第12章 復興、そして北へ
「暫くすると、あなた方はもはや私を見なくなるが、また暫くすると、私を見ることになる」
そこで弟子達のうちある者は互いにこう話し合った。
「『暫くすると、あなた方は私を見なくなるが、また暫くすると、私を見ることになる』とか、『父の元に行く』とか言っておられるが、一体どういう事なのだろう」
また、彼らもこう語り合っていた。
「『しばらくすると』と言っておられるが、一体どういうことなのだろう。何を話しておられるのか私には分からない」
御子たちは弟子達が尋ねたがっているのを知って、彼らに仰せになった。
「『しばらくすると、あなた方は私を見なくなるが、また暫くすると、私を見ることになる』と言っていたのでその事について論じ合っているのか」
「よくよくあなた方に言っておく。あなた方は泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなた方は悲しむが、その悲しみは喜びに変わる」
「女は、子を産む時、苦しい思いをする。自分の時が来たからである。しかし、子供が生まれると一人の人間が世に生まれ出た喜びの為にもはや産みの苦しみを忘れてしまう」
「さて、あなた方は今悲しんでいるが、私は再びあなた方に会う事になる。そして、あなた方の心は喜ぶ。その喜びを誰もあなた方から取り去る事はない。その日にはあなた方は私は何も尋ねはしない」
「よくよくあなた方に言っておく。私の名によって父にお願いするものは何でも父はあなた方に与えて下さる。今まであなた方は私の名によって何一つお願いした事はなかった」
「願いなさい。そうすれば叶えられてあなた方の心は喜びで満ち溢れる」
【ヨハネによる福音書 第16章】
「渇いている者は誰でも私のところに来て飲むがいい。私を信じる者は聖なる書が言うように、その者のうちから生ける水が河となり流れ出るだろう」
蛍火のように頼りなげなに空に舞う無数の幻光が、私の腕の中に集まり収束し凝固する。妖の姿ではなく人の赤子の姿へと転じ、気持ち良さそうに寝息を立て始めたその子の身体が外気で冷えぬように自分の衣の袖を使い包み、息を吹きかけた。
「鳳翔。家の中から毛布を持って来なさい。この子の身体を暖めなくては……それから産湯に入れる必要もあるな。索冥とティリアの二人も家の中にいるはずだ。ぬるま湯と清潔な布を沢山、二人にも用意するように伝えておくれ」
「は、はい……!お師匠様……!えっと、まずは布を暖めて……!」
「慌てなくてもいい。お前は少しそそっかしいところがあるからな。落ち着いて、今言ったものを準備してくれ。大丈夫、慌てなくてもこの子は元気だ。すぐに弱ったりはしない」
転がる勢いで走り出そうとする愛弟子の背中を瞬間言葉で引き留めて、すぐに開放する。自分の姉弟子と兄弟子の名前を呼びながら家に中へと消えていくその子の背中を溜息と共に見送った。
「私のところに来る者は決して飢える事がなく、私を信じる者は決して渇く事がない。私は、自分のところに来たものを決して追い出さない。……お前の願い、確かに承った」
日溜りの中、時を止めた躯の横で両膝をつき目蓋を閉じる。お前がこの子に注げなかった分まで私が注ごう。この子が決して渇く事がないように。
梅の花が散り木蓮の白い花弁が薄暮の空を彩っていた。散るものと芽吹くものー……それが摂理とは言え……あまりにも……だが、それでも、自分の目には……
「それでも私は羨ましく思うよ」
++++++++++++++++++++
「お師匠さま~?これはなんなのです~?」
「これは風呂……だな」
「お風呂なのです?でも僕達がいつも入ってるものと違うのです」
縁側のすぐ横を南から吹く風が通り抜け、芽吹いたばかりの芽や若葉を擽っていく。砂ぼこりを運ぶつむじ風は今朝干したばかりの衣類を絡ませていた。
「小さいのです~。おままごとのお風呂みたいです。誰がこの小さなお風呂に入っていたのですか?」
ぴょん!っと飛び越えて風呂の中にちょこんと納まったシャオフーの身体へ手を伸ばし、あの頃より大きくなった身体を抱き上げた。
自分が抱き上げられた意味は分からずともこうして高いところに上げられるのは楽しいのだろう。俺の目線より高く上げれば、大きな緑の瞳が大きく瞬き、そしてすぐに細くなりシャオフーの口から楽し気な声がもれる。
「お前が入っていたんだよ。シャオフー。お前がまだ赤子の時に」
「僕なのです?僕、こんなに小さなお風呂に入っていたのです?お師匠さま?」
「これが小さく見えるのはお前が大きくなったからだよ、シャオフー。……本当に大きくなった」
自分の瞳まで細くなってしまうのは春の日差しが眩しいせいだろうか。腕の先で笑う幼子の屈託のない笑顔に釣られたからだろうか。もしくは追憶の引出しを開いたからだろうか。
「さて、ここからこれが出て来たのなら他の物もまとめてこの中だな。午前中のうちに全て出すとするか……」
「僕もお手伝いするのです~」
「ふふっ、そうか。終わったらおやつにしようか。この前ティリアが来た時に置いて行った金平糖があるはずだからな」
「お師匠さま、僕、桜餅が食べたいのです。草餅さんでもいいのです」
「それはまた明日。街に買い出しに行った時にだな」
青くけぶった霞かかったぼやけた空を白い木蓮の花弁が彩っていた。
ああ、私は今喜んでいる。この喜びを取り去る事は出来ない。させはしない。
「安心しろ。私のところに来たものは決して渇かない」
願いなさい。そうすれば叶えられて心は喜びで、満ち溢れる。
≪アイオーン・グノーシス≫
そこで弟子達のうちある者は互いにこう話し合った。
「『暫くすると、あなた方は私を見なくなるが、また暫くすると、私を見ることになる』とか、『父の元に行く』とか言っておられるが、一体どういう事なのだろう」
また、彼らもこう語り合っていた。
「『しばらくすると』と言っておられるが、一体どういうことなのだろう。何を話しておられるのか私には分からない」
御子たちは弟子達が尋ねたがっているのを知って、彼らに仰せになった。
「『しばらくすると、あなた方は私を見なくなるが、また暫くすると、私を見ることになる』と言っていたのでその事について論じ合っているのか」
「よくよくあなた方に言っておく。あなた方は泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなた方は悲しむが、その悲しみは喜びに変わる」
「女は、子を産む時、苦しい思いをする。自分の時が来たからである。しかし、子供が生まれると一人の人間が世に生まれ出た喜びの為にもはや産みの苦しみを忘れてしまう」
「さて、あなた方は今悲しんでいるが、私は再びあなた方に会う事になる。そして、あなた方の心は喜ぶ。その喜びを誰もあなた方から取り去る事はない。その日にはあなた方は私は何も尋ねはしない」
「よくよくあなた方に言っておく。私の名によって父にお願いするものは何でも父はあなた方に与えて下さる。今まであなた方は私の名によって何一つお願いした事はなかった」
「願いなさい。そうすれば叶えられてあなた方の心は喜びで満ち溢れる」
【ヨハネによる福音書 第16章】
「渇いている者は誰でも私のところに来て飲むがいい。私を信じる者は聖なる書が言うように、その者のうちから生ける水が河となり流れ出るだろう」
蛍火のように頼りなげなに空に舞う無数の幻光が、私の腕の中に集まり収束し凝固する。妖の姿ではなく人の赤子の姿へと転じ、気持ち良さそうに寝息を立て始めたその子の身体が外気で冷えぬように自分の衣の袖を使い包み、息を吹きかけた。
「鳳翔。家の中から毛布を持って来なさい。この子の身体を暖めなくては……それから産湯に入れる必要もあるな。索冥とティリアの二人も家の中にいるはずだ。ぬるま湯と清潔な布を沢山、二人にも用意するように伝えておくれ」
「は、はい……!お師匠様……!えっと、まずは布を暖めて……!」
「慌てなくてもいい。お前は少しそそっかしいところがあるからな。落ち着いて、今言ったものを準備してくれ。大丈夫、慌てなくてもこの子は元気だ。すぐに弱ったりはしない」
転がる勢いで走り出そうとする愛弟子の背中を瞬間言葉で引き留めて、すぐに開放する。自分の姉弟子と兄弟子の名前を呼びながら家に中へと消えていくその子の背中を溜息と共に見送った。
「私のところに来る者は決して飢える事がなく、私を信じる者は決して渇く事がない。私は、自分のところに来たものを決して追い出さない。……お前の願い、確かに承った」
日溜りの中、時を止めた躯の横で両膝をつき目蓋を閉じる。お前がこの子に注げなかった分まで私が注ごう。この子が決して渇く事がないように。
梅の花が散り木蓮の白い花弁が薄暮の空を彩っていた。散るものと芽吹くものー……それが摂理とは言え……あまりにも……だが、それでも、自分の目には……
「それでも私は羨ましく思うよ」
++++++++++++++++++++
「お師匠さま~?これはなんなのです~?」
「これは風呂……だな」
「お風呂なのです?でも僕達がいつも入ってるものと違うのです」
縁側のすぐ横を南から吹く風が通り抜け、芽吹いたばかりの芽や若葉を擽っていく。砂ぼこりを運ぶつむじ風は今朝干したばかりの衣類を絡ませていた。
「小さいのです~。おままごとのお風呂みたいです。誰がこの小さなお風呂に入っていたのですか?」
ぴょん!っと飛び越えて風呂の中にちょこんと納まったシャオフーの身体へ手を伸ばし、あの頃より大きくなった身体を抱き上げた。
自分が抱き上げられた意味は分からずともこうして高いところに上げられるのは楽しいのだろう。俺の目線より高く上げれば、大きな緑の瞳が大きく瞬き、そしてすぐに細くなりシャオフーの口から楽し気な声がもれる。
「お前が入っていたんだよ。シャオフー。お前がまだ赤子の時に」
「僕なのです?僕、こんなに小さなお風呂に入っていたのです?お師匠さま?」
「これが小さく見えるのはお前が大きくなったからだよ、シャオフー。……本当に大きくなった」
自分の瞳まで細くなってしまうのは春の日差しが眩しいせいだろうか。腕の先で笑う幼子の屈託のない笑顔に釣られたからだろうか。もしくは追憶の引出しを開いたからだろうか。
「さて、ここからこれが出て来たのなら他の物もまとめてこの中だな。午前中のうちに全て出すとするか……」
「僕もお手伝いするのです~」
「ふふっ、そうか。終わったらおやつにしようか。この前ティリアが来た時に置いて行った金平糖があるはずだからな」
「お師匠さま、僕、桜餅が食べたいのです。草餅さんでもいいのです」
「それはまた明日。街に買い出しに行った時にだな」
青くけぶった霞かかったぼやけた空を白い木蓮の花弁が彩っていた。
ああ、私は今喜んでいる。この喜びを取り去る事は出来ない。させはしない。
「安心しろ。私のところに来たものは決して渇かない」
願いなさい。そうすれば叶えられて心は喜びで、満ち溢れる。
≪アイオーン・グノーシス≫
