第12章 復興、そして北へ


「落ち着かないみたいね。どうかしたの?姉さん。」


「いや…こんなに長く政務をしなかったのはいつ以来だろうと思ってな…。
本当に何もせずにここにいていいのだろうかと不安になってきて…」


あれから私は新しい部屋に移送された。

病状が落ち着き、医療処置は必要無いだろうと判断された為だ。


だが緘口令は未だ解かれていない。


相変わらず私は限られた一部の者達の世話を受け、厳重な監視の元に保護されている。

だが…この状況は一体いつまで続くのだろう…?

政務を行っていない間にこの国の情勢はどうなっているのか…この部屋では全て把握することができないのが心苦しい…


「…ハルモニア…お前はこの国の現状をどう思う?」


「……。」


「私は今こうしてこの部屋に保護されている。
だが…今こうしている間にも国の情勢は日々変わっていく。

何一つ政務をこなさず過ごす日々。
確かに平穏ではある…表面上は…。」

窓から見える景色は美しく、ゆっくりと静かに時は流れる。

静かだ…ここはとても静かで何者の干渉も受けることがない。

だが…ふと思うことがある。

私だけ時が止まっているのではないか…と…。


「今は平穏を保っている。

だが実際はいつ戦争が起こってもおかしくないギリギリの状態を保っている国だ…

軍人のお前ならこの国の情勢は知っているだろう?」


私の問いに彼は何も答えない。
いや…口にせずともその表情から読むことはできる。

こちらを射抜くような眼差しと一文字に紡がれた口。

彼は私の言葉に真剣に耳を傾けている。


「この国は純血主義の国として孤立無援の状態で成立している国家だ。

独自の体制をとっている我が国は他の国の支援を受けることはできない。

それはすなわち、戦争が起きてしまった場合は全て自国の戦力のみで戦うことになるという事だ。

そうなれば当然、苦しい戦いになる。
我々の国に隣接する国は全て混血の国家だ。

それら全てが敵になれば、我々に勝ち目などない。」


私はずっとこの事が気がかりだった。
君主になったあの時から…この国の危うさを実感せずにいられなかった。


「だからこそ私は純血と混血の和解を進めるべくお祖父様の代から存在するあの収容所の廃止をお父様から引き継ぎ政策を進めていた。

全て和平の為だ…。

戦争を起こさず、無益な血を流させず、自国の民を守るための選択として…。
しかし…それを気に入らなかった輩がいたんだ…」


この国が…かつてお祖父様が行った残虐非道の象徴であるあの施設が存在する限り和平の道は無い…それを廃止する事でこの国の和平の意思を示すつもりだった…。

だが…お父様はそのために保守派の者の手によって暗殺された。

私も…一度は消されかけた。

だがそれでもこの政策を止めるわけにはいかなかった。
ここで止めたらこの国に未来は無いということを知っていたから…。


…今の情勢でもし、一部の過激な純血主義思想を持つ者が『この国の主の為に』と言いながら混血に危害を加えたとしたら…?


答えは簡単だ。

私の名を語り殺戮を行えばそれは即ち“国の意思”と見なされる。

純血主義の国は混血に危害を与える意思があるという認識が瞬く間に他国に広がっていく。

純血派掃討を名目に戦争が起きるだろう。


「孤立無援状態の我らの国は蹂躙され滅びる未来しか残されない。」

重い空気が流れる。
こんな話を知っているのは私とごく一部の側近のみ。

公には明かされていないこの国の脆く危うい現実。


いや、明かされてはいないがきっと解っている者はいるだろう。


「だがそこで終わるわけは無い。
戦争に破れた純血の国は差別の対象となる。

純血の民は戦争を引き起こした悪しき民として虐殺される。


そしてそれはこの国だけの問題では終わらない。

他国に暮らすこの国と関係の無い純血の民も差別の対象となり命を狙われるだろう。

純血種の平穏な暮らしは失われる。

最悪の場合…『純血種そのもの』が存在しない世界になるかもしれない。

もちろん私も例外ではない。
国の主導権を掌握しているアローゼ家も一人残らず処刑される。

“国を傾けた悪逆非道の一族”として。」


アローゼ家はそれだけの事をしてきた。
お父様の代から政策方針を変えつつあったとはいえ、過去の行いはそう簡単に消えはしない。

アローゼ家の名は未だ根強く純血主義の象徴として認知されているのだから。

だからこそ…ここで私が折れるわけにはいかないんだ…。


だが…この国に潜む闇がそれを阻んでいる。
そう…お父様を殺めた保守派の存在だ。


「以前私は一部の側近の中に『純血こそが世界を治めるのに相応しい』と考える者がいたと記憶している。

もしそのような者が私を廃しこの国の君主に立ったら…」


深くは語らずとも彼は理解するだろう…

彼には見えているはずだ…この国が辿るであろう幾つもの可能性から続く未来を。


君主が口にした言葉は即ち国の意思。

混血を対象とした虐殺が始まる。

その最悪の未来が…。



「それは正義だろうか??私はそれを正義だとは思えない…。

君主は手を汚さず、兵士達と、その思想に感化した民がこの国の意思だと語り殺戮を行うだろう。

正義など無い…暴力の刃で。」



軍人は殺人集団では無い。…決して。

その力は主義主張を語る為の刃として振るうものではない。
憎しみを乗せた刃に正義などありはしない。

また軍人が護るべきは『私』ではない。

民無くして国は無い。優先して護るべくは民の暮らし…平穏…即ち『自由の権利』だ。



「君主は常に民の平和を保つことを優先しなければならない。

たとえ家族を切り捨てたとしても。
多くの民の命運を預かる立場だからこそ私は国の意思を慎重に選ばなければならない。」


導き出される可能性を天秤にかけ、最悪の事態からより遠いものを選択する。
全てを救う事は不可能なのだ。
時には非情な選択も必要な事。

そうして私はここに立ち続けてきた。

だが…


「だが…今の私はそれができているのか…本音を言えば自信が持てない…。」


その選択は本当にこの国を良い方向に導いているのだろうか…?

私の切り捨てたものは本当に切り捨てて良かったものだったのだろうか…?

非情な選択をすれば心が悲鳴をあげる。

…君主という肩書きが私には重すぎる…

こんな重い肩書きを捨ててしまいたいとさえ思った事もある。


『私の選択がいつか戦争の火種を蒔いてしまうのではないか』と……そう思うと……怖い…。」



私の一言で戦争が起きる。
私の一言で多くの罪の無い人々の血が流れる。

私が守りたかったものが全て崩れる。

私が一番守りたい愛する人の命が失われる。


私が一番恐れる未来。


「ハルモニア………もし………もしも私が狂ってしまったら…その時は………。」


私の知らない私が取り返しのつかない選択をするその前に…
私が私でいられる時間をくれた貴女にこんな事を告げるのはとても酷な話だけれど…それでも私は…これだけは言っておかなければいけない……



「逃げろ…ユルベルと共にどこまでも遠くへ。
振り返らずにどこまでも遠くへ逃げてくれ。」
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