第12章 復興、そして北へ

御子は神殿の境内で教えておられたが、声を張り上げてこう仰せになった。

「あなた方は私を知っており、また私がどこから来たのかも知っている。だが、私は自分勝手に来たのではない。私をお遣わしになった方は本当におられる。あなた方はその方を知らない。私はその方を知っている」

「何故なら、私はその方の元から来たのであり、その方が私をお遣わしになったからである」

そこで人々は御子を捕えようとしたが、誰一人として手に掛ける者はいなかった。御子の時はまだ来ていなかったからである。

群衆のうち多くの者は御子を信じてこういった。

「メシアが来られても、この人が行ったよりも多くの徴を行われるのだろうか」


【ヨハネによる福音書 第7章】






頭上の高い場所を速い速度で雲が通り過ぎていく。明らかに王都やその近辺のものとは違う空の表情を見上げながら、吹き荒ぶ風に一つ自分の息を吐き出し、流した。夜明けの光を受けて白い雲が仄かに染まっている。

王都をエテルと共に出発してからかれこれ二週間ほど経つ。王家と縁の古い修道院がある街を通り過ぎたのが今から数日前の話だ。最初はその街が目的地になるだろうとばかり思っていたんだが、どうやら赤軍の救援部隊はこちらの予想以上に進軍していたらしい。


「……あいつ、ここに来てからちゃんと寝てんのかよ」


少し離れた場所にくるくると、それこそコマを回すように休みなく動き回っている彼女の姿を見つけ、見つけると同時に肩を下へと落とした。

今は決して遅い時間ではなくむしろまさに朝食時という時間なのだが、彼女の働きぶりを見る限りもうずいぶん前から起きて働いていたのだろう。何時間も前から。でなければ、この時間にこの場所にいる難民全てに温かい食事を提供することなど出来ないはずだ。

……そう。俺達が今いるのはこの島の最北の領土ー……から逃げてきた難民たちが集まり作ったキャンプの只中だ。それを赤軍の救援部隊が保護しているらしい。名目上はだが。


最北の地を治めているのはアローゼ家のミルファスだ。そして、そこと領地を接している家は二つ。当主フルオライトが治めているアウラーナ家と当主モロクが治めているアモン領だ。

そのうちアウラーナ側は雪深い土地だが、そこから山脈を一つ隔てたアモン側は風こそ強いが、山を吹き降りてくる過程で空気が乾燥するため緯度のわりに冬でもあまり雪は降らない。領土のすぐ隣を暖流が流れている事もあり寒さも多少緩んでいる。

雪深い極寒の地か、はたまた風は強く吹くが雪はなく、多少なりとも寒さが緩む土地か。どちらに難民が流入しやすいか考えるまでもない。それにしても……

そこまで思考を巡らせて、再び意識の矛先をエテルの背中へと戻す。ミルファスの領地に入る前にここがあってよかったと、そう思わずにはいられないんだ。何故なら、このキャンプにいる難民は全て”混血”だからだ。

北での混血に対する差別の根強さは俺も聞いたことがある。混血の彼女をそこへ連れて行くことに抵抗がないかと言われたらそれは否だ。

混血の彼女がミルファスの領土に入れば石のつぶての様に悪意をぶつけられるだろう。混血だというただそれだけの理由で、だ。まあ、それは俺自身も混血だから同じだろうが。

けれど、このキャンプにいるのは全てが混血。それもただの混血じゃない。全て純血に虐げられ続けてきた混血だ。


「……ん?どうした?」


「お姉ちゃんに僕のお母さん、怪我を治してもらったの……だから、僕、お姉ちゃんにお礼がしたくて……でも、この辺にはお花も咲いてないし……」


難民の子供だろうか?いつの間にか俺の足元へやって来て俯きながら呟く子供と目線を合わせるように膝を折った。「ここにいいもんあるぞ」っと指を差しながら。


「クローバー……?」


「ああ、クローバーは強い植物だからな。荒野にだって咲く。花はまだつけてないけど、持って行ってやったら喜ぶと思うぞ?そのお姉ちゃんは、な」


「四つ葉じゃなくても?」


「ああ。あいつはそういう奴だよ」


「うん!!!」


クローバーの葉を摘んで、片手を元気よく振って駆け出して行った子供の背中を見送った。微かに自分の口元に笑みを浮かべながら。

同じ混血であるエテルはここでは歓迎される。危険はないはずだ。


「……これなら少し目を離しても大丈夫、か……?」


うんと天に向かって自分の両腕を伸ばし、夜の間に固まっていた筋肉をほぐす。誰に聞かせるでもなく一人呟いて踵を返した。この様子ならしばらくの間ここを離れても大丈夫だろう。赤軍の救護班の連中もいることだしな。俺は俺で部隊長に言われている任務をこなさいないとならねえ。


「ったく。カイムの奴……人使いが荒いぜ……」


……そう思っていた。悪意は欠片たりともここにはないと。

考えが甘かったんだ。だから、こうして俺は、今、息を切らして彼女を探して走り回っている。


『お前らが、赤軍が変に北を刺激しなけりゃこんなことにはならなかったんだ……!!!』


『風習も制度も異なる地域の領土を手に入れ征服するのに最も効果的な方法は、征服者が現地に直接赴いて移り住むことだろう?この方策を取っていれば保持がより確かなものになる。……違うか?現地に住み続ければ、不穏な気配が生じてもそれを察知して速やかに鎮圧することが出来るからな』


『お前達のせいだ!!今の領主の先代から収容所内ではあるがある程度の自由を約束されていたのに。お前達のせいだ!お前達が保守派の純血主義者達を追いつめたせいで俺達は……!!!!』


先程訳知り気な人間を締め上げた時、文字通り吐き捨てられた言葉が自分を苛立たせ、焦らせ、急かす。

甘えていた。考えが及ばなかった。”血”が絶対なものではないと知っていながら俺は彼女の”血”に甘えていたんだ。

ここにいる人間は全て混血。同じ混血である彼女達にー……エテルに悪意を向けるはずがないと。思い込みに胡坐をかいていた。

ここに来てからというもの彼女は自分の身を削って働いている。勿論、彼女に感謝している者もいるだろう。先程の子供のように。

が、果たして全ての人間がそうだろうか?親切を受けたら親切を返してくれるだろうか?真心に真心を返してくれるだろうか?


「クソッ……!!!!どこだ!!!」


彼女に危害を加えたところで何の解決にもならない。が、それでも刹那の充足感の為に他者を踏み躙る人間なんてごまんといるじゃないか……!!!

吹き荒ぶ、風が。轟々と。一面の枯野を渡っていく。

エテルは要人だ。……違う。俺は約束した。彼女に、守ると。


「エテル!!どこだ!!エテル!!!いるなら返事しろ!!エテル!!!」


《アナム・メドラウト》
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