第4節 海開き

私に向って「主よ、主よ」と言う者が見な、天の国に入るのではない。

その日には多くの者が私に言うだろう。「主よ、主よ。私達はあなたの名によって預言し、あなたの名によって悪魔を追い出し、あなたの名によって多くの奇跡を行ったではありませんか」

その時、私は彼らにはっきり言おう。「私はお前達を全く知らない。悪を行う者ども、私から離れ、去れ」


【マタイによる福音書 第7章】






「お兄ちゃーーーん!アレクお兄ちゃーーーん!!遊んでーー!かまってーー!!……駄目だ……寝てる……大口開けていびき掻いて寝てる……」


だいぶ西に陰った光が世界を照らしている。陰ったとはいえまだまだ強い日差しが砂浜を暖めていた。昼間の熱が閉じ込められているせいもあると思うけど、砂に足が取られ埋まるたびに皮膚がじんわりと熱くなる。

パラソルの下は影になって直接当たっている部分と比べると幾分かは涼しいけれどそれだってまだまだ暑い。


「アレクおにいちゃーん!起きろーー!こんなところでカバみたいに大口開けて寝てたら熱中症になっちゃうんだから!」


「うっ、うっ……少し寝かせてくれ……ギルドの連中に捕まってさっきまで厨房で臨時のバイトしてたんだよ……金にはなったけど……」


もぞり……と寝返りをシートの上で打ち呻くように言葉を漏らすと、アレクお兄ちゃんは煩わしそうに太い尻尾を上下に振ってまたカバの様に口を開けた。大きな欠伸が大きな口から一つ零れた。


「むうーーーー!!お兄ちゃん!駄目だ……やっぱ起きないやーーーー」



アレクお兄ちゃんの横に大の字になって倒れ込めば、丸い大きな花の様にカラフルなビーチパラソルが頭の上で広がっていた。ころり……と薄情なお兄ちゃんがいる方とは逆に寝返りを打ち溜息を一つ吐く。「つまんなーい」と独り言が溜息の後を追った。


「あーあー……せっかくみんなで海で遊べると思ったのになーネウ姉ちゃんはネウ姉ちゃんで変なお魚追い掛けて行っちゃうし。何なの、あれ?生足魅惑のマーメイドなの?上半身さかなで下半身に足生えてたし」


ため息を吐くと同時にシートの上に薄く積もっていた砂が僅かに動く。それを見てもやっぱり……つまらない。ノルンさんにお休みと水着まで貰ったのにこれじゃつまらないだけで終わっちゃ……


「ん……?」


そんな時だった。つまらない世界が動いたのは。ぼんやりぼやける視界の中でみょーに気になる人達に目が留まったのは。急いで体を起こして暫く目だけで姿を追ってみたけれど……結論から言えば……


「……怪しい」


魔女の勘が告げている。……絶対、ぜーーーったい!怪しい!!!と!!!






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「デフちゃん!デフちゃん!お財布こんなに集まったよ!」


「言っただろ、ブラザー?夏の海は無駄に開放的になった浮かれポンチが沢山いるからスリし放題だってな。俺の方も詐欺が捗ったしな。まあ、一度ヤベー奴に追い掛けられたけど……」


相棒の手の甲と打ち合わせた自分の手の甲がじんわりと痛む。日中別行動を取っていたからへまをしないか心配してたんだが……この表情と言葉を見る限り相棒の方もそれなりの収穫があったらしい。それに、その証拠に相棒のポケットがパンパンに膨れているしな。


「ねえねえ、デフちゃん!財布と一緒にこれも取って来たんだけど幌馬車の屋根の修復これで出来ないかな?パンツより水に強そうな生地だし」


「水着ぃ?おいおい……ヒューゴ……わざわざそんなばっちいものを使わなくても今日スッた金があれば屋根の一つや二つ……」


「ふーーん……スリだとは思ってたけどお兄ちゃん達は水着ドロで詐欺師でもあるのね~」


簡単に新調できるだろう。……そう続くはずだった声が波間へと消えて行く。代わりに聞えて来た聞きなれない声にヒューゴと二人顔を見合わせて数度、目蓋を瞬かせれば「こっち、こっち」とさっき聞えて来たものと同じ声が俺達を呼んだ。


「植物の、羽根?ってことは、妖精族の……子供かな?」


「チッチッチッ……水着泥棒のお兄ちゃん……あたしを呼ぶなら子供じゃなくて大魔女カボちゃんって呼んでちょうだい」


「カボちゃん?……で、そのカボちゃんは俺達に何の用があるんだ?見ての通りお兄さん達は夏の海にバカンスにやって来た善良な市民……」


「嘘だーお兄ちゃん達スリだよー。分かるよー。だってあたしもスリした事あるもん。お兄ちゃん達のことパラソルの下で暫く観察してたけど完全に下見をするスリの動きしてたもんー!」


「……言いたかねえけどよ……お前の保護者……お前に対する教育方針間違ってねえか?」


「なにー!それ!超!超!失礼しちゃうんですけどー!」


ぺったりとしたない胸をそらし鼻息と共に何故か偉そうに告げる妖精の子どもに向って肩を落とすと同時にそんな言葉を紡いだ。見ず知らずのそれこそ今初めて会った子供だが、大丈夫かよ、この子。色んな意味で。


「ねーデフちゃん?この丸い弾みたいなの何?デフちゃんが持って来たんでしょ?」


「んー?ああ、それな。海の家からくすねて来たんだ。もしかしたらいい値で売れるかもしれないと思っ……」


ドボリ、ダバリと嫌な音が鼓膜を揺する。カボちゃんと名乗った子供が丸い弾に何やら瓶に入った液体を掛けたのは俺達が弾から目を離したほんの一瞬の事で、音で気付いた時には弾は謎の液体でひたひたに濡れていた。

頬を膨らませてこちらをジト目で睨むとあっという間に羽根を羽搏かせて飛んで行ってしまった子供の背中を見上げ後ろ手で頭を掻く。去り際に彼女が放り投げたマッチの火が弾に引火し、弾から何かが打ち上がったのはそれから数瞬してからの事だった。……ん?打ち上がった?


「……はなび?そうか……この弾花火玉だったのか……普通のより小さいから分からなかった……って、ヒューゴ?どうしたんだ、急にうずくまって……」


「……どうしよう!デフちゃん!今めっちゃミーちゃんに会いたくなった!俺、ミーちゃんに会いって来る!!」


「はっ?ミーちゃん?っておーい、ヒューゴ?あーあー……行っちまったよ……」


砂を抉りいつも以上に俊敏な動きで走り出した相棒を口を開けて見送り、その場でドカリと腰掛けた。いや、何故って座る以外にどうしたらいいのかむしろ教えてほしいぐらいなんだが……俺……


「んで、マジでどうすりゃいいんだ?これ……止まんねーし……」


次から次へと打ち上がる花火を見上げながら、時折降りかかる火の粉にしては熱くない粉を払う。魔法の花火か?一つの弾からどういう仕組みか知らねーけど何発も上がってるしな……


「たーまーやー」


かぎやという声の代わりに何故か周りそこかしこから悲鳴が上がっていた。


≪カボちゃん/デフローダー≫
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