第8節 ブルボン学園(現パロ)


 聖なる夜をあなたと過ごせたら、私は他に望むものなんて何もないの。

 

 街を歩くと至る所からクリスマスソングと着飾ったサンタと、ケーキやチキンの宣伝が聞こえてくる。――ちょっとだけお正月の広告も混ざっているのはここが外国の文化を積極的に取り入れるところだから……なんていうのはご愛敬で。

 いつもだったら私もきらきら輝くケーキを見て楽しんだり、アナムと過ごす時間を考えてにやけが止まらなかったりするんだけど……今は、とてもそんなことを考えている場合じゃなかった。


「私のばか……! アナムに渡すプレゼント買い忘れてたなんて!」


 忘れてた、と言うと語弊があるかもしれない。決して一度たりとも思い出さなかったわけじゃないから。でも、一番重要なものを忘れるくらいに張り切りすぎていたのかも。

 今年はアナムと一緒に暮らすようになってから過ごす初めてのクリスマスだから、去年以前のようにお店に行くんじゃなくて、家でのんびり過ごしたいねって話をしていた。アナムにはいろいろななものをもらってばかりだから、こういうときに返したくて、今年は私が仕切るから任せて、って言っていたのに。

 アナムの家で暮らして、すれ違いからけんかをしたこともあったけど――仲はとても深まったと思う。一緒に暮らすことで見えたお互いの良い面、悪い面。価値観の違いとか、家事の分担とか、いろいろなことをすりあわせして二人でいろいろ数ヶ月間だった。

 けんかしても冷静に話を聞いてくれるところが好き。仕事が忙しいのに私をいつも心配してくれるところが好き。たくさんたくさん愛してくれるところが好き。……好きで好きで、たまらなく、愛おしい。


「って私……! こんなところで何考えてるの!」


 端から見ればただの不審者……。すれ違う人々にどんな風に見られていたのかと思うと怖いけれど、そんなことを気にしている場合ではないんだった。とにかく、アナムへのプレゼント!


「んー……ネックレスがいいかなあとは思っているけど……」


 なんとなく今年はネックレスをあげたいな、とはずっと考えていた。その案に友達は賛成してくれて、なおかつ絶対にダイヤモンドのネックレスがいいから! って強く勧められた。確かに私もいいなとは思ったけど、なんであんなに押しが強かったのかがわからない。
 ちょっと値は張るかもしれないけど、そのためにこっそりへそくりも準備してある。

 アナムに似合うものをイメージしながらジュエリーショップに行くと、クリスマス当日ということでやっぱりいろいろなものが売っていた。女性への贈り物という想定で展開している商品が多いけど、男性向けのものもけっこうある。
 どれがいいかなあ……。アナムのイメージ……こう、シンプルだけど存在感はしっかりあるもの……。


「これなんてどうかな?」


 ふと目についたのは、シンプルなゴールドのネックレスで、かつひし形の台座に大きめのダイヤモンドがはめ込まれたものだった。これならあんまり仕事とかのじゃまにはならないかな、とは思うけどどうだろう。


「――男性への贈り物をお探しですか?」
「あっ、はい! このネックレスがいいかなとは思っているんですけど……」
「すてきだと思いますよ。ネックレスには絆を深めるとか永遠のつながり、なんて意味が込められているんです。ジュエリーを贈るのにも意味があるんですが……まあそれはともかく。ダイヤモンドも永遠の絆などの意味が込められていますし、良い目をされていらっしゃいますね」
「あ、ありがとうございます……。そしたら、このネックレスをプレゼント用で包んでもらえますか」
「かしこまりました」


 もう少し悩むと思っていたけど、とんとん拍子で決まっちゃった……。時間があるわけじゃないからいいんだけど。そういえば店員さんが言っていたジュエリーを贈る意味って結局なんだったんだろう。


「では、こちらが品物になります。良いクリスマスを」
「ありがとうございました」


 なんとなく聞ける雰囲気ではなくて、受け取ってすぐに家に帰る。ううん、アナムなら知ってるかなあ。でも、聞かない方がいいような気もする……。後で友達に聞いてみよう。

 今はそれよりも、クリスマスの準備! 二人だからそれほど量はいらないけど、仕事から帰ってくるアナムのためにおいしいものを準備したい。


「あ、もしもしママ? ちょっと確認したいことがあるんだけど――」


 最初あれだけ焦っていた気持ちは落ち着いて、明確に自分のやりたいことが見えてきた。料理の手順をもう一度聞きながら帰り道を歩いていると、電話越しのママの声がふと途切れた。


「ママ? どうしたの?」
「――あなたがとてもいきいきしているなと思って。本当にアナムさんのことが大好きなのね。そんな人と出会えたことはとても大切なこと。これからもアナムさんのことを大切にしてね。きっと彼は、応えてくれる人だから。――あ、それと。お正月は帰ってこなくていいから一緒にらぶらぶな時間を過ごしてね」
「っ――!! ママ!!」
「ふふ……じゃあね」


 通話が切れたことを知らせる機械音。それを聞きながらスマホを持つ手が震えて止まらない。もう、ママの意地悪……!! 感謝はしてる……してるけど本当に……。
 ママの言葉はとてもわかるし、アナムとの時間を積み上げていろいろなことを共有していきたいと思っている。思っているけど、言葉にされるとくすぐったいし照れるよ……。


「ママのばか~……」


 アナムが帰ってくるまでには料理は仕上げられる。準備は大丈夫だから……今はちょっとだけ、この気持ちにひたっていたい。



◇ ◆ ◇




 その後、気持ちを無事に切り替えたエテルは、アナムが帰ってくるまでに料理を仕上げ、仕事から帰ってきたアナムを出迎えて二人で楽しい時間を過ごすことができたのだった。


「もうおなかいっぱい! 食べ過ぎちゃった」
「いっぱい食べてたもんな」
「うっ……言い返せない……。自分でつくったけどおいしくできたんだもの! どうだった? おいしかった?」
「ああ、おいしかったよ。頑張ってくれてありがとうな」


 アナムが柔らかくほほえみ、琥珀色の目が細まる。エテルがいっとう好きな表情だった。その瞳にいつもとらわれそうになるが、今日はそうもいかない。プレゼントがあるからだ。少しずつ言葉を選んで、エテルを話を切り出す。


「あのね、アナム……いつもありがとう。私、アナムと一緒に暮らせて本当に嬉しい。いつも照れちゃって言えないことも多いけど、私はアナムが大好きだよ。……メリークリスマス」


 エテルが差し出したプレゼントをアナムは無言で受け取る。中身を開けて確認をすると、ネックレスを取り出してエテルへと差し出した。


「ありがとう、エテル。……つけてくれるか?」
「……うん」


 受け取ったエテルはアナムの首へと手を回し、ネックレスをかけた。ゴールドとダイヤモンドが光を受け止めてきらりと反射する。
 それを見て満足したエテルは、ゆっくりと顔を上げる。そこには、エテルの大好きな表情をしたアナムが、ゆっくりと顔を寄せていた。


「んっ……」
「……エテル、」


 柔らかなキスから、息もつかぬ激しいものへ。呑みこまれそうになったエテルは、アナムの首に腕を回す。好きだという気持ちがあふれ出して止まらない。


「アナム、大好き……」
「俺もだよ。この世界の、誰よりも」


 その言葉にこたえようとしたが、アナムからのキスが降ってくる。答えは知っていると言わんばかりの優しいキスに、感情がいっぱいになったエテルは、ぽろりとひとつぶ、涙を落とした。



 アナムにもらってばかりだから返したいと思っていた。それはもちろん事実だ。だからアナムにも無理を言ってクリスマスはすべて準備をしてプレゼントも渡した。
 クリスマスを準備したからかえせた、というわけではない。だが、エテルの想いをちゃんとアナムはわかっていて、それでいて同じ温度を渡してくれる。それだけで十分なのだと、そう気づいた。

 外ではいつの間にか雪が降り始めていた。恋人たちの聖夜を祝福するかのように。



 

 ――これは余談だが、後々友人からジュエリーを贈る意味を知ったエテルは、顔を真っ赤にしてうめいたのだった。
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