第12章 復興、そして北へ

『主は仰せになる。天は私の玉座、地は私の足台である。あなた方は私のためにどのような家を建てようとするのか。私の憩いの場所はどこか。私の手がこれらのものをみな造ったのではないか』

頑なな心で心と耳に洗礼を受けていない人達よ。あなた方はいつでも聖霊に逆らっています。あなた方の先祖と同様です。あなた方の先祖が迫害しなかった預言者が一人でもいたでしょうか。

彼らはあの正しい方の来臨を前もって告げた人達を殺しましたが、今やあなた方はその方を裏切る者、殺す者となったのです。

あなた方は御使いを通して律法を受けましたが、それを守りませんでした。

これを聞いた人々は心の中で激しく怒り、ステファノに向って歯軋りをした。しかし、聖霊に満たされて天をじっと見つめていたステファノは神の栄光と、神の右に立っておられる御子を見た。そこで彼は言った。

「ああ、天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」

人々は大声で叫びながら耳を覆い、ステファノ目掛けて一斉に襲い掛かり、彼を街の外に引き出して石を投げつけた。

証人達は自分の上着をサウロという若者の足元に置いた。彼が石を投げ続けている間、ステファノは「主よ、私の霊をお受け下さい」と祈った。

そして、跪いて大声で「主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないで下さい」と叫んだ。

こうして彼は眠りに就いた。


【使徒言行録 第7章】






「……最初からそのつもりだ。そして俺が話す内容も偽るつもりはない。赤軍兵士、は否定しない。トビアス家の人を殺したのは間違いなく俺だ。……復讐だった。そして命令でもある」


春は好きではありません。夏に向かう季節だから。あの夏の夜へと繋がる回廊だからです。


「……10年ぐらい前のことだがマリエルの死体なら辺境の地。間違いなく俺自身が知っている。トビアス家の処理に関しては仲間にも手伝わせなかった。万が一死姦などされては尊厳に関わるからだ。安らかに死なせてやった方が楽だとおもっただけだ。マリエルに関してのことは話した。さぁ、お前はそのほかに何を知りたい?何をする?」


マリエル。ああ……金の滝のように波打つ美しい長い髪を楽しげに揺らしていた。悪戯っ子だった。誰からも愛される愛らしい少女だった。

ああ……私は子守唄を歌っていた。あの子とヘレンとアレクセイに歌をオリガ姉様と歌って眠らせていた。

愛らしい瞳に希望を映して、愛らしい唇で父を母を、オリガ姉様を、ヘレンをアレクセイの名前を……私の名前を呼んでいた。

ああ……マリエル。理解しているわ。あなたがここではなく神の御許にいるという事を。あなたの死を受け入れられないほど、私は純粋ではないのです。

マリエル。あなたはいない。なのにどうして死んでもなお、あなたは悍ましい言葉で穢されなければならないのでしょうか?純潔の乙女のまま逝ったあなたが。あなたを貶めているのは……誰?女性としての尊厳を踏み躙っているのは……誰?


「……それに、ただの兵士が監視役を務めることは出来ない。襲いかかられる前に教えておこう。赤軍の幹部諜報役、リーフ・ライサンダーだ」


その言葉が終わると同時に裏通りに笑い声が生まれ、響いた。昼でも僅かな日差ししか差さない薄暗い通りに場違いな声が木霊し、吹き込む風が吹き溜まりへと連れ去っていく。

裂けんばかりに見開かれた青年の瞳の赤をなんと例えればよいのでしょうか……黄昏よりも暗く、血の流れよりも赤い深紅に染まっていた。片方の手で自分の左胸がひしゃげるほど強く掴み、もう片方の手で落ちそうになる頭を支えている。大声をあげて笑う青年の姿に自分の瞳が、唇が、緩やかな三日月の弧を描いた。

理解してしまったのです。瞬時に察したのです。ああ……この青年も私と同じなのだと。私達は同類なのだと。今この瞬間、この時、私達の想いは確かに重なった。

憎い。この男が憎くて、憎くて堪らない。

だから、私は受け入れたのです。いいえ、受け入れようと思った!

じわり、じわりと青年が先程立てた爪跡から呪いが流れ込み、私の血液の流れに乗って這い上がる。呪いが成立した証なのでしょう。そこだけ壊死したように皮膚の色が濃い紫から黒へと変色していく。

遠くの意識の中で声を聞いた気がしたのです。誰かが私の名前を呼んでいる。

ああ……泣かないで。取り乱さないで。憎い人……愛おしい人。

あなたに名前を呼ばれるたび、言いようのない嫌悪感に苛まれた。吐き気がするほどに。

あなたに名前を呼ばれるたび、私はあなたに守られていると感じていた。満たされる思いがした。

憎悪があった。憤怒があった。安らぎがあった。

あなたを縛り、縛り付けていた。憎いから。

あなたに枷を付け、枷を付けられていた。離れがたくて。


「リーフ……私はあなたを私の騎士として見たことが……ないのです。ただの、一度も……」






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「……貴様……タチアナに……ターニャに何をした!?」


「呪いを掛けた。遅効性の、な。心配せずともまだ死んではいない。鼓動も体温も感じるだろう?今は反動で一時的に気絶しているだけだ」


崩れ落ちるように倒れ込んだ……マリエルと同じ色の瞳を持つ女性と彼女を抱き抱え吠える男とを順繰りに見下した。狂った灰青色の瞳は固く閉じられ、代わりに吐き気がするような……今すぐにでも抉り、毟り、潰してやりたくなるような緑の瞳が私を射抜くように見つめている。


「まあ、あと数日もしないうちに呪いは成就し死に至るだろうが、な。……ふふっ……ふふふふふっ……立派だ。お前、立派だよ。復讐の為に元凶であった彼女達の祖父だけでなく何の罪もない息子一家まで全て手に掛けた。それとも彼女達に流れていた血が罪か?」


「どうして……それを……」


「ああ……立派だよ。立派だよお前。立派に仇を討ったじゃないか?嬉しくないのか?喜べばいいじゃないか?彼女は仇だろう?何故、笑わない?」


男の瞳が瞬間開き、そしてすぐさま自分を憎むものへと変わっていった。不思議なものだ……こいつと相対した直後に感じていた怒りは冷え、どこか心が静まっている。いや……怒りとは、憤怒とは激するものではなく本来はこのような想いを差してそう言うのかもしれない。


「何故……何故、俺を狙わない!?俺を殺そうとしない!?マリエルを殺したのは彼女ではなく俺だッ!!!!!」


「だからだ」


『ルイスが持ってくるお菓子は美味しくって頬っぺたが落っこちてしまいそうですわ』


『この貝殻、この前海に遊びに行った時にアレクセイに貰ったんです。ふふっ……波の音がルイスにも聞こえればいいのですけれど。こうすれば聞えますか?』


記憶が爪跡を刻む。彼女が笑顔で話した言葉を思い出す事は出来ても、音として彼女の声を思い出す事がもう出来なくなってきていた。


「お前が死んだら……分からないだろう?自分が愛した女を失う悲哀を。愛した女が殺された絶望を。……味わうがいい。お前も」


過不足なく均等に。でなければ釣り合いは……取れない。

暗く、冷たい、全ての絶望が塗りこめられたような瞳が私を見ていた。


「彼女もじきに目覚めるだろう。別れの時間ぐらいはくれてやる。言ったよな?お前?偽るつもりはないと。正直に話して彼女をさらなる絶望の淵に叩き落すのもいいかもしれないな。……彼女との別れを済ませたらあの場所に来るといい。海の見えるあの家に。彼女達が生まれ育った屋敷があったあの場所に」


≪タチアナ・トビアス/ルイス・ケイ≫
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