第10章 変化・第11章 家族
Je pars
「……行ってくる。じゃあな、ルマ」
去っていく。
一歩、一歩。確実に遠くなる彼の背中をただ、見ていた。頭が……ぐちゃぐちゃになってしまった。整理がつかなくて、だけど離れていくことが……嫌だった。
僅かに残る唇の感触を思い出し、目を細めた。嫌だ、嫌だ。これは私のわがままだ。ここに来る前も、ここへ来てからも、私はいつもわがままだった。決して褒められたものではない、わかっている。わかっているが……此度ばかりは、許してほしい。何故なら、私の気持ちはこんなにも……
「アル!」
叫んだ。彼は振り返らない、むしろその足取りは早くなったようにすら思える。伸ばした手では届かない、ならば私が……!
「っ!」
最悪だ、こんな時に限って足元がおぼつかなくて躓く。私の思いなんて知ったことではない、私の力がそう言っているようだ。それでも私は言いたいんだ、あなたに。言わなければ……後悔、してしまう。
「行かないで……っ!」
結局。去っていく彼に、私はその程度の言葉しかかけることができなかった。
彼は、わかってくれと叫んだ。
わかる?いったい何を、だ?私にはわからない、だが回答を求める前に、それは防がれた。なんと惨めで情けない話だろうか。
冷静になった今となって、惨めなりに考えるのだ。情けないなりに考えはじめたのだ。私が付いていけない理由は何だったのかと。私が女だからか?貴族だからか?力が足りないからか?いずれにせよ、これらが理由だったとしても到底納得ができるものではない。
だからこそ許せなかった。あの男もそうだが、何よりも私自身が許せなかった。焦りを高じて最善の行動が取れなかった。「行かないで」ではなく、断られてもなお「連れていって」と、伝えたかった、諦めたくはなかった。
虚無感ばかりが私を包みこんで離さない。そして無様に思い出すのだ、あの接吻を。意味があったものなのかはわからない、ただ、あれのせいで私は酷く動揺し、足をもつれさせた。これではまるで……
「相思相愛、みたいではないか……」
頭を抱えて項垂れる。もやもやとした気持ちは止まることを知らない、そしてそれを解消する為の術を私は知らない。こんなにも心が落ち着かない、こんなにも心臓が飛び跳ねる。一方で、やはり己が許せない。複雑に入り交じった感情が、すぐにでも爆発しそうだ。否……とうに爆発しきっている。
ならば、『私が取る最善の行動は何か』ではなく『私自身が何をやりたいか』を大切にしたいと思った。そう考えると答えは案外シンプルで、同時に謎の安心感すら覚えた。
旅立ちの朝は訪れた。頬を突き刺すような冷えた空気に憎さすら沸いてくるような錯覚を覚えながら、私は護身用にと持ってきて隠していたナイフを取り出した。
長く伸びた自身の髪を乱暴に引っ張り、ナイフを通していく。ゆっくり、ゆっくり。切れ味があまりよくないのだろう、時間こそかかったが、ばっさりと切れたそれを手に持った私は、雑に袋に詰め込んでゴミ箱へと投げ捨てた。最後に髪を切ったのはいつだったか、毛先を揃える際に数センチほど切ったことはあるが、散髪と呼べるものではなかった、そんなことを考えながら。
「……よし」
フードを被る。あいつが言っていた、私の髪はこの辺りでは目立つ、と。隠すのにこいつは最適だ、それにさっぱりとしたこの短い髪も。
「世話になった、ノルン。帰ってきたら、また会おう」
彼女は私がここへ来てからたいへん世話になった人物だ。直接別れの挨拶をしようと思ったのだが、止められることを警戒して何も言わずに去ることにした。これは、私の独り言でしかない。そしてこの旅もまた、私の独断でしかない。
「行ってくるよ。北へ」
「……行ってくる。じゃあな、ルマ」
去っていく。
一歩、一歩。確実に遠くなる彼の背中をただ、見ていた。頭が……ぐちゃぐちゃになってしまった。整理がつかなくて、だけど離れていくことが……嫌だった。
僅かに残る唇の感触を思い出し、目を細めた。嫌だ、嫌だ。これは私のわがままだ。ここに来る前も、ここへ来てからも、私はいつもわがままだった。決して褒められたものではない、わかっている。わかっているが……此度ばかりは、許してほしい。何故なら、私の気持ちはこんなにも……
「アル!」
叫んだ。彼は振り返らない、むしろその足取りは早くなったようにすら思える。伸ばした手では届かない、ならば私が……!
「っ!」
最悪だ、こんな時に限って足元がおぼつかなくて躓く。私の思いなんて知ったことではない、私の力がそう言っているようだ。それでも私は言いたいんだ、あなたに。言わなければ……後悔、してしまう。
「行かないで……っ!」
結局。去っていく彼に、私はその程度の言葉しかかけることができなかった。
彼は、わかってくれと叫んだ。
わかる?いったい何を、だ?私にはわからない、だが回答を求める前に、それは防がれた。なんと惨めで情けない話だろうか。
冷静になった今となって、惨めなりに考えるのだ。情けないなりに考えはじめたのだ。私が付いていけない理由は何だったのかと。私が女だからか?貴族だからか?力が足りないからか?いずれにせよ、これらが理由だったとしても到底納得ができるものではない。
だからこそ許せなかった。あの男もそうだが、何よりも私自身が許せなかった。焦りを高じて最善の行動が取れなかった。「行かないで」ではなく、断られてもなお「連れていって」と、伝えたかった、諦めたくはなかった。
虚無感ばかりが私を包みこんで離さない。そして無様に思い出すのだ、あの接吻を。意味があったものなのかはわからない、ただ、あれのせいで私は酷く動揺し、足をもつれさせた。これではまるで……
「相思相愛、みたいではないか……」
頭を抱えて項垂れる。もやもやとした気持ちは止まることを知らない、そしてそれを解消する為の術を私は知らない。こんなにも心が落ち着かない、こんなにも心臓が飛び跳ねる。一方で、やはり己が許せない。複雑に入り交じった感情が、すぐにでも爆発しそうだ。否……とうに爆発しきっている。
ならば、『私が取る最善の行動は何か』ではなく『私自身が何をやりたいか』を大切にしたいと思った。そう考えると答えは案外シンプルで、同時に謎の安心感すら覚えた。
旅立ちの朝は訪れた。頬を突き刺すような冷えた空気に憎さすら沸いてくるような錯覚を覚えながら、私は護身用にと持ってきて隠していたナイフを取り出した。
長く伸びた自身の髪を乱暴に引っ張り、ナイフを通していく。ゆっくり、ゆっくり。切れ味があまりよくないのだろう、時間こそかかったが、ばっさりと切れたそれを手に持った私は、雑に袋に詰め込んでゴミ箱へと投げ捨てた。最後に髪を切ったのはいつだったか、毛先を揃える際に数センチほど切ったことはあるが、散髪と呼べるものではなかった、そんなことを考えながら。
「……よし」
フードを被る。あいつが言っていた、私の髪はこの辺りでは目立つ、と。隠すのにこいつは最適だ、それにさっぱりとしたこの短い髪も。
「世話になった、ノルン。帰ってきたら、また会おう」
彼女は私がここへ来てからたいへん世話になった人物だ。直接別れの挨拶をしようと思ったのだが、止められることを警戒して何も言わずに去ることにした。これは、私の独り言でしかない。そしてこの旅もまた、私の独断でしかない。
「行ってくるよ。北へ」
