?」
「窓の外からあんたの姿が見えた!辛そうだったから、どうしても外へ出してやりたかった!理由はそんだけなんだ、許せ!」
理由おかしくない!?え、そんなに私、辛そうにしてた……?って、そうじゃなくて、私もそうだけど姫がいなくなった家のことも!どうなるの……!?
「あの、申し訳ありません!お話を聞く前に縄で縛っておけばこんなことには……!」
「構わない。むしろ……私にも口実ができました」
「……へ?」
開いた窓を眺めながら、わたくしは踵を返す。コウモリですから、太陽の明るいうちに活動するのは苦手なのです。
「夜に出掛けてきます。準備をしますので、窓を応急処置した後で、持ち場に戻ってください」
「は、はい……!」
ミルフィーユが箒とちりとりを持ってきて、掃き掃除をはじめる。彼女の部屋を去ったわたくしは、自室に置いてある杖を握った。これは仕込み杖であり、時として剣となる。ルミナス嬢がいなくなった今、もはや民衆に演技をする必要もなくなった。わたくしはルマンド姫を、ようやく探すことができるのだ。あの男が来たことは、わたくしにとって好都合だった。あなたがいなくなった日から、わたくしはとても歯痒かった。しかし、それももう終わり。
「どうかご無事で……マイロード」
(ルミナス/ワツァルス)
「じいや」
「はい、ここに」
呼べばこの人はすぐに私の元へやってくる。視界に映らないだけで、実は隠れているだけなのではと思うほどに。
「……心配?お姉様が外へ出ていること」
小さな声で、でも聞いておきたかったことを口に出す。じいやは私ではなく、お姉様を慕う人だから。私に関心がないことは、とうの昔から分かっている。
「ええ、もちろん。王がいない今、我が心はルマンド姫にあります故」
「だよね。わかってるのに聞いて、ごめんね。私は今、お姉様の代わりとしてここにいるけれど……私だって、お姉様のことが心配。今すぐここを出てしまいたいくらいに」
閉まりきったカーテンを眺めて、ひとつ息を吐く。私はお姫様、この国のお姫様。それは今だけだと知っているけれど、お姉様の服を着、お姉様のような振る舞いをする、今のこの時間は……確かに、私はお姫様なの。
逃げ出したくなることもあった、だけどお姉様はこの重みを背負って生きてきた。なら、私がお姉様の姿勢を壊す訳にはいかない。これは私が請け負ったもの、ならば最後まで完遂してみせる。
「……そういうあなたもまた、彼女が気になるようですね」
「当たり前じゃない、お姉様はあまり外へ出なかった人だもの」
そっと頷くじいやを横目に、思いが同じであることを認識する。私とお姉様、そしてじいや。同じ屋根の下で過ごす時間が長かった分、一人欠けると心配で堪らなくなる……恐らく、そういうものなのだと思う。
「し、失礼しますっ!」
そんな中、ノックと共に一人の使いが入ってきた。……ミルフィーユだ。
「どうしました、ミルフィーユ?」
「あっ、ルマ……ルミナス様!えっと、庭に侵入者が入ってきたので如何に処分いたすか伺いたく!」
「侵入者……?庭に?」
「ええ!そうなんです、私、庭の掃除をしていたのですが、敷地内にルマンド様の部屋を眺める男がおりまして……その、ルマンド様に会いたいそうです!」
ということは、お姉様宛の来訪者ということだろう。一体誰なのか、お姉様はあまり外へ出ない人だから外部の知り合いとなれば貴族の方の誰かになると思うけれど、それならミルフィーユが気付くはずだろうし……
「手を縄で縛っておきましょう。面会をして、知らないようであれば処置を考えます」
「かしこまりました、縛ってきます!」
では、と頭を下げた後、部屋を去るミルフィーユ。その数秒後、彼女の悲鳴が部屋中に響き渡った。
「ひ、ひゃーっ!?」
「ミルフィーユ!?」
「あっ、あっ、申し訳ございませんルマンド様!その、侵入者が……」
「お邪魔します、よっと」
扉からひょっこり顔を出したのは、ミルフィーユではなく一人の男。彼女が話してた侵入者なのだろうけど……あれ?この人は、確か。
「え、えーと……」
「……その様子だと、さては覚えてないな?」
じとーっとした瞳で私を見つめる侵入者。そ、そりゃあお姉様のお客様であれば私が知ってる訳もなく。だけど見たことはある気がする、確か買い出しの時に……
「ルマンド姫に、何かご用が?」
困惑する私の前にじいやが立つ。お姉様がいないことは周りにはもちろん伝えていない、この屋敷の中にいる者だけが知っている秘密でもある。だから今は私を姫として扱っているんだろう。
「確かに入る前にはそう言った、だけど今目の前にいる彼女を見て確信を得たよ。……ルミナス、お久しぶり。どうやら覚えてないみたいだけど」
「……へ!?」
私の変装を……見抜いた!?
驚きを隠せない私に対し、男はニコニコと笑う。じいやを通り抜けて私の前に立ち、そっと包むように手を掴んできた。
「ヤコウ。ヤコウ・シロガネ……俺の名前だ」
「……あ、ああああああーっ!」
お、思い出した!この人、お姉様ではなくて……私のストーカー野郎じゃん!買い物してた時にドジしてリンゴをぶちまけた時に拾ってくれた人!いい人!だけどそれ以降ストーカーしてきた人!
「じいや!追い出して!今すぐこの人追い出してーっ!」
「……姫でないとわかっているようですが、この方は姫の妹様にあたります。その無礼な手をお離しくださいませ」
うわぁ、じいや渋々って感じ。お姉様との扱いの差が酷い。
「離さない、でもって今からここを一緒に出る……って言ったらどうします、使用人の御方?」
目の前の男がにやりと不適に笑った刹那、ふわりと私の体が浮いた。担がれているのだ、こいつに。お姫様らしく、お姫様抱っことやらで。いや、いやいやいや!何て言ったのこの人、確かえーっと……ここを出る?一緒に!?
「姫がいないとわかれば、民は悲しみ荒れ狂う。姫の命を狙う輩も出てくるだろう。となれば、わたくしはあなたをここで止めねばなりません」
私のピンチだというのにこの人はお姉様の心配しかしていない!知ってた!ミルフィーユは奥であたふたしているし、こうなれば私が……って、え?
「しっかり掴まってろ、舌噛み切るなよ!」
「えええええーっ!?」
閉まった窓からぽーんと、それはもう勢いよく飛び出した。がしゃーんと割れるガラスと浮遊感と、訳がわからなくてぐるぐると頭が回る。と、同時にどっと地面へ着地する重みが加わった。
「このまま一気に外へ出る!何、この姿じゃ目立ってしまうからあらかじめあんたの服は引き出しから取ってある!後で着替えろ!」
「な、何勝手に人の引き出し拝借してんのよー!?」
「窓の外からあんたの姿が見えた!辛そうだったから、どうしても外へ出してやりたかった!理由はそんだけなんだ、許せ!」
理由おかしくない!?え、そんなに私、辛そうにしてた……?って、そうじゃなくて、私もそうだけど姫がいなくなった家のことも!どうなるの……!?
「あの、申し訳ありません!お話を聞く前に縄で縛っておけばこんなことには……!」
「構わない。むしろ……私にも口実ができました」
「……へ?」
開いた窓を眺めながら、わたくしは踵を返す。コウモリですから、太陽の明るいうちに活動するのは苦手なのです。
「夜に出掛けてきます。準備をしますので、窓を応急処置した後で、持ち場に戻ってください」
「は、はい……!」
ミルフィーユが箒とちりとりを持ってきて、掃き掃除をはじめる。彼女の部屋を去ったわたくしは、自室に置いてある杖を握った。これは仕込み杖であり、時として剣となる。ルミナス嬢がいなくなった今、もはや民衆に演技をする必要もなくなった。わたくしはルマンド姫を、ようやく探すことができるのだ。あの男が来たことは、わたくしにとって好都合だった。あなたがいなくなった日から、わたくしはとても歯痒かった。しかし、それももう終わり。
「どうかご無事で……マイロード」
(ルミナス/ワツァルス)
