第8節 ブルボン学園(現パロ)
ちゃぷん、と水がはねる音が浴室に響く。予想以上に反響したそれに、エテルはびくりと肩をはねさせた。すると、後ろからくすくすと笑う声がして、エテルはむっと眉を寄せる。
「なんで笑うの……?」
「風呂に一緒に入るのは初めてじゃないのに、いまだに緊張してるのか?」
「だ、だって……!」
背中に感じるたくましい身体に、お腹にまわされたしっかりとした腕に、ドキドキしないはずがないのだ。まだ向かい合っていないのが救いだろうか。初めてでないところか、ほぼもう両手両足の数では足りないほどに一緒にお風呂に入っている。それでも、慣れないものは慣れない。
そう、今だって首筋にメドラウトの息がかかっている。顔をうずめるようにしているのだとはわかるが、理解はしても納得はできないのだ。
「同じシャンプー使ってるはずなのにな。エテルはいい匂いがする」
「そ、そんなことない……!」
「大丈夫か? 首筋まで熱いぞ?」
「~~もう!」
いくらエテルが小柄な方であるとはいえ、浴槽は大人ふたりが入るには少々窮屈だ。だがメドラウトはそれをものともせず、さらにエテルを引き寄せる。今まで以上に近くに感じるメドラウトの感触に、エテルは目が回るような思いをするのだった。
それでも。
「一緒にお風呂に入るのは……まだドキドキして慣れないけど、アナムと一緒に入るのが決して嫌なわけじゃないんだよ」
「……そうか」
近くから聞こえてくる声は小さいものだったが、とても優しい。その声を聞いてたまらなくなったエテルはくるりと体をひっくり返して、メドラウトと向かい合う。きょとんとした金眼がエテルを見ていた。
「――すきだよ、アナム」
メドラウトの首筋にぎゅっと腕を回して、小さく触れるだけのキスをする。今はそれが、精一杯だった。
◇ ◆ ◇
潮の香りがエテルとメドラウトのほおをなでていく。少しだけ湿り気をもった髪が、ふわりとと揺れてさらわれていくのも気にせず、エテルはじっと夕日が落ちていくのをメドラウトのそばで見ていた。
海は今の歳になって初めて来た。幼少期を田舎過ごし、成長してからも海に来る機会など全くなかったエテルにとって、しっかりと海を楽しんだのはメドラウトと一緒に海に入ったあの夏が初めてだ。――その海で水着を流してしまう、なんていうハプニングが起こったのは置いといて。
そんなことを考えつつ、エテルは夕日へと意識を戻す。夕日が海を染めて、まるで燃えているようだ。海も、空も、全てがあかく、もえている。
「――大丈夫か、エテル」
「……うん、大丈夫。初めて夕日を見たから、圧倒されてただけ。お昼に入ったときはあんなに楽しかったのに……。なんだろう、うまく言葉では言えないんだけど」
「――……怖いか?」
「怖い、……うん、怖いのかもしれない」
何と言ったらいいのかわからないけれど、メドラウトが言った怖い、という言葉が一番当てはまるような気がした。けれど、惹かれるのも確かなのだ。怖いけれど、目を離したくない。そんな相反するような気持ちを抱えながら、もうしばらくエテルとメドラウトは夕日を眺めていたのだった。
夕日が落ちてすっかりあたりが暗くなったころ、岩場に腰掛けていたエテルがごそごそと荷物を漁って何やら取り出した。
「ねえアナム、線香花火しようよ!」
「線香花火? どこから持ってきたんだ」
「えへへ、ちょっとね。私、線香花火ってしたことなくて。やってみたいなって思ったの」
そう言いつつ、エテルは花火をする準備を整える。やる気満々の完璧な準備に、思わずメドラウトは苦笑を漏らした。
「準備が良いな」
「ずっとやってみたかったの! 派手じゃないっていうくらいしか知らなくて」
「そうだな……。線香花火は、人の一生を表すっていうのは知ってるか?」
「人の一生?」
「ああ。まあ火をつけてみればわかる」
そう言ったメドラウトが、エテルの手からライターと線香花火をさりげなく取ると、火をつける。ひとつはエテルヘ、もうひとつは自分が持って。
しゃがんでまもなくすれば、ぱちぱちと音をたてて線香花火が燃え上がった。
「すごいすごい! ぱちぱちいってる!」
きらきらと目を輝かせていたエテルだったが、徐々に火花が消え、先端に丸く火種を残すくらいになった時には、黙り込んでじっと線香花火を見つめていた。
そして、ぽたりと火種が落ち、あたりはまた暗くなる。
「……なんとなく、分かる気がする」
「人の一生を表してる、って俺が言ったやつか?」
「うん。うまく言葉が出てこないけど、なんだか、切ないね。きっと……」
「きっと?」
「きっと、線香花火の火種が落ちた時が、人の一生の終わりなんだよね? だったら私は、終わりまでアナムと一緒にいたい。この夏も、先の夏も、ずっと。一緒にいたいって思った」
「エテル……」
「私も、アナムが好きで……だから、一緒にいたい」
線香花火を見てまだ見ぬ未来に思いを馳せたせいか、切なさが胸の内を漂っている。それでも、メドラウトが好きで、一緒にいたいという思いだけは明確だ。
だから、エテルは祈る。どこの誰ともわからない何かに。
どうか、この先も、できるなら一生、メドラウトのそばにいたいと。
「なんで笑うの……?」
「風呂に一緒に入るのは初めてじゃないのに、いまだに緊張してるのか?」
「だ、だって……!」
背中に感じるたくましい身体に、お腹にまわされたしっかりとした腕に、ドキドキしないはずがないのだ。まだ向かい合っていないのが救いだろうか。初めてでないところか、ほぼもう両手両足の数では足りないほどに一緒にお風呂に入っている。それでも、慣れないものは慣れない。
そう、今だって首筋にメドラウトの息がかかっている。顔をうずめるようにしているのだとはわかるが、理解はしても納得はできないのだ。
「同じシャンプー使ってるはずなのにな。エテルはいい匂いがする」
「そ、そんなことない……!」
「大丈夫か? 首筋まで熱いぞ?」
「~~もう!」
いくらエテルが小柄な方であるとはいえ、浴槽は大人ふたりが入るには少々窮屈だ。だがメドラウトはそれをものともせず、さらにエテルを引き寄せる。今まで以上に近くに感じるメドラウトの感触に、エテルは目が回るような思いをするのだった。
それでも。
「一緒にお風呂に入るのは……まだドキドキして慣れないけど、アナムと一緒に入るのが決して嫌なわけじゃないんだよ」
「……そうか」
近くから聞こえてくる声は小さいものだったが、とても優しい。その声を聞いてたまらなくなったエテルはくるりと体をひっくり返して、メドラウトと向かい合う。きょとんとした金眼がエテルを見ていた。
「――すきだよ、アナム」
メドラウトの首筋にぎゅっと腕を回して、小さく触れるだけのキスをする。今はそれが、精一杯だった。
◇ ◆ ◇
潮の香りがエテルとメドラウトのほおをなでていく。少しだけ湿り気をもった髪が、ふわりとと揺れてさらわれていくのも気にせず、エテルはじっと夕日が落ちていくのをメドラウトのそばで見ていた。
海は今の歳になって初めて来た。幼少期を田舎過ごし、成長してからも海に来る機会など全くなかったエテルにとって、しっかりと海を楽しんだのはメドラウトと一緒に海に入ったあの夏が初めてだ。――その海で水着を流してしまう、なんていうハプニングが起こったのは置いといて。
そんなことを考えつつ、エテルは夕日へと意識を戻す。夕日が海を染めて、まるで燃えているようだ。海も、空も、全てがあかく、もえている。
「――大丈夫か、エテル」
「……うん、大丈夫。初めて夕日を見たから、圧倒されてただけ。お昼に入ったときはあんなに楽しかったのに……。なんだろう、うまく言葉では言えないんだけど」
「――……怖いか?」
「怖い、……うん、怖いのかもしれない」
何と言ったらいいのかわからないけれど、メドラウトが言った怖い、という言葉が一番当てはまるような気がした。けれど、惹かれるのも確かなのだ。怖いけれど、目を離したくない。そんな相反するような気持ちを抱えながら、もうしばらくエテルとメドラウトは夕日を眺めていたのだった。
夕日が落ちてすっかりあたりが暗くなったころ、岩場に腰掛けていたエテルがごそごそと荷物を漁って何やら取り出した。
「ねえアナム、線香花火しようよ!」
「線香花火? どこから持ってきたんだ」
「えへへ、ちょっとね。私、線香花火ってしたことなくて。やってみたいなって思ったの」
そう言いつつ、エテルは花火をする準備を整える。やる気満々の完璧な準備に、思わずメドラウトは苦笑を漏らした。
「準備が良いな」
「ずっとやってみたかったの! 派手じゃないっていうくらいしか知らなくて」
「そうだな……。線香花火は、人の一生を表すっていうのは知ってるか?」
「人の一生?」
「ああ。まあ火をつけてみればわかる」
そう言ったメドラウトが、エテルの手からライターと線香花火をさりげなく取ると、火をつける。ひとつはエテルヘ、もうひとつは自分が持って。
しゃがんでまもなくすれば、ぱちぱちと音をたてて線香花火が燃え上がった。
「すごいすごい! ぱちぱちいってる!」
きらきらと目を輝かせていたエテルだったが、徐々に火花が消え、先端に丸く火種を残すくらいになった時には、黙り込んでじっと線香花火を見つめていた。
そして、ぽたりと火種が落ち、あたりはまた暗くなる。
「……なんとなく、分かる気がする」
「人の一生を表してる、って俺が言ったやつか?」
「うん。うまく言葉が出てこないけど、なんだか、切ないね。きっと……」
「きっと?」
「きっと、線香花火の火種が落ちた時が、人の一生の終わりなんだよね? だったら私は、終わりまでアナムと一緒にいたい。この夏も、先の夏も、ずっと。一緒にいたいって思った」
「エテル……」
「私も、アナムが好きで……だから、一緒にいたい」
線香花火を見てまだ見ぬ未来に思いを馳せたせいか、切なさが胸の内を漂っている。それでも、メドラウトが好きで、一緒にいたいという思いだけは明確だ。
だから、エテルは祈る。どこの誰ともわからない何かに。
どうか、この先も、できるなら一生、メドラウトのそばにいたいと。
